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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
黄巾の乱
20/132

20話

――黄巾党の襲撃を受けるとある街――



 太陽はすでに高い位置まで昇っていた。

 深夜から続く一進一退の攻防で、街を防衛する兵士達の疲労もピークになっていたのである。

 実際には街の防衛隊が攻めて出るコトはないので、黄巾賊の暴徒達が押しては引いてを繰り返しているだけであり、なかなか思うように迎撃出来ないのだった。


 そして苦戦する防衛隊の参謀である夏候淵の下に、2人の伝令が火急の報せを持ってきたのだ。

 伝令は敬礼して報告を始めた。



【夏候淵】


「夏候将軍、報告します。第一から第五弓兵分隊の矢弾残数ありません!」

「同じく第六から第十弓兵分隊も残数わずかです!」


 伝令からの知らせは吉報とは言えないものだった。

 夏候淵は表情には出さず、歯噛みする。

 そして現状において最適な指示を考えて飛ばしたのだ。


「残矢は第九、十分隊が回収し、そのまま堅陣を維持しろ。第一から第八分隊は、剣に持ち替え前列に加われ!」

「「はっ!」」


 今のところ街に被害は出ておらず、一方的に黄巾党の数を減らすことが出来ていた。

 しかし、矢の在庫が尽き、戦線が膠着し始め徐々に数で押され出したのだ。


「敵の指揮官も馬鹿ではないようだな……威力偵察でこちらの配置と矢数を計っておったか。他の支援には行けそうもないな。伝令、各守備部隊の現状を確認して報告させよ」

「は!」


 夏候淵は冷静に戦況を分析していた。

 弓矢の名手でもある夏候淵は普通の兵に比べて、はるかに長い距離を正確に射抜くコトが出来るのである。

 その正確無比な腕を支えるのが、広い視野と細かいモノも見逃さない観察眼であった。

 敵の指揮官や隊長格を発見して優先的に射殺したいのは山々なのだが、賊は皆似た様な衣装を身に纏っており、判別が難しいのだ。

 その為、どうしても非効率的な闘い方を強いられているのである。


 後手後手に回るのはマズい……一箇所が崩れると、総崩れも有りえるのだからな……。

 開戦当初は斥候からの報告でこの西側に一番敵勢力が集中していたハズだが、現在でも同じとは限らない。


 すでに華琳様の本隊には早馬を出してある……姉者もいることだ、最高速度でこちらに向かっていることだろう。

 季衣たちの様子も気になるが……とにかく、今は耐えるしかあるまい。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




――北方の戦線――



 夏候淵の心配をよそに、許緒はまだまだ元気に奮闘していたのだった。


「おりゃぁぁぁ、罪もない人を苦しめる賊なんてボクが全部やっつけてやる!」


 振り回す鉄球によって、大の男2~3人が一度に吹き飛ぶ。

 辺り一帯は巨大モグラの襲撃を受けたように凸凹になっており、衝突事故に巻き込ま挽き肉となった死体が無数に転がっていたのである。


 恐る恐る近付いて伝令が声をかける。


「許緒様。夏候淵将軍から報告が……許緒様?」


 ドコン、ドコンという轟音を立てて暴れまわる先遣隊の司令官。

 まるで聞こえていないかのように暴れ続ける許緒に、伝令は自分の声が小さいのかと思いもう少し近寄って大声を上げる。


「あ、あの、許緒様? 許緒さまー!?」

「報告は俺が聞こう。ああなった許緒様に近づくことは自殺行為だぞ」

「あっ、副長。お……お願い出来ますか」


 そう話す間にも許緒の無双乱舞は続いていた。

 伝令の報せを聞いて副官が頷く。


「なるほど。それで夏候淵将軍が現状を再確認し、必要であれば布陣を再編するのだな?」

「は。そう聞いております」

「北側の敵勢は比較的少ないのだが、それでも援護を送れる余裕はない。数で負けておるのを許緒様の奮闘で士気が高まっているおかげで五分に持ち込んでいるのでな。しかし、夏候淵様の指示には従うと伝えてくれ」


 実は、今はかなり攻勢なのだ。

 しかし、これまでの経験でもうすぐ許緒のお腹が空き始めて、一気に士気が落ち始めることを副長はよく分かっていたのである。


 暴れ回る許緒の後姿を見て、もう少し保ちますようにと祈る副官であった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




――東側の戦線――



【李典】


 流石は曹操様の軍やで……兵の錬度が全然ちゃうわ。

 黄巾党は数だけは多いけど、賊の個々の力は大したことあれへんな。

 ……せやけど、その数もこんだけおったら脅威やで。


 李典は戦況を独自の感性で分析していた。

 曹操軍が誇る弓矢隊の横では、李鳳は筒状のモノを投げながら解説付きの実況放送を行っているのである。


「ピッチャー、第46球……振りかぶって、投げたぁぁ。ああ、またしてもデッドボールです。これにより黄巾党におしだしだけで40点目が入りました。1回の表が依然として終わりません。マウンド上で苦悶の表情を受かべる李鳳選手ですが……李典監督の指示は、続投です。クックック……」

「……誰が監督やねん!?」


 李典は溜め息を吐いた。


 はぁ……ずっとや、何やねんコレ?

 統一された鎧を身に着けた精強な曹操軍の弓兵に混じって、変な服着た李鳳がブツブツ言うて物投げよる姿は……嫌でも目立つっちゅうねん!


 李鳳はプロ野球投手も真っ青な剛速球の投擲を披露していたのである。

 そして母の加護によって強化された視力で遠くを観察する李鳳。


「おっと、また死球を食らった選手が起き上がりませんね。ククク……黄巾党は選手層が厚いので、まだ代走代打を立ててくるでしょう。本来であればピッチャーの李鳳選手は退場でもおかしくないこの状況で、審判も監督同様に続行の判断を下しています。素晴らしいジャッジでしょう。クヒヒヒヒ……」


 不気味に笑い独り言を発する李鳳には、弓兵隊も誰一人として近寄ろうとはしなかったのだ。

 その結果、伝令や指示は全て李典経由となっていたのである。

 今も夏候淵からの伝令が現状の確認と指示を伝えに来ていた。


「――っちゅうんが、ウチらの現状や。夏候淵様にも、あんじょう伝えたってや」

「はっ」


 伝令は敬礼をして、走り去って行ったのだった。

 三羽烏の中で陣頭指揮に立つのはいつも楽進であり、次いで于禁、李典は工作担当であまり従軍経験は無かったのである。

 しかし、経験が浅い割には的確な判断や指示を下していたのだ。


「いやいや……見事な指揮官ぶりですよ、名監督とは言えませんが……ククク、感服しましたよ」


 いつの間にか接近していた李鳳が李典を褒め称えた。

 誉め言葉にしては何かトゲを感じる李典であったが、彼女には別の不満があったのである。


「アンタも指揮すんの手伝うてェや。全部ウチがやっとるやんか!」

「いえいえ、李典隊長にお任せするのが一番良いと判断したまでですよ」

「……ウチ、アンタにあんなことせえって指示してへんけど?」

「何も指示が無かったので、本人に任せるものと判断したまでですよ」


 しれっと返す李鳳。


 ……よう回る舌持っとるやないか。

 ウチの苦労も知らんでエエ気なもんや……。


 ジト目で睨む李典がまた口を開いた。


「まぁ、ええわ。ほんで……アンタの持っとる“それ”、どないしたん?」

「これですか? これは竹筒の杭とでも言いますか、投擲用に切り分けた短い竹槍ですよ」


 1尺前後の長さの竹筒が李鳳の横には沢山置かれていたのである。

 ただし、李典は形状の説明を求めたワケではなかったのだ。


「あんな……ウチが街の人に頼んで用意させとった竹な、ちゃんと数確認して丁度足りるように柵作ったんや。せやのにな……最後の最後で足りんくなってもて、1個未完成のまま置くことになったんよ」


 李典は李鳳を恨みがましい目で睨み付ける。

 しかし李鳳は励ますように語りかけたのだった。


「……李典殿、失敗は誰にであります。しかし、後悔ばかりしていては先に進めません。反省し、次に同じ過ちを繰り返さないようにすればいいんですよ。失敗も良い経験と思いましょう」

「なんでやねんッ! 何諭すように優しく言うてんねん!? アンタが無断でウチの竹持って行ったせいや言うてんねん!! い、言うに事欠いてウチが悪いみたいに言いくさって……どないな頭しとるんや!?」


 怒り心頭に発して大声を上げる李典。

 しかし李鳳はあくまで冷静に返すのだった。


「まぁまぁ……李典殿、落ち着いて下さい。済んだ事をいつまでも言ってるようでは、将としての器が知れますよ? 今は黄巾党の迎撃が最優先です。しっかり集中して下さい」


 李典が開いた口が塞がらずに、あがあが唸っていたのである。


 ぐぅ、正論やけど……それアンタが言うか、めっちゃ腹立つわ。

 今すぐにでもシバいたりたいけど……確かに、賊が優先や……。


 結局何も言い返せなくなり、負け惜しみとも聞こえる台詞を吐いてしまうのだった。


「……覚えときや!」

「クックック……また、敵が来てますよ? さぁ、ピッチャー第52球……振りかぶって、投げた。えいッ!」


 李鳳は全く気にした様子もなく、また口元に笑みを浮かべて投擲を続けていた。


 アカン……ちょっと離れて、冷静にならなアカンわ……。

 この鬱憤、黄巾党のアホ共にぶつけさしてもらおか。

 ふっふっふ、李鳳の前に螺旋の餌食にしたる……!


 3割増しで張り切る李典を遠目に見て、李鳳はまた笑うのだった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 それぞれが受け持ちの現場で踏ん張る中、一際苦戦を強いられる隊があった。

 楽進と于禁が担当する南側である。

 元々錬度の低い義勇軍と街の守備隊で構成されており、数こそ揃っているが黄巾賊と変わらぬ強さでしかなかったのだ。


 形勢が不利と見るや、楽進はある賭けに出たのであった。




――西側の戦線――


【夏候淵】


 伝令からの報告を聞いて、夏候淵は驚きの声を上げたのである。


「なにっ!? 楽進が単独で……?」

「は。すでに3つの防柵が突破されており、士気も下がっております。状況を打開する為と飛び出されて行きました。于禁殿は止められたのですが……制止を振り切って」

「くっ、いつ援軍が来るかも分からんこの状況では……良策とは言えんな」


 夏候淵は苦虫を噛み潰す。


 楽進からはとても無骨な印象を受けた……。

 おそらく正義感と使命感から、飛び出さずにはいられなかったのだろう。

 ……このまま失うのは非常に惜しい人物だ、しかし、どうする……?


 しばし考え込み、報告を受けた戦況を鑑みて、ある指示を出すコトにしたのだった。


「伝令……!」





読んでくれてありがとうございます。

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