128話 風雲急を告げる
呂布が徐州牧に任命されてひと月余り、このひと月で徐州に潜む間諜の数は倍増した。各地の諸侯が呂布と劉備の動向に注目し、そして警戒していたのだ。保身あるいは野心とその動機は多岐にわたるものの、皆やっている事は変わらない。
呂布の人となりを上辺しか知らぬ小心者にとって、呂布は暴力の権化であり畏怖の対象であった。その矛先がいつ自分に向けられるかと、不安で夜も眠れぬ日々が続く。
呂布など痴れ者よと驕り高ぶる者にとって、無能な呂布に徐州が治められるとは思っておらず、侵攻の機会を虎視眈々と窺う。
小賢しき者は曹操の奸計だと疑っているが、漁夫の利を狙えるほど賢しくもない。下手に横やりを入れようものなら、次は己が曹操に狙われる立場となる。曹操に時間を与えるという不利に目を瞑り、己は兵を鍛え兵糧を集める時が稼げると主君に利を説くしかなかった。
一方、李遊軍もこのひと月でそれなりの成果を上げている。まだまだ知名度の低い李遊軍にとって、客を選り好みしている余裕はなく、山賊狩りや河川の治水工事といった表の仕事から、城の破壊工作や兵糧の放火といった裏の仕事まで、清濁併せ呑んで請け負った。
李遊軍を雇う者の多くは基本的に碌な戦力も持たない小領主や小役人ばかりである。争いを好まぬ者は善政を為さんと表向きの仕事を、他人を蹴落としてでも偉くなりたい者は裏の仕事を依頼してきた。いずれも小人故に対価は割に合わず、収支はやや赤字が目立つ結果となっている。
しかし、工作傭兵部門を司る白螺隊の目的は目先の利益ではなく、確かな信頼と実績を得る事にあった。また李遊軍では兵士から下僕に至るまでその成果によらず、最低限の生活が送れるだけの物品が支給されている。よって食うだけならば困らない。
それだけの資金をどこから得ているかと言うと、李遊軍には傭兵とは異なるもう一つの顔があった。それが商人としての顔である。李遊軍の隠れ里で生産した物を加工して売りさばく。特に李典の開発した高性能な開発品は驚く程の高値で取り引きされた。今後絹の生産が軌道に乗ってくれば、さらなる利益も期待できるという。
李遊軍は傭兵としての知名度は芳しくないが、商いに携わる者達の間では知る人ぞ知る存在になりつつあった。それが数奇な縁を手繰り寄せる事となる。
夕刻となり判を押すだけの簡単な事務作業に飽きてきた李典は、どかどかと大きな足音を立てて李鳳の元を訪れた。
「邪魔するでーッ!」
「邪魔をするならお帰り下さい」
「あいよー……って、なんでやねんッ! いやぁ、疲れた疲れた。ちょっと息抜きに茶でもシバこうや」
「……」
一切悪びれた様子もなく、勝手に茶を入れて一服しだす李典。李鳳にしてみれば毎度の事などで今さらではあったが、鬱陶しいものは鬱陶しいのである。
「見たで見たで、決算書! ウチのバンブーちゃん爆売れやん! 長江の漁師に大人気なんやて? あんなモン適当にちょちょちょ~いと作っただけやのにな、ニッシッシ」
李典の言うバンブーちゃんとは、竹を主な材料として作成した釣り竿なのだが、そのとんでもない耐久性から竹が原料と信じられる者は少なかった。李典は謙遜して見せているが、実はそれなりに手をかけて作成しており、販売前から絶対売れると豪語していた程である。そのため李典の自尊心を損なわないよう、価格もかなり高目に設定してある。確かに性能自体は悪くないが、耐久性が良いだけの高価な釣り竿が爆発的に売れるはずもない。
「湖の主を釣り上げて尚ビクともしないですからねェ。有事の際には武器としても使えると付加価値をつけて吹っ掛けておきましたよ、クククッ」
「うっひゃっひゃ、そちも悪よのぅ。まぁウチは儲かったら何でもええわ。せやけど、おまけは要らんかったんとちゃう? あれはあれで売り出せばええやんか。バンブーちゃんには及ばんやろうけど、そこそこは売れるやろ」
「……売れる、とは思いますが」
「ほな、そうしてや」
ホクホク顔の李典は知る由もないが、高過ぎる釣り竿は当初全く売れなかった。そこで李鳳は未来の知識を活かして投げ網と敷き網という二種類の漁網を追加で李典に作らせた。
釣り竿を一本購入した者には、おまけとして漁網が一つ無料で貰える。実のところ漁師に人気なのはこの漁網なのだ。使い勝手の良さと有用性が噂となり、瞬く間に長江沿いの漁村に知れ渡った。
二つとも揃えたければ高価な釣り竿を二本も買わなければならない。しかしながら買うか否かを躊躇していたのは最初だけであった。
李鳳は白狐衆を使って近隣の漁村を探らせ、若くて貧しい漁師に漁網を渡した。そして村落を変えて同じ事を何度か繰り返す。すると、村で一番貧しかったはずの漁師が、村一番の稼ぎ頭へと変わってしまった。
儲かると知ってしまったモノを買わない手はない。個人で手が届かないのであれば、村単位で出資して利益を分配すれば良い。その辺の知恵は白狐衆がさりげなく吹聴して回っていた。
村が富めば村民も富む。ある程度の利益を確保した漁師が、今度は個人として釣り竿を購入するのは時間の問題であった。
釣り竿が飛ぶように売れて李典は喜ぶ。口では謙遜していても李典は釣り竿の出来に自信を持っている。ところが、本当に評価されているのは本人が本当に片手間で作ってしまった網であるとは知る由もなかった。
漁網の売れ行きが好調である事は李鳳にとっても喜ばしい。無駄に高性能な釣り竿と違って、漁網は使えば使うほど摩耗していく。補修や買い替えでさらに儲けが出ると李鳳は内心ほくそ笑む。
余談ではあるが、李典の釣り竿は後年その評価を改められる事となった。釣り竿としての価値に大きな変化はないが、武器としての価値が一新してしまう出来事が起きたのである。
さる釣り竿愛好家が戦の最中、身の丈の三倍以上はある城壁を棒高跳びの要領で軽々と飛び越えてしまった事に端を発する。この一件以降、李典の釣り竿は釣り道具から打撃武器を経て、とうとう攻城兵器に分類されてしまう事となった。李典としては不本意極まりないであろう。
しかしながら李遊軍ではさらに奇抜で特殊な武器の方が多いため、釣り竿はあくまでも釣り竿として使い続けられた。また李遊軍には釣りを趣味とする者も多く、釣り竿としての機能の向上を求める者も少なくなかったという。
またまた余談ではあるが、頂点捕食者を失った湖では生態系が変化して中型の魚が大量繁殖していた。養殖や禁漁期について試案していた李鳳には嬉しい誤算である。そして養殖などのノウハウは漁村との取引を優位に進める際、大いに役立ったという。
元々河賊をやっていた李鳳は李遊軍の中に水軍部隊を作りたいと考えた。その主旨は水上での戦闘よりも、輸送に重きを置く。糧道の確保は兵法の基本であり、戦において最も重要な事と言っても過言ではない。
群雄が割拠するこの時期、三国の争いが激化するであろう今後を見据えた時、死の商人をやれば間違いなく儲かる。だからこそ李鳳は自由自在に扱える自前の船と水兵がどうしても欲しかった。
そのため積極的に漁村に便宜を図り、損得勘定の考え方を理解させ、家を継げない次男三男を密かにかき集めたのだ。表向きは漁業に出て河で溺れ死んだ事にしてある。働き手が減る事よりも、食い扶持が減らした方が利は大きいと忖度した村落の結論であった。
船の建造に関しては流石の李典も知見がなく、まずは船大工に基礎となる一艘を作らせている。その間に李典は造船を学び、李鳳が集めた漁師を立派な水兵へと改造するのであった。
閑話休題。
「分かりました。前向きに検討しましょう。それと近隣の漁村から感謝状が届きましたよ。今年は税を納めても貯蓄に余裕があるそうで、全て我々のおかげだとか」
「さよか。くれるんやったら銭の方が百倍嬉しかったけど、感謝されるんは嫌いやない。貰えるもんは貰っとこか。有名になって損はないし、傭兵業の方も依頼が増えるやろ」
「そうかもしれませんねェ……実は、馴染みの商人からも文が届いておりまして。是非とも紹介したい大店がいるそうで、ウチと大きな商いをしたいと言ってきました。さてさて、どうしたものかと」
「おお、ええやんええやん。小さく稼ぐよりもここらでドーンと大きく稼ごうや。群雄どもが覇を競って各地で勝手しとるけど、そんなもん今のウチらには関係あらへん。ウチらはウチらでコツコツ銭を稼ぎまくるだけや!」
李典は李遊軍の長である。配下の前、特に下僕の前ではそれなりに自重する事を覚えてきたが、李鳳の前では今も素のまま、守銭奴丸出しであった。まるで瞳に炎を宿すが如く、情熱的に拳を突き上げて宣言した。当の李鳳は執務を続けており、忙しなく筆を走らせる。
反応が薄い李鳳に冷静さを取り戻した李典は、コホンと咳払いをしたかと思うと、一転真面目な顔をして呟いた。
「……で、その後どないや?」
主語も脈絡もあったものではない。これが李鳳でなければ何の事かさっぱりであろう。しかしながら李鳳にしてみれば、何の事を問うているかは想像に難くなかった。
「徐州ですか、城下の騒ぎはひとまず落ち着きました。人口の急激な増加もひとまず小康状態にあります」
何のことはない、口では群雄など無関係と言いつつも、李典は徐州の様子を誰よりも気にしていた。より正確に言うと、劉備を案じる張飛の事を心配していたのである。
徐州牧交代に報せを聞いた直後、張飛は蛇矛を手に隠れ里を飛び出そうとした。たまたま気付いた丁奉によって止められ、駆け付けた李典と李鳳の説得で渋々ながらも静観する事を了承しているが、決して納得したわけではない。
李遊軍における張飛は最高戦力である。その武力は発展途上にあるものの、才能なら呂布や関羽以上と李鳳は見ている。日々の成長も著しく、最近は丁奉、郭離、妖光の三人がかりであっても、二十合とかからずに叩きのめしてしまう。
当初こそ客分扱いであったが、今では白螺隊を率いる隊長格の一人である。つまり必要不可欠な存在なのだ。理屈や建前に縛られない張飛を留めるには、情で絡めるしかないという李鳳の策であった。その辺りは良くも悪くも劉備に似ていると言える。
いずれにしても勝手な事をしないように、常に誰かを側に置き監視は怠らない。張飛も徐州も、である。
「へぇ、落ち着いたんか。ちんちくりんのくせに陳宮もなかなかやるやん。そもそもやで、大勢の流民で徐州を兵糧攻めにしたいんやったら、わざわざ呂布なんかを州牧にせんでも、劉備が州牧のままの方が効率良かったやろ? お人好しの劉備は来る者拒まずやったはずや。せやけど呂布に代わって流民の数が減ったんやったら本末転倒やろ。むしろ曹操は徐州に助け舟を出してしもたんとちゃうか?」
やはり曹操の奸計には穴があったと得意げに指摘する李典。それどころか、逆効果だったのではないかと主張した。客観的に見ると、確かにそう見えなくもない。
「いえいえ、その辺は諸々織り込み済みでしょう。しかも現時点では表面化していないと言うだけで、水面下では問題が山積みなのは明白です。予想通り陳宮が政を取り仕切り始めたせいで、諸葛亮殿が進めていた肝心要の計画が頓挫してしまいましたし」
「計画? 農地改革とかは順調なはずやろ?」
いかに諸侯の挙動に関心が薄いとは言え、徐州に関する大事であれば李典の耳にも入る。しかし、李鳳の言う諸葛亮の計画が何を指すのか判らない。李鳳が敢えて伝える情報を制限した結果であった。
「諸葛亮殿は兵糧不足を解消するために三つの策を進めていました。一つ目は土地を開墾して農地の拡大、これは生産量を上げるための策です。二つ目は資源の再利用、これは廃棄処分される残飯を回収・管理し、家畜の餌に充て消費量を抑制する策です。これら二つは公にも発表されており、州牧が交代しても支障なく継続されています。しかしながら、三つ目は一部関係者のみで秘密裏に進められていた策なので、呂布殿や陳宮はあずかり知らなかったようですねェ」
「何やねん、その三つ目の策っちゅうんは?」
肝心な所を勘違いするのが李典の癖であれば、勿体ぶって話を引っ張るのは李鳳の悪い癖。お互いに理解しているからこそ早く言えと李典は急かす。
「三つ目は交易、つまり兵糧が潤沢にある州から食料を輸入するという策です。これが頓挫しました」
「えっ、なんでや? 州牧が代わろうと交易はできるやろ」
確かに誰が州牧になろうとも交易はできる。そう、両者の利さえ合致すれば可能である。しかし、今回ばかりは少し勝手が違った。
「諸葛亮殿が交易相手に選んだのは荊州の劉表です。劉表は近年大きな戦に打って出る事もなく、兵糧の蓄えは潤沢と見て間違いありません。また同じ劉姓であり、漢室の宗親という間柄の劉備とは比較的良好な関係を築けていました。その劉備が州牧という立場にありながらも平身低頭として頼めば、交渉の余地は十分にあったでしょう。事実、かなり具体的な受け渡しの日程についてまで話は進んでいたと聞いています。されど――」
「――呂布が州牧やとそうもいかんか」
「はい。呂布殿には誉れ高い武名の他に、裏切りの常習犯という汚名もありますからねェ。本人が無口な事もあり何を考えているか解り辛く、偏見が誤解を生んで悪評もよく耳にします。生きていくためではありますが、確かに主君をコロコロ変え、仕えた主君の董卓や袁術は皆さん滅んでいますからねェ。呂布殿と一面識もない劉表からしてみれば……ねェ」
「そら信用でけんか」
李典はため息を漏らした。呂布はその寡黙さから誤解される事が多々ある。呂布自身が噂を否定しないせいで、ありもしない醜聞は一つや二つではない。陳宮は噂に踊らされて呂布を蔑んで見る者が大嫌いであった。不幸な事に、劉表もその一人となる。
いざ兵糧を送っても悪名高い呂布は約束を反故にして対価を払わないどころか、その兵糧を使って荊州に攻めてくるかもしれない。そんな懸念を劉表は抱いた。そしてその不安は言葉の端々や態度に如実に現れてしまったのだ。
「誠意を尽くせば、あるいは信頼を得られたかもしれませんが、あの陳宮ですからねェ」
「あの陳宮やもんなぁ」
「当然交渉は決裂しました。劉備と諸葛亮殿の執り成しでその場は収まったようですが、交易そのものは白紙の状態に。秋の収穫まで交易で食いつなぐ予定が、このままだと夏を待たずして民は餓死するか反乱を起こすでしょう」
「……マジか」
「おそらく劉備と劉表が密かにやりとりしている情報を曹操殿は掴んだのでしょう。流民の徐州入りを曹操殿は敢えて見逃してきました。それは徐州の兵糧を攻めるためです。もし交易が成功してしまえば苦労が水の泡となるどころか、劉備に莫大な国力と民心を与える事になります。流石の曹操殿も肝を冷やした事でしょう。ここまで強引な手を打たざる得ない状況に追い込まれたのですから、クックック」
天子を抱える曹操だからこそ可能となった一手。朝廷に従順である劉備だからこそ可能であった一手。たった一手であるが、曹操は見事に楔を打ち込んだのである。
「わかったわかった、曹操の手が有効やったんは認めたるわ。ほんで、徐州はこの先どう動くと思う?」
「まずは他の交易相手を探すでしょう。惜しむらくは呂布殿と懇意にしている諸侯が誰もいないという事でしょうか。将軍としては有名でも社交性は皆無でしたからねェ。そして、金魚の糞である陳宮は言わずもがなです」
「……陳宮も性格うんこのアンタに言われたないやろな」
「劉備の人望に再び賭けるという手もありますが、呂布殿を蔑ろにされればまた陳宮が黙ってはいられないでしょう」
例え呂布が気にしなくても、陳宮が許すはずもない。陳宮にとって呂布は命の恩人であり、終生仕えると定めた主君なのだから。
「ほんなら呂布から言うてもろたらええやん。陳宮かて呂布の言う事やったらきくやろ」
「クククッ、確かに呂布殿が言えば陳宮も大人しくするでしょう。しかし、それは諸刃の剣と言うもの」
「なんでや? 多少叱られたかて、あれが呂布を嫌うはずないやろ」
李典の言う事は正しい。しかし、李鳳の考えは少し違う。
「さにあらず。呂布殿が普段と違った行動を取れば、腐っても軍師でそこそこ有能な文官で金魚の糞でもある陳宮は気付くでしょう。誰が呂布殿に示唆し、誰が呂布殿を利用しようとしたのかを。腐ってもそこそこ有能な金魚の糞なのですから」
「いやいや、せやから糞扱いは可哀そうやて。陳宮は陳宮なりに頑張っとるんやし、ましてやアンタだけには言われたないと思うで」
まぁまぁと諫める李典に対して李鳳は冷笑を浮かべた。
「いくら頑張ったところで所詮は金魚の糞です。呂布殿がいなければ糞にすらなれない矮小な存在なのですよ。糞でいられる事にもっと感謝すべきでしょう。ねェ、マンセー」
「……な、なぁ? もしかしてなんやけどな、ウチが前に性格うんこって言うた事、ホンマは気にしとったんか? そ、そうなんか?」
「あるいは曹操殿の真の狙いもその辺にあるのかもしれませんねェ。金魚の糞が暴走すれば、それだけ次の手を打ち易くなるというもの。例えば曹操から『自分は呂布を尊敬している。だから天子に上奏して徐州牧に任じ、左将軍に封じた。されど劉備は呂布を軽んじ、己よりも下へ置き、下僕の如く使おうとしている。呂布は天下の名将なり。匹夫の劉備を許すべからず。天子の詔をもって劉備を討つべし』と、金魚の糞をそそのかすかもしれませんよォ。糞のくせに過分な扱いじゃないですか、クヒヒヒヒッ」
これでもかと口角を上げて悦に浸る李鳳。その目は遥か彼方、徐州の陳宮を見据えているのかもしれない。
「ちょ、待って、ちょっと待ってや。あ、あれは何ちゅうか、言葉の綾というか、何ちゅうか」
「さてさて、腐った糞はどうしますかねェ」
「うう……あ、あやまらんで! せ、正義はウチにあるはずや! うんこをうんこ言うて、何が悪いねん! ウチはあやまらんで!!」
「金魚の糞という身の程を弁えて、糞は糞らしくしていて欲しいものです。ねェ、マンセーもそう思いませんかァ?」
「あ、あやまらん! いやや、ウチは絶対にあやまらんぞ!!」
この噛み合わない不毛なやりとりは、閲兵を頼みに来た郭離に止められるまで続いたという。
「ああ、そうそう、一つ言い忘れていた事がありました。馴染みの商人から紹介された大店なんですがね……あれ、調べてみたら曹操殿の事でした。いやァ、件の謀を仕掛けた張本人にして群雄の中でも最大勢力ですよ。あちらの使者とは四日後に会う約束をしました。これは相当に稼げる好機ですよ。ドドーンと吹っ掛けてぼろ儲けしちゃいましょう。あれあれェ、もしかして徐州攻めに協力させられちゃう? おやおや、これは大変ですよ。それとも群雄には関わりたくないからって断っちゃいますか? 納得してくれるといいですが、あっちには天子様もいらっしゃいますから、下手すると国賊認定されちゃいますよ。こ・く・ぞ・く。じゃあ当日はマンセーも同席をお願いしますねェ、クヒヒヒヒッ」
「……え? えっ? ええーっ!?」
肝心な所を勘違いするのが李典の癖であれば、勿体ぶって話を引っ張るのが李鳳の悪い癖であった。決して政務をサボった上に、仕事の邪魔までしてきた李典への意趣返しではないであろう。