46話
事前の軍議で決まった通り、公孫賛軍が中央に、孫策軍が左翼に、そして劉備軍が右翼に先鋒として布陣が敷かれていた。
他の諸侯らはその後方に各々陣取り高みの見物といった様相を呈していた。
汜水関の城門は固く閉ざされており、城壁には物見と弓兵隊が立ち並び連合の出方を窺っている。
先陣を切る公孫賛の騎兵隊の中に李鳳の姿はあった。
雄大に待ち構える汜水関を前に緊張したり滾ったりする兵が多い中、李鳳は全然違う事を考えていた。
――先陣中央・公孫賛陣営前衛――
【李鳳】
クックック、謎はちょっと解けた!
この世界が三国志を背景としてハチャメチャに創られていると知ってから色々と探っていたが、ようやく納得出来なくも無い一つの解釈が見つかった。
この世界は俺のことを嫌っている神が自身の娯楽の為だけに創った世界だと言うことだ。
三国志という活劇を楽しむ為だけにカスタマイズされた世界、それが今俺が存在している世界だろう。
一部の有名な人物が女性化しているのは神が変態だという揺るぎ無い証拠だな、ククク。随分と趣味はご多様なようで……御盛んなこった。
陶謙、袁遺、鮑信などの武将も存在自体はしているけど、彼らは史実通り男だ。さらに名声も見た目も存在感そのものがイマイチときてる……これは神が阿呆なせいでキャストが多いと把握し切れずに困ると考えたら妥当だろ、クフフ。貂蝉がオッサンで華佗に付き添ってる時点で……王允は出番あるのか!?
だいたい孫堅なんか5人も子供産んでるけど、彼女は孕んでる間も戦ってたのか? ……それはそれで面白いな、ククク。英傑らが女性化した影響で曹操や劉備などの主要な人物の子供は今の所生まれてないようだな。
内偵調査して吃驚したよ……いや、ガッカリしたのが正確かもな、クックック。
道理でイベントの期間と周期が短いわけだよ……公演時間が無駄に長いと神も飽きるだろうからな、クヒャヒャヒャヒャ。
天の御使いという謎のキャストには疑問が残るけど……この世界じゃ些細なことだな。
ならば、今まで以上に哂わせてもらうだけだ。
それにしても、汜水関の城壁に視認できる牙門旗はやっぱり華雄だけか……初心者向けのイージーモードにも程があるだろ!?
クヒヒヒヒヒ、久々に腹筋が痛いよ。
船頭が多いと舟も山を登るらしいが、船頭一人に数十もの船団を託すなんて……華雄が俺の知ってる情報を遥かに超えた無敵超人なのか、あるいは何か思惑がるのか……。もしくは、そうなるようにした神の小細工か……笑えれば何でもいいがな。
まぁ、誰でも三人寄れば文殊の知恵って言うけど……こっちには一騎当千の猛将と神算鬼謀の軍師が複数いるからな。敵さんは武将一人でどんな知恵を発揮するのやら、楽しみで仕方ないな、クフフフフ。
俺の初陣でもあるわけだし、待ち遠しく感じる自分がいるなんて新鮮だよ。
大将の公孫賛は白馬に跨ったまま、整列して控える屈強な騎馬隊を誇らしげに見渡していた。側には軍師である李鳳と劉備陣営から引き抜いた関羽が控えている。
兵士らにとって合戦自体これが初陣というわけでは無いが、これまでは賊か蛮族が主な相手であった。それだけに正規軍を相手取るのは初めての経験という者が多かったのだ。
しかも、相手は官軍なのではないかと思っている者も少なくないのが現状だった。
そんな空気を感じ取った李鳳は公孫賛に進言した。
「緊張している兵が多いようですね。適度な緊張は好ましいですが、過度であれば動きが阻害されます。ここは一つ、大将閣下自らの弁舌で兵の士気を鼓舞するのが上策かと思われます」
「……確かにな。満足に動けなくては余計な損害を被ると言うものだ」
うんうんと公孫賛も頷き賛同を示した。
「桃香様も大きな合戦の前にはよく兵を鼓舞されておりました。おかげで大勝した事もあった程です。効果は少なくないでしょう」
関羽も誇らしげに自身の主君を実例に挙げた。
「ははは。桃香には人望あるからな……羨ましい限りだよ」
「い、いえ。そんなつもりで言ったのでは!」
「ははは、分かってるさ。桃香は桃香、私は私だからな。あいつ程の魅力は無いけど、私にも夢はあるからな」
畏まる関羽に苦笑いして気にするなと手を振る公孫賛。
そんな空気を読んでか読まずか、割って入る李鳳。
「では早速、檄を飛ばして頂けますか?」
公孫賛は無言で頷き、白馬を兵達の方向に数歩進ませた。
そして、眼前に立ち並ぶ自慢の兵達に向かって、叫んだのであった。
「聞け! 我が兵よ。此度の戦は都で暴政を働く董卓を討ち、都に暮らす民らをひいては天子様をお救いする為のものである!」
兵達に緊張はあるが、口を開く者は一人もいなかった。
「良いか、天子様とて我らと同じ人間なのだ。まだ幼い身の上で宦官に、董卓に、悪政の道具として利用されている。帝として祭り上げられ、やりたくもない勅を強要されて心を痛めているとしたらどうだ!? 無下に天子様の御心が傷つけられているとしたらどうだ!? 堪らなくはないか!? そんな事を許しておいて良いのか!? 私は我慢ならん!!」
公孫賛の檄が兵達の表情を神妙なものに変えていく。
「この非道を野放しにすれば、やがて被害は全土に広まり、幽州の地にも及ぶであろう。そうなった時、一番の犠牲となるのは誰だ!? 力の弱い民ではないのか!? お前達の家族ではないのか!? 友や知人ではないのか!?」
ビリビリと伝わる激に、兵士達は真剣に耳を傾け歯を食いしばって聞いている。
「幽州に育ちし、我が精鋭達よ! そんな暴挙を許して良いのか!? 私は我慢ならん!!」
「「おー!」」
そして、とうとう兵の間から賛同の声が溢れ始めた。
「聞け、ここに集いし北の勇者達よ! お前達は天子様をお救いするだけでなく、愛する家族を、親しき者を守る為にここまでやってきたのだ! 董卓が傀儡という噂もある、偽報だのという噂もある……だが、そんなもの今は忘れてしまえ! 此度の戦では気にするな! 私を信じろ! 一切の責任は私が取る! お前たちは天子様と幽州の民の事だけを考えろ! 恐れるな、天意は我らの頭上にある!!」
「「「おおー!!」」」
今度は数百名以上の兵が呼応して叫び出した。
公孫賛は再び騎兵隊の顔ぶれを左から右へと見渡した。
「その為に……お前達の力を、お前達の命を私に預けてくれ! その代わり、私の生涯を幽州の民の繁栄に捧げると、今ここに誓おう! 皆のもの、私の為に死んでくれ!!」
「「「「「「うおおおぉぉぉーーーー!!!」」」」」」
万を超える怒号のような雄叫びは地鳴りとなって響き渡り、味方の連合軍だけでなく汜水関の董卓軍にまで轟いた。
「騎馬隊前進! 私に続けぇぇぃ!!」
「「「「うおおおぉぉぉーーーー!!!」」」」
膨大な熱量を帯びて白き巨大な一つの火矢と化した『ソレ』は公孫賛という弓に引かれ、銅鑼の響き共に放たれたのであった。
先頭を駆けるのは関羽と公孫賛であり、そのすぐ後ろに李鳳の姿があった。
「素晴らしい大弁舌お疲れ様でした、鼓舞という観点から見れば満点ですよ。クックック」
「ハハハ、もっと素直に誉めていいぞ! それより、わざわざ最前線について来たんだから足を引っ張るなよ」
「ククク、承知」
まだまだ笑える余裕のある2人であるが、同じく先頭を駆ける関羽の表情は違っていた。
「…………」
「ん? どうした関羽!?」
黙ったままの関羽に気付き公孫賛が声をかけた。
「……公孫賛殿、李鳳殿。先の軍議での非礼、まず詫びたい。私は正直騎馬隊でも我が軍がそれほど劣るものではないと思っておりましたが……自惚れが過ぎました。これほど精強な騎兵とは、想像以上でした。面目次第も無いほど恥ずかしく思います。だからこそ、今回の申し出に改めて感謝致す。そして、公孫賛殿の弁舌にも深く感銘を受け申した。我が主・劉備玄徳に劣らぬその大器、感服致しました!」
「ハハハ、よしてくれよ。言ったろ、私は私で、関羽は関羽だ。お前はお前の仕事をやってくれればいいさ。これからが見せ場なんだからな、期待させてもらうぞ!」
「はっ! 必ずや御期待に応えてみせましょう!」
尊敬の念を込めて公孫賛に頭を垂れる関羽。
この一場面だけを切り取って見れば本物の主従関係に見えたであろう。
「では、関羽殿。手筈通りお願いしますよ。無いとは思いますが、万が一失敗したら……連日再教育を受けてもらいましょうかね、クッヒッヒッヒ」
李鳳の言葉を聞いた瞬間、ピクッと反応した関羽は一転してブツブツ呟き始めた。
「……め……腐……。痴れ狗…………微塵……、フハハハハ」
「お、おい。どうした? 大丈夫なのか!?」
関羽の変わり様に公孫賛が慌てて李鳳に振り返った。
「ご心配なく。いえ、むしろ万全の状態と言えますよ、クヒヒヒ。冷静な判断力は低下しているでしょうが、氣が異様に膨れ上がり充実しております。相手が挑発に乗ってノコノコ出てくるような猪であれば、まず問題無く圧殺してくれるはず……。関羽殿には猪退治に専念してもらって、我々は周囲の牽制と補佐をしっかりとやり切りましょう」
「う、うむ。……そうだったな! お前の初陣でもあるんだから期待してるぞ!」
「御意」
こうして汜水関での戦いの火蓋は切られたのだった。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。




