33話
ご無沙汰しております。
久々の投稿で作者は変な緊張をしていますが、
読者の皆様は気軽にお読み下さい。
――遼西郡・公孫賛の居城――
李鳳が公孫賛の食客となってから三ヶ月が経過した。
一時期は官軍をも退けていた黄巾賊だが、現在では各地の群雄によって次々に鎮圧され、その勢いは衰えの兆しを見せ始めていた。馬元義、波才、張曼成といった黄巾党の名だたる武将が討ち取られた為に、残存する一党は一箇所に集まりつつあった。
これを好機と見た諸侯は、首魁である張角の首級を我先にと狙い始め最期の決戦が起ころうとしていた。
そんな中、李鳳はというと複数の文官に混じって朝議の真っ最中である。李鳳以外の文官は皆三十路を越えており、筆頭文官である翁(おう)はすでに齢六十になろうかとしていた。
翁は白髪痩躯の老人で公孫賛陣営の中では最古参の人物であり、他の文官からの信頼は厚かった。しかし、太守の公孫賛とは意見を違えることが多かった。というのも、翁を筆頭に文官一同は穏健派揃いであり、白馬に跨り率先して戦おうとする太守との相性は良好とは言えないものだった。
そして、今現在、非常に重要な議題で討論しているにも関わらず、その場に太守の姿はない。むしろ城内にも領内にも居ない。これは趙雲や李典も同様であった。
「朝廷からの命とは言え、領外の事はそこの領主に任せるべきではないのか」
「全くですな。遠征するのにどれだけの資金と物資が必要か、分かっておられるのだろうか?」
「馬一頭、槍一本維持するのにも金はかかりますからな」
「蛮族の侵攻にも備えなければならぬ我等には、1兵の余裕すら無いというのに……」
太守不在の朝議では中年の文官らが不平不満を述べていた。翁は一人落ち着いて白湯を啜っている。
発端は公孫賛が自ら一軍を率いて黄巾賊鎮圧の遠征に出た事にある。領内を平定したことで一段落と思っていた文官一同寝耳に水状態だった。
「客将の身分で大義を唱えて太守様を焚きつけたと聞いておりますぞ」
「腕は立つようだが、あの態度は問題であると何度もご忠告申し上げておったのだぞ?」
「……以前も劉備なる知人に領内での義勇兵の募集を許された事があったな」
「客分の意見は聞いて我等は蔑ろとは……やるせなくなりますな」
「すでに財政は火の車というのに、……何を考えておられるのやら」
太守に対する憤りや悲しみが入り乱れ感情の浮き沈みの激しい文官らと違って、一人別の事に悔しがっている男が居た。
【李鳳】
おかしいぞ、俺も客分のはずなのに……意見却下されたぞ!?
なんで留守番なんだよ……。くそ、趙雲の目を誤魔化す為に猫かぶってたのが文官受けはしたけど、肝心な太守の受けはイマイチ……。くぅぅ、出立前のマンセーのあの顔……思い出すだけで腹が立つ!
それにしても、ここの文官達の小市民っぷりには和まされるなぁ。忠誠心もあんまり無い代わりに、野心的なものも無い。慎重を通り越した臆病な態度、石橋を叩くだけ叩いて渡ろうともしない事が幾度と無くあったもんな。
武官の連中、特に趙雲がその態度に相当イライラしてたってマンセーが言ってたけど、少々慢心気味の趙雲より危機回避能力に関しては文官の方が長けている気がするぞ。
事なかれ主義というか、領内至上主義といった態度を貫くことは悪くないと思う。悪さと言ってもスズメの涙程の金銭をお小遣いとしてちょろまかす位で、大規模な汚職に手を染めるなんてとても出来ない小心っぷりも嫌いじゃない。
まっ、それは置いといて……このままじゃ、また無意味に時間だけが過ぎてくぞ。
「備蓄してあった資金と物資が底を突きかけているのは事実です。朝廷からの返事はありましたか?」
ただの井戸端会議の愚痴り合いとなっていた朝議に、思い切って李鳳が口を挟んだ。
与えた仕事は淡々とこなすが、こういった場では静観することの多かった若人の突然の発言に少し驚いた表情で黙ってしまった一同。そんな中、口を開いたのは最年長で太守不在時の最高責任者でもあり白湯を啜っていた翁だった。
「うぅむ、あった事にはあったんじゃがな……、むぅ……」
言葉を呑む翁に周囲もバカではないので、皆察しが付いた。
烏桓や鮮卑といった蛮族から漢国を護る為に北方には常に兵を配備して警戒しているが、敵も四六時中攻めてくるわけでもない。そうなると派遣した警護隊の維持費が日々重荷となっていく。元々余裕の少なかった財政に黄巾党平定の命令は致命傷をもたらした。
そこで貯蓄が尽きてしまう前に手を打とうと、朝廷に軍資金の援助を頼んだのである。
「翁殿、援助が無理なら、せめて黄巾党の平定までの間物資を拝借させてもらえぬのだろうか? 落ち着けば返済の目処もつこうぞ」
「それも無理じゃ……。都の仲介人には袖の下を要求されてのぅ」
「むむむ……」
困ったのぅ、と白湯をまた啜り始める翁。
「クックック、無い袖は振れませんね。いっその事、名家か羽振りの良い商家にお願いしてみては? 戦後の領内における交易や商売の一部独占権を出汁にすれば話も聞いてもらえると思いますが――」
いやはや国の一大事でも助け合いより己の利益なんですね……。ククク、人間って素晴らしいな。
「いかんいかん、それでは当家の恥を晒すようなものぞ」
「うむ。義勇軍ではあるまいし、一州を治める我等がそのような真似どうして出来ようか」
クフフ、小市民でも見栄は張りたいのね。
貰うのはダメ、借りるのもダメとなったら……あとは奪うか、作るしかないでしょ。
「では、戦時中の臨時増税として領民から徴収しましょう。普段は他の州に比べて良心的な税率に加えて、外敵や賊から護ってあげているのですから、有事の際くらい無理させましょう、ククク」
奪われる相手が賊から領主になっただけと思って諦めてね、クックック。
「むぅ……」
「確かに民には協力すべき義務があるな……」
「しかし、この状況下で反乱を起こす可能性のある火種を作るのもどうかと……」
「……どう思われますか、翁殿」
中年文官らの反応はどっちつかずで消極的なものばかりで、判断を筆頭である翁に投げたのだった。
「ふぅむ、ワシの一存では決められんのぅ。太守様がお戻りになるのを待つとしよう」
「確かに、我等だけで事を進めるのは良くありませんな」
「うむ、私は翁殿に賛成致す」
……出たよ。この三ヶ月で飽きる程見た光景。ここの文官共の得意技、太守丸投げ一本背負い。中途半端に何でも出来て、これまで全て何とかやってきた太守による最大の弊害がまさにこれでしょ。クフフフフ。
最高責任者ってのは名ばかりなんだな……。この寄り掛かると圧し折れそうな爺さんは落ち着いているように見えるだけで白湯啜るだけのただの痴呆で、メタボリックな中年共は思考停止した目の前の餌にがっつくだけの家畜だろ、クックック。
現状を認識した上で為すべき判断の出来ない哀れな文官諸君、俺はそんな君達の事は嫌いじゃないよ。だって笑えるもん、ククク。
おっと、すまない。公孫賛に丸投げするって判断は即決だったな、クハハハハハ。
ただね、今回の一本背負いは技有り止まりだよ。奪うのもダメなら作るって決めてたからね!
「僭越ながら、私に案が御座います。聞いて頂けますか?」
「ほぅ、妙案があるのかな?」
「ふむ、若い者の意見というのも新鮮ですからな」
「聞くだけなら損も無いですからな、ハッハッハッハ」
「いや確かに、ワハハハハ」
「クフフ、では、これを見て頂けますか。これは私がこの三ヶ月で調べたものでして、これによると――。ですから――――――となるわけです。つまり――」
さぁさぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。これから始まる大改造、さぁさ、お立会い。御用とお急ぎでない方は、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
最終的に御用とならないように犯罪紛いは出来ないな、クックック。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
忙しさもあり、今後は更新速度も落ちると思いますが
引き続き宜しくお願い致します。




