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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
汜水関の攻略
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56話

騒動の後に……


 その出来事は、急報として汜水関に駐屯する連合の全諸侯へと伝えられた。


『今しがた林内を警邏していた孫策軍の小隊が、董卓軍斥候あるいは華雄軍残党と思われる一団から強襲を受けた。応戦し撃退するも、数名が負傷。尚、敵は毒物を所有していたとのこと。付近の警戒および飲み水への注意を怠らないよう徹底せよ、とのことです』


 総大将代理として顔良将軍が出した命令であった。

 袁紹は例の如く、すでに就寝していたからである。


 諸侯の反応や対応はまちまちであったが、内容自体を疑う者は居なかった。

 まさか内輪揉めのイザコザを隠蔽する為だけに、この状況下でわざわざ連合全体を巻き込んだ嘘をつく者が存在するとは流石の名将・名軍師も考えなかった。

 また、これが裏切りや連合に害を為さんとする陰謀だったとしても、警邏兵を増やし、付近の川や井戸水を警戒する程度であれば、明日汜水関を発つ連合にとっては大きな支障にはならないという判断を下したのである。


 しかし、この事に驚愕の色を示した人物がいた。


 それは当然、嘘吐きの張本人である李鳳ではない。

 共犯者となる孫呉の面々でもない。

 警邏中の李典でもなければ、主君の公孫賛でもない。

 公孫賛の友人の劉備陣営でもなければ、就寝中の袁家などあろうはずもない。

 天の御使い北郷を擁し、覇王・曹操が率いる魏軍でもなかった。


 そう、それは連合軍ではなかったのである。





――虎牢関――


 華雄討ち死の報を受けて以降、しんみりとした雰囲気の漂う董卓陣営にあって、一人激しく喚いている人物がいた。


 虎牢関に配置された唯一の軍師である陳宮だ。


「うぬぬぬぬぅぅ、これはあの馬鹿猪の呪いなのですっ! あっさり敵の挑発に乗って返り討ちにされただけでは飽き足らず、ねねと賈駆殿の策まで潰してくれるとは……腹立たしい限りなのですよっ!」


 ぷんぷん、と怒りを表現するかのように手を挙げる陳宮。


「落ち着きて。華雄の独断専行は折込済みやったんやし、聞いた話やと1撃でやられてもうたそうやんか。華雄は猪やけど弱ないで、関羽っちゅうんが相当な武人いう証拠や。油断でけへん相手やけど……戦えるんが楽しみやで」

「…………関羽? …………関羽」


 追悼の酒と言い張ってガバガバ呑む張遼。

 関羽という名を頭に刻み込みながら食事を続ける呂布。


「落ち着いてなどいられないのですっ! あの猪がやられても足止め出来るよう汜水関には罠を準備しておいたのですぞ。それを……あの猪の暴走で全て水の泡なのです! 『お腹イタタタタ作戦』も頓挫せざるを得なくなってしまったのです! それもこれも、全部馬鹿猪のせいなのですよ!!」


 ブンブン、と手を振って怒声を上げるが、迫力には欠ける陳宮であった。

 しかし、陳宮が文句を言うのも仕方のないことだったのだ。


「賈駆っちと考えたっちゅう井戸とかに毒盛って足止めする策か……ウチはそう云うん好かんけど、肝心の作戦実行するはずやった副官と側近らが選りに選って華雄に行動不能にさせられたんやから笑えんわな」


 苦笑いしながら話す張遼に陳宮の怒りは倍増する。


「ねねはクスリッとも出来ないのですっ! 賈駆殿が申された通り、もしもの時はやはり猪を切り捨てるべきだったのですよ! だいたい猪は以前から策を蔑ろにして、ねねを小馬鹿にしてきたのです! 霞殿がどうしても見捨てられないと言われたので、土壇場になって助命を言い含めておいたのが今回は裏目に出たのですよ!」

「しゃ~ないやんか、ウチかて想定外やったんやで。そんなん言い出したら、実行者は華雄から遠い人物にしたら良かったやん?」

「味方にも内緒の極秘作戦だったのですぞ! 信頼の置ける者にか任せられなかったのは当然なのですっ!」


 火に油を注いでしまったかの如くプンスカ激しく怒る陳宮。


「せやった、せやった。悪かったて、ウチの失言やったわ。ほんでも、まさか華雄軍の逃げ遅れがまだ汜水関の近くを潜んどったとはなぁ。これで完全に敵さんに警戒されてもて、忍び込むんも無理になってもたな」

「だ・か・ら、“呪い”だと言ったのですぞ。きっと、あの猪の馬鹿さ加減が部下にも蔓延したに決まっているのです! 逃げ出すのなら徹底的に離れやがれ、なのですよ!」

「呪いは一旦置いといて、もし策がバレとる……あるいは予測されとったとしたら……あっちには相当用心深いキレ者がおるっちゅうことになるで」


 呪いは信じていないが、予見されていたとしたら厄介だと真面目な表情を見せる張遼。


「連合も烏合の衆の集まりばかりでは無いということですか……?」

「少なくとも、華雄を倒した関羽はタダ者やないで。えげつない程の弁舌と武勇を兼ね備えとるか、台本書いたキレ者が最低1人はおるっちゅうことになるな」

「……ちんきゅー。……関羽、強い?」


 糧食を食べ終わった呂布が陳宮に尋ねた。


「大したことないのです! 恋殿の武は最強なのです! 恋殿に敵う者などいるはずないのですぞ!」


 自信満々に語る陳宮。


「うんにゃ……アホほど強いで!」

「霞殿ッ!?」


 張遼に自分の言を否定され驚く陳宮。


「ウチかて一騎打ちで華雄とやりおうたらナンボでも勝てるで。せやけどな……1合では無理や。たった一振りで両断したっちゅうことは……恋に匹敵する武やってもおかしないで」

「霞殿……」


 将軍として、一武人としての冷静な意見を述べる張遼。

 あの『神速』と畏怖されている張遼が戦わずして敵を賞賛し、暗に自分よりも強いと言ってる事実に驚きを隠せない陳宮であった。

 だが、張遼に気負いなどなく、強い相手だからこそ戦いたいと思っていた。

 そして、呂布もまた落ち着いた雰囲気のまま静かに闘志を燃やしていた。


「……関羽は、恋が殺す」


 呂布は宣戦布告を言ったのではない。

 呂布が口にしたのは、皆を守るという確固たる決意だった。


 その後、陳宮と張遼は虎牢関での防衛戦に備えて策を練ると共に、総大将である賈駆にも早馬を出して現状を知らせたのである。

 その内容は、連合には注意すべき人物が複数存在しているので計画を急げというものだった。


 怪しげな兵器を使い、鼓膜を劈く罵声を吐き、豪勇・華雄すら物ともせず、あの汜水関が半日と持たずに落とされ、隠れた計略の全てを見透かされたという事実を知らされた賈駆の驚きよう足るは侍女が何事かと駆け付けた程であったという。



 彼女らは夢にも思わないだろう。

 まさかこれが、一軍師の趣味や虚言によるものだったとは……夢にも思わないだろう。





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