63話
関羽と呂布の凄まじい激突の後、董卓軍は再び全軍を関所内に戻したのであった。
虎牢関からは未だに白と黒の入り混じった灰色の煙が立ち昇っている。
関所の防壁は曹操軍の攻城兵器や火矢などの攻撃によって小さくない損傷を受けていたが、まだまだその威圧感は健在であった。
再び籠城した董卓軍は砦の上から矢を放ち続け、連合軍は一時撤退を余儀なくされたのである。
そうしてる間に辺りも暗くなってきたことで、再攻は翌日に持ち越されたのだった。
――連合軍・曹操陣営――
【北郷】
強い強いとは聞いてたけど、噂通りだったみたいだな……呂布。
俺は直接見たわけじゃないけど、3人がかりでも倒せなかったらしい。あんなのに勝てるのかな……それはそうと、今はこっちを何とかして欲しい……はぁ。
「おのれ張遼……、私に恐れをなして逃げ出しおったのだなっ!」
「そんなワケないでしょ、バッカじゃないの」
「なんだとっ!」
春蘭と桂花は今めちゃくちゃ機嫌が悪い。
理由は単純だ、華琳の期待に応えようと張遼の捕縛に備えて様子見で戦っていたら……そのまま様子見で終わっちゃったからだ。
春蘭はあからさまに、桂花も内心では絶対フラストレーションが溜まってるよな。
華琳は一人考え事してるみたいだし、秋蘭はまだ戻って来ないし、季衣と流流は食事に出てるし……はぁ、俺が仲裁するっきゃないのか……。
気持ちは分かるけど…………喧嘩は勘弁してくれよ。
「ま、まぁまぁ。攻城戦はまだ始まったばかりなんだから、2人共落ち着きなよ」
それに……2人には悪いけど、俺の部隊は今回大きな功績を上げる事ができたからな。
改良した攻城兵器で敵兵と城壁に大きなダメージを与えたから、きっと華琳も高く評価してくれるに違いない……そしたら……へへへ。
「全身精液下劣男が気持ち悪くニヤけながら話しかけないでくれる……妊娠させられたら死にたくなるもの」
「そ、そんな言い方しなくても……」
……ちょっと華琳に可愛がって貰ってるからって……そりゃぁ、顔は可愛いし……小柄なのも好みだし、胸だって守備範囲だし、ツンツンしてる性格だって慣れれば……エヘヘ。
「……サイテー、本当に死んでくれないかしら……?」
荀彧は汚物を見るような視線を一刀に向けていた。
そこに他方から別の女性が声をかけてきた。
「おい北郷、本当に気味が悪いから……その顔は止した方が良い」
「……え? あ、ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて……」
あぶないあぶない、戦場なのにニヤニヤするのは不謹慎だったな。
秋蘭に注意されて助かったよ、華琳は…………よしっ! 俺の方は見てなかったみたいだ、嫌われるような態度はなるべく出さないようにしないとな。
張遼が出てこなかったのは、俺にとっては好都合だ。
今日出て来られると、凪は攻砦を優先してて対応できなかっただろうからな。
これで桂花の用兵に便乗して、春蘭を少しだけ孤立させることが出来たら……その間に凪の隊で張遼を捕らえさせる作戦が決行できるぞっ!
そしたら俺の株価は急騰してストップ高となるに違いない、そしたら、そしたら……ん?
「秋蘭っ!? 戻って来てたんだ……?」
「今しがた……な。姉者、言い争う声が外まで聞こえていて……兵士らが心配していたぞ。憤りも分かるが、自重してもらわんとな」
「むぅぅ……」
理解は出来ても納得は出来ないという顔で静かに唸る春蘭。
秋蘭と桂花はそんな春蘭を放置して華琳の方へ、俺も春蘭と残りたくはないから後を追った。
「華琳さま、ただいま戻りました」
思案に耽る華琳に秋蘭が片膝をつき話しかけた。
それに気付いた華琳は漸く視線をこっちに移した。
「ご苦労様、楽にしていいわよ。それで……どうだったのかしら?」
「傷は相当深いようで……助かる見込みは薄いそうです。たとえ命を取り留められても……二度と矛は振れないだろう、と」
華琳の表情が微妙に曇ったのが分かった……内容からして、たぶん関羽の事だと思う。
後世に語り継がれるあの軍神関羽が……こんな所で力尽きるのか……?
「……公孫賛の下には、“華佗の弟子”がいたわよね。“彼”がそう診断したのかしら?」
……華佗の弟子?
華佗と言えば黄巾の乱で一時うちに居たあのやたらと熱い男だよな……負傷兵を大勢治療して皆からは神医なんて呼ばれてたけど、弟子がいたのか。
「いえ、付き添わせた我が軍の医療班が出した見解です。劉備軍の衛生兵も同じ診断をしていました」
「共闘軍を名乗っていたのだから……当然、“彼”も関羽を診たはずよね?」
「そ、それが……」
秋蘭は明らかに言いよどんでいる。
なんだろう……デジャヴを感じる……以前にもこんな事があったような……?
「……李鳳は診ていません」
そうっ! 李鳳だ、李鳳。
李鳳の話になった時によく言い辛そうにしてるんだよな…………えっ?
李鳳って華佗の弟子なのか!?
「どういうことかしら……?」
ひっ……華琳の奴、何か怒ってないか……?
しゅ、秋蘭、頼むから怒らせない報告をしてくれよ……!
「間者からの情報によりますと、李鳳は診療所にて不謹慎な言動をとったらしく公孫賛らに摘み出され出入禁止になったそうです」
……は?
「さらに現在、李鳳は軟禁中とのことですが……」
……ええっ!?
何だそれ? どういう事? どういう状況?
どうしたらそうなるんだよっ!?
「チッ……この状況下で何をやってるのよ……」
曹操はコメカミを押さえて小さく呟く。
苛立つ曹操にビクつきながらも一刀が疑問に思った事を口にした。
「な、なぁ……李鳳が何やったかは知らないけどさ、関羽がそんなにひどい重態になってて“あの公孫賛”が人命無視して診察させないってのは変じゃないか?」
「ッ!? 秋蘭、もしかして公孫賛は李鳳と華佗の関係を知らないの?」
「は、はい。公孫賛陣営でも知る者はほとんど居ないようです…………失礼ですが、華琳さまはこの事実をどこから知り得たのでしょうか? 私や桂花はおろか公孫賛もまだ掴んでいなかった情報ですので……」
「……情報源は秘密よ。時期がきたら教えてあげるわ、それよりも……桂花」
「は、はい」
曹操は夏候淵の問いを流し、荀彧に声をかけた。
「貴女の間者を使って、この情報が公孫賛の耳に確実に届くようになさい」
「え? し、しかし……」
「早くなさいっ!」
「は、はい!」
曹操の怒鳴り声を聞いて飛んで行く荀彧。
こ、こわぁ……華琳がここまで声を荒げるなんて……。
それにしても、李鳳か……何か気になるんだよな、あいつ。
迷彩服着てるってのもあるんだけど、何か違う感じがするんだよなぁ……この世界の人達とは……。
「……華琳さま、関羽のこと……余程気に入られたのですね」
「ええ、呂布との一騎打ち……貴女も見たでしょ?」
「……はい」
あれ、秋蘭……焼きもちなのかな?
気持ちはすっごく分かる!
でも一騎打ちって……呂布の化け物っぷりが目立ってただけじゃ……?
「汜水関で見た武力にも目を惹かれたけれど、今回は桁が違ってたわ」
「はい、真っ向からあの呂布と打ち合えるなど……私と姉者の二人がかりでも成し得ない事を……関羽はやってのけました。結果的には痛み分け……負傷具合から呂布に軍配が上がりますが、もしあのまま戦いが続いていたら趙雲と張飛によって呂布の捕獲あるいは殺害は可能だったでしょう……」
そういや……合戦前の軍議では、呂布の捕獲には春蘭や季衣達4人を犠牲にしないと無理だって言ってたな……ん?
それって関羽は1人で春蘭達4人分に匹敵する働きをしたってことかッ!?
うげぇ、充分化け物だったんだな……。
「そうね……。あの時、関羽の一振り一振りに……私はまるで“天”を感じたようだったわ。彼女の中に“天”を見たのよ」
天……か。
それを打ち負かした呂布は天をも凌駕したってことになるのかな……?
「それは……関羽を得ることが、天下を得ることだと?」
「いいえ、同義では無いわ。でも……欲しいわ、……ぜひ欲しいッ」
「関……雲長……」
うわぁ……こうなったら華琳はしつこそうだな、ご愁傷様。
史実じゃ関羽はここで死ぬはずないけど……この世界だとどうなることやら……。
「秋蘭、念の為に華佗の居場所を探しておいて」
「承知」
まっ、俺は俺に出来る事をして……へへへ、予定通りご褒美に預かれればそれでいいや。
それに俺としては関羽よりも李典を引き抜いて欲しいよ。
あの技術力は正直喉から手が出るほど魅力的だもんな、凪達とも親友なんだから説得すれば分かってくれるはず……あれ?
……李典……説得……親友……イテテテ、頭が……うぅぅぅ。




