29話
波才討伐後の一幕。
――曹操軍の野営地――
【北郷】
またまた俺達の圧勝だった。
官軍の窮地という報が桂花の情報網に引っ掛かったおかげで、最速の行動で最上の成果を上げることが出来たんだ。少し前に、かなり落ち込んでた時期があったけど、何があったかは話してくれない。心配してたのに、立ち直ってからの活躍ぶりは誰が見ても明らかだ。
それに触発されて更に奮闘しているのが春蘭だ。
参戦したものほぼ全てにおいて、先陣を駆けて勲功第一の活躍を見せている。いや、魅せていると言えるのかな。魏武の大剣と賊から恐れられ、諸侯にもその名を轟かせている。今回もそうだが、毎度毎度の突撃は猪武者の末期症状に思われる。名誉挽回の為だと分かってるけど……、以前よりひどくなってるような……。
その2人に負けたくないと思って頑張ってる者があと1人いる。
俺だ。学園での悪友・及川の影響でそれなりに鍛えられていたお笑いスキルを捨てる判断を下したのは、まさに英断と言えるだろう。あの頃は面白い奴がモテる、というのを信じていた。実際、芸人さんはモテてたし、ユーモアは無いより有るに越したことはなかった。でも、この世界は別だ。死が身近にあるこの世界で笑いなんか求めちゃいけなかったんだ。ここでは、笑いよりも、いかに多くの敵を殺し、多くの味方の生活を安定させられるかが大事なんだ。その事で多くの功を上げた者こそがモテるんだ。
「隊長、楽進隊の点呼完了しました」
凪が報告にきた。見たところ怪我などは無いようだ。
「ご苦労様、凪。被害状況は?」
「は。軽傷者が12名いますが、死者は出ていません。現在、衛生兵による手当てを受けさせています」
よかった……凪の隊、つまり、俺の隊は凪が元々率いていた義勇軍と街の警備隊の混成部隊で知った顔も多く居た。戦をやっているけど、誰にも死んで欲しくないってのが本音だ。次に、凪の隣に見知った顔が居ないことに気付いた。
「沙和は?」
「華琳さまと桂花さまへの報告に向かいました」
「分かった。今回も皆無事で良かったよ……前線での指揮を丸投げしちゃってて申し訳ないけど」
自分がやってもまともな戦闘指揮なんて出来ないのは分かってるけど……ついつい良い所見せたくなる衝動に駆られることがあるんだよな……。
先頭で隊を率いて駆ける、めちゃくちゃ憧れるけど……怖くて出来ない。
「いえ、隊長が後方から支えてくれているおかげで我々も思い切り戦うことが出来て助かっています」
おお、評価されてるじゃん! いいぞ、できれば華琳や季衣にもそれとなく言い回って欲しいとこだけど、高望みしちゃダメだ。焦らずコツコツ下地を整えるんだ。誉められるとすぐに調子に乗ってしまうのが、俺の悪い癖だけど・・・なかなか性格は変わらないよ。
「そっか、これからも頑張うな。……そうだ、今回は黄巾党の将・波才がいたんだろ? どうなったんだ、また春蘭がやったのかな?」
名前だけは聞いたことのある武将だったけど、詳細は全く知らない。正直、張三兄弟――こっちじゃ三姉妹か、以外はほとんど知らないんだよな。まぁ、歴史通りに殺されたりするとは限らないし、……知ってても役に立たないか。
「いえ、敵将・波才を討ったのは季衣です」
「えっ!? 季衣が?」
ビックリした、でも、凪が冗談なんか言うはずない。……お兄ちゃんは嬉しいぞ。ちゃんと手柄を上げてるなんて、後でナデナデして誉めてやらないとな。
「はい、春蘭さまの怒涛の攻撃で本隊が壊滅状態に陥り、たまたま逃げようとした方向に季衣の部隊がいたそうです」
「そっかそっか。首級があれば朝廷からも褒賞をもらえるはずだし、大好きなお饅頭を買い放題だな。良かった良かった」
ああ、早く饅頭を頬張る季衣を愛でたいなぁ。
自分のことのように嬉しく思えてきて、思考があらぬ方向に……。
「そ、それが……残念ながら、首から上はありません」
「こらこら、ほっぺに餡がついちゃってるぞ。もう仕方ないん…………え?」
疲れからくる難聴かな? 俺も最近は睡眠時間削ってまで頑張ってるからな……。言い辛そうにしている凪に催促はせず、話してくれるまで待つ。
「……その、季衣の鉄球が頭部を完全に破壊してしまい・・・全て飛び散ってしまったそうで」
「た、たまたま狙いが逸れて、当たっちゃったのか。……仕方ないよな、戦だもん」
「いえ、本人は頭を狙ったそうです」
やだ、怖い。……何その世紀末。
き、季衣、どうしたんだ!? そんな子じゃなかったはずなのに……グレたのか? 反抗期に突入しちゃったのかな? お兄ちゃん、何か悪い事したかな? ぐわぁぁぁ、どうしよう……。季衣の将来がとても心配になってきた。
「そ、その、季衣は今どうしてるの?」
「ひどく落ち込んだ様子で糧食を取っているそうです」
な、なんだって!? 大変だ、やっぱり何かあったんだよ。春蘭にお菓子取られたとか、桂花に厭味なことを言われたのかもしれない……も、もしかしたら、俺が原因かも……こうしちゃいられないぞ。
「俺、ちょっと用事思い出したから行ってくる!」
凪の返事は待ってられない。ごめん、凪。だが、俺は行く!
そして、脱兎の如く走り去った。
「え? はい……了解です」
【許緒】
「おかわり」
「は、はい。すぐにお持ちします」
なかなか力加減が難しいなぁ……ボク、手加減って苦手なんだよ。ううぅ、でも、春蘭さまの為にも諦めないで頑張るぞ。
モグモグ、モグモグ。
考えながらも、食事を口に運ぶ作業は止めない。
「おかわり」
「は? はい、ただいま」
「お、おい、もう15人前じゃないか? いつもは食べても10人前に抑えて下さるのに……許緒様に何があったんだ?」
「お前知らないのかよ。何でも敵将の頭を全部吹き飛ばしたせいで褒賞貰えなくなったから荒れてるって話だぜ」
「本当か!? 許緒様らしいけど、あの鉄球がこっちに飛んでこない内に早く食事持ってけよ」
「お、おう。俺もまだ死にたくないぜ」
ヒソヒソ、ヒソヒソ。
あれ? ボクを見て何か話してる……?
「げっ、目が合っちまった」
「おいおい、何か言われる前に早く行けって」
「わ、分かってるって」
「……死ぬなよ」
「お、お待たせしました」
「ありがとー」
モグモグ……っ!?
い、いっけない! 華琳さまと糧食は多くても1回10人前までって約束してたのに……。うぅ……ボク、また怒られちゃうよ。どうしよう……?
「おい、大丈夫だったか?」
「お前が縁起でもないこと言うから肝冷やしたぞ」
「……あれ? 許緒様なんか様子が変だぞ」
「え? 本当だ……食べ過ぎてお腹痛くなったんじゃないか?」
「おいおい、大変だぞ。すぐに衛生兵を呼ばないと!」
騒然となる食堂に、衛生兵と北郷一刀が現れ、もっと騒然となったのは、このすぐ後のことだった。
【楽進】
「あんなに急がれるとは……よほど大事な御用なのだろう」
隊長も何かと忙しいお人だし、私も出来る限りお役に立たねば……。
「凪ちゃーん、報告終わったよー。あれ? 隊長はどこなの?」
「隊長は急用でここには居ない」
華琳さまへの報告終えた沙和が戻ってきた。
……本当なら、此処にはもう一人友人が居るはずだったのだが……。
「了解なのー。……どうしたの、凪ちゃん?」
不覚にも表情に出てしまっていたようだ……いや、付き合いの長い沙和だ、隠していても気付かれていただろうな。
「真桜は今頃どこで何をしているんだろうな」
「……真桜ちゃん、多分怒ってるの。あの時、何も言ってあげれなかった私たちのこと……きっと嫌いになっちゃったの」
沙和の顔も曇る。
真桜は怒っているだろうな。あの時、秋蘭さまに詰め寄られ、春蘭さまにも怒鳴られてる真桜に、私も沙和も季衣も誰一人として味方をしなかった。
『ここには、ウチの居場所はないんや』と去った真桜を引き止めることすらしなかった我々を……許してくれるはずがない。もう何度話したか分からない、答えは出ている。……だが、後悔の念が消えることはなかった。
「それだけの事をしてしまった。今は、無事であることを心から祈るだけだ」
「……うん、元気でいてくれれば、それだけでいいのー」
「もし、また再開できたら……その時は一緒に謝ろう、許してもらえなくとも」
「うん!」
真桜、また会える日まで元気でいてくれ。
その頃、李典はというと――。
「うまい! やっぱり焼肉は牛に限りますね、くふふ」
「ホンマやなぁ、タダで食えるやなんて儲けたわ」
晩餐会を開いていた。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。




