57話
――連合軍・曹操陣営――
曹操軍の主要な武将と軍師が集まり、虎牢関攻略に向けた軍議が開かれている。
そして今、話題は関所を守る董卓軍最強を誇る2人の将軍になっていた。
【北郷】
天下無双の飛将軍・呂布と神速の用兵・張遼か、俺でも知ってるビッグネームだ。
華琳は2人とも捕らえて配下に加えたがってるけど、呂布に関しては春蘭と桂花だけじゃなくて……あの秋蘭まで反対しているんだ。
春蘭に秋蘭、それに季衣と流流まで犠牲にしないと捕らえられないって……どれだけ強いんだよ!?
黄巾党を一人で3万倒したって?
一人ってことは一部隊か? 一部隊って何人いたっけ……?
えっ、文字通り一人っ!?
人和(れんほう)から聞いた情報で間違いないって!?
それって……本当に女の子なの? 何十メートルもある化け物だって言われた方が納得できるんだけど……?
あっ、良かった……呂布は諦めるらしい。
だけど、張遼は絶対に捕らえろって……華琳の人材マニアぶりはほとんど病気だな。
桂花が用兵で張遼を孤立させて、春蘭が捕らえる流れみたいだ……2人とも張り切ってるなぁ……。史実じゃ確か張遼は捕らえて魏の武将になってたはずだし、呂布は縛り首にしてたっけな……。
俺もやれることやって、しっかりアピールしなきゃ……いつ見限られるか分かったもんじゃないしな。
……それに、頑張った人にはご褒美があるって噂は本当みたいだ。黄巾の乱の鎮圧直後、桂花が夜中に呼び出されたらしい……翌朝の上機嫌ぶりは異常だったもんな。
絶対『何か』あったんだ……俺も、俺もその『何か』が欲しいんだよ! 羨ましいんだよ!
でもこのままじゃ、また春蘭や桂花だけがご褒美貰うことに……どうにかしないと……。そうだ、俺個人が無理でも俺の隊なら……凪なら可能性はあるんじゃないか……?
桂花の用兵を逆手に取って上手く張遼を捕縛できれば……手柄は必然的に隊長である俺のモノに……!
桂花の用兵で敵を分断している間に遊撃隊として春蘭より先に凪を張遼にぶつけることが出来れば……隊の指揮は沙和に任せれば大丈夫……なはずだよ。
でも、あからさまな行動はダメだ。
自然な流れでそうなったように装わなくてはいけないんだ…………うーん、やっぱり無理かなぁ……?
「敵は汜水関の時とは違って、徹底した籠城戦を仕掛けてくる可能性が非常に高いわ。桂花、攻砦兵器は準備出来ているのかしら?」
「6台準備してありますが、まだまだ精度、飛距離、威力などの課題が山積みとなっております。実戦でどこまで耐え得るか……あんた、どうなのよ?」
「どうもこうも……実戦を想定した試験は1度しかやってないんだから、絶対大丈夫なんて言えないよ」
試作段階の投石器と攻城車を今回虎の子として準備していたのだ。
一刀の発案で『てこの原理』を応用した物や、釘と金槌を模した2種類の戦車も開発しているのだが、完成度はかなり低かった。
虎牢関で耐久度や威力の試験を実施する予定でもあり、一刀はその分析班のサブリーダーも兼任していた。
つまりはデータ取りを最優先として動き回り、戦闘には関与しないポジションが今回の一刀の役目であった。
データ解析によって兵器を改良することは非常に重要なことであるが、ご褒美に繋がるのはまだまだ先であり、今後も功城戦が続くとは限らないのである。
日の目も見ずに終わると必然的にご褒美などサヨナラであるのは明白だった。
そこで、一刀はある提案をしたのだった。
「なぁ、華琳。技術交流会を開くっていうのはダメかな? 友好的な関係を築けている勢力となら兵器に関する技術や知識について見聞を広める事は互いにとって有益になるんじゃかなと思うんだよ」
「つまり草案段階の兵器情報を開示し合うということかしら?」
少し興味を示した曹操が聞き返した。
「せっかく連合として1つの目的の為にこうして集まってるんだし、この機会を逃す手はないと思うんだよ。特にあの攻防一体且つ装着の有無を可能にした兵器を開発した公孫賛軍の技術力は並外れていると言っていい、此処で親しくしておくことは……この先きっと役立つはずなんだよ」
「……一理あるわ。ただし、代わりにこちらが提示するものは何かしら?」
その価値に見合うだけの対価を用意できるのか、と聞く曹操に対して一刀ははにかんで答えた。
「天の知識……ってのはどうだろう?」
「…………分かったわ。こちらの手札もある程度見せて構わないから、可能なら李典を引き抜きなさい! やり方は全て貴方に一任するから、励みなさい」
「りょ、了解」
一刀の提案する兵器の発想は新しく、現時点での技術力では完璧に再現出来ていないのであった。予定スペックに達しないのでは、兵器としては欠陥品としか言えない。
そこで、一刀はドリル製作者の李典に目をつけたのだった。
傘を模した開閉式盾を槍を取り付けるなど数々の絡繰を発明している自称天才に、一刀は興味を惹かれたのである。
それに凪と沙和とも知り合いである為、色々と便宜を図れると思い立ったのであった。
翌朝、虎牢関に向けて進軍する連合の各諸侯はというと――。
――袁紹陣営――
「斗詩ぃ、あたいも姫と一緒に馬車で寝てちゃダメかぁ?」
馬上でワガママを言う文醜に顔良が一喝する。
「ダメ! 今日はクジで一番引いたんだから、ちゃんと警戒してないと連合全体に迷惑かかっちゃうでしょ!」
「うぅー、姫だけまだ寝てるなんて……ズッリぃーなぁ」
「まぁまぁ、文醜さま。ここは顔良さまを助けると思って頑張って下さい」
顔良をフォローし文醜を励ましているのは、陳登であった。
彼はまんまと袁紹軍に紛れ込んだどころか、顔良から信を得るまでに接近していたのだ。
だからこそ、報告は全て丁奉に任せきりである。
そのことに丁奉が不満を抱いているとか、いないとか。
――袁術陣営――
袁術は袁紹同様馬車に揺られて夢見心地である。
「むにゃむにゃ……ハチミツ……美味ぃ」
「ウフフフフフフ」
張勲は部下への指示を済ませて、寝床の袁術の側に付きっ切りで寝顔を見ていた。
――孫策陣営――
「あの小猿まだ寝てるらしいのよ、結局昨日の呼び出しは何だったのかしら?」
「さぁね。今日の行軍についてか……あるいは、先陣で目立った事に対するやっかみでしょ?」
「きっと後者ね……それより、祭の様子はどうなの?」
孫策が周喩に尋ねた。
「薬が効いたみたいで、今朝はもう顔色も良かったわ。丸一日静養すれば問題無いって言ってた李鳳の話は本当だったみたいね」
「……そう。何よりだわ」
含みのある返答を返した孫策は周喩を観察している。
「それよりも、問題なのは蓮華様の方よ。昨夜戻ってからは興覇とも一言も交わしてないらしいのよ」
「仕方ないんじゃないの? 黙ってたのは事実なんだし、彼の言った事もあながち外れてないわ」
「雪蓮ッ!」
他人事と言った感じの冷たい態度に周喩が声を荒げた。
「心配しなくても、あの子なら自分で立ち直るわよ。私よりも賢い分深く悩むだろうけれど、それでも必ず答えを見つけてくれるって……私は思うわ」
「……フフフ、なるほど。では、私も信じるとするか」
「あら、今回は勘じゃないわよ?」
「フフフ、いいのよ。私が信じるのは蓮華様自身だから」
笑う周喩に孫策が表情を変えて問う。
「呼び出したのはこっち、先に手を出したのもこちら……状況だけ見ればこちらが仕掛けたように見えるのに、あからさまな挑発を繰り返してきたのは李鳳……彼はいったい何がしたかったと思う?」
「昨晩からそればかり考えているのだけれど……見当も付かないのよ。真名侮辱の意趣返しにしては過剰な罵声の数々と好戦的な態度、更に毒まで仕込んでいたという事実から戦闘を前提としていた可能性も否定出来ないわ」
頭痛がするといった様子で頭を押さえる周喩。
「……何の為に?」
「そこが分からないのよ! 戦闘を避けたいなら挑発なんてしないでしょうし、そもそも呼び出しにも応じないはずよ。それを李典将軍という後詰も準備していたことから、万が一を想定していたことは確実よ。我らを脅威と見て先手を打ったとも考えられるけれど、今の私達は所詮小猿の客将でしかない。それに結局何事も無かった事として収めてしまった……彼の真意が見えないわ」
蜀の軍師と同じく思考のループに陥ってしまった呉の名軍師であった。
すると、孫策が真面目な表情で口を開いた。
「ねぇ、冥琳。それよりも……貴女の体調は平気なの?」
「フフフ、どうしたのよ突然?」
珍しい事もあったものだと笑う周喩に対して孫策は真剣そのものだった。
「昨夜ね、李鳳が貴女にも処方しましょうか、って言ってたのが聞こえちゃったのよ」
「……ああ、それね。制御不能のメス猫のせいで気苦労が溜まっているだろうからって漢方薬を煎じると言ってきただけよ。誰かさんが暴走しなければ大丈夫だって丁重に断っておいたわ」
周喩の言葉を吟味する孫策であったが、しばらくして声を上げた。
「ぶーぶー、誰かさんって誰よー? 最近の私はかなり自重してるわよ!」
「ウフフ、そうね。このまま……そうあって欲しいわ」
互いに笑い合う2人であったが、互いに思うことは違っていた。
――公孫賛陣営――
【李鳳】
「李典隊には頑張ってもらったが、間者は逃げ果せたみたいだな」
白馬に跨る公孫賛が李典に声をかけた。
「遠くに馬影は見えたんやけどな、あンじょぉ逃げられてもてん」
へっ!? 見えたんだ?
……居るかもしれないとは思ったけど……本当に間者を忍ばせようとしてたのか。
それにしても……。
「そうだ、李典に曹操から今夜の技術討論会の招待状が届いていたぞ」
「技術討論会やて?」
「ああ、何でも天の御使い主催だそうでな。優れた技術者を集めて虎牢関攻略の為に、功城兵器を改良したいそうなんだ……行ってくれるか?」
公孫賛が訊ねるが、李典は下を向いたままである。
「ん? イヤなら断ってくれても構わないそうだぞ」
「――ちゃ、――やんか……」
李典の呟きが聞こえた。
「ん? 何だって?」
「めっちゃ面白そうやんか! 絶対行くでぇ、天の知識っちゅうんも聞けるんやろ?」
「あ、ああ、そう書いてあったが……」
「ほな、決まりや! アンタも行くや…………伯雷?」
李鳳を誘おうとした李典が口ごもった。
李鳳から黒々としたオーラが発せられているからである。
「ど、どないしたんや?」
「私はね、マンセー」
「な、なんや?」
いつもと違ったトーンで語る李鳳を不気味に感じる李典。
「どちらかと言えば、争いは嫌いじゃありません」
「あ~、そんな感じやな」
「物理的な暴力は好みませんが、言葉の暴力は大好きなんです」
「……分かるで」
呆れ顔で納得する李典。
「でもねぇ、問答無用って言うのは嫌いです」
「はぁ」
「その問答こそが大好物なんですよ!」
何を言いたいのか分からない李典は不気味なオーラに圧倒されて笑うしかなかった。
「あ、あははは……そ、そうなんや」
「ですからね、問答無用で仕掛けてくる輩(やから)や私から楽しみを奪おうとする輩は大嫌いなんですよ」
「さ、さよか……」
なぜか冷や汗が出る李典。
「私はね、受けた恩は比較的すぐ忘れる性質(タチ)なんですが……」
「あんまり誉められた事とちゃうな……」
「受けた屈辱と楽しみを奪われた怨みは……一生忘れないんですよ」
「そ、それも誉められた事とちゃうな……」
ぐっしょり汗ばむ李典。
「そうそう、マンセーは『断金の交わり』もしくは『断金の仲』という言葉を聞いたことがありますか?」
「えっ!? い、いや、ないで」
突然質問されて、どもってしまう李典。
「金属をも断ち切れる程の固い友情という意味らしいんですがね……そんな固い友情なら濃塩酸と濃硝酸ぶちかけて、ねじ切ってやりたいとは思いませんか? クヒャッヒャッヒャッヒャー」
突如、大声で笑い出した李鳳に公孫賛は完全に引いていた。
「あー……伯珪はん、今夜はウチ一人で行くさかい」
ククク、孫呉の悲願だとっ!? 孫家の再興!?
せいぜい夢見てるがイイ……再興? 悲願?
笑わせてくれる……最高の悲劇を演出してやるよ!
ボロ雑巾のようにしてからドブに沈めてるやる、クッヒッヒッヒッヒ。
批評、指摘、要望、感想などありましたら、
ドシドシお願いします。




