30話
ハムの人との対面その1。
短いですが、ご勘弁を。
――幽州遼西郡――
公孫賛が太守として治める幽州の地では、以前から烏丸や鮮卑といった蛮族の脅威に晒されていた。そこに来て、今回の黄巾党鎮圧の令では自衛戦力の分断を余儀なくされた。蛮族への睨みを利かせつつ、州内で無法を働く黄巾賊の討伐を行うのは困難を極め、公孫賛の頭を大いに悩ませた。
そこに、旧友である劉備玄徳が数百人の義勇軍を率いて訪ねてきたのだ。本当にありがたかったのは数百人の兵ではなく、その兵を統率していた関羽雲長と張飛翼徳という2人の武将と諸葛孔明と鳳統士元という2人の軍師の存在だった。
関羽は青龍偃月刀の使い手で、美しい黒髪をなびかせて戦う姿から『美髪公』とも呼ばれるようになる。客将であり公孫賛自身もその実力を認めている趙雲にすら匹敵する程の武勇を持っており、参戦してくれた義勇軍の中で最も頼りになったという。
張飛は小柄で、まだまだ子供っぽいところがあった。しかし、身の丈を超える蛇矛を振り回し、敵を屠る姿はまさに一騎当千を感じさせた。指揮能力こそ前者の2人に劣るが、武力そのものは上回っているとさえ思えた程だ。
諸葛亮と鳳統は共に小柄で引っ込み思案だが、水鏡女学院で兵法、経済、算術、地理、農政等を学んでおり、師である司馬徽からは『伏竜鳳雛』と称され才能を絶賛されたという。今回の黄巾賊の討伐においても、次々に見事な策を披露して快進撃の礎を築いた。
そんな英傑達に慕われていた劉備は、公孫賛の領地で持ち前の人徳を活かして義勇軍を募り、約三千人を引き連れて出て行ったのであった。これは公孫賛も容認していた事だが、自主的に街を警護してくれていた若者がごっそり居なくなったのは手痛く、自らの優しさのせいで首を絞める結果になり頭を悩ませる日々を送っていた。
しかし、捨てる神あれば拾う神あり、とでも言うのだろうか。食客として雇われたいと志願してきた若者を趙雲が連れて来たのだ。
【公孫賛】
桃香(劉備)たちが居なくなってからは、執務が滞って滞って……竹簡の山が出来てるよ。諸葛亮か鳳統のどちらか一人でも残ってくれれば助かったんだけど……私にそんな人徳無いもんな……。一軍を任せられる武将も軍師もいないから兵を増やしても錬度が上がらず、逆に足手まといになりかねないからなぁ……文官達ともうまくいってないし、現状が私一人の片手間で面倒見れる限界だよ。
「はぁぁ……」
「ふふふ、そんなに溜め息ばかりついておられると幸せが逃げますぞ。伯珪殿」
顔を上げると、星(趙雲)が壁にもたれ掛かっているのが見えた。
いつの間に来たんだ……?
「……星か。まだ午前の調練の時間じゃなかったか?」
飄々としているが、仕事だけはキチッとやってくれると信用してたんだけど……まさかサボりじゃないよな……?
「伯珪殿にお会いしたいという若者が城門まで来ておりましてな、なかなかに面白そうなので私がこうして連れてまいったのだが……今はお忙しいようですな」
なにっ!? もしかして仕官に来たのか? 星が言うからには有能な人物に間違いないだろう。
「いや、会おう。これだけ片付けるから、客室で待たせてくれないか」
「ふふ、承知」
――客間――
【李典】
ウチと伯雷は公孫賛さまに面会に来て、意外とすんなり通してもろてお茶しとります。ただ会いたい言うただけやと門前払いが多い中、こういう対応されんのは驚いたで。一応武器は預けろっちゅうことやったけど……聞いてたよりも器のでかい御人かもしれんな。
「まぁ、茶菓子もあったら言うことないんやけどなぁ」
「くくく、このご時世、そこまでの余裕は無いでしょう。この待遇だけでも太守様の心遣いが十分感じ取れますよ」
そない言うて茶を啜る伯雷……珍しい、三度の飯より他人を貶すことが好きなはずやのに……。
「ふふふ、待たせてすまないな。伯珪殿は間もなく来られるだろう」
うぉっ!! 背後から急に声かけなや、寿命が縮むか思うたで……。この姐さんは趙雲ちゅうて城門でたまたま会うて、ここまで案内してくれた人や。伯雷の話やと、『神槍』と噂されるくらいの槍の名手らしいけど……まぁ、雰囲気がタダもんやない言うとるわ。
「ええよ、ええよ。茶もあるし、退屈はしとらんから」
「ええ。むしろ急な訪問に快く面会して頂けて光栄至極です。趙雲殿は太守様とはもう長い付き合いなのでしょうか?」
「いや、まだ数ヶ月といったところだ。とある事情で食客として雇ってもらったのが縁だ。残念なことに伯珪殿の下には傑物と呼べる程秀でた人材はいなかったのでな、おかげで重宝してもらえたよ、ははははは」
いやいや、笑い事ちゃうで。それに太守様にえらい失礼な事言うて、聞かれでもしたら……。
「星、客人の前で何でもかんでも喋るのはどうかと思うぞ……」
「これは伯珪殿、つい本当の事が口から出てしまいました。ふふふ」
この姐さんもなかなかええ性格しとるなぁ。いや、それを許しとる太守様が大物なんかもしれへんなぁ。
「ったく。失礼、見苦しい所をお見せした。私が公孫賛だ、よろしくな」
「李鳳です。お会いできて光栄です」
「李典や。よろしゅうな」
太守様はやっぱり好感も持てる御人やで。やたらと偉ぶる他の太守とはえらい違いや。
「それで、今回の面会の目的は何なんだ? 仕官してくれる、というなら嬉しいのだが……」
「ええ、仕官も見据えたお話をしたいと思い出向いて参りました。白馬長史とも呼ばれる勇猛な公孫賛様の傘下には、劉備殿率いる精強な義勇軍が居ると聞きまして、その御一同と是非お見知り置きになりたいと思った次第です」
最近目覚しい活躍で名が売れてきた劉備たちを見たい、っちゅう理由だけで来たんはホンマやからな・・・しばらく仕官して共闘もおもろいかもって楽しみにしとった姿はまだまだガキやと笑えたで、にしし。
「……あぁ、悪いんだけど劉備達ならもういないぞ」
「へ? な、なんでや?」
「つい先日、みんな出て行ったんだよ」
「街のおっちゃんはまだおるって言うてたんやけど……」
ど、どないなってんねん・・・飯もおかわりしたし、あのおっちゃんが嘘ついてたようには思えんけど……。
「気を遣って明け方に発ったから、一部の住人はまだ気付いてないのかもしれないな。でも、みんな居なくなって本当に困ってたんだよ。人手が足りなかったから新たに仕えてくれるってのは助かるよ。ところで2人は姉弟なのか? あと何が得意なのか教えてくれ、うちは文官も武官も不足してるからどっちでも歓迎だぞ」
あちゃー……、不運なすれ違いっちゅうやつやな。会いたいと思う人物には会えんで、会いたくないと思ってた人物には会うてまう、因果な運命やで。……さて、伯雷はどないすんねやろ?
「公孫賛様。短い間でしたが大変お世話になりました。私達はこれで失礼させて頂きます。また会える機会を楽しみにしております。さようなら」
言いよった! バッサリ切りよったで……言うかもしれへんと思うてたけど、ホンマに言い切りよるとは……ある意味尊敬するわ。
「ま、待て。待て待て待て! 仕官しに来たんじゃなかったのか!?」
「ゴホゴホッ、実は病気の母が故郷で私の帰りを待っておりますので、ゴホッ」
「……母親が病気で、どうしてお前が咳をするんだ?」
おお、予想外の展開で焦っとるはずやのに意外と冷静やんか。やっぱり大器かもしれへんで、この御人は。
「あっはっはっはっはっは」
「っ!? 星、笑いごとじゃないぞ!」
姐さんの突然の爆笑に怒る太守様か……両者の気持ちはよう分かるで。複雑やわ……太守様は真面目でええ人そうやけど、なんやこうイジって欲しいっちゅう感じが滲み出とるんよなぁ。せやから、太守様には悪いけどウチは黙っとくで、シシシシシ。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。




