31話
ハムの人との対面その2。
――公孫賛の居城――
公孫賛伯珪、北方の匈奴の侵略を幾度となく退けて朝廷からの信頼も厚い女性。しかしながら、諸侯はおろか庶民からも凡庸・影が薄いなどと思われている一面もある。それはある意味正当な評価であり、事実でもあるだろう。
しかし、人物を正しく測ろうと思えば一方向からだけではダメだと李鳳も常日頃考えている。楽しむだけなら一方的に、知る為ならば多方的に物事を見たいのだ。これまでは知りたいと思える人物があまりいなかっただけのこと。
孫策や曹操という三国志を代表する英雄に興味が無かったわけではないが、天邪鬼な李鳳は自分が思っていた通りにならないと腹を立てるくせに、自分が思ってもみなかった展開になると嬉しくなってもしまうのだ。
この良くも悪くも普通な公孫賛に、李鳳は何を思うのだろうか。
【李典】
「このまま私達2人が帰ってしまうと、困りますか?」
困るやろな……さっきはえらい顔して引き止めとったくらいやし。いやぁ、ホンマええ顔やったで、プクククク。
「そりゃ、困るさ。ただでさえ文官や武官が不足してたのに、劉備たちが居なくなってからは捌ける物も捌けなくなっちゃったからな」
「ふふ、伯珪殿。正直な所は美徳ですが、些か口が軽過ぎるのではござらんか?」
「……お前に言われてもなぁ」
「確かに、ふふふふふ」
なんやなんや、2人ともやるやんか。大したもんやで……そんだけの信頼関係が築けとるっちゅうことやな。
「くっくっく、公孫賛様。貴女はこの乱れた世に何を見ますか? どうしたいとお考えなのでしょうか?」
「な、なんだよ、急に……。私はただ、幽州の民が平穏に暮らせて、私自身もそれなりに過ごせればそれでいいと思ってるぞ」
…………普通や。面白みも何も感じひん普通の答えが返ってきてもうたで。……あれ? めっちゃ真面目な顔してはるし……本気なんか!? いや、自治領の民の平和を願うんは太守様としてはええ事やと思うで……。
「ふふふ、だから私は未だ客将なのだよ。伯珪殿は王の器ではないようなのでな」
「ふん、そんなのは私が一番分かってるさ。私だって、王になんか成ろうと思ってない」
「くくく、ご自分の領地さえ平和なら他はどうなっても構わないというお考えで?」
「流石にどうなってもいいとは考えないさ、他が荒れてれば幽州の地も損害を被るかもしれないからな。可能ならば助勢を派遣するし、余裕があれば援助も惜しまないつもりだぞ」
「くふふふふ、ご尤も。素晴らしい、素晴らしいですよ」
「え? そ、そうか?」
……アカン。また、変な虫が騒ぎ出しおったで。劉備おらんかったら、即出てくて事前に決めとったやんか。
「ええ、ここまでとは……感服しました。公孫賛様からは覇気も野心も魅力も何も感じられませんね、くっくっく」
「……へ?」
はぁ……、ごっつぅ楽しそうにしとるやんか。ウチ、嫌やで……前みたいな修羅場に巻き込まれんのは。
「正直に申しますと、私達のお目当ては噂の劉備軍だったのですよ」
「……そうだろうな。私なんか目当てにするはずないもんな……いいんだよ、どうせ」
「ですが、貴女に興味が湧いてきました。あまり長いお付き合いをする気はありませんが、食客として雇って頂けないでしょうか?」
「……へっ!?」
……予想通りや。またウチを無視して暴走や……ホンマ悪い虫やで、いつか踏み潰したるからな。
「ふむ、これは面白いことになりましたな。いやはや、劉備殿の下に参るつもりであったが、もうしばらく伯珪殿の側で槍を振っても良いかもしれぬな、はっはっはっは」
「お、お前も離れるつもりだったのかっ!? はぁ……もういい、分かったよ。残ってくれるならありがたいけど、離れる時はまた言ってくれよ。それで、姉弟揃って食客希望か?」
……そう言えば、まだ誤解させたまんまやったな。こら訂正せんと面倒なことになるで。
「あんな、太守さま。ウチら姉弟やないで。“ただの旅の仲間”やで。たまたま姓が一緒やっただけや。そやなっ、伯雷?」
「ええ、そうですよ。マンセーは旅の同行人で、“初めてにして唯一の経験をした女性”というだけです、くふふふふ」
「ほう」
「なっ!?」
「ドアホっ!! な、な、なんちゅー紛らわしい事言うねん!! 変な誤解されたら、どないすんねん!?」
「事実なんですがね、くっくっく」
あかん……こいつは耳だけやのうて、頭も腐っとるんやった。姐さん、そんな目で見んといて。……太守はんも何考えとるんか分かり過ぎるその表情は勘弁してや。
「……な、なんでまたこんな目に遭うねん……うぅ」
「ふふふ、詮索するつもりなど無いから安心せい。……ふふふふふ」
……どこ信じたらええんですか、……姐さん。
「そ、そうだぞ。だ、男女で、た、旅をしてたなら、そ、そういう事もあるんだろう。うん、そうだ、そうだぞ。気にすることはないぞ、李典」
「ちゃうねんて、めっちゃ誤解や。ホンマは――」
「まぁまぁ、皆さん落ち着いて下さい。私はともかく、マンセーはどうしますか? 当初の予定とは違いますので、無理して私に付き合うことはないですよ。あっ、責任取れって件はきちんと果たしますから、くくくくく」
「ほほう」
「や、やっぱりっ!?」
「い、いらん事は言わんでええ! …………しゃーないな。他にアテがあるわけやないし、ウチもここで雇うてもらえんやろか? ……太守さま?」
何ぞ、変な妄想でもしとるんやろか? 趙雲の姐さんは相変わらずニコニコしてこっち見とし、太守はんはうわの空や……ホンマにこの軍大丈夫なんやろか……。
「公孫賛様。我等2人をお雇い頂けますか? 勿論、実力を見て使い物にならないと感じられたら切って頂いて結構です」
「ふむ、伯珪殿。では、一度、私と立ち会って実力を試されるのはいかがかな?」
「……へ? あ、ああ、そうだな。じゃぁ、外の鍛錬場で確かめさせてもらうか。2人共、それでいいか?」
「ちゃんと手加減はしてもらえるんやろか? 趙雲の姐さんは『神槍』て噂されてんねやで、……本気なんぞ出されたら相手にならんで」
獲物を狙う鷹っちゅう目しとるさかいな。ウチかて弱いとは思うてへんけど、姐さんと比べたら一般兵と大差無いんちゃうか……。伯雷も暗器専門やから、こんな試合で本気なんぞ出さんやろうしな。
「ああ、もちろんだ。星もいいな、これは実力を測るのが目的なんだからな」
「ふふふ、分かっておるさ」
笑うてるんが、……めっちゃ怖いんやけど。
「すみませんが、私は文官あるいは武将を補佐する軍師として雇って欲しいので、戦うのはマンセーだけでお願いします。私には別の試験を課して頂ければと思います」
……何をエエ笑顔でサラッと言いよるねん。アンタ全然戦えるやろ! そら手の内明かしたないんは分かるけど……それは殺生やわ。
「そうか、書類仕事を捌ける人材はとても助かるぞ。李鳳は私の補佐として実務で判断するとしよう。じゃぁ、李典はこれから星と打ち合ってみてくれ。なに、仕事はいくらでもあるんだ。雇わないってことはしないから安心しろ」
「くっくっく、頑張って下さい。応援してますよ、マンセー」
「…………」
「はっはっはっは。さぁ、李典殿。参るとしようか」
姐さんは笑いながらウチの背中をバシバシ叩いて急かしてきよる……。くっ、でも、姐さんが悪いんやない。悪いんは全部伯雷や、ウチがやられたまま黙っとく思うたら大間違いやで。絡繰師を甘うみとったら痛い目見るっちゅうことを叩き込んだるからな、覚悟しときや!
「あ、あかんて、姐さん。そないに引っ張らんといてぇや。ちょ、ちょう、聞いてん――うわぁぁぁ」
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