26話
――とある街道――
【李鳳】
李鳳と李典は奇妙な縁で旅仲間になっていた。
李鳳曰く、仲間というよりもコンビなので相方だという。
そんな2人は今、仲良く馬に乗って街道を進んでいる。
1頭しかいないので一緒に乗るしかなかったのだが、先程から李典が口煩く騒いでいた。
……うるさい、耳元でキンキンキンキン……難聴になったらどうしてくれるんだ。
李典の抗議に李鳳は耳にタコが出来る思いである。
「エエな、さっきのんは変な意味ちゃうからな!」
「何回念押すんですか、分かってますって……働き口を失ったマンセーを、私が雇えばいいでしょ?」
「ま……まぁ、そういうこっちゃ。ウチは色々役に立つでェ、ニシシシシ!」
理解を示した李鳳に満足して、李典は飛び切りの笑顔を見せた。
ええ、マンセーの絡繰師としても技術力は大いに買っていますよ……!
壊れた武器の修繕や改造、鐙の作製、新しい暗器の開発……馬車馬のように働いてもらわねば、ククク……。
とりわけ一番最初にやってもらいたい事は……アレでしょ。
ニタリと口角を上げた李鳳が口を開く。
「マンセーには期待してますよ。実はある物を作って欲しいんですよ、今後必ず重宝するであろうある物を……!」
「おっ! やっぱり伯雷は分かっとるやん。任しとき、ウチが何でも作ったるで! ほんで、何作って欲しいんや?」
元気良く訊ねる李典。
クックック……張り切ってるなァ、頼もしい限りだ。
マッドな発明家は方針と環境と資金さえ供給出来れば、勝手にやってくれそうだから便利だな。
そして李鳳はサラッと答えた。
「拷問器具です」
「……は?」
「やっぱり今後、一番必要になってくるのは……拷問器具でしょ!」
「な、なんでやねん! どんな脳ミソしとったら、そんな考えになんねんッ!?」
余りに突飛な回答に騒ぎ立てる李典。
あぁ、もう、うるさい!
真後ろでギャーギャー騒いで暴れるなよ、馬が吃驚すると危ないじゃないか……トラウマだってあるんだぞ。
それでなくても苦手な乗馬を頑張ってんのに、マンセーの発達し過ぎた胸のスプリングが良過ぎて俺の安定は逆に最悪だよ……ロデオやってんじゃないんだぞ!
行き場の無い憤りを感じつつも李典の質問に李鳳は答える。
「ジワジワと肉体精神共に苦痛を与えられる仕組みで、それでいて致命傷にはならず、精神崩壊も起こさせない工夫を凝らした拷問絡繰をお願いします」
「んなモン、できるかッ!!」
「ええっ!?」
何を考えているかを素直に答えた李鳳に李典の返答は拒絶であった。
心底驚いた表情を浮べて振り返り李鳳は李典の顔を凝視する。
「な、何、意外そうな顔で見とるねん。アンタ、ウチをどんな人間や思てるんや!?」
「………………発明の天才、と思ってますよ」
「その間は、何やのん?」
疑いの目を向ける李典に対して、李鳳は知らん顔で思案に耽った。
仕方ないか……思い付かないのであれば、こちらから提案するしかないな。
うーん、記憶にあるのを引用するか……。
考えを整理した李鳳が再び口を開く。
「では、私の言う物を作ってみてもらえませんか?」
「……まぁ、聞いてからやな」
「まず人型の棺桶を作製して下さい。そして、棺桶の内側に小型化した螺旋をいくつも取り付けて下さい。螺旋は任意で調整可能な内側に進む細工をお願いします。即死するような急所は避けて、しかし、生活には確実に支障が出そうな部位に刺さるように配置して下さいね。失血死も困るので出血量を量る為に、流れ出した血液を別の容器に溜めて測量できる機構も組み込んでもらえますか。ああ、あと顔に当たる部分に開閉式の窓も取り付けて下さいね。どうでしょうか?」
「…………」
至って真面目に話す李鳳に李典は絶句した。
あれ? 作製プランでも練ってるのかな?
ドン引きしている李典に気付かず李鳳は提案を続ける。
「勿論、より良い案を思い付いたら遠慮無く改造しちゃっていいですからね! いやぁ……完成が楽しみですね、クヒヒヒヒ……」
「……鬼畜や……ウチの目の前に、どえらい鬼畜がおる。そ……そもそも、なんで拷問器具が必要やねんッ!?」
外道を地でいく李鳳に吼える李典。
しかし、李鳳は全く気にした様子も無くシレッと応える。
「いやぁ、私としても拷問なんて本当はしたくないんですよ。でも……ほら、私って色々知りたがりな年頃じゃないですか?」
「知らんわ! ウチに聞くなや!」
「素直に話して下さる方ばかりとは限らないでしょ。そんな方に直接剣ぶっ刺して訊ねるなんて物騒な真似、とても私には出来そうになくてですね。便利な器具があったらいいなぁって……」
「どの口で言いよるんや……薬師で戦闘もでけて、おまけに間諜もやりおるて……アンタ何者なんや?」
冷や汗をかく李典を余所に李鳳はまた思案していた。
嘘じゃないぞ、面倒なのは好みじゃないからな。
楽しくても面倒過ぎるのはやりたくないし、爆笑できるなら面倒でも頑張るんだよ、俺は!
問題はアイアン・メイデンの持ち運びが困難ってことだな。
拠点となる場所を得てからでないと厳しいな……当面は手持ちの釘頼りだな、クハハハハハ!
考えのまとまった李鳳は会話を再開する。
「まぁ、追々ということで……どころで、マンセーは今後の方針に何か意見はありますか?」
「……意見も何も、ウチ、伯雷が何したいんか聞いてないんやけど?」
今更ながらに李典が切り出した事実に李鳳もハッとした。
おお、そっかそっか……!
いやいや失念してたよ……そう言えば、思いがけない開発力をゲットして浮かれてたから説明してないや。
失敗失敗と笑いながら李鳳が話し始める。
「ハハハ……言い忘れてましたね。私の夢は母や父が与えてくれたこの人生で笑って過ごせる世界を創ることですよ」
「…………想定外やわ。アンタにしたら、えらい真っ当でご立派な夢やんか……ん? それやったら、曹操様の部下になっとった方がその夢の実現に近かったんやないの?」
「クックック……それこそ笑えませんよ」
歴史通りなら魏にいるだけで最終的には勝ち残れたかもしんないけど、呉か蜀の方が騙し合い、化かし合い、裏切りとかあって面白そうなんだよな……勿論、魏の内部に居て煽動することも可能だけど、曹操にバレたら首チョンパだよな。
不気味に笑っている李鳳に若干引きながら李典は話し返す。
「よ、よう分からんなァ。ほんで……具体的には、これからどないするん?」
「会ってみたい人物が何人かいるんですよ。その人物を訪ねて回り、各地で見聞を広めたいと思ってます。その道中は薬師の仕事で路銀を稼ぐつもりです。その間、マンセーには他にも作って欲しいものがあるので、その開発をお願いします」
「ウチはええけど、仕官先を探すっちゅうことか?」
「そうとも言えますし、そうじゃないとも言えますね。候補は河南、涼州、幽州、益州なんですけど、マンセーはどこから行ってみたいですか?」
逆に李典の意見を求める李鳳。
サイコロ投げて決めてもいいけどね、クヒヒヒ……。
目的地に着かずに海を渡っちゃうかも……それはそれで笑えそうだな、クククク……!
急に振られて戸惑う李典。
「え? ウチか? そ、それ全部回るつもりなんか?
「可能な限り……と、言ったトコですかねェ」
「ふーん、せやったら――」
李典の希望も加味されて最初の目的地が設定されたのであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
それから1週間後。
――陳留――
陳留の居城にある玉座の間には主の曹操と夏候淵がいた。
黄巾党から受けた街の被害状況や復興の進捗具合などを確認しているのだ。
それが一段落した頃、曹操が夏候淵に声をかけた。
「秋蘭、特別訓練の進捗はどうかしら?」
「は。姉者、北郷共に第四次訓練を終了したところです……ただ、桂花の講義では毎回衝突が起こっているようです」
夏候惇と北郷一刀はそれぞれに再教育の為の特別訓練を課されたのである。
その特別訓練が始まってから5日が経過していた。
これは奇行に走った一刀と暴走した夏候惇の2人に対する罰であり、一部内容は曹操が自ら考案したものだった。
報告を聞いて渋い表情を浮べる曹操。
「もう少し仲良く出来ないものかしら……男嫌いだから一刀は仕方ないにしても、せめて春蘭とは上手くやってもらわないと……軍の統率に支障が出てからじゃ遅いわ」
「……どうも、桂花の方が馬鹿にし扱いを取り続けておるようでして。訓練と称して、姉者が耐え切れなくなるまで罵倒していると聞きました。しばらくは我慢できていたようなのですが、最近では以前に増して罵り合うようになったとか……」
夏候惇も当初は反省の色が濃く、これまでに比べたら格段に自分を抑えられていた。
間違い無く成長したはずだったのだが、荀彧の度重なる罵りで爆発してしまったのである。
曹操は溜め息を吐く。
「はぁ、何やってるのよ……。いいわ、桂花には私から言っておくから座学は一旦中止よ……それで、一刀の成果はどうなのかしら?」
「は。北郷は人が変わったように精力的励んでおるようで、一定以上の成果が報告されています。天の知識もあるのでしょうが、献策されたものの一部は桂花も唸る程の出来だったそうです」
城に戻ってから一刀に事の顛末を聞いた夏候淵であったが、それでも一刀が何をしたかったのか理解に苦しんだという。
曹操の為にやった事だという事だけは伝わったようだ。
しかし、どうもやってる事の方向性がオカシイという曹操の指摘通りであり、今回の特別課題は一刀には有効であった。
良い方向に改善されていると聞いて、曹操は小さく呟く。
「……そう」
「元々の警備隊だけでなく、兵站部隊にも草案を出し、著しい改善効果をもたらせているとの報告があります。また、軍馬の新たな活用方法は我らが今まで思い付きもしなかったもので、行軍速度の向上とその安定化だけでなく、騎馬による戦闘に大きく影響するものと考えられます」
一刀は変わった。
甘い部分が改善されたわけではないが、夏候淵や荀彧、それに新しく警備隊に編成された楽進らにも暇さえあれば軍事あるいは政に関する質問と提案を繰り返すようになったのだ。
もっとも、荀彧は聞く耳持たぬと言った様子で相手にしてもらえてない。
そんな報告を聞いて、曹操にある方針が浮かんだのである。
そして夏候淵に命令を下す。
「一刀をココに呼びなさい。やらせたい仕事ができたわ」
「はっ」
敬礼してその場を後にする夏候淵を見送りつつ、曹操は不敵な笑みに魅せるのだった。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。




