15話
一刀ファンの方は読まない方が良いです。
――陳留――
城壁の上から許緒が手を振って、夏候淵の出発を見送っていた。
そんな許緒を励まそうと思った一刀がそっと近寄ったのである。
【北郷】
優しいお兄さんモード全開で慰めるつもりだったけど、季衣は思ってたよりもずっと元気に秋蘭を見送っていた。しかも、鼻歌まで鼻ずさんで……可愛い。
ご機嫌な様子の許緒に一刀が声をかける。
「いい歌だね。季衣が元気そうで安心したよ」
「あっ、兄ちゃん。前に街に来てた旅芸人のお姉ちゃんが歌っての聞いて気に入ちゃったんだ」
「そうなんだ……良かったら、もう一度聞かせてくれないかな?」
「うん、いいよー」
季衣はいい子だ。
小さくて可愛くて……素直で可愛いのに、とっても強くて……そして可愛いんだ。
今も俺のために……俺だけのために、歌ってくれている。
ああ……お持ち帰りして頭なでなでして、ほっぺたプニプニしてみたいなぁ。
妹属性なんて……最高じゃないか! おっ、歌が終わったな。
パチパチパチパチパチと拍手喝采する一刀。
「ありがとう。季衣は歌上手だね」
「えっ!? えへへー、そうかな?」
うーん……照れてる季衣もラブリーだな。
こんな素敵な季衣を見られるなんて、この歌を歌ってたっていう旅芸人に感謝しなくちゃな。せっかくだし、ラーメンの1杯でも奢ってやろうじゃないか。
はにかむ許緒を見て、一刀はさらに陽気になって訊ねた。
「うん、感動しちゃったよ。その旅芸人さんは今もこの街に?」
「ううん。ボクも探したんだけど、もう街を出ちゃったみたいなんだ。確か……張角さんって言ったはずなんだけど」
残念……滞在していれば奢ってあげたのに、張角さん、貴女はラーメン1杯損したよ。
それにしても張角か……えっ!?
「……張角? 季衣、その人の名前張角って言うの?」
「え? うん、そうだよ。それがどうかした?」
「……黄巾党の首魁の名前も張角だよな?」
「あっ!?」
キターーーー!!
正体不明、黄巾党の謎の首魁。
天の国の歴史とは微妙に異なるから不確かな情報はいらない、とシャットアウトさえてた俺がついに……ついに華琳の役に立てる時がきたんだ!
ヤバい、超誉められるかもしれないぞ……。
ご褒美に頭撫でさせてもらえるかもしれん……うぉぉぉぉぉ、よし、報告だ!!
ガッツポーズをして許緒の居たハズの場所に視線を戻す一刀。
「季衣、今すぐ華琳に……あれ? 季衣?」
目の前に居たはずの季衣がいない……。
どこに行ったんだ!?
……うん? 城の方に駆けていく小さな女の子姿が……えぇっ!?
「兄ちゃーん、ボク華琳さまに報告してくるねー」
元気良く声を上げると、あっという間に城内へ入ってしまった許緒。
ガックリ肩を落とす一刀。
ぐぁぁぁぁぁぁぁ……お、俺の手柄が……ご褒美が……。
くっ……季衣、あんなに可愛いのに……なんて恐ろしい子!
無邪気に無自覚に俺の功績を潰してくれた…………でも、可愛いから許そう。
うーん、出来れば「兄ちゃんのおかげで気付いたんだ」って報告してくれないかな……?
……よし、ちょっとセコイけど、後で俺から付け足しておこう!
あっさり復活し、許緒の後を追う一刀。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その日の晩遅くに、夏候淵たちが討伐から帰ってきたのである。
いつもなら報告は翌朝に回す時間だったのだが、今夜ばかりは主要なメンバーが集められて、すぐに報告会が開かれたのだ。
曹操が皆に意見を求めていた。
「……間違いないのね?」
「確かに今日行った村でも、三人組の女の旅芸人が立ち寄っていたという情報がありました。恐らく、季衣の見た張角と同一人物でしょう」
「はい、ボクが見た旅芸人さんも女の子の三人組でした」
「季衣の報告を受けて、黄巾の蜂起があった陳留周辺のいくつかの村にも調査の兵を向かわせましたが……大半の村で同様の目撃例がありました」
「その旅芸人の張角という娘が、黄巾党の首魁の張角ということで間違いはないようね」
皆の話を聞いて、曹操は納得したように頷いた。
一刀も同様に頷いていたが、少し表情は冴えなかったのである。
これで張角の正体は判明か……それにしても、黄巾の乱の首謀者が旅芸人で、しかも女の子とはね……。
まぁ、曹操や夏侯惇が女の子だった段階で、予想してしかるべきであったんだろうけど……。それにしても……せっかくの俺のアピール作戦は失敗に終わった。何とか挽回しなくては……。
納得顔で頷いていた曹操だが、本音を呟く。
「正体判明は前進ではあるけれど……可能ならば、張角の目的が知りたいわね」
目的か、目的ねぇ…………ん?
歌を歌う旅芸人ってことは……ひょっとして……。
一刀は思いついた可能性を口にした。
「なぁ。歌い手っていうなら、本人はただ楽しく歌ってるだけで、まわりが暴走してるだけ、とかだったりして?」
何かの拍子に「わたし、大陸が欲しいのー」とか何とか言っちゃって、熱狂的ファンがその為に暴れだした……とか。有り得ない話じゃないと思うんだよな。
一刀の意見を聞いた荀彧と曹操が声を上げる。
「何? それ」
「だとしたら余計タチが悪いわ。大陸制覇の野望でも持ってくれていた方が、遠慮なく叩き潰せるのだけれど」
「叩き潰すこと前提かよ……!?」
流石は華琳……まさに女王様じゃないか。
桂花じゃないけど、なんかゾクゾクしちゃうな……。
一刀の愉悦を無視して、曹操は話を進める。
「夕方、都から軍令が届いたのよ。早急に黄巾の賊徒を平定せよ、とね」
「……今頃かよ?」
「ええ、今頃よ」
いくらなんでも、これだけ大騒ぎになった後に出すような命令じゃないだろ。
反応が鈍いってレベルじゃないぞ……終わってるな。
対応の遅さに呆れる一刀だったが、ある意味では納得していたのである。
「それが今の朝廷の実力、って事か……」
「よく分かっているじゃない。まぁ、これで大手を振って大規模な戦力も動かせるわけだけれど……」
そういえば、今までの討伐は秋蘭や季衣たちだけに任せた中規模な部隊がせいぜいだったっけ……。
人手が足りないだけだとばかり思ってたけど……あれは華琳なりに気を使った編成でもあったわけか。でも……へへへ、ちょっと誉められちゃったよ。
再び一刀が愉悦に浸っていると、夏候惇が飛び込んで来たのだった。
「華琳さまっ!」
「どうしたの、春蘭。兵の準備は終わった?」
「いえ、それが……また件の黄巾の連中が現れたと。それも、今までにない規模だそうです」
「……そう、一歩遅かったということね」
顔を顰める曹操。
後手に回らされたのが悔しいだろうな……。
でもそんな華琳も……いや、今は止そう……激しく身の危険を感じる。
一刀の予感が当たっていた。
曹操は今非情に機嫌が悪くなっていたのである。
ため息と共に曹操は夏候惇に声をかけたのだった。
「……ふぅ。春蘭、兵の準備は終わっているの?」
「申し訳ありません。最後の物資搬入が、明日の払暁になるそうで……既に兵士に休息をとらせています」
「間が悪かったわね……恐らく連中は、いくつかの暴徒が集まっているのでしょう。今までのようにはいかないわよ」
「えっ、ただ集まってるだけじゃないのか?」
一刀はふと疑問に思ったコトを口にした。
これまでだって、ある程度の集団で活動してたはずだけど、何か違いがあるのか?
春蘭が大剣かかげただけで逃げ惑うような連中じゃなかったっけ……?
荀彧は可哀相なモノを見る目付きで一刀を見て口を開く。
「人が集まるという事は、集まろうとする意志が、集めようとする意志が働いていると見るべきよ。集団同士が合流するなら……なおさらね」
「……はぁ?」
桂花から哲学か禅問答のような返答がきた……。
軍師ってのは皆こんな物言いするのかな?
噛み砕いて分かりやすく話してくれることを要求するぞ!!
一刀の頭上にクエスチョンマークが浮かぶと、夏候淵が説明を受け継いだのだった。
「一つ二つの集団が集まったならただの偶然だろう。だが、それが数十の集団が集まった軍団となれば……それはもはや偶然ではないということだ」
「集めた奴……指揮官がいる、という事か?」
「そうだ。仮にいなかったとしても……それだけの能力を持つ奴は、集団に一人二人はいるものだ。そいつが必ず指揮官に祭り上げられる」
「秋蘭の言う通り。万全の状態で当たりたくはあるけれど……時間もないわね。さて、どうするか……」
夏候淵の意見を支持し、最後に曹操が皆に投げかける。
確かにそれだけの大群を相手にするなら万全を期したいところだろうけど、悠長な時間がないのも事実だよな……ってか、秋蘭には桂花の言ってる事が理解出来るんだな……。
お、俺は……く、くやしくなんかないぞ。
「華琳さま!」
そんな中、手を上げたのは今まで黙っていた許緒であった。
曹操は黙って許緒を見た。
「…………」
「華琳さま。ボクが行きます!」
「……季衣! お前はしばらく休んでおけと言っただろう」
「だって! 華琳さまはおっしゃいましたよね! 無理すべき時は、ボクに無理してもらうって! それに百人の民も見捨てないって!」
夏候惇が許緒の身を心配して強い口調で責めるが、今回の許緒は一歩も引き下がらないのである。
曹操は黙って考えていた。
「…………」
「華琳さま!」
「……そうね、その通りだわ」
「華琳さま……」
許緒を見て不敵に笑う曹操、そして夏候惇に訊ねるのだった。
「春蘭、すぐに出せる部隊はある?」
「は。当直の隊を、最終確認をさせている隊はまだ残っているはずですが……」
「季衣。それらを率いて、先発隊としてすぐに出発なさい」
「はいっ!」
曹操の命令に元気良く応える許緒。
しかし、曹操の命令は終わりではなかったのだ。
「それから……補佐として、秋蘭を付けるわ」
「え……!? 秋蘭さま、が……?」
「秋蘭にはここ数日無理をさせているから、指揮官は任せたくないの。やれるわね? 季衣」
曹操は真剣な顔付で許緒に問いかける。
「あ……は、はい……。秋蘭さま、よろしくお願いします」
「うむ。よろしく頼むぞ、季衣」
「へへ……。なんか、くすぐったいです」
夏候淵の挨拶に対して、はにかんで笑う許緒。
ああ、季衣の笑顔は癒されるなぁ……俺の心のオアシスだよ。
なんか俺って……また空気みたいになってないか……?
一刀が存在意義に疑問を感じ始めていたが、曹操の先発隊への命令は続いていたのだ。
「ただし撤退の判断は秋蘭に任せるから、季衣はそれには必ず従うように。すぐに本隊も追い付くわ」
「御意」
「分かりました!」
敬礼する夏候淵と許緒。
続いて後発隊への指示を出す曹操。
「桂花は後発部隊の再編成を。明日の朝来る荷物は待っていられないわ。春蘭は今すぐ取りに行って、払暁までには出立できるようになさい!」
「「御意!」」
「今回の本隊は私が率います。以上、解散!」
敬礼する夏候惇と荀彧。
最後に曹操が締めて軍議は終了したのである。
……終わった……複数の意味で。
結局、今日の会議で俺は疑問か思ったことしか言ってない……。
何の役にも立ってないのって……俺だけじゃん!?
い……いや、まだだ……まだ俺に出来ることがきっとある……!
一刀の想いは空しく、他の者達は慌ただしくその場から姿を消していったのだった。
あれ……!? えーっと……。
呆然としていた一刀に曹操が声をかけた。
「どうしたの?」
「俺は何も言われなかったから……どうしたらいいのかな、と」
「寝ておけば?」
……へ?
キョトンとする一刀。
一瞬何を言われているのか分からなかったが、理解すると聞き返さずにはいられなかった。
「……いいの?」
「良いも何も、する事がないなら、体を休めておきなさい。私も一眠りするわ」
「そ、そんなもんなのか……」
至極あっさりと宣言されて唖然とする一刀。
しかし一刀はこの件を無駄に深く考え始めたのである。
みんな夜を徹しての仕事になるだろうに、手伝わなくていいのかな?
俺も役に立ちたいんだけど……はっ!? ま、まさか……いや、華琳がそこのことを知ってるはずないんだけどな……。
考え事をして聞いていないとは知らずに、曹操は話を続けるのだった。
「他の皆は夜を徹して作業することになるわ。恐らく馬上で休むことになるから、その間、事態に即応できる人間が必要になる」
うーん、でも華琳は全てにおいて完璧とも言える超人だもんな……自分で気付いたとしても不思議じゃない。
そう、『押すな押すな』が『押せ』であるという、芸人の不文律を。
「もちろん指揮を執るのは私だけれど、私の注意が及ばないところは、一刀に補ってもらうからそのつもりでいてね」
華琳はきっと今回の首魁が旅芸人であると分かった為に、それに正面から挑もうとしているんだ……。
プライドの高い華琳のことだ……間違いない! すごいよ、すごいよ、華琳!
ボケッとしている一刀に苛立つ曹操。
「ちょっと? 聞いているのかしら、一刀」
あっ……聞いてなかった……。
で……でも、寝ろって言われたことはちゃんと覚えてるぞ。
慌てて返答する一刀。
「も、勿論だよ。ちゃんと寝て、明日に備えるから期待しててよ!」
「そう? それじゃ、私も少し眠るわ」
「ああ、分かった。おやすみ、華琳」
「ええ、おやすみなさい」
挨拶を交わして寝室に向かう曹操を見送って、一刀は決意を新たにするのだった。
よーし、絶対に華琳の期待に応えてみせるぞ!
絶対誉められて俺のこと見直すだろうな……うぉぉぉ、興奮してきた!
やってやる、やってやるぞ……!!
翌朝。
一刀は想像を違うリアクションを曹操から受けたのだった。
あれ? おっかしーな……。
一睡もせずにウキウキして華琳の元を訪れたら「もし行軍中に一度でも馬上で居眠りやアクビでもしようものなら首を刎ねるわ」って鎌を片手に激しい剣幕で怒鳴られたぞ……。
うーん……ちょっと思ってたのと違う反応に戸惑ったけど、まだこのノリは継続中でいいんだよな……?
よし、門出た辺りで即寝た方が華琳もツッコミ易いよな?
それにしても……徹夜明けに、馬で行軍かぁ……これは厳しいぞ、俺のお尻が……。
読んでくれてありがとうございます。