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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
黄巾の乱
16/132

16話(挿絵あり)

今回はちょっと強引なご都合主義かもしれません。

 時は曹操軍が進軍する1ヶ月前に遡る。





――渤海――



 漢王朝は衰退し、私腹を肥やすことだけを考えて汚職や狼藉を働く役人は日に日に増え続けていた。陳留、呉、西涼などの一部の県では善政が敷かれていたが、その他の地域は程度差こそあれ良くない状況が続いていたのである。

 貧困から賊に身を落とす者が後を絶たず、各地で暴乱や叛乱が起こり、民の不安は大きくなるばかりだった。

 怪我人や病人が溢れ、次々と命を落とし、多くの民が希望も無くタダ暮らしていた頃、占い師の管輅により救世主の予言がなされたのである。

 その後しばらくして、陳留を治めている曹操の元に『天の御使い』が現れたという噂が瞬く間に大陸中に広まったのだった。

 この噂を聞いた民の多くが、歓喜の声を上げたという。


 しかし、そんな噂に踊らされて自分達は救われる思ってる民草とは、全く別の感情を抱いている一人の男がここに居た。


 孫策らと対峙し、瀕死の重傷を負っていた李鳳その人である。




【李鳳】


 クックック……いいね、いいね。以前の腐り切った目と違って、今は希望に輝いてるじゃないか。

 変化ってのは笑えるから好きなんだよね。絶望から希望へ変わる瞬間――その逆も、ね。クハハハハハハ……。



 内心で民衆を嘲笑しながらも、李鳳は目の前の男に平然と話しかけた。


「では、くれぐれも用量を守って飲むように。これで二ヶ月は保つはずですから」


 そう言って、鞄の中から小瓶に入った粉薬を使用人に手渡したのだった。

 受け取った男は中身を確認してから、袋を李鳳に差し出したのである。


「うむ、これがいつもの代金だ」


 李鳳は袋に入れられた貨幣の数を確認して、営業スマイルで返事をする。


「確かに受け取りました。では、二ヶ月後にまた……」


 この辺りは袁紹が治めている領土で、此処は街の役人が暮らす館であった。

 立ち去ろうとする李鳳を中年の男が呼び止めたのである。


「待て。き……いや、お前はいつになったら余の専属医になるつもりかえ?」


 四十歳を過ぎ、ヒョロヒョロした体付きの中年男が、高圧的な態度で李鳳に訊ねた。

 中年男は誰が見ても健康とは言えない顔付きをしており、日頃の不摂生や酒が祟って内臓を患っているのだった。

 実は師と仰ぐ者達と共に旅をしていた折、個人的に知り合ったのがきっかけとなり関係が始まり、今では金払いの良いカモとしているのである。


 それなりに高い地位の役人ではあるが、李鳳は不敵に答えるのであった。


「以前から申しておりますが、私にその気は御座いません。この薬以外の治療方法を私は知りませんし、常駐しても大した役にも立ちません。さらに……袁紹様にもお声をかけられていますが、それすらもお断りしているのですよ」

「な、なんと。きさ……いや、お前は本初様の所にも出入りしておるのかえ?」

「はい。ですから……専従の件は、お忘れ下さい」

「……う~む。それでは仕方ないのぉ」


 渋い表情をして唸る中年男。

 袁紹というネームバリューに恐れをなしたのである。



 バーカ、嘘に決まってんだろ。

 クックック、偉そうにしてる連中は、更に偉い権力には恐ろしく程に弱い。

 袁家が統治している領土は、特にその傾向が強いしな。まだ本人に会ったことは無いが、ぜひ一度会ってみたいものだ……稀に見る無能と聞いている、ククククク……。

 それよりも……いよいよだ、いよいよ始まるぞ。



 李鳳は青白い顔した中年役人を横目に、もうすぐ起こるであろうイベントに胸躍らせていたのである。








 瀕死の重傷を負ったハズの李鳳が、なぜ此処で元気にしているかというと――時はさらに遡る。


 李鳳が孫策と黄蓋によって半殺しにされてから、彼は半年もの間目を覚まさなかったのである。

 養父の最期を看取り、洞窟を出て意識を失った後のコトは、師匠と仰ぐ人物に聞かされたコトだった。


 李鳳を助けた人物の名は華佗、字を元化といった。

 三国志に登場する一番有名な名医である。


 この世界の華佗は赤髪でいかにも好青年というイケメンだった。

 李鳳はイケメンにあまり良い感情を持っていない。まぁ、ブサイクもあっち行けと思っているわけだが……。

 しかし、李鳳はこの華佗という男を気に入ったのだ。そう、この男は……非常に残念なイケメンだったのだ。



 クックック……まさか助けてくれたのが、あの華佗とはラッキーだったな。

 俺でも知ってる名だ、堅物だとばかり思ってたが……まさかのまさかだったよ。

 異様に暑苦しい熱血漢だったとはな……鍼を構えて『元気になれぇぇぇぇぇ!!』なんて、どこの特撮ヒーローだよ!? クハハハハハハハハハ……ハヒィ、ハヒー……ふ、腹筋が千切れるかと思ったぞ。危うく殺されるところだった……死因は、笑死。クフフフフ、最高だ。



 華佗は五斗米道(ゴットヴェイドォー)の最後の継承者として、鍼を使った治療を行い、大陸中を旅して病に苦しむ民を救って回っていたのである。

 さらにこの華佗、氣を扱って鍼で病魔を退治するという一風変わった施術を実行するのだった。そのおかげか、異常な氣のうねりを感じ取って李鳳を発見するに至ったのである。


 李鳳の症状は複雑骨折やら筋肉断裂やら裂傷刀傷とたくさんあったのだが、華佗曰く、一番問題となったのは長時間におよぶ氣の乱用によって生じた中毒症状だったそうだ。全身の神経が麻痺している状態と考えて差し支えない。


 かなり危険な状態で、発見があと少し遅れていたら間違いなく死んでいたというのだから、李鳳の悪運は相当強いのであろう。

 その場で応急手当と氣による治療を受けて状態が落ち着いた後は、昔世話をした老夫婦が居るという兗州のある街まで運ばれ、そこで献身的な看護を受けて無事回復することが出来たのである。

 本来ならば一生寝たきりか、少なくとも後遺症でまともには生活できないはずなのだが、平然と動いていた李鳳を華佗は驚きと好奇の目で観察し、モルモットのように治療と研究を繰り返したのだった。


 結果、明確な答えを得るコトは出来ないままで『李鳳は異常、以上』と結論付けられ研究は終了したのである。

 その後、李鳳は華佗に弟子入りして医術と氣功、それに薬学を学ぶコトを決意したのだった。


 しかし、弟子入りはすんなりとは行かなかったのだ。


 『俺様はまだ修行中だ、とても弟子など取れん』や『五斗米道の秘術を簡単に教えるわけにはいかん』と言って華佗は反対したのである。

 それに対して李鳳は『弟子を取ることも修行だ』『物事を教えるコトで初めて見えるコトがあると知れ』『秘術など教えんでいいから一般的なのを教えろ』『氣を扱える弟子など早々いないぞ』と来る日も来る日も説得を続けていたら、最後には折れて快く認めたのであった。


 それから半年、李鳳は師が認める異常性を存分に発揮し、華佗の教えを驚くような速度で吸収していったのである。



 あぁ……慣れとは、残酷なもんだな。

 あれだけ面白かった師匠の施術に飽きが来ようとは……まぁ、半年も経てば当然と言えば当然だが、今考えてるのはそれだけじゃない。


 俺は尊敬し大恩ある師匠と別れて、一人で旅をしたいと思ってしまっているんだよ。

 原因は飽きたからじゃないぞ、とてつもなく大きい理由が2つあるからだ。


 1つ目は……少し前に増えた同行者だ、変態にして化け物という2匹の筋骨隆々のオカマ野郎共だよ!

 貂蝉と卑弥呼だ!? ふざけんなよ、ボス級モンスターじゃねーかッ!!

 勝てねーし、逃げられねーし、八方塞りだよ!!!



 貂蝉と卑弥呼は『漢女道(おとめどう)』を極める為の修行中であり、ある人物を探す為に2人で旅をしていたのだが、道を究めるという同じ目的に感銘を受けた華佗が李鳳に相談も無く同行を認めてしまったのである。

 初見ではそのふざけた存在を面白おかしく思っていた李鳳だったが、言動や接してくる態度に恐怖を覚え始めてからは地獄の日々であった。

 武術の手ほどきをしてくれるので『老師』と呼ぶようにはしたが、非常識なまでの武力と人間性に戦慄が走り、思い悩み眠れぬ夜が続いたのである。



 クソったれ、甘かった! この世界でも流石に人間の域を超えた化け物はいないだろうと思っていたが……甘すぎた。孫策や黄蓋も桁違いの力を持っていたが、手段を選ばず犠牲さえ払えばいくらでも殺せるレベルだ。武に長ける奴はハメ技に弱いし、物量作戦で毒矢でも使えば力押しでも何とかなるハズだ。

 そう……思ってたんだがな。まさか……その常識が通用しない怪物が、2匹も居るとは……ククク。


 夜中に闇討ちを決行した……勿論、氣も併用した本気の暗殺を……だ。

 クックック……致命傷どころか傷一つ付けれなかった。


 次に『間違えちゃった♪』でごり押そうと、致死量の毒を混ぜた食事を出してやった。

 なのに……ペロリと平らげて、おかわりを要求しやがったんだ。

 その後『悪い子にはオシオキが必要ね♪』と言われ……それから2日間、記憶が無い……。

 何となくだが……今なら、侭の気持ちが分かる気がするよ。

 愚図で駄目な奴だとか思っててごめんな……思いは変わらないけど、青褪めてた気持ちは分かったから……。


 だからこそ、俺は一刻も早くこの集団を抜けねばと決意したんだよ。


 もう一つの要因は……師匠と俺の経営方針の不一致だ。

 師匠は貧しい民を治療しても報酬を要求しないし、どんな金持ちでもそれは同じだった。

 その方針を貫く姿は格好いいんだけど、慈善活動じゃ飯は食えない。

 空腹で倒れそうな時もあり『体調管理も出来ないなど医者失格だ』とお説教してやったが……効果は薄かった。


 だから、俺は独立して新たな経営戦略で活動することを決めた。

 勿論、師匠である華佗イズムを引き継ぐ者としては半端なことは出来ない。


 だから俺は……貧しい者からでも貰えるだけ貰い、金持ちからも絞れるだけ絞る!

 老若男女問わず平等かつ公平に搾取するつもりだ! ククク、我ながら素晴らしい方針じゃないか。

 医は仁術ではなく、医は算術なりだ。


 これから『黄巾の乱』っていう三国志序盤の一大イベントが始まるんだ。

 見逃せるワケがないだろ、クックック……。

 医者として金を稼ぎ、鍛えた間諜スキルで各勢力の情報を集めれば……見学し放題だな!


 情報を制する者こそが世界を制すんだ。笑える世界は……もう目の前だ、クハハハハハ。



 そんな事情があり華佗達と別れた李鳳は、一人で旅に出たのだった。

 当初は史実通り曹操に捕まって殺されるコトになるかもしれない華佗を助けようと思っていた李鳳だが、この世界は前世の記憶と違うし、2匹の怪物が側にいるから大丈夫、と決め付けたのだった。

 決して2人から離れたくて見捨てたわけではない。そう、決してないハズである。



 それから各地を巡り、病人の治療をしては金や物資を稼いでいったのだ。

 時には食べ物で、時には調度品などを報酬として受け取り、中には頼み事を聞いてもらうだけで済ませた者達もいた。

 李鳳は『タダで助けると人間ダメになっちゃうから』をモットーにしていたのだった。


 あまり歴史に詳しくない李鳳は、この時代から武具や衣服が優れているコトに素直に感心していたのである。

 報酬代わりに特注の武器と服を作らせたコトもあった。

 今着ているのがまさにそうである。

 本人は特殊部隊が着用しているような迷彩服を作らせたかったのだが、説明が悪かったのだろう……出来上がったのは、ただの濃い緑と茶色の歪な柄をしたセンスが良いとは言えない服だった。防寒具として黒のマントも作ってもらった。


 また、武器は暗器の類いを中心に作らせた。

 習った武術も生かす為に、イメージしたのはアサシンである。

 この世界にはまだ無いコンセプトの物もあり、またまた説明が悪かったのもあり完成度はあまり高くないが、李鳳本人はなかなか気に入っている様子だったという。



 治療と報酬に関してだが、普通の村や街の住人とは大きな問題も起こらなかった。

 しかし、相手がそれなりの役人ともなるとトラブルの連続だったのである。

 華佗と一緒だった頃は何も要求しなかったので心付けだけを受け取っていたが、正当な請求に難癖つくる輩が多かったのだ。


 中には治療したのにも関わらず金を払わず、口封じとして殺そうとしてくる者もいた。

 何度かそういう痛い目を見て、自分なりに学習した李鳳は新たな試みを始めたのだった。

 それは、治療をわざと長期化させてしまうというものと、麻薬などで中毒にしてしまうものである。

 霊薬と称して中毒性のある植物も調合した物を信用出来ない役人には売りつけるようにしたのだ。

 一時的には元気になる効能も確かにあり、毒としては遅効性で長期間摂取して初めて効いてくるので、飲んだ後は元気になったように錯覚するが、時間が経過すると徐々に反動で弱ってくるのである。

 霊薬というだけあって、材料は全て高価な物ばかりと言ってあり、1度に作成できる数も少なく時間もかかるという設定にしたので迂闊に李鳳に手を出せなくなり、儲けも増え、身の安全も確保されたのだった。


 それでも襲って来る本当に危ない奴もいたが、そういう連中からは逃げて二度と近寄らないようにしていたのである。


挿絵(By みてみん)


 いやぁ、金払いの良いカモは好感が持てるよ。だからカモっていうのかもしれないね……顔色も、青白くて素敵じゃないか。

 不健康そのものだね。さては不摂生が祟ったのかな? クックック……。

 懐も暖かくなったし、世話になった兗州の老夫婦を訪ねようかねェ。

 ……天の御使いってのにも、興味あるしね……クヒヒヒヒ。



最後まで読んでくれて、ありがとうございます。

感想やご指摘がありましたら、宜しくお願いします。


13/02/24:挿絵追加

李鳳の設定画を追加しました。

絵師の『はぶー』様に多大な感謝を。

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