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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
黄巾の乱
14/132

14話

いよいよ原作の主人公が登場しますが

かなり脚色されていますので、苦手な方は読まないで下さい。

――呉――


 李一家が壊滅してから1年と半年が経過した。


 孫呉は今大きな問題を抱えていた。

 いや、それは孫呉だけではなかったのである。

 黄色い布を巻いた暴徒が大陸のあちこちで暴れまわるという事件が相次いでいるのだ。

 被害は拡大の一途で、次第に集団を形成し始めた彼らはその特徴から黄巾党と呼ばれた。



 呉の城内にある文官用の執務室では、周瑜が報告にきた兵士に指示を飛ばしていた。


「この間鎮圧したばかりだというのに……今度はどこ?」

「はっ。いくつかの集団が北西の地に向かったと報告がありました」

「そう……なら、何人か間者を放ちなさい。黄蓋殿にはいつでも軍を動かせるように準備させてちょうだい」

「はっ!」


 すっかり孫呉の筆頭軍師となった周瑜は、難しい顔付きでその他の報告書に目を通すのであった。

 すると、そこに一人の女性が近づいて来たのである。


「ただいま、冥琳。今戻ったわ」

「あら、早かったのね。それで、袁術は何と言ってきたのだ?」


 現れたのは孫策だった。

 彼女たちは今、袁術の客将となっている。


 袁術とは『四世三公』を排出した名門袁家の出身で、司空であった袁逢の娘であり、河南を治めてはいる。しかし、まだ幼い袁術は名家の生まれであった為に、昔から我が侭てんこ盛りが黙認状態で育てられたのである。

 そのせいで領地を得てからも自分勝手にやりたい放題、稀に見る暗君であったが、私腹を肥やしたい役人にとってみれば、これほど都合良い太守は居ないだろう。どんなに不正を働いたとしても、袁術に『はちみつ水』さえ貢いでおけば確認などせずに放置なのである。

 蜂蜜は希少でそれなりに値は張るのだが、それによって得られる利益は役人たちを満足させるのに十分だったのだ。一握りの正義感溢れる者が進言することもあったのだが、袁術に聞き入れられることはなかった。


 以前、李鳳が話していた洗脳教育の一種が袁術にも施されていると考えて良いだろう。直接的なものではないが、自分では何も考えさせずに、あたかも自分で考えたかのようにその方向に誘導するのだ。

 ある意味では袁術も被害者なのかもしれないが、民にとってはそんな事なんか知ったことじゃない。重税を課すだけで何の施しもせず賊退治も全て食客任せな無能な君主や役人などが行う政に日々不満を積もらせていったのだった。



 孫策は先程の袁術とのやりとりを思い出してイライラしながら説明する。


「朝廷から『黄巾賊を平定せよ』って指示が出たらしいのよ。それで、私達に全部押し付けてきたってワケよ」

「ふふっ、それでピリピリしていたのね」

「あの小猿、何度首刎ねてやろうかと……」


 毎回毎回、難題を押し付けてくる袁術に孫策の堪忍袋の緒は限界だったのである。

 今回も数千の兵を率いて、数万の賊徒を早急に討伐してこい、そう言ってきたのだ。

 確かに孫策の軍は精強で2倍くらいの人数差ならひっくり返せるだろうが、流石に10倍ともなると話は別だ。

 何とか辛抱して交渉した結果、自分たちが有利になる条件をいくつか引き出せたが、腹の虫はおさまっていなかった。


 そんな孫策に周瑜は冷静に語りかける。


「気持ちは分かるけれど、今はまだ我慢の時よ」

「分かってるわ。蓮華が軟禁されてるんだもの……迂闊な判断はしないわよ」

「……そろそろ、1年になるのね」

「……ええ。あの時は為す術も無かったけど、母様の想い、孫呉の宿願、必ず果たしてみせるわ!」


 孫策、周瑜、黄蓋は今や李鳳のことは覚えていなかったのである。

 1年半も経つのだから仕方ない……のではなく、衝撃的な出会いの割とすぐ後に忘れさられたのだった。

 決して印象が薄かったワケではない。

 脱走後、即死体が見つかったというワケでもない。

 一応捜索隊は出していたのだが、すぐに中止したのだ。

 それは彼女たちにとって、忘れることの出来ない衝撃事件が起こったからだった。


 それは、孫堅の死である。


 袁術が南陽に進出してきてから、領地が隣り合う荊州牧である劉表と小競り合いを起こすようになった。その袁術が孫堅に命じて劉表の攻略を計画していたのが、劉表の配下である黄祖の罠に嵌り命を落としたのだった。


 孫策は自分の無力さを嘆き、そして誓ったのだ。母の悲願を必ず成就させると。

 しかし、母の死に動揺していた隙を付かれ、朝廷に強力な繋がりを持つ袁術が亡き孫堅に代わって太守として領地を統治することが認められたのだ。正式な認可を受けてしまった以上、孫策らには手の出しようが無く、仕方なく客将として仕えることになったのだった。



 猛る孫策に便乗して、周瑜も熱く語り始める。


「今回の朝廷に対する黄巾賊の反乱でも分かるように、漢王朝の衰退は誰の目にも明らかよ。この反乱は鎮圧出来ても、もはや権威は失墜し、群雄が割拠する時代に突入するわね。その時こそ、独立して孫呉の力を思い知らせてやりましょう」

「まずは目先の黄巾賊からね。手柄は袁術に横取りされるでしょうけど、日頃の鬱憤を解消する為にも派手に暴れて少しでも名を売っておきましょうか。江東の虎の娘、ここにあり! ってね」

「ふふ、それは構わないけど……規律は守ってちょうだいね」

「分かってるって。冥琳は心配性なんだから」

「……はぁ。貴女がそれを言うの……?」


 どこまでも自由人な孫策に、ため息をつき呆れる周瑜であった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




――陳留――


 ここ陳留は兗州牧(えんしゅうぼく)である曹操が居城として治めている土地であり、他の地域に比べては少ないものの州内の村々から黄巾党の被害報告がすでに数件出ており、曹操やその臣下たちはその鎮圧に日夜忙しく働いていた。


 城内の一室にて、6人の男女が会議を行っていた。

 男女と言っても、男性は1名だけであとは皆女性である。


 城主の曹操は、真名を華琳(かりん)と言った。

 武芸に長け政にも秀でている文武両道の才女であり、小柄だが覇王として風格を見せていたのである。才ある者を好むが、同様に美しい者にも目がなく気に入った女性なら自分の配下に加えようとする気質の持ち主であった。所謂レズビアンなのだ。


 その寵愛を受けている代表格が夏侯姉妹である。

 姉の夏侯惇は真名を春蘭(しゅんらん)と言い、曹操を敬愛しており武芸の腕は曹魏で随一で部下の面倒見も良い。しかし、粗忽で短絡的な性格ゆえに暴走することも少なくなかった。特に曹操に関係することであれば誰彼構わず噛み付く猪武者ぶりだったのである。


 対照的に妹の夏侯淵は真名を秋蘭(しゅうらん)と言い、姉と同じく曹操を敬愛しているが、冷静沈着で物分りがよく周囲からの信頼の厚い武将である。暴走しがちな姉の手綱を引き、陰から支えている苦労人でもあった。


 軍師の荀彧(じゅんいく)は真名を桂花(けいふぁ)と言う。

 彼女の知略はあの諸葛亮に匹敵すると言われ、曹操に絶対の忠誠を誓い身も心も捧げている。マゾの性癖を持っているが、大の男嫌いなのである。


 最後の女性は許緒(きょちょ)、真名は季衣(きい)と言う。

 数ヶ月の盗賊退治の際に曹操の元に志願してきた少女で、巨大な鉄球を振り回す怪力の持ち主である。上官である夏侯惇を特に慕っている。


 そして、唯一の男の名は北郷一刀と言った。

 驚くべきことに彼はこの世界の人間ではなかったのである。約1800年先の未来で学生だった彼は、気付いたらこの世界に飛ばされていたのだ。曹操に拾われ、見慣れない素材や作りの衣服や言葉使いの違いから『天の御遣い』として側に置かれている。その未来の知識で政に懸案したり、街の警備に従事しているのだ。




【北郷】


 俺の記憶にある通り、この世界でも黄巾党があちこちで暴れ始めた。

 でも、この世界は俺の知ってる三国志とはだいぶ違ってるんだよな……だって、知ってる武将が皆女なんだもん……。

 それも美少女ばっか……特に、華琳や季衣は可愛い!

 今は黄巾党に関するこれまでの情報を整理しているところだ。



 名門の家柄である荀彧は諸侯や中央とのツテで得た情報を話す。


「華琳さま、一団の首魁の名は張角というらしいですが…………正体は全くの不明だそうです」

「正体不明?」


 曹操が疑問の声を上げる。

 同じように小柄な2人であったが、実は曹操と違って荀彧は徹底して一刀を蔑んでいたのである。

 先の進軍の折にも一度口論になり、一刀はボロクソに言われたのだった。

 真名を許したのも曹操に強要されたからであり、本意では無かったのだ。

 この軍議が始まってからも、目が合おうものなら激しく睨まれるのであった。


 くっそー、桂花め。そんなに睨まれると……怖いじゃんか。

 男嫌いって言うのは聞いたけど、ここに男は俺しかいない。

 つまり……必然的に俺が嫌われ、何かと厭味を言われることも多いんだよ。

 見た目は可愛いんだけどね……。


 内心で愚痴る一刀を他所に、曹操の疑問に夏候淵が答えていた。


「捕らえた賊を尋問しても、誰一人として話さなかったとか」

「……ふむ。剣を上げれば逃げ回るクセに、そこだけは口を割らぬのか。何やら気味が悪いな」


 妹の発言を聞いて、姉である夏候惇も口を開いた。

 この姉妹も一刀に対しての反応は対照的であった。

 妹の夏候淵は比較的優しく接するのに対して、姉の夏候惇は暴力的に接するのである。

 何かある度に大剣で斬り殺そうとしてくる夏候惇のコトに、一刀は本気でビビッており、この世界に飛ばされてから出会った人物の中で一番苦手としていたのだった。


「何にせよ、まずは情報収集ね。その張角という輩の正体も確かめないと――」


 場に何とも言えない空気が漂ったその時、慌てた様子で入ってきたのは一人の兵士だった。


「会議中失礼いたします!」

「何事だ?」


 夏候惇が大声で問う。

 兵士は敬礼して報告を始めた。


「はっ! 南西の村で、新たな暴徒が発生したと報告がありました! また黄色い布です!」


 一同から『またか』という心の声が聞こえるようであった。


 噂をすれば何とやら……ってやつかな。

 歴史の書物で知るのと、実際に体験するんじゃ大違いだよ……こんなに頻繁に乱が起きてちゃ身が持たないぞ……?

 それに殺し合いはなぁ……正直、足が竦んじゃうんだよなぁ。


 一刀が鬱に浸っていると、曹操が口を開いた。


「休む暇もないわね……さて、情報源がさっそく現れてくれたワケだけれど。今度は誰が行ってくれるのかしら?」

「はいっ! ボクが行きます!」

「季衣ね…………」


 勢いよく手を上げた緒許に、曹操はそれ以上の言葉を続けなかった。

 いつもなら即断即決する曹操にしては、珍しいコトである。

 沈黙する曹操の代わりに、夏候惇が声を上げた。


「……季衣。お前は最近働き過ぎだぞ。ここしばらくろくに休んでおらんだろう」

「だって春蘭さま! せっかくボクの村みたいに、困ってる村をたくさん助けられるようになったんですよ……!」

「華琳さま。この件、わたしが」

「どうしてですか、春蘭さまっ! ボク、全然疲れてなんかないのに……!」


 許緒は激しく反論したのであった。

 許緒のコトを特に可愛がっている夏候惇だからこそ、心配も人一倍なのである。

 実際、最近の許緒は働き過ぎの帰来があったのだ。


 夏候惇の進言も加味して曹操は決定事項を告げる。


「そうね。今回の出撃、季衣は外しましょう。確かに最近の季衣の出動回数は多過ぎるわ」

「華琳さまっ!」

「季衣。あなたのその心はとても貴いものだけれど……無茶を頼んで体を壊しては元も子もないわよ」

「む、無茶なんかじゃ……ないです」


 曹操の正論に尻すぼみに声が小さくなる許緒であったが、折れようとはしなかったのだ。


 過去の経験から困っている村人に対する季衣の想いは人一倍だな、華琳相手でも引き下がろうとしないなんて……。

 俺なら強い口調でこられただけで撃沈だと思う……。

 季衣は心も強くて……ホント、可愛いなぁ。


 一刀の思考は暴走していたが、軍議の場は正常に進められていたのだ。

 曹操の正論は続いたのである。


「いいえ、無茶よ」

「で……でも、みんな困ってるのに……」

「そうね。その一つの無茶で、季衣の目の前にいる百の民は救えるかもしれない。けれどそれは、その先救えるはずの何万という民を見殺しにする事に繋がることもある。……分かるかしら?」


 諭すように語る曹操。

 しかし許緒は弾けたように叫んだ。


「だったらその百の民は見殺しにするんですか!」

「するわけ無いでしょう!」

「っ!?」


 曹操の強いひと声は、許緒だけじゃなく場に居合わせた皆が思わず身を縮ませるほどであった。

 少し涙目の許緒に夏候惇は優しく声をかけた。


「季衣。お前が休んでいる時は、わたしが代わりにその百の民を救ってやる。だから……今は休め」


 それを聞いて一刀は遣る瀬無い思いをしていたのである。


 やっぱり春蘭は季衣に優しいなぁ……俺に対する態度とは、全然違うな……。

 その優しさの数%でいいから、俺に向けてくれないかなぁ……?


 一刀の願いは届かぬまま、夏候惇は許緒を見詰めていた。

 その許緒は唸り声を上げている。


「ううー……」

「今日の百人も助けるし、明日の万人も助けてみせるわ。その為に必要と判断すれば、無茶でも何でも遠慮無く使ってあげる。……けれど今はまだ、その時ではないの」

「…………」


 春蘭の言葉にも、華琳の言葉にも、季衣は下を向いたままだ。

 季衣の気持ちも分かるけど……それ以上に、俺としては2人の気持ちが分かりすぎた。

 華琳は自分にも他人にも厳しい君主だけど、臣下に必要以上の無理はさせない優しさもある。女の子でも曹操なんだなって感心するけど、それだけじゃなくて凛々しいし……可愛いんだよな。


 一刀の想いなど届かぬまま、曹操は荀彧に命令を下した。


「桂花。編成を決めなさい」

「御意。では秋蘭。今回の件、あなたが行ってちょうだい」

「なにっ!? この流れだと、どう考えても私だろう! どうして秋蘭が出てくる!?」


 夏候惇が抗議の声を上げた。

 しかし荀彧によって一蹴されたのである。


「今回の出動は、戦闘よりも情報収集が大切になってくると、華琳さまもおっしゃったでしょう。出来る? あなたに」

「ぐ……ッ!」


 春蘭には悪いけど、これは秋蘭が適任だな……でも、桂花ももう少し言い方ってものが……はぁ、犬猿の仲だし仕方ないのかな……俺に火の粉が飛んできませんよーに……。


 一刀の願いは辛うじて届き、火の粉が飛んでくるコトは無かった。

 場の落ち着きを見計らって、曹操が口を開く。


「決まりね。秋蘭。くれぐれも情報収集は入念にしなさい」

「は。ではすぐに兵を集め、出立致します」

「秋蘭さま!」


 出て行こうとする夏候淵を呼び止める許緒。


「どうした。何と言われても連れては行かんぞ。私とて気持ちは華琳さまや姉者と同じだ」

「そうじゃなくって……。あの……えっと……ボクの分まで、よろしくおねがいします!」

「ふ……うむ。お主の想い、しかと受け取った。任せておけ」


 こうして会議は終了し、解散となったのである。

 一刀に火の粉が飛んでくるコトは確かに無かったが、ずっと空気だったコトに気付いてしまったのだった。


 さ……さ~て、気を取り直して季衣の様子を見てこようかな。

 落ち込んでないか心配だし、優しいお兄さんっぷりを見せて好感度アップさせなきゃな。

 そしたら華琳の耳にも入って――よし、頑張るぞ!





最後まで読んでくれてありがとうございます。

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