44話
――孫策隊陣営――
桃色の長髪で服装も孫策によく似た女性が、紫色の髪を団子に束ねマフラーのような物を巻いた女性を引き連れて孫策率いる本隊を訪ねていた。
前者は名を孫権(そんけん)、字は仲謀(ちゅうぼう)、そして真名を蓮華(れんふぁ)と言い、孫策の妹であった。奔放な姉とは対照的な性格で、真面目で気難しい一面がある。しかし、英雄として相応しい器と能力を持っており、経験さえ積めば王として申し分ないと期待されている。
後者は名を甘寧(かんねい)、字は興覇(こうは)、そして真名を思春(ししゅん)と言い、元は錦帆賊(きんほぞく)と呼ばれた江賊の頭領だったが、孫策に見出され孫権の側近に就いたのだった。孫権を陰から支え守ることを心に決めており、護衛として常日頃から側に控えている。かなりの剣術の使い手でもあり、また、江賊を率いていただけあって統率力にも優れ、水軍では最強という声が多い。
「姉様! 公孫賛らの策に乗ると返答したのは事実ですか?」
「本当よ。冥琳と穏(のん)とも話し合って決めたんだから、文句ないでしょ?」
穏とは周喩の愛弟子で孫呉の副軍師を務める陸遜伯言(りくそんはくげん)の真名だ。のんびりとした穏やかな性格だが、かなりの切れ者であり、とんでもない巨乳の持ち主である。また、変わった癖の持ち主でもある。
「文句ならあります! あの書簡……あれは何ですか? 我々孫呉を舐めているとしか思えません! 策自体に不満はありませんが、信用が置けません。我等左翼を囮にして自分達だけが名と実を収めようする可能性とてあるのでは?」
まくし立てる孫権。
書簡の内容に腹を立てているのだが、それもそのはずである。
書いたのは李鳳だからだ。
書簡にその場で目を通し、豹変する孫権の形相に叩き切られるのではないかという恐怖を感じて使者は震え上がったという。
「あらら、冥琳の予想したとおりね」
「フフ、だから蓮華様は怒って飛んでくると言ったろ」
「袁術のガキンチョに何か言われる前に決めちゃいたかったのよ。それに公孫賛と劉備なら信用して大丈夫よ、ちょっ~と捻くれた子が筆を取っただけで他意は無いはずだから」
この軍の大将が孫策である限り決定には従うつもりだが、孫権は釈然としない表情を浮かべたままであった。
「何れにしても、部下の非礼も監督できていないんじゃ大した将器とは思えないけれど……」
「しかし……面妖な文面に懐かしさを覚えると思うておったら、あの童じゃったとは驚きじゃのぅ。生きておったとは……」
作戦に関しては理解を示していても、納得いかない孫権の熱はなかなか冷めない。
一方、黄蓋は策でも内容でも公孫賛の軍師に興味を示していた。
「雪蓮はその目で見たのよね?」
「ええ、熱い視線を向けられたわ。フフフ」
周喩自身は実際に李鳳を見たことは無く、前回も今回も書面のみでそこから人物像を想像していた。
孫策もすっかり李鳳の存在は忘れていたが、軍議の席での名乗りで疑惑を持ち、袁紹とのやりとりで確信に変わったのだった。
「姉様を刺して逃げたっていう元賊の男でしょ? そんな奴が軍師やってるだなんて……あっ! 違うの、思春。貴女は立派に仕えてくれているわよ」
「いえ、御気になさらず。李一家の小賢しさと卑劣さは我ら江賊の間でも有名でしたから……特に李の子倅の噂は……」
いきり立つ孫権がついつい口走ってしまった事を慌てて取り繕うが、甘寧は特に気にしておらず、むしろ李鳳に関して思うところがあるようであった。
「そ、それよりも陳留に現れたという天の御使いはどうだったんですか? 見たこともない衣装を身に纏い、革新的な土地・都市開発を実行し、瞬く間に豊かな街を築き上げたという噂の御仁は姉様の目にどう映りました? 従軍してきたという事は戦闘もこなすのでしょうか?」
鵜呑みにしているわけではないが、天の御使いの噂は概ね好評なモノばかりである。民もその噂を信じて曹操の治める土地に流れる者が後を絶たないのは事実なのだ。
孫権は表面上では隠しているつもりだが、そんな救世主に対して憧れのような感情と、そんな者には頼らずに孫呉を繁栄させてみせるという想いが内在していた。
だからこそ、その人物について知りたかったのである。決して気まずさから話を変えたかっただけではない。
「顔は及第点だったわね……それなりに賢そうには見えたけど、人を斬った経験はなさそうだったわ。天じゃきっと戦なんて無いでしょうしね……な~に、もしかして男だから気になっちゃったの? うふふ」
「べ、別に男だからではありません。あまりに皆が噂するので……ほんのちょっと気になっただけです」
孫権の側に控えていた甘寧は、主君である姉妹のやりとりを静観しつつもずっと別の事を考えていた。
――北郷隊陣営――
【北郷】
俺は今、凪と沙和に軍議での出来事を話していた。
この2人とも李鳳は顔見知りだったし、誰かに吃驚した内容を聞いて欲しかったんだけど……。
「うむ、李鳳殿らしい言動です」
「うん、李鳳くんらしいのー」
「そ、そうなんだ……」
俺の中での過去に会った李鳳の人物像は脆くも崩壊したよ。この世界じゃ珍しく男なのに凄い奴だから尊敬してたのに、こっちが素だったのか……華琳同様敵にしたくないリストに追加しとくか。
うーん……アイツって……友達いるのかな……?
「それで真桜……李典の姿は、ありませんでしたか?」
どうでもいい事を考えていた一刀に楽進が恐る恐る訪ねた。
「ごめん。俺、その李典って女の子の顔知らないし……少なくても李鳳の近くには居なかったよ」
「そう……ですか」
「うぅ……残念なのー」
一刀は申し訳無さそうに答えた。
楽進らはガッカリしつつも、どこかホッとしていた。
「秋蘭も何も言ってなかったから、多分軍議に出てた連中の中には居なかったんだと思うけど……すまない」
「い、いえ、隊長が謝ることではありません」
「そうなのー。沙和達もこの連合で会えるとは思ってないから平気なのぉ」
李鳳と夏侯惇の一件で物別れのように離れてしまった李典を楽進らはとても心配していた。
その反面、詫びても許して貰えないのではという懼れと日常の忙しさを言い訳にして捜索は一切していなかったのである。
この事実が悪循環を生んでいた。
そして、彼女たちを苦しめていたのある。
親友だった子の行方が分からないんじゃ心配するなって方が無理だよな……。
俺に何か出来ることがあればいいんだけど…………そうだ! 桂花が確か各諸侯に間者を放ってるはずだから聞いてみよう。何か分かるかもしれないしな、期待させるのも悪いし結果が出るまでは黙っているか。
そして、この連合にいる間に彼女らは再会を果たすことになるのだが――。
批評や感想などありましたらお願いします。




