2話 新たなる目覚め
河賊『李一家』に拾われた李鳳は、李単の養子でありながら側近の塁に預けられた。塁には煽という妻と李鳳より二歳上になる侭という息子がいる。煽は地味な顔立ちに反して恐ろしく巨乳であり、母乳には事欠かない。
一方、長男の侭も同年代と比べて圧倒的に大きな体躯をしている。泣かせた子供は数知れず、知る人ぞ知るガキ大将であった。新たに弟が出来たワケだが、彼は李鳳を快く思っていない。李単の養子という事で特別扱いされる李鳳に侭は嫉妬していた。事あるごとに李鳳に絡み、苛めようとしては返り討ちに遭う。
子供好きの塁は侭にも李鳳にも分け隔てなく愛情を注いだ。それは煽も同じであり、実の子のように慈しみを持って李鳳を育てた。侭はそれにも腹を立て、子供ながらに李鳳を敵視する。同じ住処で暮らしていても口を利かず、執拗に李鳳を両親から遠ざけた。全ては両親の愛を独占したいが為である。
しかし、初めからこうだったワケではない。侭が新しく出来た弟を可愛がっていた時期もあったのだ。全てが変わってしまったのは、李鳳が拾われて四年が過ぎた頃だった。
ある日、李鳳は何の前触れもなく倒れてしまう。意識は混濁し、大量の発汗と高熱でうなされる李鳳を見て、塁や煽だけでなく侭もその身を案じていた。五日五晩寝込み続け、六日目の朝に漸く李鳳は目を覚ます。すると、世界が違って見えた。
(な、なんだ……この違和感!?)
体力を消耗し、激しく衰弱した体で首から上だけを動かして状況を確認する李鳳。
(俺は……ココは……いや、知っている。俺の名は李鳳。在中日本人で賊に扶養されて辛うじて生かされてる無力なガキ――それが俺だ)
李鳳の中で現世と前世の記憶と情報が融合され始めていた。
(ココは中国大陸。揚州の会稽近郊にある賊の隠れ処……哀れなガキを拾ってきては育ててくれる児童施設ってトコか)
李鳳は目を閉じた。そして、ゆっくりと全てを思い出していく。
(しかもだ……時代は、三国志で有名な後漢ときた。あと十年もすればあの“黄巾の乱”が始まるだなんて……マジかよっ!? くっ、なんでこんな事に……くそっ、堪えろ、耐えるんだ……く、くく……くくくっ、ダメだ! 笑っちまう! くはははははは……最高でしょ! あの戦乱を直に裸眼で拝めるなんて……くぅ、考えただけで逝きそうだよ)
李鳳は狂気の悦に浸った。彼の異常性は前世に大きく依存している。
前世での彼は常軌を逸した存在であった。家族という温もりを知らずに育ち、友人と呼べる相手も片手で数える程しかいない。
成人した彼はバックパッカーとしてリュック一つで世界中を旅した。しかし、その目的は普通の観光ではない。敢えて内乱や紛争の起きている国に訪れ、貧困や飢えに苦しむ人々を見て回った。
(あの頃は楽しかったな……見る物全て新鮮だったし、哀れで惨めな人畜共の目ときたら……くっくっく、慈善活動? するワケないじゃん、お金ないし。救難支援? 何それ? 変な病気貰ったらどうするのさ……少し離れた位置から、静観・傍観・達観してましたよ。見るのは大好きだもん!)
彼の辞書にボランティア精神という言葉は存在しない。善意の行動など一つもなく、全てが野次馬根性丸出しの物見遊山である。
(いやいや、大変そうだなぁとは思ってたよ。でもね、助ける義理も義務もなかったし……そんな意義もあるように思えなかったしね、くひひひひ)
彼の最期は紛争地域に程近い貧しい国の安ホテルの前で迎えた。物取りを生業としていた黒人の少年に背後から刺され、大量出血による失血死。それが死因である。享年三十二歳であった。
(クズな人生送った割には……長生きした方かな? せめて死ぬ前にでっかいラムネだって嘘付いて浴用バブを渡しちゃったあの男の子には謝りたかったなぁ……あれ? 俺刺したのって……その子じゃないよね? ぷくくく、それならそれで笑えるな。天網恢恢疎にして漏らさずってか)
彼の人生は波乱万丈に満ちていた。しかし、その人生に後悔はなく、彼は満足している。
(てっきり地獄に落ちるとばかり思ってたんだけど……まっ、此処も似たようなもんか)
前世の記憶と経験が覚醒してからの李鳳は、子供として振る舞う事が少なくなった。この世界でも生き抜く為、貪欲に力を欲した。全てはある目的を成就させる為である。
文字の読み書きに始まり、大陸の地理や気候、操船術なども習った。文学の師は李一家の参謀・燈である。面倒見の良い彼は持ち得る知識を惜しげもなく教授し、李鳳もその全てを吸収した。また槍術や矛術、馬術や護身術は家族同然の塁から学び、養父である李単からは暗殺・隠密・工作といった特殊な技法を叩き込まれた。
甘い性格の燈と塁はお世辞にも指導官に向いているとは言えない。飴と鞭の使い方がなっておらず、どうしても飴の割合が多くなってしまう。褒めて伸びるタイプもいるが、この時代に甘えは禁物であった。
そう言う意味では、李単は厳格と言える。しかし、スパルタ式の鍛錬は過激であり、死傷者が続出した。裂傷や打撲は日常茶飯事であり、骨折や手足を失くす事すら少なくない。そのせいで李家の秘伝を受け継ぐ者はいなかった。李単には妻子がなく、弟子もいない。そんな折に拾ったのが李鳳である。
(いつからかな? 李単の俺を見る目が急に鋭くなったのは……鍛錬だって気を失うまで扱かれるし、たまに殺気感じるんだよね。あっ、そういや……侭が絡んで来るようになったのも同じ時期だったかも)
過去何十人と屈強な大人でも逃げ出した厳し過ぎる鍛錬に李鳳は耐えた。傍から見れば幼児虐待でしかないが、李単に口答え出来る者はいない。
(血は出るし、骨は折れるし、お肌は荒れるし……痛いのなんのって……痛い時や辛い時には笑えって聞いた事あったからさ、笑ったよ。でもね、実際には痛過ぎて悶絶しちゃってるから、笑おうとすると変な顔になっちゃうんだよね……皆に笑われるくらいなら、いっそ我慢して無表情貫いた方が万倍マシってもんでしょ)
李一家の中で李鳳は感情を見せない子供として有名だった。どれだけ酷い怪我を負っても、どれだけ血を流しても、李鳳は涙一つ見せない。燈や塁は心配していたが、李単は一切容赦しなかった。それが単なる痩せ我慢だとは誰も知らない。幼い子供がそんな事をしているなんて思いもしないだろう。
李単は鍛錬の翌日、必ず部下に様子を見に行かせた。李鳳は決まって「無問題」と答える。決してそう言いたいからではない。
(やっぱ養父だし、俺の事が心配なのかな? もしかして……厳しい鍛錬は、俺の身を案じての事かも? うーん……親心子知らずってやつか)
李鳳は極めて建設的に解釈しようと努めた。李単は李鳳とって初めて出来た父であり家族である。
(李単の強さは一家の中で群を抜いている。前世を含めて俺が出逢った人間の中で一番強い。単純な腕力では塁に及ばないだろうが、戦えば間違いなく李単が勝つ。生き残る術に長け、臆病なくせして邪道を歩む事に躊躇がない。そんな人間は得てして強い)
慕っているワケではないが、李鳳はある意味李単を尊敬していた。
(最初はただ他人を痛め付けて快感を覚えるサドだと思ってたけど……頭目として、やるべき事はしっかりやってるんだよな。様子を見に来させるのも下手くそな愛情表現なんだろうか? 李単が俺を心配する顔…………うぇ、キモいな。こんな時、どんな顔をすればいいんだろう……あっ、そうか! ぷくくく、笑えばいいんだ)
覚醒した李鳳にとって異なるのは環境だけではない。大きく異なる点は、李鳳の身体的スペックである。その腕力は両手で抱える程の岩を軽々と持ち上げ、その脚力は大人の背丈を楽に飛び越えた。瞬発力や持久力も大人のそれに匹敵し、ガキ大将の侭ではまるで歯が立たない。
(子供とか大人とか関係ないレベルで身体能力が異常に高いのは良しとしよう。その反面、感じる痛みは前世の比じゃない。軽い打ち身や擦り傷程度も気を抜くと悶絶級……俺って、こんなに敏感肌だっけ? って思っても笑えない位マジで痛い! こればっかりはどうしようもない! この時代に皮膚科なんてモンはないし、原因は不明のまま……ハァ、地獄だな。一番の問題は我慢して笑うと変な顔になっちゃうって事だ……変な顔……くっくっく、他人事なら大爆笑なのに)
侭やその取り巻き達による嫌がらせは、その身体能力によって難なく回避していた。ストレス解消も兼ねて何度かに一度は逆襲して、侭を泣かせた事もある。しかし、侭はその事実を両親に報告出来ないでいた。年下に泣かされたなどと言うのは、プライドが許さないのかもしれない。
李鳳が覚醒して一年が過ぎた頃、彼は初めて人を殺した。自らの手で殺めたが、李鳳にその実感はない。しかし、李鳳はその際に吐いている。
肉体的年齢に引っ張られるせいか、李鳳の就寝時間は早い。大人が飲んで騒ぎ始める時間帯には床に就いている。その日は珍しく夜中に目を覚ました。塁と煽の夫婦夜の営みに精を出したせいで、すっかり目が冴えてしまったのである
(アンアンアンアンうるせェ……昼は淑女なのに、夜は巨乳な淫乱ってか!? くくく、イイ女ゲットしたな、塁。でもさ……何回やりゃぁ気が済むんだよ!? かれこれ二時間は経つぞ……ったく、羊を何千頭数えさす気だよ)
李鳳は寝床で横になって腹を立てていた。目を閉じてはいるが、やはり気になって眠れない。事が終わったのはそれから更に一時間後であり、喘ぎ声の代わりに塁のイビキが響いた。
(やっとか……とんだ絶倫戦士がいたもんだ。まぁ羨ましくはないけど――ん?)
寝静まったはずの屋内から、ガサッガサッと何かの物音が聞こえる。寝室から誰かが便所に行った様子もない。
(もしや……これが噂に聞くラップ現象か!? 家具や食器が勝手に動くっていうテレビで見たアレ…………よし、見に行こう!)
李鳳は好奇心に勝てなかった。彼の行動理念はいつもそうである。耳を澄まし気配を消して
音のする方に忍び足で向かう。
李鳳は物陰から顔を出してそっと覗く。
「ハァ、まさか初任務が暗殺だなんて……ううぅ、僕の人生とことんついてないよ。しっかし、どこで寝てるんだろ……跡目の李鳳って奴は? 跡目って言う位だし年は十七歳くらいかな? ここに居るとしか聞いてないんだけど……どうしよう?」
見ず知らずの男が立っているのを見て、李鳳は愕然とした。暗殺などと口にする不審者が居れば当然であろう。
(う、嘘だろ……ッ!?)
李鳳はガックリと膝を落とした。床に手をつき、落胆の表情を隠せない。しかし、それは恐怖からではなかった。
(……マジかよ)
李鳳は大きく溜息を吐く。
(ラップ現象じゃなかったのかよ! くそっ、期待して損した! つまんねー……寝よ)
李鳳には男の呟きなど届いていなかった。最早興味も失せ、寝床に戻ろうと踵を返す。すると、背後から声をかけられた。
「や、やぁ、その儒子、こんばんは。ちょっと聞きたい事があるんだけど……いいかな?」
李鳳が振り向くと、二十歳前後の無精髭を生やした男がはにかんでいた。
(……キショ)
子供は時に残酷である。しかし、李鳳の精神は大人であった。辛うじて声には出さず、心で思いとどめる。しかし、李鳳は只の子供よりも冷酷であった。
(ガッカリだよ。色々と……お前にはガッカリだよ。時代が時代なら金返せコールだよ?)
李鳳は理不尽な憤りを男に抱く。男は確かに加害を行使しようとしていたが、現時点では一方的な被害者であった。
「“おじさん”、誰?」
李鳳は悪意丸出しで問う。
「おじ……ぼ、僕は斉だよ。まだ“二十歳”のお兄さんだからね。この一味には今朝入ったばかりの新入りだから知らないだろうけど、よろしく」
「……で、何か用? “おじさん”」
「おじ……お、お兄さんね、跡目の李鳳様に用事があるんだよ。どうしても今夜中に済まさなきゃならない大事な用が……だからさ、居場所知ってるなら教えてくれないかい? お兄さんに」
「……用事って何? “おじさん”」
「えっ、あっ、いや、ちょっと頼まれ事をね……お、大人の用事だよ」
斉は明らかに動揺しながらも、必死に取り繕う。李鳳はその様をニヤニヤと観察した。
(くっくっく……先制パンチの効果は抜群だな、どもり過ぎでしょ。お兄さんって呼ばれたいなら、髭剃って歯磨いて出直しておいで)
斉の顔はいかにも幸が薄そうであり、これまでの苦労が滲み出ていた。そのせいで年齢以上の哀愁を漂わせる。
(でも、オカシイな。新入りがこんな夜更けに、俺みたいなガキに用事だと? それに……李鳳様? 何の冗談だよ? 一味の誰からも呼ばれた事ねェよ……あっ、そうか! 判った……判ったよ、斉――君はイジメられているんだね)
李鳳の斉を見る目が一変した。
(きっと、新人イビリってやつだよ。君が俺を探して『李鳳様』って呼ぶ滑稽な様子を、どこかに隠れて見てるのさ。皆大爆笑してるよ。そして明日になれば靴とか服も隠されて、君は泣く泣く探し回るのさ。悪かったよ……斉、俺も大人気なかった。期待していたモノが見れなくて、つい意地悪したくなったんだ。すまない……許してくれ、悪気しかなかったんだよ。くひひひひ)
薄ら笑いを浮かべたまま、李鳳は男に声をかける。
「……こっち」
「あ、案内してくれるの? あ、ありがとう(な、なんか変わった子だなぁ……夜だし、気味が悪いよ)」
斉は恐る恐る李鳳の後に続く。少し歩くと、李鳳は自分の寝室の前に辿り着いた。
「ココ……だけど、多分寝てるよ?」
「だ、大丈夫。寝ていても済む用事だから……あ、ありがとな。儒子はもう行っていいよ。は、早く寝た方がいい、ははは(殺す所なんて見せれないもんな)」
「……分かった」
斉はここでも怪しまれないように、必死で取り繕う。そして、少しでも早く李鳳を遠ざけようとした。
李鳳は従う振りをして離れた場所で息をひそめる。
(……ん? 寝てても大丈夫!? ま、まさか……寝起きドッキリかッ!?)
斉は李鳳が寝ていると思っている寝室へと入っていく。
(忍び足から察するに……やはり『おはようございます! タッタラーッ!』で間違いないだろう。知らない人にいきなり起こされれば、流石の俺でもビックリするよ。そんな俺の慌てふためく様を見て、爆笑する奴らが居るとは…許せん! なんて鬼畜共だ!)
李鳳は怒りの炎を灯した。しかし、周囲に人の気配はない。
(どういう事だ? 早くしないと一番面白いシーンが見れな……はッ!? も、もしや……い、いや、そんな……だが、まさか……)
李鳳の脳裏を最悪の予想がよぎった。覚醒し向上した思考回路は、刹那の時間で答えを導き出す。
(『真夜中』『初対面』『突然の来訪』『誰もいない』、この四つの条件から考えられる結論は――そうか! そういう事だったのか……くそつ、新入りだからと油断した。斉、コイツはド外道だ。稀代の悪だ! な、なんて事を考えやがるんだ! た、確かに今夜、このタイミングしかないだろう。明日になれば効果は半減……お、恐ろしい奴だ。まさか俺を……くそっ、くそ!)
驚愕の真実に気付いた李鳳は震え出した。額には冷や汗が浮かぶ。
(許さん……許さんぞ!)
李鳳はわなわなと震える拳を握り締めた。
(以前の俺はやられたらやり返すだけの人間だったよ……でもね、今は違う。今は……やられてなくてもやり返す! やられる前にやり返す! どうでもいいけどやり返す! 年がら年中やり返す!)
断固たる決意を胸に李鳳は立ち上がり、斉の入って行った自分の寝室へと忍び込む。斉は寝台の横に立っていた。暗がりでよく見えないが、何かを握っている。
(ビンゴ! 想像した通りだ。お前の正体はもう判っている。お前のやろうとしている事も全部プリッとお見通しだ!)
斉が手に握った何かを振り上げようとした瞬間、李鳳は素早く背後に接近した。そして――
「わッ!!」
大声と共に力一杯斉の背中を押したのである。「うっ」と言う呻き声を漏らして、斉はその場に倒れ伏した。
(あーっはっはっはっはっは……いいぞ、斉! 最高のリアクションだ! そんなにビックリしたのかい!? そうだろう、そうだろう。まさか俺に単独で寝起きドッキリを仕掛けようなんて……十年早いよ! そもそも一人だけで楽しもうなんて考えは最低だぞ! 鬼畜にも劣る外道のやる事だろう。危うく俺が笑い者に……あれ? 斉!?)
満面の笑みを浮かべる李鳳であったが、斉はピクリとも動かない。
「斉、大成功だったよ。もう起きて」
李鳳は体を揺すってみるが、斉に反応はない。しばらく待っていると、李鳳の鼻を刺激臭が襲う。覚醒した事で視覚、聴覚、嗅覚、味覚など全ての感覚が鋭敏になった李鳳にとって、この不意打ちには面食らった。なんと斉の下半身から尿が漏れていた。思い切り嗅いでしまった李鳳は堪らず嘔吐する。
(うげェ……マジかよ!? くくく、まさかの逆襲だ……いいだろう、認めてやるよ。斉、今日のところは引き分けだ! でも次は負けないからな!)
ゲロとアンモニア臭の漂う部屋の中、李鳳は心の中で斉にライバル宣言した。斉は未だ動かない。李鳳は大人として察した。
(きっと恥ずかしさで起き上がれないんだろう。武士の情けだ……今夜は他の部屋で寝るとするよ、臭いしね。斉は……ゆっくりしていってくれ。あと……掃除もしていってくれ、臭くて堪らん。よろしくぅ)
李鳳は「おやすみ」と呟いて部屋を出る。そして食堂の隅に藁を敷いて休むのであった。
翌朝、李鳳の部屋の前には人だかりが出来ていた。野次馬をかき分けて部屋を覗くと、斉はまだ床で寝ている。
「あれ? 斉の奴、結局一晩中起きなかったのか……まぁ、気持ちは分からなくもないけど」
一人ほくそ笑む李鳳。すると、突然誰かに肩を掴まれた。
「は、伯雷! 無事だったんだ!? 怪我はない!?」
文学指南で参謀の燈である。その表情はとても真剣で険しい表情であった。
(怪我? 何の話……あっ、もしかして昨夜のアレを見れなかった事怒ってる? やっぱり先輩達の新人イジメだったのかな? ゲロッちゃったけど……)
李鳳は伏し目がちに答える。
「……怪我はない」
「そっか。それは何よりだよ……ところで、これは君がやったのかい?」
探るような目で李鳳を見詰める燈。
(コレ? ゲロ? ドッキリ? どっち!?)
李鳳は内心焦り出す。
(ヤバい……結構怒ってるよ、そりゃ燈もドッキリ見たかったよね。悪い事したなぁ……俺一人で楽しんじゃったし……でもさ、元々は俺をハメようしたのが悪いんだよ? あっ、ゲロとか片づけてないのも怒ってるのかな? うう……仕方ない、ここは素直に認めて怒られるか)
燈の真剣な眼差しを見て、李鳳は腹を括った。
「……ごめん、燈。全部……一人でやった」
それを聞いて燈はとても驚く。目を見開いて李鳳を見返す。
(そうだよね、ショックだよね……楽しみにしてたんだろうなぁ……ごめんよ)
燈は深呼吸して自分を落ち着かせると、李鳳の頭を撫でた。
「分かった。伯雷はよくやったよ。誰にでも出来る事じゃない。驚いたけど……むしろ納得だよ。うん、流石は伯雷だ。僕はお頭に報告してくるから、今日はゆっくり休むといいよ」
そう言い残して燈は足早に去って行く。後姿を見送りつつ、李鳳は内心で愚痴った。
(謹慎かよ……しかも、ご丁寧な厭味に加えて、養父にまでチクるとは……よっぽど怒ってたんだな。燈を敵に回すと面倒だし、今日は大人しくしとくか)
李鳳は肩を落としていると、目の前を人に担がれた斉が通り過ぎて行く。
(おいおい、恥ずかしさで腰まで抜けちゃったのか? くっくっく……お漏らしの件は、間違いなく茶化されるだろうな。勿論、俺も率先してイジリ倒すけどね!)
最後まで読んでくれてありがとうございます。
2014.05.02
時系列に沿うよう話を入れ替えました。
一部修正および加筆も行っています。
2014.05.04
サブタイトルを追記しました。