59話
――虎牢関――
『難攻不落』という名を欲しいままにし、都を守護する聖なる防壁――それが虎牢関。
関を作るという立地条件にこれ程適した場所はないと言われるほどで、あの汜水関をも凌駕するその規模は威圧感すら漂わせているようである。
汜水関を発ってから二日後、ようやく連合軍は虎牢関に到着したのだった。
――連合軍・曹操陣営――
曹操軍の攻砦兵器は李典の提案した突貫改造を基に技術部の工兵総出で貫徹して改良をやり遂げたという。
一刀も改造の現場に立ち会っていたものの、李典との一件で鬱モードに突入し、技術員の誰も話しかけれなかったのである。
虎牢関攻略の陣頭指揮を取る曹操は兵器の改善結果に及第点を与え、実戦での活躍を期待している、と一刀に告げたのだった。
その言葉を聞いた瞬間、悩んでいた事は脳の片隅に追いやり、期待に応えることが出来れば念願の“ご褒美”が待っていると浮かれるのであった。
一方、良い報告が聞けてご機嫌な曹操は片肘をついて虎牢関を眺めていた。
「ふふふ、一筋縄じゃ落ちなさそうね」
その表情はどこか楽しげであった、次の伝令を聞くまでは――。
「報告します。袁紹様より布陣について要請がありました」
「どういうことかしら? 今回の指揮は私に一任されていたはずだけど?」
威圧的に訊ねる曹操に顔面蒼白となる使者がビクビクしながら書簡を差し出した。
曹操は衛兵に受け取らせ、中身を確認して溜め息を吐いた。
「ふぅ……少しはやると認めていたのだけれど、ただのお人好しの馬鹿者だったようね。わざわざ麗羽にまで報告するから……要らぬ恨みを買って貧乏くじ引かされるのよ」
「袁紹は何と? 布陣に関しての意見と言っておりましたが?」
皆気になっているようで、夏候淵が代表して聞いてみたのだ。
曹操は黙って書簡を夏候淵に渡した。
「虎牢関は公孫賛と劉備軍を最前線として華麗に攻略すべし……」
「へっ、また?」
「ん? 先の汜水関で充分活躍したのに、また奴らが先陣なのか?」
一刀が疑問の音を漏らし、夏候惇も疑問をそのまま口にする。
「姉者の言う通りだ。しかし……だからこそ、だろうな」
「あっ! なるほど……」
「ん?」
一刀は察しがついたが、今度は夏候惇がハテナマークを浮かべている。
「目立ち過ぎたのが気に入らないのよ、麗羽は。それなのに、あの2人はまた協力して戦うなんて言い回ってるもんだから、面白くなかったんでしょうね」
「そ、そんな理由で……また負担の大きい先鋒をやらされるのかよ……?」
曹操の的確な予想に一刀はただただ呆れるばかりだった。
「ふぅ……便宜を図ってあげてもいいのだけれど、先の合戦で出し抜かれるのはこちらも同じだわ。お馬鹿さん達がどう対処するのかを見るのも一興ね…………手はあるわ。まっ、これに気付けたら私の好敵手として及第よ」
意地の悪い笑みを浮かべて伝令を送る曹操であった。
しかし、伝令の内容を確かめていた荀彧と夏候淵が口を挿んだ。
「ここで潰れてしまうようなら、所詮はその程度の勢力だったということか」
「フフフ、華琳さまの笑顔も素敵だわ」
「伸るか反るかはお馬鹿さん次第よ。気付かないような駄馬なら、将来は無いわね」
不敵な笑みを浮かべる曹操は何かを期待するかのようであった。
一刀もそんな曹操を見て口元が綻び、さらに兵器の活躍とその後の秘め事を想像してニヤけるのだった。
しかし、部隊に戻り楽進らと顔を会わせると、頭の隅に追いやったはずの『李典との一件』が再読み込みされ、再び表情を曇らせ頭を抱えたのである。
嘘をついてしまったことは後悔しているが、今更本当の事なんか言ってガッカリさせたくないという思いで黙っていることを選択したのだった。
一刀は楽進らにも良く見られたいという想いから、旧友との仲を取り持ち、頼れる男をアピールしたかったのである。
ところが、友人関係の修復に関しては余計な事をして、傷口をただ広げただけであった。
そして、その事が後に彼女らを決定的に裂くことになろうとは、一刀自身思ってもみなかったのである。
さらに、交流会の夜より悩み続けてきた一刀は、翌日信じられないような展開で自身の状態を打破することに成功するのだった。
――公孫賛・劉備共闘陣営――
袁紹と曹操からの伝令を受けて共闘陣営は軽いパニック状態になっていた。
「えっ、えっ!? な、なんで? どうしてっ? どうして、私達がまた最前線なの?」
「落ち着いて下さい、桃香さま」
「そうなのだー。また鈴々が粉砕してやるから大丈夫なのだ!」
一番慌てていたのは、蜀の大将である劉備玄徳だった。
と言うよりも、バタバタしているのは劉備だけである。
関羽と張飛は気合が漲っており、諸葛亮と鳳統は竹簡と睨めっこしながら策を練っていた。
また、公孫賛と趙雲は非常に落ち着いて構えており、李鳳と李典に関しては脱力感すら醸し出していたのだ。
「李鳳さん、この方針どう思いますか?」
「いいと思いますよ……任せます」
「ここなんですが……?」
「いいと思いますよ……任せます」
諸葛亮と鳳統が献策を持ちかけて精査を頼むが、李鳳はのらりくらりと質問をかわし挙句に丸投げする始末である。
それは孫呉との対面で疲弊した心身を回復させるかのようであった。
しかし、李鳳の態度にも蜀の2大軍師は気にした様子も見せずに考えた策と布陣の詳細を皆に説明を始めたのだった。
「虎牢関攻略の陣形は次の通りです。まず、私達が中央・前衛、曹操軍が右翼、孫策軍と馬超軍が左翼をそれぞれ担当します。袁術軍は中央・後衛で後方支援となります。そして……袁紹軍が中央・中衛に布陣する形になります」
「……袁術軍は、今回も何もしない気ではあるまいな?」
関羽は素直に疑問を口にした。
「クックック、袁家の方々は独特の感性と思考をお持ちのようですからねぇ」
「袁術然り……、袁紹然り……やで、せやから考えてもしゃーないっちゅうこっちゃな」
気にすな、気にすな、と笑う李典であった。
「なるほど……我々は我々に出来る事を精一杯やる、と言うことだな!」
「粉砕なのだー!」
「ニッシッシッシ、そう言うこっちゃ、なっ!」
「「ヤー!」」
俄然やる気を見せる蜀陣営だった。
「陣形は理解したでござるが、実際どう攻めるのだ? 虎牢関は汜水関以上に堅牢で呂布や張遼といった将軍も控えておる、厳しい状況に変わりはないであろう?」
「はい、虎牢関を私達だけで抜くのはほぼ不可能です。まずは左翼と連携して敵の注目をこちらに集めます。その為に、再び教祖様の開発した李典槍と連弩を使用します」
「修理は済んどるで、バッチシや!」
「「「「……教祖さまっ?」」」」
李典は自信の声を、他の者は別の疑問の声を上げる。
しかし、諸葛亮は何も聞こえなかったかの如く説明を続けた。
「敵の目がこちらに集中している間に、右翼の曹操軍が攻砦兵器で城壁と城門を崩しにかかります。しかし、私達はこれが本命ではありません。教祖様と李鳳さんが調合した特製の煙玉を投石器で関所内に放り込み敵を焙り出す事こそが真の狙いなのです」
「左、右、左……まさに基本ですね、クックック」
皆はそれぞれに作戦の内容を頭に刷り込んでいた。
「うまく炙り出せたとしても……前線である我らは相当の損害を被ることになるのだな?」
公孫賛はやはり被害の大きさを気にしているようであった。
関羽や趙雲、それに張飛は腕が鳴ると張り切っているが、公孫賛などの君主はやはり配下の者達が心配のようであった。
すると、諸葛亮が自信有り気に切り出した。
「そこで一つ妙案があります。敵軍が攻めに転じたら――――」
諸葛亮から語られた内容は自軍の被害を最小に抑えるだけでなく、敵にも充分なダメージを与え得るものであった。
更に、この嫌がらせとも思える指示を出してきた張本人である袁紹への意趣返しも少なからず含まれていたのである。
そう、図らずもそれは覇王・曹操が描いた青写真であった。
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