24話
曹操との対面ラストです。
【李典】
緊迫した場の穏便な終結を祈る一同であったが、曹操の放った一言によって、臣下達は絶望に覆われたのである。
「勿論、首を刎ねるわ」
まさかの処刑宣告に皆が沈黙した。
唖然とする楽進らと違って、別の意味で焦りを感じていた女性が一人いた。
李典である。
え……えらい事になってもた……。
夏候惇様っちゅうんは……阿呆なんか!?
猪っぷりにも程があるやろ……何考えて……いや、何も考えてへんのか……!
曹操の答えに満足気な李鳳が更に問う。
「クックック……ちなみに、弁解の余地などは?」
「ないわ……聞きたくも、ね」
曹操は一蹴した。
ああ……曹操様は激しい御人やって聞いとったけど、ホンマやってんな……。
うわぁ……夏候淵様も季衣も、真っ青になっとるで。
凪と沙和も……似たようなもんやな……。
上官になるハズの将軍がいきなり暴走しよって……しかも、君主様からの死刑判決や……無理ないわな。
ウチかて伯雷の真名初めて聞いた時は、何回も聞き直したくらいや……。
すんなりは受け入れろっちゅーんは……酷やで。
せやけど『鬼雨』て聞いたら……大半の人間が“きさめ”や思うやん、なんで“きさま”やねん!?
夏候惇様やのうてもツッコミたなるで……ホンマ、伯雷のオトンは何考えとったんやろ……!?
……あれ?
確か伯雷は真名交換したんウチが初めてや言うてたけど……このまま夏候惇様が処刑されてもうたら、知っとったのに何も言わんかったウチって……不味いんやろか!?
……あれ? ……あれれ!?
李典は別の意味で激しく動揺し、焦りを感じるのだった。
一方の李鳳は真逆であり、むしろ笑ったのである。
「く、クハハハハハハ……流石だ、洛陽で『鬼の北部尉』と恐れられただけのことはありますね! まさに王……いや、覇王だ! クフフフフフフ……全くもって正しい判断でしょう、王としては……ね」
笑う李鳳に、焦る李典。
ちょ、ちょう待ちや……伯雷、落ち着き!
感情的になったらあかん、感情的になったら……って、なんでそないに楽しそうやねん!?
夏候淵は抗議の声を上げる。
「か、華琳様! そ、それは余りにも……きちんと姉者に訂正させて――」
「私なら謝罪や言い訳など聞く耳もなく首を刎ねるわね」
「そ、そんな……!?」
「春蘭さまぁ……ぅぅ」
しかし一蹴されてしまい、絶望に沈んだ。
許緒も悲壮感を漂わせている。
ごっつい気性の持ち主やで……容赦無しやんか。
季衣は泣きそうやし、必死に取り繕っとる夏候淵様が可哀相に思えてきたで……。
ウチは……大丈夫やろか……?
李鳳はそんな皆の様子を見て、ますます愉悦に表情を歪める。
「そうだ、夏候淵将軍。これから貴女の真名を4度呼びかけて、更に真名自体を侮辱し、最後に斬り掛かりますねェ。あっ、ちゃんと後で謝りますから……許してくれますよね!? ああっ! そうだ、同じ事を曹操様にもやってみましょうか。心優しい夏候淵将軍なら……許してくれるんですよねェ」
嬉々として語る李鳳。
……エグい事言いよるわ。
根性ババ色言うんは……伯雷みたいなんを指すんやろな。
ウチはあないに腐ってへんで……言えへんかったんも、不可抗力なんや……!
沈黙する夏候淵に曹操が声をかける。
「秋蘭、下がりなさい」
「…………はい」
夏候淵様……辛い心境やろな、ここからやと夏候惇様の表情は見えへんけど……敬愛しとる主君に、事実上の死刑判決を突き付けられたようなもんやし……今何考えとるんやろな……?
「ククク……いやはや、曹操様の苛烈さが私の知っている通りで安心しましたよ。ただ……私は聞く耳を持ちますよ。聞くだけは……ね、クヒヒヒヒヒ」
「お主という奴は……!」
李鳳の人を小馬鹿にしたような尊大な言動に怒る夏候淵。
ここに来ての李鳳の奇人ぶりには、皆が薄ら寒いモノを感じている。
しかし曹操と李典は例外であった。
なんやねん……謝らせるだけ謝らして、ほんで首刎ねる気なんか……?
悪趣味っちゅうもんやないな……外道や、鬼畜やで。
夏候淵様も青鬼ばりの形相で睨んではるけど、伯雷はホンマもんの鬼や。
曹操様も顔色一つ変えてへん……ココは鬼の溜まり場やないねんで。
曹操は俯いて黙っている夏候惇に話し掛ける。
「聞こえたわね、春蘭? 首を刎ねる前に訂正して欲しいそうよ。どうするの?」
「…………」
「……姉者」
「ぅぅぅ……春蘭さま」
最後通達のように声をかける曹操に、夏候淵と許緒は為す術も無く、ただただ嘆くばかりであった。
うう、何やろな……完璧、伯雷のが悪者みたいやんか!?
いや……状況的には被害者なんやけどなぁ、性格が終わっとるさかい……しゃーないんかな……?
意外と冷静に現状を分析する李典。
すると、ドカッという音と共に夏候惇が動いたのだ。
「あ……姉者!?」
「春蘭様……!?」
「…………」
皆が驚きの声を上げる。
李鳳でさえ予想外のコトに驚いていた。
「……何のおつもりでしょうか、夏候惇将軍?」
「…………」
曹操は黙って夏候惇を見ている。
な……なんや、あの体勢……?
か、夏候惇様……どないしたんや!?
李典も驚いていると、夏候惇が重い口を開いたのである。
「李鳳、私が悪かった。これは天の国で謝罪の最高峰とされている“土下座”というものだ。知らなかったとは言え……国や民の為に命を賭けた勇気ある若者の真名を穢し、あまつさえ……お主の父君まで侮辱する形になってしまったこと、心から恥じる。ここに訂正と謝罪をさせて欲しい……済まなかった」
び……ビックリや、額を地面に擦り付けて謝罪しとる夏候惇様は……ホンマにさっきまでと同一人物なんやろか……?
そない疑いたなる程に……別人やで。
土下座までして謝る夏候惇を初めて見た一同は、色んな意味で驚いたのだった。
「姉者……」
「春蘭さま……」
「…………」
古参の夏候淵様かて驚いとるんや……よっぽど、珍しいコトなんやろな……。
己の非を認めた上で謝罪出来るやなんて、やっぱり流石は将軍様っちゅうコトやな!
李典が評価を改めた直後、李鳳の無慈悲な一言は発せられた。
「なるほど……それで、言いたい事はそれだけですか……?」
……は? 何言うて……?
李典は耳を疑った。
しかし、夏候惇は死の覚悟を決意して最期の別れを述べる。
「……華琳様、ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。華琳様の為に死ねぬこと、華琳様の覇道を見届けられぬこと、面目次第もありませぬ。どうか……ご武運を! 秋蘭、季衣、華琳様のこと、頼んだぞ。新参の義勇軍の将達よ、華琳様の為に励むが良い! では……皆のもの、さらばだ……」
「……姉者」
「うぅぅ……春蘭さまー」
「夏候惇様……」
夏候惇の最期の言葉は皆の胸を打ち、将兵達から涙が溢れたのだった。
ううぅ……なんや、ウチまでもらい泣きしてまいそうや……。
せやけど、伯雷かてホンマの鬼とちゃうんや……案外これで……。
李典が李鳳に視線を移すと、李鳳が口を開いたのである。
「それで……他にも何かありますか? あっ、もう終わりました?」
……撤回や!
前言をこれでもかって位に……撤回や!!
ほんでもって鉄拳や……あのアホには、いつか思い遣りっちゅう鉄拳を食らわしたらなアカン!!!
李典が決意を固めた折、夏候惇も覚悟を決めていた。
「ああ……これ以上は、何もない。好きに首を刎ねよ」
そう言って目を閉じ、頭を差し出す夏候惇。
すると、李鳳は『やっとか』という表情で姿勢を正したのである。
【李鳳】
「そうですか。じゃぁ、私はそろそろお暇(いとま)して宜しいですか?」
「「「「……は!?」」」」
李鳳の一言に全員が示し合わせたように疑問の声を上げたのだった。
あーぁ、とんだ茶番に付き合わされたよ……。
夏候惇の一人相撲っていう……単独公演に、強制出演させられた気分だな、クックック……。
驚く皆を無視して李鳳は面倒臭そうに話す。
「夏候惇将軍の言いたい事は終わったんですよね? はい、分かりました、ってことで……もう帰ってもいいですよね?」
「お……お主、姉者の首を刎ねるのではなかったのか!?」
「えっ!? 訂正して謝罪までしてくれたじゃないですか。その上で首を刎ねるんですか!? 刃こぼれした私の剣だと……時間かかりますよ?」
惚けたように話す李鳳。
いや……待てよ、あえて時間をかけるっていう拷問の一種になるのかな、クヒヒヒ……。
これには覚悟を決めた夏候惇が黙っていなかった。
「ま、待て! きさ……いや、お前が首を刎ねると言ったのだぞ? 私の覚悟はどうなるのだ!?」
「いいえ、そう言ったのは曹操様であって……私ではありません!」
「た、確かにそうだが……」
「……ああっ! そう言うことですか……。曹操様の判決通りにしたいという忠義心なんですね!? 主を持たぬ私には分からない道理でしたが、理解しました。しかし、私の得物は壊れてしまいましたからな……ふむ、ここは……許緒殿にお頼みしましょうか」
「へっ? えーっと、ボク……?」
突然の指名に呆然とする許緒。
クヒヒヒ……そんなに怯えなくても、イイんですよ。
おやおや……可哀相に、何があったかは知りませんが目が真っ赤ですよ……?
それに……これは将軍の望みなのですから!
李鳳は嬉々として肯定する。
「ええ、許緒殿の鉄球で頭部に一撃を加えましょう!」
「そ、そんな事……出来るわけないよ」
「大丈夫ですよ。衝撃療法というのをご存知ありませんか? 私は医療の心得もありまして……頭部に強い衝撃を与えることによって、性格を改変出来ることがあるのです。貴女が真に夏候惇将軍を想うのであれば、その一撃によって今後は暴走する猪っぷりがマシになるかもしれませんよ。そうなれば……更に頼りになる将軍が誕生するでしょう、クフフフフ……」
「えっ、ほ……ホントなの?」
信じたようで素直に聞き返してくる許緒。
クハハハハハハ……嘘は言ってませんよ!
確率は……メチャクチャ低いですがね、素直な子は嫌いじゃありませんよ……。
笑い続ける李鳳。
「ククク……是非、一度お試しあれ」
「李鳳、お主にもう一度確認したいのだが……姉者を殺す気は、本当にないのだな?」
「ええ……元々訂正してさえくれれば騒ぐコトもありませんでしたし、謝罪も受けましたんでね。それに、最初から殺そうなんて考えてもいませんでしたよ」
「「な、なぜもっと早く言わぬのだ!?」」
おぉ、見事なユニゾンだ……流石は姉妹だな、クックック……。
死を受け入れた相手を殺してもねェ……世の中、皮肉に出来ているんですよ。
猛抗議する2人。
「お、お前がちゃんと話しておれば、こんな事にはならずに済んだのだぞ!?」
「お耳は確かで……? 一度精密な検査を受けた方が良さそうですよ、ククク……いやぁ、土下座ですか。イイものが見れましたよ」
「わ、忘れろ! いいか、ここ「春蘭」で……華琳様?」
「それ以上喋ると……私が、首を刎ねるわよ」
「ッ!? …………はい、済みません」
興奮していた夏候惇だったが、曹操の一睨みで沈黙した。
ギロチン覇王おっかねー……。
部下の命が助かったって言っても、公には喜べないよなぁ……王ってやつは、クックック……。
その後、李鳳に向き直った曹操が口を開いた。
「アナタが許してくれると言うなら、それに越したことは無いわ。ただし、家臣の不始末は主君の責任でもあるわ。それなりの……侘びをしたいのだけれど」
クックック……やっぱり名棋士になれる器か、おっかないねェ。
夏候惇がもう少し暴走したり、曹操が身内に甘い対応を見せたら後ろにいる街の住人を証人にして、悪評立てまくってやったのになぁ……。
そしたら、風評で曹操の人徳は地に落ちて覇道に大きなダメージを与えれたんだけど…………まっ、いっか。
特に欲しいモノは無かった李鳳だったが、会ってみたい人物がいたのを思い出したのである。
「そう言えば……天の御使い殿が曹操様の下に現れたとお聞きしたのですが、今どちらに?」
「……今は陳留で留守を預からせているわ」
「……そうですか、此処にはおられないのですか」
「ええ、残念だけど……お詫びと労いを兼ねて城に招待するわよ。陳留まで来れば……御使いにも会えるし、どうかしら?」
曹操は嘘をついたのだった。
しかし事実を知らぬ李鳳は思案する。
うーん……曹操の性格からしてお気に入りは常に側に控えさせておくと思ってたけど、天の御使いにあんまり興味示してないのかな……?
会ってみたいけど、のこのこ付いてったら何されるか分かったもんじゃないしな……。
結論を出した李鳳が答えた。
「いえ、せっかくのご好意ですが……またすぐに旅に出ようと思っておりますので、多少の路銀と馬を1頭頂けるとありがたいのですが……?」
「そう……用意させるわ」
「ありがとうございます」
「迷惑かけたのはこちらだし、民を守ってくれた礼よ」
不敵に笑う曹操。
ククク……ご立派な王様だねェ、やっぱ好きになれないな……。
民を一番に考えてますってアピールか……!?
いや……違うか、本当は自分が民にどう思われるかを考えてるんだもんな。
自分が一番、身内が二番、部下が三番で、民草はせいぜい4番目だろ……?
そう言い切ってくれりゃ……俺としては好感もてるのにな、クヒヒヒヒ。
まぁ、そしたら俺は今頃生きてないがな、クヒャヒャヒャヒャ……。
他人の善意や良心に寄生しないと、死んじゃうからねェ。
貸しを貸しだと思ってくれる人間には……貸しを作っておいて損は無いでしょ、クフフフフフ……なぁ、覇王さんよぉ。
最後まで読んでくれてありがとうございます。




