50話
汜水関を攻略して夜を迎えた。
合戦の疲れもある為、この日は関所に駐屯して休息を取ることになった。
――公孫賛陣営――
【李典】
いきなり伯雷から客人を持て成す茶会の準備せい、言われた。
ほんで今、ウチの天幕の前に件のチビッコが2人立っとる。
「し、失礼します」
「ぉ、お邪魔しましゅ」
外見とは裏腹に礼儀正しい挨拶をする諸葛亮と鳳統を、鎧を脱いで肌着になった李典が向かい入れる。
「遠慮せんと入ったって。まぁ、自分の家や思て寛いだってや。ニシシシシ」
「はわわ……」
「あわわ……」
突然、目の前に現れた2つの巨大な塊りが揺れると、同様に2人の軍師の心も激しく心さぶられ腰を抜かしそうになっている。
『はわわ』と『あわわ』か……判別し易いんか、し難いんか微妙なとこやなぁ。
動揺する2人を興味深く観察する李典だったが、ここのままでは拉致があかないと口を開く。
「どないしたんや、早よ入り」
「「は、はひぃ」」
気付いた様子の無い李典に急かされて、ビクビクしながら入幕した。
そこには当然のように李鳳が待っており、簡単な茶会の準備が整っていた。
「ようこそ。あまり贅沢な歓迎は出来ませんでしたが、お茶でもしつつ楽しく話すとしましょう」
「お、お構いなく」
「…………」
想像以上の接待に慌てる諸葛亮だが、李鳳は気にせず着席を勧めた。
鳳統の目は未だに李典の胸に釘付けであり、それを見て李鳳は一瞬ニヤリとした。
李典に背を押されて、ようやく4人は席に着いたのだった。
配置は李鳳と李典が隣同士で、対面が諸葛亮と鳳統となっていた。
李鳳が4人分の茶を注ぎながら、話を切り出した。
「さて、主君の愚痴を話したいところでしょうが……単刀直入にお聞きします。……私に何が聞きたいですか?」
諸葛亮は李鳳の問い掛けに息を呑み、そして李典をチラッと見た。
「大丈夫です、マンセーとは腐れ縁ですから。互いに知られて困るような事はありませんので、気兼ねなくどうぞ」
「せやで。別にウチかて誰かに告げ口しようなんぞ思とらんし、遠慮のう愚痴ってや。ウッシッシ」
ニカッと笑う李典を見て、意を決した諸葛亮が話し始めた。
「前回の軍議の後にもお聞きしましたが、私達の狙いには気付いていましたよね? わざわざ自軍に犠牲を払ってまで私達や孫策軍が有利になるように計らってくれた……その真意を教えて下さい」
「計らったのは、私の主なんですが……?」
「そうなるよう導いてくれましたよね? ……それこそが私達の思惑だと知った上で」
思惑? どう言うこっちゃ……?
確かに、いつも以上に伯雷が張り切っとったように見えたけど……。
諸葛亮は僅かな表情の変化も見逃さない、といった風に李鳳の顔を凝視している。
李鳳はそんな諸葛亮を見て苦笑する。
「伏竜鳳雛と評される御二人の思惑を、私如きが推察出来るはずありませんよ。ただ、誰かさんのせいで罰を免除して頂く為には、役に立ってる感を出す必要があったのです。ですから、献策された作戦の有用性と懸念点を挙げて公孫賛様に私の存在意義を主張したまでです!」
あ~、そんなんあったなぁ……。
ウチが言い出したんやったっけ……せやから張り切っとったんか。女々しく根に持ちよってからに、そないなジト目で見たって怖ないで!
李鳳は言外に『お前のことだ』と視線を向け、李典は『自業自得や』とどこ吹く風である。
諸葛亮と鳳統は2人の見えない火花に慄き、目を丸くしている。
「ただ、我らの大将ならそう計らうと思って話したのも……事実ですよ。智謀に富んだ御二人でも答えが出せない私の意図が知りたい、そうことですね?」
「……はい、是非」
はは~ん、そゆことやったんかいな。
ムツカシイ顔してチビッコが訪ねてきたんは、伯雷の考えとる事が分からんで不気味やったからか……。ウチには何とのう理解できるけど……チビッコはどないやろな……。
李鳳は不敵な表情を崩さず、李典は納得顔、諸葛亮と鳳統の表情は固い。
「クックック、納得できそうな理由とそうでない真実……どっちを聞きたいですか?」
「……先に、真実を」
諸葛亮は李鳳の言葉を頭の中で反芻し、両方聞きたい旨を返した。
「ククク、面白いからです。その方が面白くなると思ったから、敢えて言明しました」
「っ!? 私は真面目に聞いているんです!」
ちゃんと答えてないと思った諸葛亮が声を荒げた。
「……朱里ちゃん。この人、李鳳さんは……多分本当のことを言ってるんだと思う」
「え?」
ほぉ、あわわは静観しとっただけあって落ち着いて聞けとるなぁ。
その通りやで、伯雷は嘘なんぞ言うてへん。
李典は対面にいる鳳統を見詰める。
さっきまで自分が見られていた事には気付いていた。しかし、どこを見ていたかまでは定かではなかった。
「前置きと、李典さんの反応からも……李鳳さんの言ってる事は真実だと思うよ」
「…………本当、なんですか?」
「ウチも直接聞いたわけやあらへんから、詳しい事は知らんけど……ホンマやろな」
あわわは観察眼も大したもんや。
はわわはちぃーと疑心暗鬼やな、何か先入観でもあるんやろか……?
「……もう一つの、納得できそうな理由とは?」
切り替えは早いやんか、ニシシ。ええ軍師やわ。
「主の公孫賛様は根っからの薄幸体質でして……勝手に他人の苦労を背負い込むのですよ。しかし、苦境や不遇の立場であればある程輝く変わったお方なんです。逆に、優遇されると途端に輝きが褪せてしまい、自ら墓穴を掘ることも少なくありませんでした」
確かに……うちの大将のお人好しは筋金入りやからなぁ、そこはホンマ大物やで。
調子に乗れんで失敗する残念な一面も、愛嬌っちゃ愛嬌なんやけどな……。
「主が何かやらかす前に、その状況・境遇を作り出した方が……結果的に被害は少なく済むのですよ」
「しかし、それでは公孫賛さんに利が……」
「それこそ御存知ではないのですか? 他人に義勇兵の募集を領内でやらせるお人好しの太守を、私は一人しか知りません。クックック」
「「…………」」
李鳳の皮肉めいた言葉に2人は黙り込む。
李典は楽しそうにお茶を飲んでいる。
「体質というか性質が自虐的行為に快感を覚えておられるようでして……。あのお方にとって苦境や不遇はむしろ大好物なんですよ」
「まぁ否定はでけへんな」
「「…………」」
茶を飲み干した李典が李鳳に同意した。
「だからこそ、私は主の意向を汲んで敢えて導いた……と言えば納得してくれますか?」
「ウチは面白がってっちゅう理由ですんなり納得やで、ニッシッシッシ」
「流石はマンセー、ククク」
李鳳と李典が笑い合う中、諸葛亮と鳳統は小声でヒソヒソと話していた。
李鳳も用意したお茶を口に含んで乾いた喉を潤す。
諸葛亮と鳳統は未だお茶に手をつけていない。
「……私達は、桃香様の理想の世界を実現させたいんです。だから、公孫賛さんも連合をも利用して此処で大きな功績を挙げて、更なる飛躍を図ろうと思っていました」
突然、諸葛亮が告白を始めた。
「初回の軍議で李鳳さんを見て、違和感を覚えました。星さんから聞いた人物像とはかけ離れていたからです。星さんが嘘を付く理由もないので、李鳳さんが変わったのか……あるいは故意に隠していた、そう考えました。公孫賛さんの言動で後者だと思いました」
ふむふむ、ええ着眼点や。
あの頃の伯雷は思いっきし猫被っとったからな。
諸葛亮の分析に李典がうんうんと相槌を打つ。
李鳳と鳳統は黙って聞いている。
「今の公孫賛さんの威厳に満ちた態度は、以前には無かった物です。桃香様はすっかり陶酔されており、言われるがままに行動し兼ねない危険な状態です。だからこそ、軍師である李鳳さんの存在が怖かった。公孫賛さんは信頼でき尊敬していますが、李鳳さんの提案次第では我が軍が使い潰される……そんな風に考えてしまいました」
ウッシッシッシ、伯雷ごっつ悪印象与えとるやんか!
本性隠したりするから、こないな事になんねん……ええ教訓やな。
黙って聞いていた李鳳が口を開いた。
「だから、試したのですね?」
「……はい」
試す? あの作戦と軍議のことやろか……?
「私にどんな思惑があるのか、二心はないのか、劉備軍の今後の展望にどんな影響を与えるか、探りたかったのはその辺りですかね?」
「……その通りです」
なるほどな、ほんで結果が予想外過ぎて混乱してもうたワケかいな。
おもろいから、で裏切るワケでもなく主君を危険に晒す提案をする奴がおるなんぞ……なんぼ天才軍師でも想像つかんやろな。ウチかて、そっちの立場やったら理解不能やわ。
同情的な眼差しの李典をチラチラ見ていた対面に座っている鳳統が遠慮がちに口を開いた。
「あ、あの……李典さんと李鳳さんは、どうして公孫賛さんに仕えようと思ったんでしゅか?」
「ウチ? ウチは単純やで、伯雷がどないしてもって泣き付いてきよったからな。ニシシシシ、よっぽどウチと離れたなかったんやろな!」
「あ、あわわ……」
「は、はわわ……」
真っ赤に顔を染める天才軍師の2人は、李典と李鳳交互に目をやる。
なぜか李典のときだけ、目線が顔より下であるが……。
「クックック、否定はしませんよ。私の理由は先程と同じです、面白いから……それだけですね。公孫賛なる人物は心の底から民の繁栄を望み、一方で心の奥には衰微を喜ぶ矛盾を抱えて生きています。そんな彼女を近くで見れるなんて最高じゃないですか!」
「「…………」」
表情の変化が激しいチビッコ天才軍師の反応を、李典は微笑ましく思って見ていた。
李鳳の考え方が理解出来ないといった風だった。
「あんまし深く考えたらアカンで! 伯雷はちょっと頭が普通とちゃうねん……、せやけど大将はんがホンマに望んどる事をやらしたろうとする努力は凄いんやで。ここだけの話、自慢の白馬隊の見せ場がもっと欲しい思てたんを伯雷が察して色々と便宜図ったんや。勲功は思た程上がらんかったけど、戻ってきた天幕の中でめっちゃ喜んでたんやで。ウッシッシッシ」
李典の口から飛び出た真相に、2人は此処に来て何度目になるか判らない驚きを見せた。
「おやおや、いけませんねぇ。せっかくの凛々しい主の印象が揺らいじゃいますよ、クックック」
「あ~、しもたなぁ。聞かんかったことにしてな、ニシシ」
悪戯が成功した2人は大喜びでニヤニヤしており、それを食らったチビッコ2人は口を半開きにして止まっていた。
「それにや、元々伯雷は劉備に仕官したい言うて幽州に来たんやで」
「えっ! そ、そうなんでしゅか!?」
「せやねん。丁度入れ違いになってもてな、星姐さんも知っとるはずや。せやから、ウチらが劉備軍どうこうしよっちゅう思惑なんぞあらへんねんて、安心しい」
「はぅぅ……」
李典の話を聞いて、ようやく肩の力を抜いたチビッコ軍師であった。
「クックック、手の内を披露し、尚且つ腹を割った言動……それなりの覚悟と細工でいらっしゃったみたいですね」
「細工? 確かに色々と不快な思いをさせてしまい、済みませんでした」
「しゅ、しゅみませんでした」
細工という単語には疑問を示したが、不愉快にさせたことを謝罪する軍師2人。
李典も何のこと分からないが、しんみりするは嫌いなのでお茶を勧める事にしたのだった。
「ええねん、ええねん。伯雷の性格が悪いんは誤解とちゃうし、軍師やったら最悪な状況を想定して当然やて。まぁ、冷えてもたけど茶飲んでや」
「はい、いただきます」
「……いただきます」
手をつけてなかった湯呑を持ち上げて、ゆっくりと口に含む2人。
「「美味しい……!」」
ハモる2人に李典がどや顔を近づける。
「せやろ! ウチのお気に入りやねん。もっぺんお湯沸かすから待っとき、熱い方が美味しいねんで!」
「……赤い色なんて珍しいですね?」
「西方で入手した『紅茶』と言います。お好みで果糖も加えるともっと飲みやすくなって美味しいですよ」
2人が手をつけなかったのは、見るからに毒々しい赤色のお茶を警戒してのことだった。
李鳳の勧めた果糖を恐る恐る加えて、再び口をつけるチビッコ2人。
「わぁ、甘くて美味しいです」
「牛の乳を入れると、更にまろやかになるんですが……生憎ここにはありませんので」
「これだけでも凄く美味しいです」
牛の乳で一瞬李典に目をやる軍師2人と、それを見逃さなかった軍師1人。
諸葛亮と鳳統はよっぽど喉が渇いていたのか、味が気に入ったのか、一気に飲み干してしまった。
「お湯沸いたで~。新しいん注ぐさかい湯呑貸してんか」
「も、もう沸いたんですか!?」
「ニッシッシッシ、ウチの発明した携帯用湯沸し器『手春(てはーる)くん三号』や。凄いやろ?」
「す、凄いです!」
「そう言えば、合戦の時に使用していた盾や弓も李典さんが開発されたんですよね! とっても凄くて私達の軍でも評判の武具でしたよ!」
「分かる人には分かってまうんやなぁ。ウチの発明品がどんだけ凄いかを、ウシシシシ」
「この紅茶もすごく美味しいです」
久しぶりに自分の絡繰を誉めて貰えて気分が良くなる李典が、湯呑を受け取って紅茶を注いでいく。
「苦い薬ばっか煎じとる伯雷が作った数少ない嗜好品やねんけど、ウチはもう紅茶の虜やで」
「そう言えば、李鳳さんは薬師もやってるらしいですね?」
「薬師で医師で気功師で……ほんでもって軍師や。どんだけ師使うたら気が済むねん!?」
「あわわ、すごいです!」
理不尽に怒る李典に、李鳳は苦笑して答える。
「他愛も無い趣味ですよ。マンセーだって新たな物を次々に生み出す絡繰師で鍛冶師で細工師で……それでいてイカサマ師じゃないですか。ククク」
「誰がやねん!」
「あれ、ペテン師の間違いでしたか? 済みませんね、クックック」
「一緒やないか!」
日常的な李典と李鳳のやりとりであったが、違った事もある。
「「フフ、ウフフフフ」」
此処に来てから初めてチビッコ2人が笑ったのであった。
ストックあったので投稿しました。
初投稿から3ヶ月。
50話とは感慨深いですね。
批評やご指摘、要望などあれば
遠慮なく言って下さい。
これからも宜しくお願いします。




