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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
独立する愚連隊
131/132

131話 一刀、狐と狸の狭間で夢を見る

 ちょっと予想外の連続で、頭の理解が追い付いていない俺です。とりあえず判ったのは、天子様という言葉を聞く度に、ビクビク反応する凪はめちゃくちゃ可愛い……いやいや、可哀そうだったと言う事かな。風め、酷い奴だけど、ここはグッジョブと言っておこう。


 呼び寄せた兵士はざっと見ても二十人はいる。親睦を深めるための外交だと思っていたけど、ちょっと怪しい雰囲気になってきたな。と言うか、落ち着かない上に圧迫感が凄くてかなり息苦しいぞ。しかも皆が皆、腰の剣に手をかざして、いつでも抜けるよう構えている。いわゆる臨戦態勢ってやつだ。


 凪が何かを言おうとしたけど、風はそれを手で制した。凪は優しいから、おかめさん改め李典さんの身を案じたのかもしれない。当の李典さんはあんまり気にした様子もなく、お酒に夢中だね。白狐さんは仮面に隠れて顔色は窺えないか。ちなみに俺と陳登は完全に空気だ。いや、もはや風景の一部と言っても過言じゃないかも。そんな俺に今出来る事、それは緊張と重圧で渇く喉をお茶で潤す事ぐらいかな。ここの法律じゃ誰でも飲酒できるみたいだけど、現代日本の感性が強く残る俺は何となく自粛している。白狐さんの言う様に酒で失敗はしたくないしね。


 ただ言うことを聞かせるのに力尽くっていうのはあんまり好きじゃないんだよね。まあ好きじゃないけど、ここじゃ簡単に人が死ぬ。甘っちょろい考えは味方も殺すって華琳に注意されたし……李典さんには本当に申し訳ないけど、魏のためだから仕方ない。ここは俺も心を鬼にして、天の御使いに恥じないアドバイザーとして面目躍如するぞ。そして汚名を返上して凪を振り向かせてみせる。燃えてきたぜ!





 なんて思っていた時期が俺にもありました。


 あれからどれくらいの時間が経過したかな……俺は未だに一言たりとも喋っちゃいない。ぽっちゃり商人が準備してくれた菓子と料理をつまみながら、お茶をおかわりするだけの簡単なお仕事が続いている。李典さんは肝が据わっているのか、兵に囲まれても終始上機嫌だね。無邪気に笑って何杯もおかわりしているんだもん。たまに潤んだ瞳で俺を見つめてくるんだけど、これって……まさかね?


 風は李典さんの事をあまり気にしていない様に見える。まあ李典さんもお酒に夢中なんだけどね。会話が再開されてからも風は白狐さんとしか話していない。いつもは口数が少ないけど、今日はやけに饒舌だな。外交の使者なんだから、当たり前と言えば当たり前か。ちょっと雰囲気が違うのは気になるんだけどね。圧迫外交を受ける側の白狐さんには同情するけど、これも魏のため華琳のため、そして俺と凪のためだから、諦めて素直に首を縦に振って欲しい。


「というわけで、城攻めに用いる新兵器は一ヶ月以内に納品して欲しいのですよ」

「……急ぐ理由は徐州城攻略のため、でしょうか?」

「いえいえ、一日でも早く天下を統一して天子様と民が安心して暮らせるようにしたいがためなのですよ」

「なるほど。目先の小利ではなく、大業成就のためですか。とは言え、急いては事を仕損じると申します」

「なんのなんの、善は急げ、なのですよ」

「……こちらとしましてもまずは開発品を試作し、実用に耐え得るかを試験してからとなりますので、一ヶ月で揃えろという注文にはとても応える事が出来ません」


 ふてぶてしいと言うか何と言うか。兵士の援護があるせいか、風はいつも以上に強気だ。俺でも分かるくらい無茶苦茶な要求をしている。新しい兵器の開発ってだけでも激ムズなのに、納期が一ヶ月なんて無茶を通り越して無理難題だろ。だから白狐さんの言い分には一理ある。


「こう言うのはどうでしょう。まずは試作品を一ヶ月でお納めします。お試し頂きお気に召せば量産体制に移行し、三ヶ月で所望の数を揃えて見せましょう。どうしてもと言う事であれば、1ヶ月毎に分納する事も対応可能です」

「……」


 いいね。風は何か考えているみたいだけど、俺なら即OK出したいプランだな。開発から納品まで四ヶ月ってかなり早い方だと思う。仮に俺みたいに良いアイデアをたくさん持っていても、それを形にするまでが難しいんだよね。実際問題として魏にいる開発者じゃ完成の目途すら立たないのが現状だ。たくさんの失敗を積み重ねて、試行錯誤の上にようやく完成する感じなのかな。もしかしたら年単位の時間がかかるような事なのかもしれないけど、その辺がどうも分からない。ってか、李典さんずっと俺を見てるな。目がトロンとしているし、これってやっぱりそうだよな?


「また水上戦における新兵器あるいは新造船に関しましては草案を作成し、こちらは半年を目途に開発していく所存でございます。もし開発途中の進捗確認をご希望であれば二ヶ月毎に許都へ使いを出しますが、いかがでしょうか。もちろんご要望がありましたら検討させて頂きますが、その場合は納期と予算の見直しについて都度ご相談させて下さい」


 おお、これこれ。待ってました。むしろ願ったり叶ったりだ。攻城兵器は徐州攻めで有効だけど、それがないと攻略できないってわけじゃないんだよ。だけど水上戦の対策だけは絶対に要る。大敗が確定している赤壁の戦いをどうにかしないと、マジでヤバい。気合と根性だけじゃ百パーセント勝てないし、兵数と軍資金が倍以上あっても勝てないものは勝てない。いや、凪の愛と俺の勇気があればワンチャンいけるか……いやいや、流石に無理だよな。


 せっかく火攻めに合う事が分かっているのに、なぜかそれを他人に伝えようとすると俺は気を失ってしまう。歴史の修正力ってやつなのか、それとも天の計らいなのか、この世界にいるための必要措置らしいのは確かだ。何度チャレンジしてもダメだった。いきなり白目をむいて、口から泡を吐いて倒れるらしい。口の悪い桂花からはキモい変態虚弱野郎ってディスられた事さえある。マジでひどい奴だ。俺だって頑張ってるのに……。


 それで俺なりに知恵を絞って赤壁とか孫劉同盟とかってキーワードは避けつつ、この時代の木造船の弱点だとか水上戦の難しさだけを必死に訴え続けた結果、なんとか今回の商談にねじ込む事ができた。さぁさぁ、ここからが本番だ。


 李典さんの絡繰りを初めて見た時、この人は発明の天才だと思った。もしかしたら鉄砲や飛行機も作れるかもとさえ思えた。完全なオーバーテクノロジーになるけど、李典さんはスクリューとかプロペラの原理を完全に理解していて、しかもそれを完璧に再現している。流石に動力は人に頼る事になるだろうけど、可能性があるなら色々試してみたい。鉄砲や飛行機なんてものが本当に作れたとしたら、戦闘中にずっと俺のターンも夢じゃない。


 船も潜水艦とまでは言わないけど、耐火性の向上は最低限必要になる。いざとなれば日本の戦国時代に作られた鉄甲船みたいな装甲にしてもいいか。足漕ぎボートとか足漕ぎカヤックとかもあるといいな。両手が空いていれば弓でも槍でも盾でも何でも持てる。何度かの実戦で体感したけど、手が使えるのと使えないのじゃ雲泥の差だ。勝率と生存率は少しでも上げておきたい。


 そもそも兵数は魏の方が圧倒的に多いんだし、東南の風が吹く前にこっちから火攻めを仕掛けちゃえば何とかならないかな。上手くいけば華琳も凪も俺を褒めてくれるだろうし、いつも馬鹿にしてくる桂花や風だって見返せるぞ。いいね、名案だ。マジ勝ったな。明るい未来しか見えないぜ。そして未だに李典さんは俺を見ている。めちゃくちゃ目が合う。やべぇ、これは決まりだな。あの爆乳が俺のものに……やべぇ、超やべぇ。お茶もうめぇ。



 あっ、何を考えてるのか知らないけど、風が黙ってるなら今がチャンスだよな。今こそ俺の天の御使いとしての面目躍如の時だ。見ていてくれ凪、そして李典さん。俺やるよ!


「ちょ、ちょっといいかな? 俺達……って言うか、俺からも実は要望があるんだけどさ」

「お兄さん、話に割って入られるのは迷惑なのですよ。 『バカは喋るなって何度も言っただろが、このバカ! 黙って座ってる事もできねーのか、バカ! その口は飲み食いにだけ使ってろ、ハゲッ!』 と宝譿も言っているのです」

「ぐぬぬ、ハ、ハゲてねーよ」


 くそっ、さっきまで黙ってたくせに風は露骨に拒絶してきた。心配そうに俺を見てくる凪とは久しぶりに目が合った気がする。良かったよ、また目が合うようになって。李典さんの視線は相変わらず俺に釘付けだ。せっかくアピールできるチャンスだったのに……風め、覚えてろよ。


「北郷殿からのご要望とは、非常に興味深いですねェ。私共と致しましては是非ともお聞かせ頂きたいのですが、お許し願えませんか。程昱殿? こんな時でもない限り、天の御使い殿の見識を伺う機会などそうそうありませんからねェ」


 おお、これぞまさに天の助け。白狐さんは絶対性悪で、俺には意地悪しかしてこないと思っていたけど、実はいい人だったんだ。ごめんね、俺はアナタを誤解していたよ。


「いえいえ、今は不要なのです。それより話を続けましょう」


 ガッデーム。白狐さんのお願いもあっさり風に断られた。腹黒だとは思っていたけど、ここまで性悪だったとは。俺にだって活躍する機会をくれたっていいじゃんかよ。せっかく凪と李典さんが期待してくれてるのに……うう、なんか泣きそう。


「……それではご予算の相談に移りましょうか。こちらにも準備がございますので、それ相応の額になってしまいますが」

「開発に必要な資金も物資も全てこちらで用意するのです。また試作品も含めて開発した兵器は全て商品として、適正な価格で買い取るつもりなのです。これは既に曹操様の裁可も頂いてあるのですよー」

「それはそれは、素性の怪しい我々をそこまで評価をして頂けるとは、恐縮するばかりですねェ」

「いえいえ、李典さんの身元はハッキリしています。楽進さんのご友人を疑うような事はないのですよ」

「光栄の極みですねェ。そこまでの信用を頂けるとは、重ねてお礼申し上げます」

「いえいえ、お礼は不要なのです。信用しているのは李典さんだけなのですから」

「……おや、つまり私の事は信用できないと?」

「はい。全く信用していないのですよ。そろそろ茶番にお付き合いするのも飽きたので、本題に入りましょうか。そもそもアナタからは誠意も敬意も感じませんねー。加えて言うなら畏敬や畏怖の念すら感じられないのです。要するに風たちを舐めている証、当然信じるに値しないのですよ」

「クククククッ、茶番とは心外ですが、少し露骨過ぎましたかねェ」


 白狐さんから感じる雰囲気が一気に変わった。兵士達からも緊張が伝わってくる。今までも十分に不気味だったけど、変な圧迫感が強くなってますます息苦しくなってきたぞ。それより茶番って何だよ? 露骨過ぎってどういう意味だ?


「その狐面も、相対してからの言動も、全てが全て計略の内、なのですよね?」

「流石は魏の文官で三指に入ると言われる程昱殿。これまで相手にしてきた地方領主とは器が違いますねェ。これまでは上手くいっていたのですが、クククッ」


 え、何の事? 計略って何だよ? 意味が分からない。ああ、もう! 李典さん、酔ってるせいか仕草の一つ一つが妙に色っぽいんですけど! ってか完全に俺に惚れてよね? くそ、もっと近くで眺めたい! 今ならおっぱいツンツンやっても許されるんじゃ? ダ、ダメかな? まあ想像するだけならギリセーフだよね?


「木っ端役人と同じに見て欲しくないのです。仮面や礼を欠く発言は全て風たちを不快にさせるため、わざと怒らせてこちらから商談を断らせようとしましたね?」

「どう言い繕ったところで、こちらからお断りするのは角が立ちますからねェ。やり過ぎない程度に煽ったのは確かです」

「その後の交渉も見せかけだけで、実は逃げるための単なる時間稼ぎでしかなかった。全ての要求をそのまま呑むのでは逆に怪しまれるかもしれない。だから敢えて現実味のある事を提案して見せたのですよね? 一ヶ月や二ヶ月というのは開発期間としては短くとも、逃亡猶予としては十分過ぎるのですよー」


「クックック、ご推察の通りです。まさか二の矢も露見しているとは、御見逸れしました」


「どうしてそこまで断りたかったのですか? そちらにとっても決して悪い話とは思わないのですよ」

「そうですねェ。今回の件、とても良い話のように聞こえますが、うまい話にはウラがあると申します。しかもここまでの好条件を提示してくると言う事は、曹操殿は我々を逃がす気がないと言う事でしょう。それは飼いならしたいと言うよりも、むしろ飼い殺したいと言った方が正確でしょうかねェ。資金や物資を全て提供するという裏には、全てをそちらで管理するから大人しく従属しろという思惑が透けて見えます。それが分かっていたから、という理由で納得して頂けますか?」

「……やはりアナタはとても危険、野放しには出来ないのですよ」

「クックック、そうなると我々は許都あるいはその近郊に拉致監禁されるのでしょうか。資金や物資の輸送も近いほど楽ですし、何より開発の進捗状況をいつでも確認できますし、そうなれば北郷殿も要望し放題ですし、そちらも身近に置いた方が安心でしょうからねェ」

「敵に通じられては困りますからねー。しかし、もっと簡単で手っ取り早い方法があるのですよ」


「……殺しますか?」


「はい、その為に呼び寄せた兵ですから。ちなみに李典さんは丁重に確保させて頂くので心配はいらないのです。お兄さんを侮るだけなら構わなかったですが、アナタは曹操様の事まで舐めていました。そんな下郎を風は決して許さないのですよ!」

「……なるほどなるほど、読み違えたのはそこでしたか。意外と言っては失礼ですが、程昱殿は私の想像した以上に熱い御仁だったようですねェ。いやあ、これでスッキリしました。喉に刺さっていた魚の小骨が取れたような思いですよ、クヒヒヒヒッ」


 ヤバ、これ絶対ヤバいよ……そんなに押しつけちゃダメだよ、李典さん。やめてったら、息ができないでしょ。窒息しちゃうよ、俺。あー、でも幸せ……えへへへへ。えっ、そんな事までやってくれるの!? で、でも初めてのエチエチは凪と……ん? あれ? なんか風と白狐さんの雰囲気変じゃない?


 ヤバッ、ちょっと聞き逃してたよ……もう一回言ってくれないかな、ダメ?



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[一言] 善いぞ善いぞ 曹操に舐められてたまるかってんだいと程昱を撃破してくれ って李典は何してんだ?
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