表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
汜水関の攻略
55/132

55話

孫呉との対面その4

――汜水関付近の林――


 しばらく警戒を続けていた李鳳だったが、相手が内輪で相談し始めたので武器を収めていた。


 そして、様子を見ることにした李鳳ではあるが、彼は焦っていた。

 思い描いていたシナリオと異なってきたからである。


 孫策らが合流したことで、李鳳から笑みが消えていたのだった。



【李鳳】


 俺って今……裁判で判決を待つ被告人みたいだな。

 後からやってきた孫策達に興覇が状況と経緯を説明中なわけだが……どうして俺が帰っちゃいけないんだ?

 偉そうに待ってろなんて言いやがって……。


 っていうか、原告側の一方的な弁論だけなんて不公平だ!

 そもそも、証人なんて孫呉だけじゃないか!!

 正当な権利として、被告の本人弁論の機会を要求するぞ!!!



 私達はただ『老人に学ぼう HOW TO 氣』と『無知と語ろう 人災の悲劇』っていうこの世界の2大テーマでコミュニケーションしてただけなんですぅ。

 そしたら~、勝手に2人が塞ぎ込んじゃってぇ、私にも何が何だか分からないんですぅ。

 それなのにぃ、服までボロボロにされちゃってぇ、これって弁償して貰えるんですかぁ?



 ……これだ! これなら完璧だろ!!

 悲愴感を前面に押し出して、あくまでもこちらは被害者だというスタンスを貫けば……敗訴ってことは無いだろ。


 外交的には強気でいくべきなんだろうけど、筆跡鑑定も指紋照合も無いこの世界じゃ呼び出し文は証拠能力に欠けると言わざるを得ないだろう。

 本人が否定すれば証明するのは困難だ……。いや、もしかしたら……糞真面目な妹は馬鹿正直に自供してくれるかもしれんが……。




「さてと……待たせたわね」


 ヒソヒソ交わしていた密談が終わり、孫策は李鳳に声をかけた。

 周喩は孫策の横に控え、甘寧が孫権を支えている。

 そして、周泰は黄蓋に応急手当を施していた。


 孫呉にとって厳しい状況下にも関わらず余裕そうな孫策の表情を見て、李鳳の心を、精神を漆黒の闇が染めていく。

 トラウマという闇に潜む魔物が李鳳を侵し始めたのだ。


 それは李鳳から冷静さを奪うだけなく、愉悦至上主義という本質をも歪めるモノであった。

 しかし、そんな李鳳は内心を隠し、表面上は丁寧に振舞う。


「お話はもう宜しいんでしょうか?」

「ええ、大筋は理解したわ。そこで貴方に質問よ……今死ぬか、後で死ぬか、どっちがお好み?」


 ………………は?


 孫策は不敵な笑みで李鳳を見据えていた。

 李鳳は孫策を睨み返した。


 いきなり有罪確定だと!?

 問答無用かよ?

 反対弁論はどうした??

 俺の弁護人は何をして…………いねぇ!


 ……って言うか、テメェが笑ってんじゃねーよ!!


「Wait a sec!!(ちょっと待てや!!)」


 李鳳は慌てて声を上げた。

 彼にいつもの余裕は無い。


 トラウマ以外の理由もあったのだ。

 それは孫策の隣に立っている周喩、その表情に何の変化も見られなかったことである。

 つまり、この提案は孫策が独断では無く、孫呉の総意であるということだった。


 前世において、生涯のほとんどを海外で過ごしたことで身についた英語が自然と口を突いて出たのだった。

 しかし、今の李鳳はそのことを理解していない。

 孫策は李鳳がなんと言ったか分かっていなかったが、彼女もまた神経を逆撫でする術は熟知していたのだ。


「後で死ぬって言うのはね……解毒剤を渡すか、毒の成分を話して祭が助かったのを確認してからって意味よ。今って言うのは……言葉通りだから分かるわよね。献策したのに勲功を私達を取られちゃったから逆恨みで襲って来て返り討ちに遭った哀れな軍師ってことにしちゃおうかしら? ウフフフフ」


 『今』と『後』という質問の内容を噛み砕いて、わざと説明する孫策。

 その口元には笑みが浮かんでいる。


 李鳳は頭に血が上っていた。


「What the fuck are you talking about? Bitch!(ふざけた事言ってんじゃねーぞ、この糞女!)」


 怒声を上げる李鳳。

 周喩は理解不能といった普通の反応だが、孫策は笑っていた。


「ウフフ、分かるように言ってくれないと……即殺しちゃうわよ」


 That sucks!(最悪だ!)

 Shit! Shit! Shit! You make me sick!(くそ、くそ、クソッタレ、お前は本当に俺の気分を害するぜ!)

 Fuck you. I'll kick your ass.(糞やろう、ぶん殴ってやりてぇ)


 ハァ……ハァ……Chill out(落ち着け、冷静になれ)……フゥ……。


 深呼吸をして息を整える李鳳。


 あの女が愉悦を浮かべていると思うだけでも腹が立つのに、目の前で俺を見て笑うなんて……抑え切れない憎悪と憤怒を久々に感じたな。

 植え付けられた苦手意識を何とかしないとダメか……と言うか、今はこの現状を何とかしないとダメか……。


「……どちらも好みません。そこで、また取引というのはどうでしょうか?」


 頭を振って思考を再開させた李鳳。

 そして、何かを閃いて提案する。


「……続けて」


 探るような目で見てくる孫策と周喩だったが、先を促した。


「解毒剤の手持ちはありません。しかし、私は薬師でもありますので短時間で調合可能なんですよ……そこで提案です。毒の成分を教えるなら命は取らない、作製した解毒剤を渡すなら……今回の一件は全て無かったことにする、というのは如何でしょうか。ククク、どちらがお好みですか?」


 ここに来て漸く笑みの戻った李鳳が、先程の孫策と同様に二択を申し出たのだった。


「……ここまでヤラれて、無かったことに出来ると思ってるの?」

「クックック、私がどう思うかなど関係ないでしょ……選ぶのはそちらです。解毒剤さえあれば助かる黄蓋殿をこのまま死なせるかどうかは……貴女方次第でしょ」

「…………」

「……衛生兵に診せれば、解毒できないわけじゃないわ」


 沈黙する孫策に代わって周喩が答えた。


「間に合いますかねぇ? かなり優秀な医師でも種類の特定は困難じゃないでしょうか。だからこそ、成分を教える代わりに命を助けろと要求してるんですよ」

「…………」

「…………」


 孫策に続いて周喩も沈黙して何かを考えている。


「では追加特典として、真名を穢されたについては忘れてあげますよ?」


 李鳳は更に譲歩した提案を申し出た。


「……いいわ、始めの条件を飲みましょう」

「彼を生かしておくのは危険だって言ったのは貴女よ……冥琳」

「でも、ここで黄蓋殿を失うわけにはいかないでしょ。それに……助けるのは命だけよ、身柄はこっちで預からせて貰うわ。勿論、表向きは董卓軍の残党に討たれて死んだとしてね……それなら条件違反にはならないでしょ?」

「あは、さっすが冥琳!」


 考えた末、妙案を搾り出した周喩に喜ぶ孫策。

 それに対して李鳳は静かに答えたのである。


「……仰るとおりです。私が前者で求めたのは……助命のみになりますね」


 孫呉の鬼謀ここにあり……か。

 クックック、でも残念……俺にはまだ切り札が残ってるんだよね。


「さぁ、早く毒の種類を教えてちょうだい」

「取引成立ですね。では毒の成分ですが、ヒスタミン、アコチニン、プミリオトキシン、ペプチド、アセチ「ま、待て!」……何か?」


 慌てた様子で周喩が李鳳の言を中断した。


「貴方はいったい何を言っているの?」

「何をって……毒の成分に決まってるじゃないですか。もしかして、取引内容忘れちゃいました? その若さで痴呆とは……お可哀相に、クヒヒヒヒヒ」

「デタラメ言わないで!」


 時間的猶予も少ない状況で周喩も焦りだしていたのだ。

 そんな周喩に孫策が衝撃の一言を放った。


「冥琳……彼、嘘なんて言ってないわ」

「なっ!? あれが本当の事だって言うの?」


 目を見開く周喩。


「多分ね……。それだけに……厄介よ」

「……そうね。要するに、李鳳以外には解毒剤を作れないってことだものね。後者の条件は今夜の一件を白紙に戻すこと……どうする?」


 孫策の神懸り的な勘が真実を告げていた。

 周喩もそれを悟り、小声で相談を持ちかけたのである。



 クヒャヒャヒャヒャ、エスパー対策その1『真実で嵌めろ』は有効だと実証されたな。

 これで奴らは俺の条件を全て飲むしか選択肢は無いってワケだ。

 孫呉の名が傷付くから約束を反故には出来ないだろうしな。



 状況が好転し、李鳳が優位になってきた所で、もう一つの切り札が登場したのだった。


「は~く~ら~い~! や~っと見つけたで、あの書き置きは何やねん!?」


 切り札とは、牛真桜こと李典曼成その人である。


 おおッ! やっと来たか、我が盾……もとい、我が女神よ!

 遅いよ! おかげで予定が狂ってテンパっちゃっただろ!!

 蜀の暗殺計画の次はやっぱり呉だったよ……。


 内心文句爆裂の李鳳は、事前に暗殺の可能性を考慮していたのだった。

 そして、白羽の矢が立ったのが李典である。


「待ち焦がれましたよ……。マンセーに出遭ったことを、今日ほど嬉しいと感じたことはありませんね」

「大袈裟なやっちゃなぁ。それより……なんで孫策らとおるん? って言うか、怪我しとるやないか!」


 再会を喜ぶ李鳳とは対照的に、李典は冷めていた。

 そして、孫策や黄蓋を視認するや騒ぎ始めたのである。


 これに難色を示したのは李鳳ではなく、孫呉の面々だった。

 知られたくない交渉の途中という最悪のタイミングで姿を現したのが、よりにもよって李鳳の仲間だったからである。


 李鳳だけなら孫策、甘寧、周泰の3人で相手をすれば短時間で倒せたかもしれない。

 しかし、李典が加わったとなれば、そうそう上手くはいかないだろう。


 仕掛けようにも李鳳はまだしも、李典を討つ大義が無いのである。

 更に、いきなり李鳳を攻撃しても李典が納得するワケが無かったのだ。


 一刻の猶予も無い状況下で流石の周喩も焦りの色が濃くなっていた、その時である。


「聞いて下さいよ、マンセー」


 李鳳が口を開いたのだった。

 孫呉の面々は一気に警戒を強めた。


「実は……董卓軍の斥候と思われる連中を発見したんですよ。孫呉の方々と一緒に応戦したのですが、まんまと逃げられてしまいまして……。その上、黄蓋殿が敵から毒を受けてしまったのですよ」

「なんやてッ!? えらいこっちゃ、すぐに解毒せんとあかんやん。アンタ薬師なんやから、こないな時にこそ役に立たんとあかんで!」


 シレッと吐いた李鳳の嘘を聞いて、周喩は目を細めた。

 一方、本気で心配する李典は李鳳を捲くし立てる。

 孫呉の面々も善意の申し出だけに何も言えなくなっていた。


「クックック、ごもっとも。症状を診てみないと断言は出来ませんが……恐らく、何とかなるでしょう。……というワケなんですが、そちらで何とかされますか? それとも、私が診させて頂いても良いでしょうか?」

「ええ、お願いするわ」


 暗に先程の取引を引き合いに出す李鳳に対して、孫策は後者の条件を飲むことを決めた瞬間だった。


「よっしゃ、ほんなら敵の斥候捜索はウチの部隊が引き継ぐで。伯雷は早よ解毒剤作ったり!」

「ククク、了解。任せましたよ」


 歩きながらそんな風に話す李鳳と李典のやりとりを見ていた孫策がふいに尋ねた。


「貴女は李鳳と随分仲が良いみたいね?」

「ん? せやなぁ……伯雷の言葉で言うとこの、腐れ縁っちゅうやっちゃ。ウッシッシッシッシ」


 孫策の問いに横目でチラッと李鳳を見た李典が笑いながら答えた。


「それなのに、貴女達は真名では呼び合ってないのね……まだ預けてはいないのかしら?」


 孫策は感じたままの純粋な疑問をぶつけてみた。


「あ~、一応預けとるんやけどな。伯雷の真名はその……なんちゅーか、ちぃーとややっこしいねん」

「……よく分からないのだけれど?」

「ん~、ウチも説明すんの難しいねんなぁ」


 ますます意味の分からないという表情の孫策と、どう説明するか頭を悩ます李典。

 見かねた李鳳が李典に助け舟を出した。


「許すつもりは無いですが、教えるだけなら構いませんよ……説明も大変でしょうから」

「ホンマにええんか? いや~、そっちのが手間省けて助かるわ。あんな、李鳳の真名は“鬼雨(きさま)”っちゅうねん。なっ、ややっこしいやろ?」

「「「ッ!?」」」


 一緒に陣地に向かっていた孫呉の面々も驚きと納得の表情を見せた。

 ある意味、当然と言えるだろう。


 しかし、一人だけ違った反応を見せた者がいた。


「アハハハハハハハハハハハハハ、最高! 凄く貴方に合ってる真名だわ、とても素敵よ」


 なんと孫策は大笑いで賛辞を送ったのである。

 一方、李鳳はまた不快感を募らせるのであった。




数話に渡った孫呉との対面もここで区切りとなります。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。


ストック切れの為、連投打ち止めです。


批評、ご指摘、感想などありましたら

ドシドシお願いします。


作者の糧となりますので……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ