19話
――黄巾党の襲撃を受けるとある街――
夏候淵ら先遣隊が街に到着すると、黄巾賊は義勇軍と交戦中であった。
圧倒的に数で劣る義勇軍ではあったが、奇跡的な善戦を魅せて何とか持ち堪えていたのである。
先遣隊は義勇軍と合流し、一旦は黄巾賊を追い払ったのだった。
【夏候淵】
陳留の街で竹篭を売っていたあの女子が……将として義勇軍を率いていたのには驚いたが、おかげで街はまだ被害を受けていなかったのは嬉しい誤算だった。
危ない状況ではあったが、何とか間に合ったようだな……。
しかし、連中は更に数を増やし……組織的な動きも見せ始めている。
再度襲撃を受けるのも時間の問題だろう……数の不利は否めない、ここは防衛に徹するしか策はないだろうな……。
街の現状や部隊の戦力差などを考えた夏候淵は、徹底した防御策を決定したである。
「よいか、敵の数は3千程だ。守りを固め、曹操様の本隊が来るまで耐えるのだ。その為に、要所となる場所には全て防柵を敷き、防衛隊を配置する。それぞれの持ち場は季衣の部隊が北を、楽進と于禁は義勇軍と街の守備隊を率いて南を頼む」
「分かりました、秋蘭様!」
「了解です」
「分かったの」
指示を飛ばす夏候淵。
この部隊の司令官は許緒であるが、まだ幼く経験の浅い彼女は献策指揮を夏候淵に一任していたのだった。
そして、その指示を聞いて元気良く返事をする許緒。
それに続く楽進と于禁。
続いて夏候淵は李典と李鳳にも指示を出す。
「残りは私の部隊を2個中隊ずつに分けて配備し、東は李鳳、西は私が担当する。李典は防柵の作製が終わり次第、東側の李鳳に合流してくれ」
「よっしゃ、任しとき!」
「……了解」
元気一杯に返す李典とは対照的に、李鳳は無愛想とも呼べる程の無表情であった。
指示を出し終わった夏候淵は再び思案に耽る。
配置はこれで良いだろう……。
あとは崩れそうになった所を臨機応変に補うしかあるまい。
各人の武が実際どれ程かは分からぬが……ここは期待させてもらおう。
そう思いつつ夏候淵は義勇軍の3将と李鳳を観察する。
義勇軍の3人は然程心配はいらぬだろう……よく戦っていたと街の者が口々に讃えておったからな。
心配なのは……飛び入りの助っ人、李鳳か……。
若いな……季衣よりは上だろうが、楽進らよりは下か……?
それより……あの衣装は何だ?
苔が生え茂り、朽ちた老樹を彷彿とされる色合いの衣服など初めて見るが……地方の民族衣装であろうか……?
一見地味な印象を受けるが、逆に注目してしまうその衣装は……姉者の反感を買いそうだな、ふふふ。
姉者はある意味、美の意識は潔癖の域に達しておるからな……後々面倒なコトにならねば良いが……ああ、そう言えば――。
思考を中断した夏候淵は李鳳に声をかけたのである。
「李鳳、お主は旅の薬師と聞いたが……?」
「はい、お世話になった知人に会いに来たのですが……着くなり賊の襲撃に巻き込まれましてね。クックック……」
「ふむ、それは何とも……運の悪いコトだな」
「ええ、恩返しのつもりで防衛に参加した次第です」
「なるほどな……ところで、傷薬などを常備しておらぬか?」
強行軍だった為に最低限の備えしか持ってきていない先遣隊にとっては、少しでも予備が欲しい所なのである。
夏候淵の問いに李鳳を即答した。
「常備薬であれば多少持ち合わせております。また……材料さえあれば、これから作ることも可能ですが?」
「それは助かる。街の住人にも助力を願い準備させるので、李典同様宜しく頼む」
「いえ、非常時ですし……出来る限りの協力は致しますよ」
李鳳の殊勝な返答に夏候淵は感心していた。
ありがたい……見た目は怪しいが、楽進達と同様に民草を想う少年であって安心したぞ。
さて、あとは準備をどこまで整えられるか……だな。
確認が終わった夏候淵は皆に準備の開始を告げるのだった。
「では、各自準備にかかってくれ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
街の外れで李典は運ばれてきた竹や縄を使って、頼まれた防柵を作っていた。
作業に専念したい李典ではあったが、その横で何やら怪しいコトを始めた李鳳が気になってしまい集中出来ないでいたのである。
【李典】
な……なんやねん、それは……なんやねん!?
グツグツと煮える鍋には変わった色の液体が沸騰している。
そして李鳳はすり鉢でゴリゴリと何かの薬草や実を磨り潰していたのだ。
しかし、李典が気になっているのはソレでは無かったのである。
「はぁぁぁぁぁ、元気になれぇぇぇぇぇ!」
大音量で叫ぶ李鳳。
せ……せやから、なんやねん、ソレ!?
李典が疑問視しているのは、薬の調合では無く、理解不能の掛け声であった。
そうしても気になってしまい、とうとう李典は李鳳に話しかけたのである。
「な、なぁ。アンタ……それ、何なん?」
「これですか? 特製の秘薬です」
薬師や言うてたけど、ホンマやったんやな……。
よう分からん草を煮たり、すり鉢でこれまた見たこともない実を磨り潰したり……それはエエねん。
薬作ってんのは見たら分かるわ……それもエエねん、それよりもや――。
「……なんで、叫ぶ必要があるのん?」
「あぁ。それは師匠を尊敬しているからですよ」
アカン……意味分かれへん!
ウチは叫んどる理由を聞いたのに……なんで師匠が出てくんねん!?
尊敬しとったら……叫ぶモンなんやっけ? ……いやいやいや、聞いたコトあれへんで!
なんや痛い師弟関係なんとちゃうやろか……。
ワケの分からない李典は苦笑いで誤魔化す。
「そ、そうなんか。は……ははは、ほんでな、それは何の薬なん?」
「ククク……聞きたいですか?」
突如口元に愉悦を浮かべる李鳳。
なんや急に……嬉しそうにして、まぁ、話しとるのに作業止めへんのは流石やけどな。
ふふーん、ウチかて手ェは止めてへんねんけどな。
自画自賛する李典が興味本位で訊ねる。
「興味はあるでェ。秘薬やなんて……なんや危険な響きやけどな、にっしっしっし」
「クックック……これはですね、痛みや疲れを感じさせなくする薬です。飲めば三日三晩不眠不休で戦い続けることが出来るでしょう」
「ええっ!? それ、めっちゃ凄い薬やんか!」
驚愕の声を上げる李典。
李鳳は自信満々に語り続けた。
「でしょう。ただし……効果が切れて眠りにつくと、そのまま目を覚まさないという欠点もありますが」
「…………アカンやん!! 目ェ覚まさんっちゅうコトは……死ぬんちゃうん!? アカンアカン! なんちゅー危ない薬作りよるねん!!」
とんでもない欠点をサラッと話す李鳳に、李典は怒涛のツッコミを入れるのである。
それを聞いた李鳳はとても楽しそうに返した。
「クフフフフ……冗談ですよ。本当はただの滋養強壮、疲労回復の薬なので……人体に害はありませんよ」
「…………」
「はぁ……正直に申しますと、本当は楽進殿と同じ配置が良かったんですよ。見たかったなぁ……氣弾」
李鳳の発言を聞いていた李典は、プルプルと震えていた。
……なんやろ、この湧き上がってくる感情は……?
そうか……そうか、ウチの螺旋槍で遊んで欲しいんやな。
ヨッシャ……なんぼでも相手したるさかい、表出んかい!
怒りに震える李典が口を開く。
「アンタなぁ……」
「李典殿、手が止まってますよ。時間ないんですから……無駄口叩かず、作業に集中して下さい。ツマラナイ冗談を言ってる場合じゃないんですから!」
しかし李鳳に遮られ、さらに理不尽な皮肉まで叩き付けられたのである。
ふっふっふ……決めたでェ、ウチは決めた……!
エエ根性しとるやないか……後で、絶対シバいたる!
ウチをコケにしたらどないなるか……思い知らせたるで!
怒りのパワーで作業がスピードアップする李典。
黄巾賊の後は李鳳の血の雨を降らせるコトをここに決意するのであった。
一方の李鳳はというと、実は李典のコトを物凄く買っていたのである。
【李鳳】
まるで旋律を奏でるかのようなイントネーション……。
刹那の間を見極めたツッコミ……。
好奇心旺盛な発明家というハイスペックな関西弁ドリルは……間違いなく逸材だ!
クックック……素晴らしい、とても素敵な出逢いだよ……。
李鳳は調合し終えた薬を小分けしつつ、今日会った武将へと思いを馳せる。
出逢いと言えば……楽進か。
さっきの言葉は半分本音だからな……正直、氣弾はすごく見たかった……。
遠距離から一方的に攻撃できる必殺技だよ!?
全世界10億人以上の男性が憧れる事必至でしょ、ククククク……。
氣の乱用によって一度体を壊した李鳳は、師である華佗から氣の使用を控えるように言われていたのである。
その為にあまり研究は進んでおらず、せいぜい肉体強化する程度の錬度でしか無かったのだった。
こんなお茶目な世界でも流石に銃は無いだろうし……遠距離武器は、弓矢くらいだろうか……?
攻城用の投石器はあるみたいだけど、対人用のスリングとかは無いのかな?
俺も投擲用の武器は持ってるけど……大人数相手は、想定してないから数がなぁ……。
使ってもいいけど……回収が面倒そうだ。
李鳳がどうしたものかと辺りを見渡して見ると、あるモノを発見したのである。
いっそ石ころでも拾ってくるか……おっ! この竹使えるかも……。
沢山あるし……2、3本拝借しても大丈夫だよな……?
一応李典に声かけた方がいいかもしれないけど……集中してるとこ邪魔するのは、悪いしな…………よし、このまま貰ってくか。
いよいよ、黄巾の乱が本格的に始まるんだ。
これから乱世の英雄達が次々と台頭してくるんだ……クヒヒヒヒ、楽しみのあまり踊り過ぎないようにしなきゃな。
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