35話
親しき仲にも……
――文官用のとある私室――
日没を間近に控えた夕刻。
若い男女が二人、特に逢引などの色気も無くマッタリと同室で過ごしていた。
男は机で書き物をしており、女は寝台に腰掛けて肩のコリを解している。
「あ~、しんど。ホンマやること多うなって大変やで……給金上がるんは歓迎やけど、これ以上忙しなんのは勘弁や」
自分で自身の肩を揉みながら、李典は溜め息交じりに愚痴をこぼす。
書く作業に集中しているからであろうか、男、李鳳は何の反応も示さない。
「結局んとこ、星姐さんは白なんか? それとも黒なんか? ウチは未だに信じられへんけどな」
今朝の会議の内容でまだ未解決の疑問を李鳳に投げかける李典。
更には寝台に寝転んでしまった。
【李鳳】
まったく……、文官達の居る書斎が煩わしいから、わざわざ私室で仕事してるのに……。マンセーが遠征中は静かで落ち着く良い部屋だったのになぁ……。それよりも肩凝りの主要因はハードな調練じゃなくてその胸だぞ、クフフフフ。
「状況証拠だけですからね、白黒ハッキリさせるのは不可能です」
一切李典に目を向けることなく返答する李鳳。
一方の李典も寝転がったまま話し続ける。
「ほな、やっぱり姐さんは無実やで。冤罪や、冤罪」
ブーブー文句を言う李典にチラリと一瞬だけ視線を送る李鳳。
いきなり来て雑談を始めたかと思えば、こっちがまだ仕事してんのにベッドでゴロゴロしやがって……。そんなだから牛になるんだ、乳牛魔王マンセーめ。頼んでいた武器の開発と改造はどうなってんだ!?
「否定は出来ませんね。もしかすると、趙雲殿の事が好きで好きで堪らないという輩が徒党を組んで今回の不正を行った可能性も考えられます。当時の太守様よりも趙雲殿に死んで欲しくないという狂信的な想いが、予算を流用することで彼女を裏から支えるといった判断に至ったのかもしれません。そうなると彼女もある意味では被害者ですかね」
言いたい文句は一旦我慢して、会話のチャッチボールを続けることにした李鳳。
「まぁ、姐さん別嬪やからなぁ。そんな輩がおったとしても不思議やないで、ニシシシシ。……せやけど、ホンマにおったら不気味で怖いし……ちょっとイヤやな」
「その点はマンセーなら安心ですよ、クックック」
「……へぇ、どういうことやろ。頭の悪いウチにも分かるように説明してぇや」
相変わらず寝転がったままで顔だけ上げる李典、その額にはクッキリと青筋が浮かんでいる。
「私のマンセーにそんな輩を近寄らせるわけないじゃないですか、見つけたら速攻で叩き潰しますので安全ですよ、という意味です♪」
「ほ、ほうか。ほ、ほな、安心やな。た、頼りにしとるさかいな!」
「ククク、お任せあれ」
青筋が消え失せ、一転して今度は茹蛸状態の李典。
「せ、せや、姐さんの事もそやけど、爺さんが州牧はんと仲良うやろう言い出したんにはビックリしたで。この前見た妖術より驚いたわ」
なに!?
耳がピクリとなり、突然筆が止まる李鳳。
そして、ゆっくりと寝台の方に顔を向けた。
「い、今、なんと?」
「へ? いや、爺さんの変わり様にビックリしたて――」
「その後です!」
いつにない剣幕で詰め寄るように話す李鳳に少し怯む李典。
「え? えーっと……、この前の遠征ん時に見た妖術と同じくらい驚いたて「それです!!」――えぇっ?」
妖術だと!?
氣を飛ばすような世界だ……、魔法や妖術があっても不思議じゃない。
そう、存在自体は問題じゃない……。何が問題か、それは、俺見てないじゃん!!
くそ、やっぱり強引にでも連れてって貰えば良かった……。こうなったら話だけでも……。
「済みませんが、詳しく話して下さい!」
かなり興奮気味に話す李鳳に軽く引く李典。
「な、なんやねん、急に……」
「コホン。遠征での詳細な報告をまだ聞いていなかったですし、良い機会なので今ここで聞いておこうかと。さっ、早く報告して下さい!!」
さぁ、話すんだ!
臨場感たっぷりに実況してみせろ!!
見れなかったのは残念だが、せめて話だけでも面白おかしく聞かせてくれ!!!
上半身を起こし、少しずつ後ずさっていく李典。
「ちょ、ちょう待ちぃや。報告書やったらウチちゃんと提出したで」
「はい、確認しましたよ。しかし、概要だけでなく細やかな部分も聞いておきたいのです。今後の為に――」
「ええー、面倒やからイヤや」
「そこを何とか」
「イヤや」
「お願「イヤや」――」
喰い気味で拒否してくるとは……。そうか、そうですか……。ここに来てからの言動……随分じゃないですか。そっちがそのつもりなら、こっちにも考えがあるぞ。
「クックック、偉い偉い将軍様とも成ると変わってしまうのですねぇ。どうやら態度で示さなければ判ってもらえないようですね」
「な、なんや?」
不穏な空気に察して飛び起きる李典。
「口で言っても判ってもらえないなら、行動あるのみですよ。表に出てもらいましょうか」
「や、やるっちゅうんか!?」
愛用の螺旋を自室に置いてきた為に、無手状態の李典はかなり怯んだ様子を見せている。
そんな李典を無視して出入り口の扉の前まで移動する李鳳。
「よ、よっしゃ。ウチかて腹に据え兼ねてたもんはあるんや、骨の2~3本は覚悟してもらうで」
弱みを見せたくない李典は精一杯の虚勢を吐く。
本当は一旦落ち着こうと言いたかったが、裏腹な言葉が飛び出してしまったのだ。もうどうにでも成れと諦めた瞬間でもあった。
「……東通りに新しく出来た拉麺屋が美味いと評判だそうです」
扉の方を向いたままの李鳳から聞こえたのは全く予想していないものだった。
耳には入ったが、頭が内容を処理しきれないでいる李典。
「へっ?」
「食事時だといつも満席で店外に行列が出来ているとか……。この時間だと、まだそう混んでいないと思うので急ぎましょう」
そう言って扉を開けて出て行く李鳳。
呆然と立ち尽くしている李典。
「何やってるんです? 早く来て下さい!」
遠くで呼んでいる声がするが、李典は停止したまま。
しばらくして、ようやく奢ってもらえるという状況を理解した李典。
再起動で笑顔に戻り「ウチ叉焼大盛りやで」と先程までの疲れた様子と打って変わって軽やかな足取りで李鳳を追いかけて行ったのであった。
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