62話
――虎牢関・城門付近――
【関羽】
星の一撃が呂布の脇腹を斬り付け、鮮血が舞い散った。
そのまま槍は私の真横を通過した……否、私のせいで横に逸らさざるを得なかったんだ。
「……痺れ、治った」
そう聞こえた次の瞬間、呂布は戟を振り回し私達は吹き飛ばされた。
防御を物ともしないとは……。
「むぅ……浅かったでござるか」
槍を構え直す星が悔しそうに呟いた。
「すまない、星。私を避ける為に……」
「はて、何のことだ? 私もまだまだ未熟……と言うことだろう」
私が迂闊に接近し過ぎたせいなのに……いや、武に生きる者として決して言い訳などしない……そういうことか。
「このヒグマは手強い奴なのだ!」
私の右隣に馬を並べた鈴々が無邪気にそう発した。
「フフ、あの二段構えの策を生き延びる者であれば……それは正に化け物。天下無双の名に偽り無しか……確かに、李鳳の言った通りであったな」
反対側に馬を並べた星も鈴々と同様の意見を述べた。
2人共は声は明るいが、内心は穏やかではないだろうな。
公孫賛殿の檄を受け、大いに感化された我らは朱里らと共に呂布を殺し得る為の作戦を練り上げた。
その中で一番確率の高いと思っていた不意打ちの策が破られたのだ……仮に私達が呂布の立場ならば、果たして切り抜けられたかどうか……。
いや、答えは分かっている。
……だからこそ、この策を決行したのだ。
呂布は再び方天画戟を握り直し、痺れが残っていないことを確認した。
腹部の裂傷は致命傷には程遠いようである。
「……今度は恋の番」
そう言うや、馬の腹を蹴り関羽らへと突撃するのだった。
「くっ、固まるな! 常に相手の背後に周り続けろ!」
関羽が叫び、それに呼応して張飛と趙雲が動く。
激しい剣戟が十数合交わされた。
3対1という状況にも関わらず、戦況は両者譲らず五分五分である。
「本当に強い……同じ人間とは思えん程だ」
「……お前達も、強い」
卑怯と罵られるのを覚悟の上で背後から攻め続けている3人に対して、呂布から発せられた言葉は本心から出た感想であった。
「フフフ、天下の飛将軍にそう言って貰えるとは光栄の極みと言うもの」
あまりにも無垢な呂布の言動に、趙雲も素直に言葉を返した。
「……でも、恋が勝つ」
再度、呂布の戟が牙を剥いたのだった。
その後は戦況が一変した。
3対1という状況にも慣れてきた呂布が野生の勘とも呼べる本能を発揮して、背後からの攻撃にも十分対応し始めたのだ。
結果、3人の傷ばかりが増えることになったのである。
その中でも張飛は小柄な為、馬上での踏ん張りが利かず一番疲弊することとなっていた。
呂布は相変わらず無表情であるが、戦うごとに闘気が充実していくようであった。
「はぁ……はぁ……、め、めちゃくちゃ強いヒグマなのだ」
「まさに鬼神の如き強さ、ここまで通用しないとは……」
彼女らの考えた万策は尽きていたのだ。
――公孫賛軍・本隊――
【李鳳】
戦場中央で袁紹軍と共に董卓軍の本隊を相手にしている李典と李鳳も、関羽らの不利な状況を遠目ではあるが視認していた。
「呂布っちゅうんはホンマもんの化け物やでっ! ……姐さんら、ヤバイんちゃうか?」
「そうみたいですね」
李典の焦る態度とは対照的に冷めた反応を返す李鳳であった。
「みたいですねって……アンタ、軍師なんやったら何とかしよ思うんが普通とちゃうの?」
「ククク、私の献策は鬼畜の戯言と全て聞き流されたのに……今更ですか。最初から百人以上で呂布を取り囲んで、連弩による無差別連射で射殺せば良かったでしょう」
万に匹敵する呂布を数百人の犠牲で倒せるなら……安いもんでしょう。
「……いやいや、そらアカンやろ。呂布倒せても、仲間もぎょうさん死ぬことになるやんか」
採用されへんかったんも当然や、と言い切る李典。
なるほど……結果だけでなく効率も重要視されるわけか、最小限の被害で最大限のダメージを与える事は基本ですからね。
そうなると……この世界には希少ながらも火薬があることだし、自爆突撃(バンザイアタック)を仕掛けると効率的だな。ククク……、非人道的手段を用いれば老師達のような怪物を越えた怪物以外なら然程難しくも無く殺せるだろう……。
せっかく主の為なら喜んで死んでくれそうな兵が沢山いるんだし……クヒヒヒヒ、マインドコントロール万歳(マンセー)ってか。
「放って置いて味方が千人以上殺されるくらいなら、十分価値ある作戦だと思ったんですがねぇ……まぁ、勇将をもう一人追加出来れば倒せる目も出るんですが……」
まっ、今更過ぎて……やる気も興味も……。
「ほ、ほんなら、ウチかアンタが援護に向こたらどないや?」
李典が閃いたとばかりに李鳳に訊ねる。
えー……呂布って問答できそうに無くて、つまらなそうだし……マンセーが行くことになったら俺が部隊の指揮を……ダメだっ! それも面倒だから、ダメだっ!
「ここを離れて本隊が崩れたら、元も子もありませんよ。“将軍”として、自重して下さい。……将軍と言えば、張遼将軍はどこに居るんでしょうか? 私はむしろ呂布よりも張遼の方に興味津々なんですよ、クックック」
張来来! 遼来来!
噂によると呂布より全然面白そうな素材じゃないですか、クヒャヒャヒャヒャ。
「……張遼?」
笑う李鳳に対して、不機嫌になる李典。
「まっ、我らが将軍達の踏ん張りに期待しましょう。あれだけ大見得切ったんですから……負けたら大爆笑してやりましょう! 『えぇっ!?』って言う顔で迎えてあげましょうか……あっ! 死んじゃったら無理ですねぇ、クヒヒヒヒ」
「……張遼……張遼なぁ」
李典の耳には届いてなかった。
――虎牢関・城門付近――
【関羽】
呂布の攻勢は続き、張飛はボロボロになって肩で息をしている。
趙雲も手足に痺れが残っていた。
関羽は横目でそんな張飛と趙雲を見た。
その後、心配そうに見守っている背後の部下や董卓軍を食い止めている本隊に目をやり、最後に呂布に視線を戻して重い口を開いた。
「鈴々、星、しばらく休んでおれ」
「なっ、何を言っている? そんな状況ではなかろう!」
「そうなのだ! 休んでたら負けてしまうのだ!」
関羽の言葉を聞いて、激しく騒ぎ立てる2人。
しかし、関羽は懇願するように続けた。
「……少しの間、私に任せては貰えぬか? こんな事を頼めた義理ではないが……呂布と、一騎打ちをしたいのだ……“将軍”として」
武を競いたいワケではない、と真剣に話す関羽に趙雲は思わず笑みを浮かべた。
「フ、フフフ、連合に参加してからの愛紗は変わったな。……ふむ、メンマと酒」
「え?」
突然の趙雲の言葉に疑問符を返す関羽。
「それで手を打とう、フフフ」
「鈴々は、お肉なのだっ!」
理解した関羽は笑い声を上げて応えた。
「ハッハッハ、加減はしてくれよ!」
そう言って、一人馬を前へと進めるのだった。
……私は、本当に良い仲間に恵まれた。
良き主、良き軍師、良き将、良き軍馬、良き部下……これだけの者が、私を支えてくれている。
「すまぬな、待たせてしまったようだ」
話し合っていた間、呂布はこちらを攻撃してこなかった。
「……いい、恋が勝手に待った」
「フフフ、そうか」
呂布よ、お前はまさしく天下無双だった。
個の武力で、お前に勝る者など居ないであろうな……正直、感服した。
互いに愛用の武器を構え、馬を走らせる。
「……これで、殺す」
「ああ、同感だ。そろそろ決着をつけよう」
黒髪の軍神・関羽と赤髪の鬼神・呂布が再び得物をぶつけ合う。
「はぁぁ!」
「…………」
気合の一撃と無言の一撃で火花が飛び散った。
偃月刀と戟が激しく弾かれ合う。
膂力は呂布が上、しかし、足場である軍馬は関羽の方が上だった。
先の戦で華雄を討った褒美として、公孫賛が関羽に与えた黒馬である。
白馬隊に代表される公孫賛軍が所有する軍馬にあって、珍しく黒鹿毛で、決して駿馬ではなく、体躯だけが大きかったその馬は荷台を引く為に連れて来られていたのだ。
気性は大人しいが負けず嫌いな一面もあり、他の馬に速さでは劣っていても、押し通る胆力と、絶対に引かない頑固さと強靭さを持っていたのである。
その姿を見た関羽は一目で気に入り、頂戴するならばこの馬が良いと言ってのけたのだった。
融通の利かない誰かさんによく似ている、と李鳳が悪意を込めて『黒蓮』と名付けたのである。
しかし、関羽はこの名前も気に入っていたのだった。
数合の打ち合いでも両者は互角の戦いを見せていた。
呂布は趙雲に受けた腹部の傷から出血して本来の力が出せていないのもあったが、人馬一体となった関羽が予想外の力を発揮していたのである。
呂布よ、確かにお前は最強だ。
一人では歯が立たないだろう……だが、私は一人ではない。
義姉妹の契りを交わした桃香様と鈴々がいる。
志を同じくする星や朱里や雛里がいる。
慕ってくれる部下や民達がいる。
私の武を認めてくれた公孫賛殿がいる。
黒蓮、李典、それに李鳳も支えてくれている。
おお、私には幾万の力が宿っているぞっ!
呂布よ、お前はどうなのだ?
その身にどれだけの想いを宿している?
最強が故に、お前は孤独だったのではないのか?
並び立つ者がいないことは、孤独ではないのか?
競い合う楽しさを久しく感じていないのではないか?
お前の一撃一撃が、私の心に響く!
お前にも護りたい物があるだろう!
守りたい者がいるだろう!
貫き通したい信念があるだろう!
だがっ!! 私はその全てを越えて行くぞ!!
さぁ、活目せよ……!!
「我こそは劉備・公孫賛共闘軍が一の将・関雲長であるぞっ!!」
ここにきて再び名乗りを上げた関羽の雄叫びが大地を揺らした。
そして黒蓮を駆り、呂布へと突き進んだ。
「……恋は呂布。月は恋が守る!」
関羽に触発された呂布も叫びを轟かせ、両者は三度衝突した。
メキッという打撃音の直後、ボキンっという鈍い破壊音が響いたのだった。
衝突の刹那、一瞬早かった呂布の戟が関羽の左肩を破壊したのである。
「ガハっ……!」
周囲の兵達を絶望という感情が覆いつくした。
……ま、まだ足りぬというのか。
私では、届き得ぬ領域だというのか…………否っ!
私はまだ皆から貰った力を使っておらぬ!
今日ここで戦えなくなっても良い……。
主よ、友よ、仲間達よ――……今、私の中に宿るすべてのものよ。
我に、力を――……。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「……つッ」
ベゴォォンという凄まじい衝撃音が鳴り響いた。
関羽は残った右腕だけで偃月刀を振り抜き、方天画戟を圧し折ったのである。
さらにその圧力に耐え切れなかった軍馬の後ろ足まで砕いたのだった。
「見ろよ、軍神さまは負けてねぇぞ!」
「ああっ、流石は関羽将軍だっ!!」
途端に大歓声が巻き起こった。
得物と愛馬を奪われ、自身の両の足で地面に立った呂布は腹部の負傷はあるものの、動けないという程ではなかった。
一方、左肩から激しく出血する関羽は、もはや黒蓮に跨っているのが精一杯の状態であった。
「「愛紗っ!?」」
張飛と趙雲が声を上げるが関羽の耳には届いていなかった。
呂布を見据える目は失血により霞み、左腕は完全に死に、偃月刀を持つ右腕も麻痺し始めていたが、それでも人馬共に闘志は萎えていなかったのである。
「……フフッ、自慢の戟はもう使えまい。私の左腕も……もう動かん……だが、……だが、まだ戦える! 我らはまだ闘えるっ! そうだろう、呂布奉先っ!!」
その気迫は常軌を逸していた。
「……関羽、――」
呂布が何か言いかけた時、戦況に大きな変化が起こったのだった。
『一斉射、放てなのです!』
陳宮の号令と共に城壁から弓矢隊による攻撃が行われたのである。
矢の照準は呂布と対峙していた関羽に定められていた。
負傷している関羽に避けようは無かった。
しかし――。
「愛紗、大丈夫か?」
「しっかりするのだっ」
張飛と趙雲が助けに入り、矢を打ち払ったのである。
「呂布殿ー、今の内に砦内に戻って下されー」
「……ちんきゅー、……(コクッ)」
陳宮隊の援護を受けて呂布は虎牢関へと戻って行ったのだった。
しかし、関羽はそれを見届けることなかった。
黒蓮にもたれ掛かるようにして、意識を失っていたからである。
『軍神 VS 鬼神』でした。
……戦闘描写ェ
次回の更新予定は未定です。




