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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
汜水関の攻略
48/132

48話

華雄ファンの方、すみません。

「敵将、華雄! 劉備玄徳の腹心・関雲長が討ち取ったりぃぃぃ!!」


 関羽が青龍偃月刀をかかげて高らかに宣言した。

 その凛々しくも気高い美声は喧騒たる戦場に一瞬の静寂という花を咲かせた。


 そして数瞬の後、華雄軍本隊は大混乱をきたし隊列は瓦解した。




――先陣中央・公孫賛陣営後衛――


「ウッシッシッシ、見た? 見たやんな? ウチの李典槍、圧倒的やんか。まぁ、改良点も仰山あるけど及第点っちゅうとこやろ!?」

「は、はぁ……」


 副官に同意を求める李典はニコニコしていた。


「しっかし、関羽は強いなぁ。一撃で終いやなんて予想外やったわ……なぁ?」

「確かに……。関羽将軍の武には驚かされましたが、私にはあの罵倒の方が……」


 副官にとっては一騎打ちよりも罵倒の方がインパクトが大きかったようである。


「ニシシシシ、伯雷の短期間集中講座っちゅうんでシゴかれたんやから当然やで!」

「……敵将に同情したのは生まれて初めてです」


 副官が複雑な心境で戦場の屍と化した華雄を眺める。


「よっしゃ! 戻ったらウチが色々教えたるわ、ええ店知っとるし……李典槍のお披露目記念も兼ねてどないや?」

「はっ。お供します!」

「そうこなな! ほな、アンタの奢りで飲むでぇ!」

「はっ。…………は?」


 李典はご機嫌で進軍を指示するのであった。




――先陣左翼・孫策陣営――


「なっ!? たった一合であの華雄を……?」

「………………」

「今ね……祭、城門に突撃よ!」

「承知!」


 孫権は一騎打ちの結果に驚きを顕にした。

 甘寧は黙って静観している。

 孫策は戦況を冷静に把握し黄蓋に指示を出していた。


 事前に献策された通り、関羽の挑発に乗った華雄が自ら城門を開いて飛び出てきた。

 それを公孫賛の騎兵隊が新兵器を用いて見事に牽制しながら敵軍の隊列を引き伸ばし、華雄隊と後続部隊を分断したのであった。


 その機を逃さず孫策軍と劉備軍は後続部隊に挟撃を仕掛けた。

 それとほぼ刻を同じくして関羽と華雄の一騎打ちが催されたのだった。




――先陣右翼・劉備陣営――


「やったやったー。愛紗ちゃん、無傷で勝っちゃったよー!」

「鈴々も負けてられないのだ! 突撃するのだ!」

「……伯珪殿、お見事。フフフ、私も勝ち戦に乗り遅れるわけにはいかんな」


 子供のように歓喜を顕にする劉備と俄然やる気を示す張飛。

 前者とは違う人物に興味を示す趙雲。


 敵軍の横腹に一当てし、突き破らない程度に加減しながら戦力を削ぎ落とす作業を続けていた劉備軍の士気が跳ね上がった瞬間だった。




――後陣・曹操陣営本隊――


「はははー。華雄め、口程にもない!」

「美髪公……噂に偽りは無かったようですね、華琳様」

「…………」


 たった一振りで終わってしまった一騎打ちを見て高笑いする夏候惇。

 その凄まじい武力を目撃して感嘆する荀彧が話しかけるが曹操は無言のままである。


「か、華琳様?」

「あの武……あの美……欲しいわね」


 再度呼びかけると曹操は一言呟いた。


「!? ぐぬぬ……おのれ関羽め!」

「…………」


 その呟きを聞いた夏候惇は猛り、関羽を逆恨む。

 逆に荀彧には思う事があるようで関羽を見詰めたまま沈黙していた。


「それにしても、あの武装には驚かされたわね」

「はい。間者の情報では、李典将軍が開発したそうです」

「……以前、陳留でも絡繰を見たことがあるわ。……なるほど、面白いわね」


 今度は荀彧も少し不愉快な表情を見せた。

 だからこそ、話題を強引に変えたのである。


「孫策軍には出し抜かれましたね。あの機を逃さないとは流石と言うべきでしょうか」

「虎の娘はやはり虎と言うことね…………いえ、それだけじゃ無さそうだけど。フフフ、どちらにしても秋蘭に頼んだ伝令は無駄になりそうね」


 一連の動きが予定調和であるとは知らない曹操だが、その表情は何かを察している。

 先陣が様子見で引いた隙を狙って城門に追撃を仕掛ける予定であったが、公孫賛と劉備の陣営が上手く連動して敵を引き付けている間に孫策軍がそのまま城門に駆け込んでしまったのだ。




――後陣・曹操陣営北郷隊――


「てっきり籠城すると思ってたのに、砦から飛び出してきて……あっさりヤラレちゃったけど……何がしたかったんだ?」


 一刀には華雄のしたかった事に検討も付かない。

 一応、副官である楽進と于禁に話しかけたつもりだったが返事は無かった。


「凪? どうかしたのか?」

「い、いえ……。先程こちらが何か言っていたようですし、挑発に乗ってしまったのではないでしょうか」

「真桜ちゃん……」


 呼びかけに慌てて反応し、楽進が真面目に答える。

 于禁は李典の名前を呟いた。

 しかし、その呟きは一刀の耳には届かなかったようである。


「それでまんまと返り討ちなんて……まるでピエロじゃんか!」

「ぴえろ……?」

「あ、ああ、道化とか滑稽って意味だよ」


 楽進の頭上にクエスチョンマークが浮かび、一刀が解説を入れる。


「一騎打ちしてた綺麗な黒髪の人は誰だろう?」


 一刀はその正体が気になっていた。

 関羽は名乗りをあげていたが、後陣の後衛ともなると流石に距離があり過ぎて聞こえなかったのだ。


「劉備のところの将軍で、関羽と言うそうだ」


 そこにタイミング良く現れた夏候淵が謎の武将の正体を教えたのである。


「あれが関羽…………流石に女の子で髭は無理があるもんな」

「秋蘭様、どうしてこんな所に?」


 一人納得顔で頷く一刀。

 突然の夏候淵来訪の意図を楽進が尋ねた。


「あまりに暇なのでな。伝令役を買って出た」

「華琳は何て?」

「汜水関が破られたら、直ちに進撃を開始。劉備達が様子見で引いた隙を突いて一気に突破して敵に追撃をかける、予定だったのだがな……」


 夏候淵の返答は尻すぼみであった。


「ああ……、あれは孫の旗印……と言うことは孫策軍か!?」

「そのようだ、見事に一番乗りを持っていかれたな。もともと先鋒を買って出た位だ、虎視眈々と狙っていたのであろうな」


 一同がなるほどと思った次の瞬間、思い出したかのように一刀が声を上げた。


「あ! 秋蘭に聞きたいことがあったんだよ。凪達の友人で李典って子がいただろ、今どこにいるかとかって何か知らないかな?」

「…………知っていると言えば知っているが」


 一刀からの問い掛けを聞いた夏候淵は、意味ありげに楽進らを見やった。

 すると、楽進が口を開いた。


「公孫賛殿のところではありませんか?」

「私もそう思うの」

「へ? 凪達、もう知っちゃってるのか?」


 以前は知らないと言っていた2人の為に親切心で聞いた一刀はちょっと恥ずかしくなった。


「いえ、確証はありません。しかし、あの絡繰は……」

「真桜ちゃん、絡繰作るの大好きだったから……もしかしたらって思ったのー」


 2人の告白に一刀は驚いた。

 盾形の傘や単発式の弓弩を槍に装着させるという発明品をこの時代で再現できているという事実と、その人物が探していた李典の可能性が高いという事実にである。


「お前達の思っている通りだ。……李典は、あそこだ」


 夏候淵が先陣の一角を指差した。


「……あの槍は!」

「真桜ちゃんのなの!」


 そこには螺旋の矛先をした槍を持った人影が見えた。

 顔までははっきりと確認出来ないが、古い付き合いの彼女らにはすぐに本人だと分かったのだ。


「……ドリルじゃん!?」

「李典は今、公孫賛殿の下に将軍として仕えている。私も先程華琳様からお聞きしたばかりでな、隠すつもりは無かったのだ。この戦が終われば話そうと思っていた」


 一刀の驚きは夏候淵の独白にかき消された。


「……浪漫だな」

「いえ、お心遣い感謝します。我々は真桜が無事でいてくれただけで満足です」

「そうなのー。将軍なんて、真桜ちゃん立派なの!」


 再び一刀の呟きはかき消されることとなった。


「華琳様には私から言っておくので時機を見て会いに行くと良かろう。必要であれば席を設けて頂くように取り計らうが?」

「「……………」」


 夏候淵からの申し出に2人は即答出来ない。


「フフ、その気になったらいつでも言ってくるが良い。そろそろ華琳様や姉者が動き出す頃だ、今は戦闘に集中してくれ」

「重ね重ね、ありがとうございます」

「ありがとなの」


 夏候淵の気遣いに感謝し、2人は気を引き締め直した。


 敵将の暴走に呆れ、味方の奮闘に感心しつつも混乱で逃げ出す敵軍に追撃を仕掛ける為に進撃を開始した曹操軍であった。




――後陣・袁術陣営――


「見やったか、七乃! 妾の軍が一番乗りじゃ!」

「ええ、お嬢様。糧食すら満足に分け与えてないのに手柄だけは当然の如く横取りしちゃうなんて、立派なお外道さんですよ!」


 勲功第一を手に入れたと喜ぶ袁術は、張勲流の煽てによって更に調子に乗った。


「ほっほっほ! 照れるのじゃ! しかしの、どうして城砦に立っておるのが妾の旗じゃのうて孫策のなんじゃ!? 妾の部下のくせに生意気じゃ! 七乃、後で叱ってたも!」

「わぉ! さっきまで喜んでいたのに突然のご立腹で理不尽な説教だなんて……、流石は癇癪大王様です。素敵ですぅ」


 言いたい事を言ってスッキリした袁術は一刀に貰った飴を舐めながら張勲とのんびり和んでいた。その結果、後詰めで進撃することも指示せず、汜水関を通り抜けたのはビリッケツであった事は余談である。




――後陣・袁紹陣営――


「あっれー? 姫ー、斗詩ー。ちょっとおかしな事になってるぜ!」

「もーぅ、なんですの? あれだけ啖呵を切った白蓮さんがもう尻尾を巻いて逃げ出しましたの?」


 総大将にも関わらず馬車の荷台で寛いでいた袁紹が文醜の大声を聞いて降りて来た。

 荷台と言っても絢爛豪華な装飾を施し、寝台や台所まで完備されワンルームのような改造がされた金に物を言わせた逸品であった。


「違うってば! おい斗詩ー、何やってんだよ? 早く出て来て、お前も見てくれよ!」

「ぐすっ、文ちゃんが強引に……だからじゃない…………えっ!?」


 赤らめた顔で甲冑の乱れを直しながら顔良も荷台から降りてきた。

 そして、戦況を見て絶句したのだ。


「猪々子さん、斗詩さん、城砦に『孫』の旗がありますわね。汜水関には華雄さん以外にも将軍がいらっしゃったようですわね……孫、孫、孫……聞いたことありませんわね。わたくしも知らないような小物が一人増えたところで大勢に影響ありませんことよ。おーっほっほっほ!」

「れ、麗羽さま。あれは孫策さんの牙門旗です! し、汜水関はすでに落ちたということです」

「な、なんですって!?」


 難攻不落の関所を落とすのは容易ではない、と顔良でさえ思っていた。

 だからこそ非常識なのは承知で文醜の押しに折れて事に及んだのだ、攻砦戦はしばらく膠着状態が続くであろうと予測して。


 何かあれば伝えよ、と命じられていた側近らも開戦後僅か数刻で決着してしまった光景を目の当たりにして半ば放心状態であった。


 結局、他の諸侯に比べて大幅に遅れて進軍することになった袁紹軍は何もすることが無いまま汜水関を抜ける事になった。




最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

感想やご指摘などありましたら、宜しくお願いします。

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