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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
黄巾の乱
17/132

17話

――黄巾党の襲撃を受けるとある街――


 野次馬根性丸出しで嬉々として、この襲撃を楽しんでいる男がいた。

 勿論、李鳳である。



【李鳳】


 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損……って、言うよね。

 でもさ、俺は踊ってて見逃すのが嫌だから見る阿呆に徹したかったんだよ……特等席でね、あっ……ダメならさ、隅っこでもいいよ。見れるなら……贅沢は言いません。


 お世話になった老夫婦を手土産持って訪ねてみたら、絶賛黄巾党の襲撃中だなんてね。

 老い先長いとは言えないけど……恩を全く返してない状態で死なれるのは、ちょっと困るので断腸の思いで見るのは諦めて踊る決意をしたってワケだ。クックック……。


 助けに行ってみたら何とか老夫婦は無事だったし、街の住人たちと一緒に隠れてもらったから一安心かな。

 まぁ、戦える人は武器や農具を持って出てるらしいが……無謀じゃね!?


 そう思ってたけど、義勇軍を名乗る助っ人がいたらしく……意外と奮戦してるんだとさ。

 でも、数の暴力に徐々に押されてるみたいで旗色は悪いらしい。


 仕方ないか……老夫婦には多大な恩があるし、踊るって決めたんだからな。

 クックック……どうせ踊るなら、蝿のように舞い、蚊のように刺してやろうかね。

 煩わしさを優先した華麗とは程遠い戦いっぷりを魅せてやるか、クヒヒヒヒヒ……。



 不気味な笑みを浮かべて李鳳は、噂の義勇軍が戦っている場所へと駆けるのであった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 街の外には黄巾賊を相手に奮闘している女性の姿があった。

 その女性は紫色の髪を耳の後ろ2箇所で結い、首にはこの時代にそぐわないゴーグルをかけており、腰には工具を下げ、手にはドリルの刃が付いた槍を持っていたのである。


 彼女の名は李典、字を曼成(まんせい)と言う。

 真名は真桜(まおう)と言い、義勇軍三羽烏の一人であった。

 李典は友人である楽進と于禁の3人で義勇軍を立ち上げ、三羽烏として兵を率いて黄巾賊に立ち向かったのである。


 貧民上がりと侮っていた黄巾賊に最初こそ蹴散らせていたものの、一向に数の減らない賊徒に押し返され、形勢は極めて不利になっていたのだった。




【李典】


 あ、アカン……凪らにこっちは任せ言うたけど、こない数が多なったら前言撤回したなるで……。


 李典は槍を振りかざして雄叫びと上げる。


「オラオラ、ウチの螺旋を喰らいたい奴はかかってこんかい! ナンボでも相手したるで!」


 自らを鼓舞して賊を突きまくる李典だったが、疲労と倒しても倒しても後から湧いてくる賊の群れに嫌気がさしてきていたのである。


「どんだけ湧いてきよるねん!? アンタらは蟻んこかいな!」


 不条理な現実にツッコミを入れつつも、李典は懸命に戦っていた。

 螺旋槍を振り回し、一人また一人と突き殺すが次々に襲い来る賊徒の波は止まらない。


 辺りに転がる骸と溜まった疲労が、李典の動きを徐々に鈍くするのであった。

 そんな時、李典を不運が襲ったのである。


 足元にあった死体に躓いてしまい、バランスを崩してしまったのだ。


 くっ……しもた!?

 敵に気ィ取られて、足元見えてへんかった……。


 すかさず賊が剣を振り下ろして来たのだった。


「死ねー!」


 あ、アカン……避けれん……!?


 回避不能と判断し目を瞑る李典。

 しかし、一向に痛みは襲って来なかったのである。


 ………………あれ? なんで痛みがけーへんねやろ?


 すると、若い男の声が聞こえたのである。


「あのー……大丈夫ですか?」


 李典が目を開けると、そこには迷彩服に身を包んだ李鳳がいたのだ。

 そして李典に剣を向けていた賊は、物言わぬ屍となって倒れていた。


「あ……アンさん、誰や?」

「まさかの関西弁!? いやいや……話は後で、今は目の前の賊が先では?」

「せ、せやな……誰か知らんけど、助かったわ」


 李典は取り急ぎ簡単に礼だけ述べて、李鳳を凝視した。


 ホンマに危ないとこやったで……せやけど……。

 まぁ、人の趣味にとやかく言う気はあれへんけど……なんちゅー服着とるんや。


 李鳳は武器を使わずに、無手で賊を相手にしていた。

 突然現れた李鳳に賊は警戒心を強め、李典よりも李鳳を狙い始めたのである。


 おお、変な服着とるくせに……めっちゃ強いやん。

 あんなけ囲まれとるっちゅうのに、余裕でシバキ倒しとるやんか……せやけど、なんで殺さんのやろ……?

 パチキかまして鼻や腕は折っとるのに……止めはささへん。

 ほんでもって、逃げる相手はほったらかしや……なんでやろ?


 賊の大半が李鳳を狙うようになって、余裕の生まれた李典はその李鳳を観察していた。


 人殺した経験ないんやろか……?

 それにしたら戦い慣れとるし、骨折るんは容赦せェへんもんなァ……。

 もしかしたら優しい心持ってんのかもしれんな、賊や言うても人間やし……。


 うーん……それにしても、えらい嬉しそうに殴りよるなぁ。

 ……変なやっちゃ。



 李鳳にとって、賊は実験台なのである。

 氣を習得してから変態老師に師事し、格闘術はかなりのレベルに達していた李鳳だったが、比較対象が化け物老師しかいなかった為、今自分自身がどの程度の強さかを測りかねていたのだった。


 どの程度の力で殴れば、どういった損傷を与えられるのか、それを確かめるバロメーターがこの賊だったのである。

 自分が強くなっているコトを実感した李鳳は嬉しくて、ついつい氣を込めて殺しそうになる衝動を抑え、決して死なない煩わしさに重点を置いた攻撃を繰り返したのだった。


 李典が気付くと、李鳳の周囲には賊が居なくなっていたのである。


「お疲れさん、こないなもんやろ」


 李典は李鳳に労いの言葉をかけた。

 そんな李典に李鳳も笑って返す。


「クックック……お疲れ様です」

「もっと梃子摺るか思てたけど……アンタのおかげで随分楽に倒せたで。ニコニコ笑いながらシバいて回るアンタに、賊も恐れをなしたんやろな。うっしっし」

「いえいえ、きっと貴女の槍捌きに慄いたのでしょう」


 互いに笑って讃え合う2人。

 持ち前の李典の明るさが、李鳳の皮肉をもかき消していたのだ。


「助けてくれてホンマおおきに。ウチは李典いうんよ。アンさんは?」

「ほぅ……私は、李鳳と申します。同姓とは……奇妙な縁を感じますねェ」

「そうなんや? にっしっし……そら、おもろい偶然もあったもんやな」


 李という姓は珍しくもないのだが、李典も奇妙な巡り合わせだと笑っていた。

 一方の李鳳は李典の武器に注目していた。


「それにしても……見事な螺旋武器をお持ちのようですね。先程も拝見しましたが、貫通力が並の槍の比ではありませんね」

「おお、分かるんか!? せやろ、ウチの自慢の絡繰やねん。言うとくけど……お手製やで!」


 李典は分かり易い程の笑みを浮かべて、上機嫌に語る。


 変な奴やなんて思てしもて……堪忍やで。

 服装は……やっぱ変やけど、ウチの絡繰が理解できる同姓の士は歓迎や。


 内心はどうあれ、李典は李鳳を認めたのであった。

 そして李鳳も李典に強い興味を示していたのである。


「クックック……それは素晴らしい! 貴女のような天才にお会い出来て光栄です。是非、今度私にも絡繰を作成して頂きたい程です」

「アンさん、ほんま見る目あるでェ。よっしゃ、ウチが最高の芸術作ったるわ」


 笑って快諾する李典。

 そんな上機嫌な李典の名を呼ぶ声が聞こえて来たのである。


「真桜ちゃーん」

「ん……? おっ、沙和(さわ)やんか……ああ、話し込んでもて助けに行くんスッカリ忘れてたわ……どないな状況なん?」


 スマンスマンと謝る李典。

 沙和と呼ばれた女性は茶色の後ろ髪を三つ編みしており、眼鏡をかけ、可愛らしい声と喋り方をするそばかすっ子であった。


「沙和達のコト忘れてたなんて……ひどいのー。でも、曹操様の所の軍が援軍に来てくれて何とか追い払ったのー」

「すまんなァ、堪忍したってや」


 ひたすら頭を下げる李典。

 その間、李鳳は黙って観察していた。


「もういいのぉ。真桜ちゃんが無事で良かったの。それより……この人は誰なのー?」

「ああ、せやったな……ウチの命の恩人なんやねんけど、紹介すんのは凪(なぎ)と合流してからでええか?」

「わかったの」


 李典によって勝手に話が進められ、李鳳はなぜか義勇軍を率いる他の武将にも会うコトになったのである。



 街に戻ると、全身に傷跡を刻んだ銀髪の女性が待っていた。

 いかにも武人という雰囲気を纏った女性を見て、李鳳は目を細めたのだった。

 李典が率先して2人に李鳳を紹介したのである。


「紹介するわ。ウチの危ないとこ助けてくれた李鳳や」

「李鳳です。お見知りおきを……」


 李鳳の纏う衣装に目を奪われる2人であったが、銀髪の女性はそれだけでなく、纏う氣にも気付いていたのだった。

 李鳳も彼女が氣を纏っているコトに気付き、興味深く見詰めていたのだ。


 そんなコトとは露知らず、続け様に李典は2人を李鳳に紹介したのである。


「ほんで……こっちが、楽進と于禁や。ウチの仲間で一緒に義勇軍やっとるんやで」

「宜しくどうぞ」

「よろしくなのー」


 会釈をする楽進と于禁。

 凪というのが楽進の真名であり、沙和が于禁の真名であった。

 そんな楽進に対して、李鳳は率直な印象をぶつけたのである。


「ぶしつけな質問で恐縮なのですが……楽進殿は、氣を扱われるのではないですか?」

「「「っ!?」」」


 その質問を聞いて、3人が驚愕の表情を浮かべたのである。

 どうしてそれを、と言わんばかりの顔をしていた。

 確信を得た李鳳は満足気に呟いたのだった。


「やはり……そうですか」

「では、李鳳殿も……?」

「なぁ、なんで凪が氣を使うって分かったん?」


 驚きっ放しでワケの分からない李典が李鳳に訊ねた。

 それに対して李鳳も楽進に質問するのであった。


「私は……氣の流れや様子が、少し見えるのですよ。楽進殿もそうなのでは?」

「み、見えるのですか!? い、いえ……私には見えませんが、感じ取ることは出来ます」

「なるほどな……せやから、簡単に賊を殴り倒しとったんやな。納得や……」


 李典は合点がいったと一人納得していた。

 楽進も楽進で興味深く李鳳を観察していたが、あるコトを思い出して声を上げる。


「そうだ、真桜、沙和。曹操軍の夏候淵様が我らと共闘を希望されている。話し合いたいのですぐ来てくれと言われていたんだ」

「なんやて!? ほな、ぐずぐずしとれんな」

「すぐ行くの」


 慌てた様子で賛同する李典と于禁。

 その後、楽進は李鳳に振り返った。


「……李鳳殿も、ご同行願えませんか?」


 強い戦力は一人でも多い方が良いと楽進は考えたのである。

 李鳳もせっかくの英傑に会える機会だと思い承諾する。


「分かりました。微力ですが、協力致します」

「忝い」


 平然と語る李鳳であったが、内心では全く違っていたのだった。


 曹操軍の武将である夏候淵と許緒を見た時に、その感情は爆発したのである。




【李鳳】


 今日は……なんて一日だよ……!

 師匠によって鍛え上げられたこの腹筋が……まさか、これほどダメージを受けようとは……!?


 く……くく、クハハハハハハハハハ、関西弁でドリルって……!!

 シュールなのかベタなのかどうかも分からんボケにはツッコミようがないぞ、クハハハハハハハ……。


 そ……それに、何の冗談だよ……!?

 今回の曹操軍の指揮官って……ガキじゃんか!!

 クフフフフフ、イタタタタタ……お腹痛い、お腹痛い。ギブ、キブ、ギブアップ。

 このガキンチョが、史実じゃ巨漢とされるあの許緒だってさ……クヒヒヒヒヒ。


 あんな子供が尋常じゃないサイズの鉄球振り回して、屈強な大人を吹き飛ばすらしい。

 プククククク……なんていう、ファンタジー!!


 可愛らしい少女が無邪気な顔して、賊共をミンチにするらしいんだよ……無理でしょ!?

 そんなことされたら腹筋保たないって、クヒヒヒヒヒヒヒヒ……。

 最高だ……サイコーの世界だよ、クヒャヒャヒャヒャ……!



 決して表情には出さずに、笑い続ける李鳳であった。




最後まで読んでくれてありがとう。

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