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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
汜水関の攻略
53/132

53話

孫呉との対面その2

――汜水関付近の林――


 一触即発を醸す雰囲気の中、爆発させず見事に割り込んできた人物がいた。

 呉の宿将・黄蓋公覆である。


 満月に照らされる人影が4人なった瞬間だった。



【李鳳】


「祭、どうして貴女が此処に?」


 孫権が問う。


「月明かりに誘われてのぅ、ただの散歩じゃよ」


 たまたま通りがかった、と笑う黄蓋。


 散歩ねぇ……、どでかい弓かついでるのは董卓軍の斥候を警戒してですか?


「ご無沙汰しております、黄蓋殿。満月の夜に再会とは……運命的なものを感じますね、クフフフフ」


 一旦『那覇』を下げて挨拶をする李鳳。


「そうじゃのぅ。先程はすぐに退散したでな……、あれは何じゃったんじゃ?」

「ご存知ありませんか? 劉備軍が誇る最新鋭の巨乳探知型追尾式誘導魚雷、その初号機・伏竜と二号機・鳳雛ですよ。三号機・燕人も開発予定との噂ですが、本当だとしたら恐ろしい勢力になりますよ、クヒヒヒヒ」


 黄蓋の疑問に李鳳は大笑いしながら答えた。


「お主の言っとる事を、儂が理解できる日は来るのかのぅ……?」

「もう若くありませんからねぇ、そんな日が早く来るといいですね」


 挑発とも取れる李鳳の発言に孫権と甘寧は不快感を顕にして睨みつける。

 一方、当人である黄蓋は自制して問い返す。


「……真名の件じゃが、答えをまだ聞いておらんがのぅ」

「ああ、養父の形見として授かったんですよ」

「ふむ……」

「……やはり李単は死んでいたか」


 李鳳の回答に甘寧が反応した。


 李一家討伐の折、李単の死体は発見されなかったのだ。

 当然と言えば当然である。

 李単の亡骸は少し離れた山中に埋められていたのだから。

 それを知らない当時の孫堅軍は一家再起を警戒していたのだった。


「プチッと潰されましたからね……孫呉の精鋭方に、ククク……」

「賊なんだから当然でしょ!」


 不敵な李鳳に孫権が感情のまま叫び返した。


「おやおや……言われてますよ、興覇」

「クッ!」


 揚げ足を取る李鳳をこれまで以上に睨みつける甘寧。

 自分から言うのと他人に指摘されるのでは、大きく異なるのは当然だった。

 黄蓋が思い出したかのように呟く。


「先代の堅殿は、李一家を“蜂”と称しておったのぅ」

「蜂……ですか、ククク……言い得て妙ですねェ」


 それを聞いて笑う李鳳。

 黄蓋は話が逸れたと話題を元に戻す。


「亡き父君から真名を授かったのは分かった。して、それを権殿が許しなく呼んでしまったと……本当ですかのぅ、権殿?」

「……私は、呼んだ覚えはないわ。ねぇ、思春?」

「はい。私も聞いておりましたが、蓮華様は伯雷の真名など呼んでは……そもそも真名を知りません」

「……と、言っておるがのぅ」


 言いがかりをつけるな、と言いたげな視線で李鳳を見る孫呉の将達。


 しかし、李鳳から返ってきたのは笑い声だった。


「ククククク、揃いも揃って愚者しか居ないとは……。普通3人いればマシな意見も出そうなものですが、貴女方には期待するだけ無駄のようですね」

「なんだとッ!」


 甘寧が激昂する。

 黄蓋はそれを手と言葉で制す。


「李鳳、その物言いは無礼であろう」

「……無礼? 礼を欠いているのはそちらですよ。生憎、私は失礼な相手に対しての敬意は持ち合わせておりませんので……。年を取ると柔軟な思考が出来なくなるので困りものですよね、クックック」

「…………」


 黄蓋の纏う雰囲気が荒々しくなった。


「たまに居るんですよね、年を重ねただけで偉ぶる人が……。地位や対面にばかり執着して若者の自由な行動を許容出来ない年寄り……単なる老害だと思いませんか?」

「…………」


 黄蓋の怒気が膨れ上がる。

 孫権と甘寧は知らず知らずに一歩下がってしまう。


「また主君がいくら可愛いからって、甘やかしてばかりなのも如何なものでしょうか? ああ、孫(まご)だとでも思ってるんでしょうかね……年齢的に、クヒャッヒャッヒャッヒャ!」


 李鳳が大笑いした瞬間、怒気が爆ぜた。


 直後、疾風のような矢が李鳳の右太腿に放たれたである。


「……年長者に対する礼儀、今一度その身に教えてやるわい」


 矢を射たのは勿論黄蓋であった。

 孫権などは一瞬の出来事に視認することが出来なかった程だ。


 矢は迷彩服を貫通して太腿に直撃していた。


「……別に頼んでいませんが?」


 李鳳は平然としている。


「若い者が遠慮するでないわい」


 そう言って第ニ射を左太腿に放つ黄蓋。

 大弓『多幻双弓』から放たれた矢は風を切り裂き、寸分の狂いも無く狙った李鳳の左足に命中した。


「ククク……御見事な腕前で」


 しかし、李鳳は笑みを浮かべたままであった。


「これで満足に動けまい。詫びるなら今じゃぞ?」

「動きを封じて何をなさるおつもりですか?」

「なに、少々痛い目をみて他人を敬う心を磨いてもらうだけじゃよ」


 黄蓋がニヤリとした、その瞬間――。


「そういうのは趣味じゃありませんよ、クックック」


 刺さっていたと思った矢が2本とも地面にポトリッと落ちたのだった。


「くッ!? 服の下に何か仕込んでおったのか」


 ……0点。

 氣の担い手である貴女から、まさかそんな言葉を聞くとは……ショックだよ。

 どうやら氣が扱えると氣が見えるはイコールじゃないようだな……。

 ククク、黄蓋公覆……お前はこれから俺のモルモットだ。


「せっかくの機会ですし、御言葉に甘えて一手ご教授願いましょうかね」


 もう1本の『那覇』を取り出し、両手に二刀を構える李鳳。


「……興覇、手出し無用じゃ。権殿を護れ」

「御意」


 片手には『多幻双弓』、もう片方を矢篭に宛がって李鳳の挙動を見据える黄蓋。


「苦手じゃありませんが、わざわざ遠距離戦に付き合うつもりもありません……よ!」


 言い終わるや、黄蓋に向かって走り出す李鳳。

 右、左、右と交互にステップし、的を絞らせないように近付く。


 それでも正確に照準された矢が飛来する。


 李鳳は氣による強化で一瞬だけ超加速し、矢を避け、黄蓋の懐に潜り込み『那覇』を突き上げた。


 撃ち終わりを狙われた黄蓋だったが、焦った様子は無かった。


「フフッ、儂も接近戦が不得手ではないぞ!」


 言うや否や、腰を捻り篭から飛び出した矢をとんでもない速度で構え直し速射したのだった。

 ――それも、1射で3矢だ。


 予想を超える反撃に、李鳳も驚異的な反射神経で反応し『那覇』で応じる。

 しかし、3本の矢が相手では攻勢に出れず李鳳はガードを固める他なかった。


 その隙を突いて、黄蓋が『多幻双弓』で殴りつける。


 ガードしたものの李鳳は大きく後方に飛ばされた。


「もらったわい」


 そこを見逃すまいと黄蓋が追い討ちの矢を急所目掛けて放った。

 体勢の崩れた李鳳には回避不可能と確信していた黄蓋だったが、それでも二の矢は構えている。


 そんな微塵も油断していない黄蓋の目の前で、信じられない事が起きた。


 矢が李鳳に命中した瞬間、“スルッ”と体を避けて突き抜けていったのである。


 孫権と甘寧は驚愕で目を見開いた。

 黄蓋は何が起こったのか考える前に、体が反応し二の矢を放っていた。


 しかし、ここでもまた李鳳の体が“フワッ”と浮いて矢ははるか後方に飛んでいったのである。


 そして、李鳳は何事も無かったかのように軽々と地面に着地したのだった。


 黄蓋は背中に冷たいモノを感じていた。

 人は得体の知れないものに怯えるのである。


 黄蓋の頭は混乱していた、いや孫権と甘寧も同様だった。

 先程防がれたのは鉄などを仕込んでいたと考えられたが、今回の現象は異常としか言いようが無かったのである。


「お主、いったい何をしたんじゃ!?」


 黄蓋に先程までの余裕は無かった。

 ただただ表しようの無い不安が全身を包み込んでいるのだった。


「クックック、何をって……黄蓋殿と同じですよ」

「儂と?」


 黄蓋の混乱は回復しない。

 傍から観戦している孫権と甘寧もワケが分かっていない。


「はい。氣を使っただけです」


 さも当然のように言ってのける李鳳。


「説明になっとらんぞ!」


 ますます混乱する黄蓋が声を荒げる。


「説明する義務はないと思いますが」

「……儂から一手学びたいのであろう?」

「なるほど。ククク、等価交換というわけですね……分かりました。ご説明しましょう」


 かなり苦しい言い分だったが、李鳳は笑って快諾した。

 だが、次の瞬間――。


「クッ……、お主よくも……」


 黄蓋の右腕に刺さったクナイを引き抜き、投げ捨てた。

 李鳳が投擲したものである。


「ククク、言ったでしょ? 投擲も苦手じゃないと……それに、説明の一環ですよ」

「どういう意味じゃ?」


 悪びれた様子もなく語る李鳳と殺気を放つ黄蓋。


「私は集中すると氣を目視することが出来ます」

「なんと……!?」

「おや、やはり黄蓋殿は出来ないようですね。ならば驚かれるのも無理はない、氣は感情や個人によって異なる色彩・形状・大きさを示します。……私が説明すると言った直後、貴女の氣が緩まりました……だから反応が遅れた」

「…………」


 沈黙こそが答えであった。


「少なくとも3年以上前から氣を覚えていらっしゃったのでしょう。なのに……出来ることと言ったら初歩の肉体強化と武具への充填だけ……。硬功や軽功術すら知らぬとは、そのお年まで何を鍛錬されてきたのですか?」

「…………妙齢の女性に対して、年の話は失礼じゃとまだ分からんのか。控えよ、小童!」


 聞いたこともなかった気功術の名が挙がったが、それよりも年齢に関する話題に反応して激怒する黄蓋。

 散々言われ続けて我慢の限界を超えていたのだ。


「失礼……ですか。貴女の発言こそが、大恩ある方々に対して失礼極まりないと知れ!」


 突然大声を上げた李鳳に孫権は驚く。

 黄蓋と甘寧の胆は流石と言えた。


「……どういう意味じゃ?」


「年齢を重ねることは恥ではない、むしろ貴女のような人物は誇るべきだ!」


「…………」


 黄蓋は黙ったままだ。


「貴女はそんなに取るに足らない人生を歩んで来られたのか? 違うだろ! 愛する両親に育まれた年月、英雄・孫堅殿と共に戦場を駆けた歳月、そして次代の王・孫策殿を支えておられる現在(いま)、孫呉の重臣たる黄蓋殿がそれらを侮辱するのですか!?」


「そんなわけあるまい!」


「当たり前だ、貴女は胸を張るべきなんです。長年孫呉を支えてきた自負を持って、後に続く若い武将達の手本となるべく……誇れ! 老いを恥じるな! 積み重ねた年月が、貴女という存在をここまで大きくしたんだ! 呉の宿将たる黄蓋公覆よ、誰よりも誇れ!!」


「言われるまでもない! 儂こそ呉の忠臣・黄公覆ぞ! 孫呉の繁栄に誰よりも尽力してきたのは、この儂じゃ!!」


 李鳳に感化されて黄蓋が雄叫びを上げた。

 その叫びは孫家の次女である孫権の胸を打ち、若き将たる甘寧を熱く昂らせるものであった。


「クックック、そうこなくては……。ねっ、お婆ちゃん♪」


 ヴィンッ!


 瞬間的な氣の膨張と共に断裂音が鳴り響いた。


「おやおや、強靭な弦を引き千切るとは……お年の割りに案外怪力なんですね♪ お・ば・あ・ちゃ・ん、クヒヒヒヒ」


「貴方ね、いったい何がしたいのよ!?」


 耐えかねた孫権が叫ぶ。


「何って……。私はただ、純粋に、執拗に、そして徹底的に……黄蓋殿をおちょくりたいだけですよ。クヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハー」


 李鳳の笑い声が響いた。


「いい加減になさい!」


 怒鳴る孫権。


「いい加減なのは“お前”だよ、孫権仲謀!!」


 笑うのをピタッと止め、再び大声を上げた李鳳。


「な、なんですって!?」


 自身が標的にされ怯む孫権。

 甘寧はすぐに動けるように構える。


「今の孫策軍で一番いい加減なのは、“お前”だと言っているんだよ!」





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