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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
独立する愚連隊
129/132

129話 一刀、狐につままれる

※本作の陳登は男です

 エン州東部の泰山群にある砦のような商館に俺(北郷一刀)、凪(楽進)、風(程昱)、それに陳登を加えた四人は昨日から滞在している。部下の兵たちは半数が宿で待機、残りの半数は周囲を警戒させているから、ここにはいない。

 この商館の主は三十半ばでややぽっちゃりしているけど、小売りから成りあがった商人で目端が利く。昨夜も甲斐甲斐しく俺たちを歓待してくれた。俺はよく知らないけど、陳登とは旧知の間柄らしい。だから華琳(曹操)は陳登も連れて行けって言ったのか。


 でも俺はこの陳登って奴が嫌いだ。目上の華琳や春蘭(夏侯惇)に対してはやたら低姿勢で媚びるくせに、目下の者に対しては高圧的で思いやりの欠片もない。言う事は胡散臭いし、やる事は雑で部下任せ。何より凪をいやらしい目で見るのが許せない。元々は袁紹の下にいたらしいけど、どうしてだか華琳が投降を認めちゃったんだよね。


 陳登……陳登……うーん、覚えてないや。三国志演義に出てきていたような気もするけど……思い出せないような奴なら、どうせ大した奴じゃない。おい、凪を見るな。くそっ、風もいるっていうのに、どうして凪ばっかり見るんだよ。確かに凪は圧倒的に可愛いけどさ。


「どうかしましたか、隊長?」


 憎たらしい陳登のせいで、感情が溢れ出ていたみたいだ。凪が心配そうに俺の顔を見ている。ああ、可愛いなぁ。凪に余計な心配をさせてしまった。いつも俺を気にかけてくれる優しい凪、しかも超可愛い。俺が天の御使いなら、凪はマジ天使だね。うん、間違いない。


「あ、あはは、な、なんでもないよ。これからの事を考えたら、す、少し緊張しちゃってね」

「そうでしたか。ならば意識して呼吸をしてみて下さい。ゆっくりで大丈夫です。また困った時は考えるよりも、相手をよく観察するのが良いかと」

「う、うん、ありがとう。俺、頑張るよ!」


 よし、なんとか上手く誤魔化せたぞ。やっぱり困った時は笑って話を逸らすに限るね。凪の期待に応えるためにも、これからは平常心だ。何事も沈着冷静に判断しないとね。俺たちがわざわざ人目を忍んでここまで来たのは、このぽっちゃり商人の接待を受けるためじゃないんだし。


 二カ月くらい前だったかな、このぽっちゃり商人の扱う品を目にした凪が凄い剣幕でどうやって手に入れたか問い詰めていたのは。あの時の凛とした横顔、綺麗だったなぁ。確かにこの時代には不釣り合いな絡繰りだったから、俺も気になったんだよ。でも商人が簡単に仕入先を言うわけないよね。結局その日はのらりくらりとはぐらかされて、凪はしょんぼりしてた。キュンときたよ。


 そのあと華琳たちに相談したら、華琳も興味を持ったみたいで、すぐにぽっちゃり商人を呼びつけていたからね。昨日の今日ですぐ呼び出すなんて思ってもいなかったから、俺も凪も驚いちゃったよ。ああ、ビックリした凪の顔、めちゃくちゃ可愛かったなぁ。


 俺と凪が何度聞いてもダメだったのに、やっぱり華琳は違う。拍子抜けするくらいあっさりと白状して、逆に紹介したいから協力させて欲しいと言い出したんだ。この辺は商人としての嗅覚なのかな。見返りは要求してこなかったけど、華琳が空気を読んで継続的な取引を約束してたっけ。あくまでも口約束だけどね。


今回の外交は風が代表で交渉担当、陳登は商人との繋ぎ役、凪は護衛に専念するらしいから基本的には口を出さない。相手側は二人だと事前に把握してあるし、武器も預かる手筈になっている。だからそれほど危険はないと思う。


 俺? 俺は一応アドバイザー的な立場になるのかな。やっぱり俺って天の御使いだし、現代の知識もあるから結構役に立つしさ。たまに良い事も言うって華琳が褒めてくれたし、俺も成り行き次第じゃガンガン口をはさむだろうね。華琳もきっとそれを期待していると思う。


 でもさぁ、許都じゃ警邏隊の隊長やってるんだし、俺だってボディーガード役でいいじゃんって思わなくもない。自分で言うのも何だけどさ、俺ってかなり強くなったんだよ。地元のヤンキーならワンパンで倒せるくらいの自信はあるね。ワンパンだよ、ワンパン。


 でもそんな俺を子供扱いするほど、この世界の女性は皆強い。はっきり言って強過ぎるんだよね。普通に棒で殴っただけで岩砕くなんて、もはや鬼だよ、鬼。それなのに皆美少女なんだよね。果たしてここは天国なのか、地獄なのか。


 とりあえず今は華琳と凪の信頼に報いるためにも、この外交を全力でサポートするぞ。


「お兄さんが張り切るのは勝手ですが、くれぐれも余計な事は言わないで下さいね。 『おい、バカ。お前は学習能力のないバカなんだから、黙って座ってろよ。いいな、風に迷惑かけるんじゃねーぞ。バーカ』 と、宝譿も言ってますよー」

「ぐっ、絶対言い過ぎだろ! それに、明らかにお前が言ってるじゃんか」


 風が頭の上の人形を使った腹話術で俺を馬鹿にしてきた。やる気を見せた途端にこれだ。風はよく俺を馬鹿にする。人が気にしている事でもお構いなしにズバズバ言う。確かに俺は同じ失敗を繰り返した過去がある。でもさぁ、禿げてる人に「貴方ハゲてますね」なんて面と向かって言っちゃダメなんだからな。周りに人がいるなら尚更ダメなんだぞ。


 俺と風が言い争いをしていたら、いつの間にか約束の時間になっていた。


「お話し中失礼致します。お客人が到着されたようですが、こちらにお通ししてもよろしいですかな?」


 下人の連絡を受けてぽっちゃり商人が風に承諾を求めてくる。この商館の主は商人でも、この外交の代表は風だから、この対応は正しい。でも俺が言い返すのを遮られた形だから少し悔しい。


「はいはい、どうぞなのですよ」


 風の許可を得た商人自らが迎えに行くようだ。それだけ気を遣う必要がある相手という事か。店と客の関係なら普通は客の方が立場は上だよな。この場合は商人が客で、お客さんが店という関係になるだろう。なんかややこしいな。まぁ商人にとって金の卵を産む鶏なら大切に扱うのは当然と言えば当然か。


 待つこと数分。ぽっちゃり商人が連れてきたのは怪しさ満載の男女二人組だった。どうしてかは分からないが、二人ともお面を被っている。女性はおかめ、男性は白い狐だ。おかめの女性は狐の人の後ろに隠れるようにしてこちらを窺っている。明らかに挙動不審だ。見た目もそうだけど、行動まで怪しいと言葉が出ない。あの風ですら固まっている。いや、寝てるのか?


 お面で顔を隠すって事は、正体を隠したいんだろうか。いやいや、怪しんで下さいって言ってるようなもんじゃないか。めちゃくちゃ気になる。絶対に逆効果だろ。いや、そんな事よりも、おかめさんの胸がヤバいな。許都じゃお目にかかれないほどのビッグサイズだぞ。いったい何カップあるんだろう?


 おかめさんがこちらを覗き見ようと跳ねる度にボインボインと胸も主張してくる。なんて凶悪な、まるで兵器だ。これはいけない。紳士たる者、女性の胸元をじっと見るなんてマナー違反もいいとこだ。そう思って視線を逸らせたら信じられないものを目にした。

 あろうことか陳登はおかめさんの豊満な胸をロックオンし、その動きをトレースするかの如く視線を外さない。マジかよ、コイツ。最低限のマナーも守れないのかよ。


 注意しようかと思った矢先、おかめさんが何かに気付いて身を乗り出してきた。チラ見もいいけど、正面から迫られると破壊力が桁違いだ。くっ、どうしても目がいっちゃう。


「ん? んん!? 凪ッ!? 凪やんけ! 使者ってアンタの事やったんか! ビビらせんといてェや。ウチはてっきり曹操はんが……」

「おやおや、やはりビビっていたのですか?」

「び、ビビってへんし。余裕やし。凪がおったから面食ろうただけやし」

「クククッ、どちらかと言うと、こちらが面を食らわせた側だと思いますがねェ」

「うっさいボケッ、うまい事言わんでええねん! 余計腹立つやろッ!!」


 さっきから驚かされてばかりいる。おかめさんと狐の人がこっちを無視して口喧嘩を始めちゃった。ぽっちゃり商人も脂汗かいて困惑顔のまま固まっている。置いてきぼりを食らって、こっちサイドは時間が停止したみたいだ。何このカオスな状況……あと、どうして凪の真名を知ってるんだ!?

 うう、気になる。でも、やっぱり胸の方も気になってしまう。いやいや、俺は陳登とは違うんだ。自粛しろ、平常心だ。何事も冷静沈着に判断するって決めただろう。


「……やはり真桜か」


 囁くような凪の声が聞こえた。えっ、知り合いなの? おかめさんと!?


 凪の表情からはどこか安堵するような気持ちが読み取れる。それと同時に止まっていたこちらの時間も動き始めた。


「『おいおい姉ちゃん達よぉ、使者を前にその態度は無礼じゃねーか。だいたい仮面で顔を隠すのだって感じ悪いぞ』 これこれ宝譿、いきなり何を申す。名乗りもせずに話しかけるのは失礼に当たるのですよー」


 再起動したのか、起きたのか、風が人形を使って相手を皮肉ってる。でも言ってる事は正論だ。相手からしたらこっちは客なんだし、客前で言い争うなんて言語道断。粗相以外の何ものでもない。風の容赦しないところも、今だけは頼もしく感じるな。

 風の物言いに気圧されてか、おかめさんの爆乳もゆさゆさ揺れている。め、目のやり場に困るじゃないか。こんな時でも瞬きせずに見続けられる陳登はある意味すごいな。全く尊敬できないけど。


「確かに、無作法をお詫び致します。申し訳ございませんでした」


 狐の人が風に頭を下げてる。でも仮面はつけたままだから、誠意があるのかないのか微妙だな。


「ところで、そちらの御仁は我々の仮面よりも、我が主君の胸に興味があるようですねェ。先ほどからずっと邪な目で無遠慮に視姦され続けており、このままで妊娠する。この上ない恥辱故に、いっそ死んでしまいたい……と、我が主君が申しております」

「嘘つけ、ウチは言うてへんやろ!」


 狐の人がこっちを指さして痛いところをついてきた。ほら見ろ陳登のせいで、バレちゃったぞ。どうするんだよ。せっかく風のおかげで優位に話を進められそうな流れだったのにさ。


「北郷殿、気持ちは解りますが、今は不味いでしょ。今は……」


まぁ、自業自得か。これに懲りたら陳登も……ん?


「……え、隊長!?」

「……お兄さん、黙っていれば何をしても良いわけじゃないのですよー」


 え? えっ? どうして俺が!? 責められるべきは陳登だろ!?

 位置的に俺たちより前にいた凪と風には陳登が見えてなかったか。しかも狐の人が俺と陳登の間くらいの微妙な位置を指差してるせいで、思いっきり勘違いしてるじゃん。くそっ、陳登め、ずる賢い卑怯な奴だ。振り向いた二人の視線が俺のメンタルを削っていく。


「ま、待てよ、俺よりお前――」

「――北郷殿、女性を愛でるのはとても良い事ですが、時と場所を選びましょう」

「ちょ、ちょっと待てよ。お前が――」

「――出来心だったのですよね。さぁ謝って許しを請いましょう」

「いや、待ってってば! お、俺じゃなくてお前が――」

「――さぁさぁ北郷殿、同じ男として私も頭を下げますので、さぁ一緒に謝罪しましょう」


 矢継ぎ早に割り込んでくる陳登のせいで俺の弁明が届かない。凪と風の表情がますます曇る。待ってくれ、俺の話も聞いてくれ。


「ふ、ふざけんな! どうして俺が謝るんだよ! 悪いのはお前じゃないか! 見てたのはお前じゃないかよ!」


 はぁはぁと息が切れる。陳登の負けないよう大声で指摘してやった。これで終わりだ。天網恢恢疎にして漏らさず、悪い事をしたならきちんと報いを受けろ。

 俺の声が大き過ぎたせいか、凪も風も目を見開いていた。ちょっとテンパり過ぎたかな。平常心、うん、平常心でいこう。


「どうなのだ陳登? 隊長はこう申しておられるが?」


 凪が陳登に聞いてくれた。安心してくれ、凪。悪いのは嘘ついた陳登なんだよ。


「すいません。確かに一度、目を奪われたのは事実です。しかし出会い頭に一度だけです。たまたま目に入ってしまったのです。不慮の事故と思ってご勘弁願えないでしょうか」


 陳登は必死になって弁解している。この期に及んで言い訳するなんて見苦しいぞ。男らしく罪を認めて反省しろよ。


「本当に一度だけですか? それも偶然目に入ったと? 天に誓えますか?」


 狐の人が念を押してきた。そうだよな、胡散臭いもんな。コイツの話は嘘ばっかりだ。前から嫌いだったけど、今日で大嫌いになった。


「はい、誓って一度だけです。たまたま目に入っただけです。」


 陳登は言い切りやがった。厚顔無恥にも程があるぞ。その一回で一分近くずっと凝視してただろ。ちくしょう、時間は長いけど一回は一回って逃げ切る気か。くそっ、これ以上追及するのは流石に外交的にも不味いよな。お互い険悪になるだけだし。

 表面上は申し訳なさそうにしている陳登の顔がムカつくけど、今は受け入れよう。俺はため息をつきたい気分をグッと堪えて相手の反応を待つ。


「なるほど、分かりました。信じましょう」


 とても納得できないけど、陳登の言い分は通ってしまった。仕方ないよな。事を荒立てたくはないし、大人しくしてよう。そう、俺はそのつもりだった。それなのに――。


「ところで、先ほど貴殿は謝るのは自分じゃないと仰っていましたが、貴殿も見ていましたよね?」

「……えっ?」


 俺は耳を疑った。聞き間違いであって欲しいと思った。急激に息苦しくなっていくのを感じる。


「貴殿も我が主君の胸、見ていましたよねェ?」

「は? え? お?」

「それも、何度も何度も」

「な、何度も、なんて、見、て、ない、よ」


 まずい、心臓の鼓動がうるさいくらい聞こえる。喉も渇いて上手く喋れないし、狐の人からのプレッシャーで息も――。


「つまり、何度かは見た、とお認めになるわけですねェ。それは何度でしょうか?」

「な、何度か、って言うか。は、ははは、そ、その、つ、つい、ま、魔が差して――」

「――ほぅ、魔が差しましたか。しかし私は回数を伺っております。事実だけを正確に教えて頂けませんか」


 ヤバい、この人ヤバい。俺の笑って誤魔化す戦法が通じない。緊張しているせいか、唾も出なくて何度も喉を鳴らす。


「そ、そんなには……さ、三回、だけ――」

「――やはり、一度ならず二度三度と見たわけですか。いやはや三度となれば不埒な故意と言わざるを得ませんねェ」

「い、いや、それは……陳登も時間は――」

「――おやおや、貴殿は御自身の事を棚に上げて、陳登殿お一人を悪と断じ、陳登殿だけが見ていたと仰ったのですよ」

「そ、それは……」


 返す言葉が見つからない。凪の視線が痛い。風はゴミを見るような目で俺を見てる。やめてくれ、頼むからそんな目で俺を見ないでよ。


「………………ご、ごめんなさい。俺も見てました」

「……隊長、あまり失望させないで下さい」

「『おいおい救えないバカだな。風に迷惑かけるなって言ったばかりだぞ、もう死んで詫びるしかねーな』 ダメですよ宝譿、この人のバカは多分死んでも治らないのですよー」

「……」


 うう、穴があったら入りたい。申し訳なくてまともに二人の顔が見れない。俺が黙って俯いていたら、さっきまでの息苦しいプレッシャーがスッと消えていく。


「ふむ……では、こういうのはどうでしょう。我が主君はこの胸同様に器も大きいのです。過ぎた無礼はお互い水に流して、自己紹介からやり直してはいかがでしょうか。我々としてはそちら様と争う気は毛頭ございませんので」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……どの口が言うねん」


 もうやだ。何この狐の人。めちゃくちゃ苦手なタイプだわ。絶対友達にはなれないな。


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[良い点] 更新感謝! 相変わらず面白いです
[良い点] 事前にどんだけ仕込みいれてたんやろなあ(愉悦
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