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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
汜水関の攻略
52/132

52話

とある対面その1

――汜水関・孫策軍本陣――


 本陣に戻って来た孫策は怒っていた。

 天幕の中には周喩と2人きりである。


「まったく、人を呼び戻しておいて“眠いから帰れ”なんて……あの小猿!」

「フフフ、御疲れ様。袁術のワガママなんて今に始まったことじゃないでしょ、雪蓮?」

「だからって我慢にも限界があるわよ。あーぁ、いっそ小猿も戦場に出てくれないかしら……盛大に手元が狂っちゃうのに」


 愚痴る孫策を周喩がまぁまぁと宥めていた。

 黄蓋が公孫賛天幕までやって来たのは袁術からの召集がかかったと伝える為である。

 それを渋々行ってみれば、もう寝る時間だからと追い返されたのだった。


「李鳳……と言ったかしら。公孫賛に邪魔されたから深くは探れなかったけれど、曲者(くせもの)なのは間違いなさそうね。……ああいう子が好みなの?」

「ウフフ、性の対象としてはあまり趣味じゃないわね。それに……私嫌われちゃってるのよ、彼に」


 孫策の喜びそうな話題を振る周喩。

 袁術のことなどどこかに行ってしまった孫策が楽しそうに語る。


「それにしては……嬉しそうじゃない?」


 孫策の笑顔に周喩も笑みを漏らした。


「分かっちゃう? ウフフ、私に嬲(なぶ)る趣味なんて無いと思ってたんだけど……彼を見ると、ついつい苛めたくなっちゃうのよねぇ。何て言うのかしら……母性本能?」

「……嫌な母親ね。ふぅ、程ほどにしなさいよ。相手はもう一勢力の軍師なんだから」

「ぶーぶー、それくらい私にだって分かるわよ! ……それより、祭はどこ? てっきり冥琳と一緒だと思ってたんだけど」


 孫策が何気なく聞いた一言で周喩の表情が変わった。


「しまったわ! 私としたことが……」

「ん?」


 珍しく声を荒げた周喩に孫策は不思議な顔をした。


「……貴女とは別々に戻った私達は、李鳳について話してたのよ。その時、彼の存在は孫呉にとって毒にも薬にもなるだろう……ただし、蓮華様にはその毒が強過ぎて害にしかならないだろうともね……。黄蓋殿“も”その事を懸念されていた……」

「……危ないわね。伝令を使わず祭自身がわざわざ私を呼びに来たのも、李鳳に会って確かめるつもりだったのかも」

「誰かある! すぐに幼平を呼んでちょうだい」


 周喩は急いで衛兵に周泰を呼ばせた。



「公謹様、お呼びですか」


 しばらくして周泰が音も無く姿を現した。


「黄蓋殿の居場所を突き止めてちょうだい。公孫賛軍の李鳳と一緒に居る可能性もあるわ、その時は……すぐ私達に知らせて」

「はっ」


 そう言うと再び音も無く姿を消すのだった。

 続けて衛兵にも指示を出す。


「貴方は――――――かどうか見てきて」

「は」


 衛兵は敬礼して出て行った。


「……あの事、気になってるのね?」

「ああ、杞憂に終わってくれれば良いのだがな……」






――汜水関付近の林――


【李鳳】


「こんばんは。逢引のお誘いとは……光栄ですよ、クックック」


 迷彩服と黒の外套(がいとう)で身を包んだ李鳳が静かに姿を現した。

 本人的には自慢の一張羅である。

 理解されない事が多いことを理解できない李鳳であった。


 発端は李鳳の天幕に届けられた1通の書簡。

 その内容は人目を忍んで話がしたい、とのことだった。


「…………」

「おやおや、淑女(しゅくじょ)をお待たせし過ぎましたかね? 申し訳ありません」

「…………」


 月明かりは出ているが、丁度木の陰に隠れてしまって女性の表情は見えない。


「満月の夜、月光に照らされ、勢力という垣根を越えて、2人の若い男女がこうして会うとは……蜜月とでも言ってしまいますか? クックック」

「……聞くに堪えないわね。口説き文句にしても三流以下よ」

「クヒヒヒヒ、これは手厳しい。私も女性を口説き落とす才能の無さは実感しております」


 苦言を呈した女性が木陰から一歩前に進み出て来た。

 そして、その顔が月明かりに照らされた。


「単刀直入に聞くわ。先の合戦で公孫賛軍から献策された書簡を綴ったのは貴方なの?」

「ククク、いきなりですね。そうですよ、私が記しました。……孫権殿」


 突然の呼び出しで吃驚したけど、そういうことか。

 ピンクの妹だしエスパー能力者かもしれん……注意せねば。

 容姿はなるほど似ているな、……よく見ると腰に『汚豚丸』を挿してるじゃないか。

 おのれピンクめ、パクってやがったのか!

 まぁ……あの状況じゃ仕方ないが……ピンクだから許せん!!


「どういうつもりだ! 我が孫呉を侮辱しているのか!?」


 孫権が怒鳴り声を上げた。


「……何の事でしょうか?」

「貴様(きさま)が書いた内容だ! 忘れたとは言わせんぞ!!」


 いくら陣地から離れていると言っても、叫び声に近い大声で怒鳴るのはどうかと思いますよ。それに……バツ1個だぞ、クヒヒヒヒ。


「書いた内容なら覚えていますよ。だからこそ問うています、何の事ですか? それと……貴女は知らずに私の真名を呼んでしまっています。訂正して頂けますか?」

「ハッ、私が貴様の真名など呼ぶはずなかろう! 覚えておるなら分かるだろう、散々馬鹿にしていたではないか!」


 ふむ、どうやらエスパー的な特殊能力は無さそうだな。

 あのピンクなら絶対に気付くはずだもんな……忌々しい。

 どっちにしろ……これでバツ2個。リーチだぞ、クックック。


 激昂する孫権を見て笑みを噛み殺す李鳳であった。


「ですから、知らず知らずに呼んでいるのですよ。最後通告です、訂正して下さい。それと……馬鹿にした覚えはありませんが、事実なら書き記しましたね。ククククク」

「貴様ッ!」


 はい、アウト!


 孫権が叫んだ瞬間、李鳳から殺気が放たれた。

 孫権は動けない。

 まるで喉を摑まれて呼吸が出来ないようである。


 次の瞬間――。



 チリーンッ。



 鈴の音と共に剣戟が響いた。


 幅広の曲刀と李鳳のジャマダハル『那覇』が激しくぶつかったのである。


「思春ッ!?」


 曲刀『鈴音(りんいん)』で襲い掛かったのは孫権の側近である甘寧だった。

 甘寧は木陰に隠れて様子を窺っていたのである。


「蓮華様、お下がり下さい」


 孫権を庇う様にして、李鳳と距離をとる甘寧。


「ようやくお顔を拝見できましたね。いつ出てくるのかと楽しみにしてましたよ」

「……気付いていたとでも言いたげだな」

「クックック、『勘』ですよ」


 姉の真似だと察し睨む孫権と視線を李鳳から外さない甘寧。


「また馬鹿して!」

「おやおや、随分怒りっぽいのですね。カルシウムが不足しているんじゃないですか?」

「かるしーむ……何を言っている?」

「カルシウムですよ。人体を形成する上での必須元素であり、歯や骨はほぼコレで作られています。神経の興奮を抑制してくれる働きもあるので、乳食品やエビなどをしっかり食べることをオススメします。クフフフフ」


 孫権は理解できないといった表情をしている。

 一方、甘寧は孫権と違って驚いた様子は無かった。


「相変わらずだな、伯雷」

「ッ!?」


 今度は李鳳が驚きを顕(あらわ)にした。


 ……誰だ!? こんな女知らないぞ?

 記憶力はそんなに悪くないと思ってたけど……思い出せない。

 孫権は思春と呼んでいた、おそらく真名だろう……マジで誰だ!?


「どちら様でしたっけ?」


 考えても分からないので聞いちゃうことにした。

 張飛から学んだ考えるよりも拳で感じろ作戦だ。


「チッ、覚えてないのか!? 私だ、甘寧だ!」


 甘寧……勿論その名前は知っている。

 知っているが、それは史実の人物としてだ。


「あの高名な甘寧殿でしたか……初めまして」

「ふざけているのか!?」


 ……怒らしちゃった。

 マジで誰だよ!? いや、甘寧だったな……うーん、会ったことあるってことだよな。

 甘寧……甘寧……鈴の甘寧……鈴?


「あっ! もしかして……興覇ですか?」

「なっ!? 本当に忘れていたのか」

「忘れるも何も……ふむ、ふむふむ……なるほど。クッハッハッハッハ、そういうことでしたか」


 突然笑い声を上げた李鳳を甘寧と孫権は不気味に感じた。


 なんてこった、あの興覇が甘寧だったのか。

 興覇が……甘寧……ね。知らねー! フルネームで自己紹介しとけよな!

 それにしても……クフフフフ、“まさか”だったよ。


「何がそんなにおかしい?」

「ああ、いえ……こっちのことです。お気になさらず」

「言え! 何がおかしい?」

「……言っちゃっていいんですか?」

「さっさと言わんと、首を刎ねる!」

「ククク、興覇って……ずっと“男”だと思ってたんですよ」


 李鳳の言葉を理解した瞬間、甘寧が『鈴音』を振り抜いた。

 しかし、曲刀は空を切り、李鳳は後方に跳んでいた。


「……殺す」


 この場に姿を現してから初めて殺気を放つ甘寧。


「殺す? それはこっちの台詞ですよ、興覇。私は貴女の主にさっきから真名を穢されっ放しなんですよね」

「…………」

「貴方ね! 思春の知り合いだから我慢してたけど、全然意味が分からないわよ!」

「……我慢? ……意味? ……思考の停止した愚者と話すのは疲れますねぇ。しかも、その愚者があのピンクの妹だと思うと……疲労も倍増ですよ。クックック」


 徐々に膨らむ殺気を感じ、甘寧は孫権の身を自身で隠した。


「神聖なる真名を汚されて、訂正を求める事が意味不明と申されますか。孫呉の方が真名を大事にされているのは身をもって知っていますが……例外も居たということですか」

「…………」

「…………」


 鋭利な殺気を当てられたことで、逆に落ち着きを取り戻した孫権の思考が再動を始めた。


 その時――。


「おかしいのぅ、儂の記憶が確かなら……お主に真名は無かったはずじゃが?」

「ッ!? 祭!」


 ……クックックックック。

 激しくデジャヴを感じるのは、気のせいだろうか……?


批評やご指摘、感想などありましたら

宜しくお願いします。

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