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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
袁家の栄枯盛衰
105/132

105話

 孫策軍が不参戦であるという事実は、まだ劉備や本隊には伝わっていない。

 李典と関羽は小さくない衝撃を受けていた。

 声を失い、驚愕している。

 しかし、周囲にいる後方部隊の兵士達に動揺は見られない。

 李鳳の話が聞こえていて尚、兵士達には取り乱した様子が一切ないのである。


 これは劉備軍の兵士が李典達より精神的に強靭というわけではなく、末端の兵にまで策の全貌が明かされていない事に起因している。

 戦闘用車椅子『木蓮・四式』の開発とその操縦訓練にかかりきりであった李鳳達3人も、最初の軍議以降は参加していない。

 李鳳を始め李典も関羽も策の詳細はおろか付けられた条件なども知らないのである。

 それでも孫策と手を組むという事実だけは知っており、使者である周泰とも面識があったので、同盟は水面下で上手く運んでいると思っていた。


 声を荒げていた李鳳も落ち着きを取り戻し、冷静に状況を分析し始める。


(クックック……我関せずを貫いた結果が、これか。情報だけでも貰っておけば良かったな……まぁ、ほぼ関羽のせいだけどなァ)


 李鳳が横目で関羽を確認すると「ショック受けてます」とハッキリ顔に書いてあった。

 根が真面目な関羽にとって、土壇場での同盟破棄は裏切り行為としか思えないのだ。


(そもそも孫策が今回の戦に出張って来てもメリットは何もない……が、参戦しないのならメリットは腐る程出てくる。領地の簒奪を最も効率的かつ経済的に行うのに、今回程適した機会はそうないだろうし……当然っちゃ当然か)


 李鳳の頭は急速に冷却され、覚醒される。

 それまでゆっくり回っていた頭が、高速で回転を開始した。

 限られた情報で空いたピースを埋めていく。


(俺らが勝とうが負けようがお前には些細な事だよなァ、孫策。お前は俺らが少しでも頑張って、袁術軍にダメージを与えれば好しと思ってんだろ。ククククク……どうせ互いが消耗するような、ツマンネー条件盛り込んだんだろうよ)


 李鳳は目を閉じる。

 全体像に把握するには、まだまだピースが足りない。

 しかし、これから悠長に情報を集めている時間は皆無。

 李鳳は知恵と知識を搾り出し、足りない部分を補完していく。


(クックック……表舞台で目立つ気はなかったのになァ、皮肉なモンだよ……なぁ、孫策。このままお前の思惑通りにいくと思ってんのか? んなワケねーよな! 俺が指咥えて傍観するとでも? 舐めんなよ! 数で負けてる? 知るかよ! 呂布がいるだァ? 捻り潰してやるよ! 袁術? 瞬殺だよ! こっから俺も本気出す! お前さえ困るなら、俺は喜んで矢面に立ってやるよ!)


 閉じていた目をカッと見開いた李鳳を李典と関羽が見つめる。


「読めてきました。聞きたいですか?」

「おう、待っとったで!」

「うむ」


 2人共李鳳が考え込んでいるのに気付いていた。

 色々と聞きたい事はあったが、我慢していたのである。


「先程申し上げたように、同盟は破綻し、共闘の目は潰えました。この孫策の行動には、彼女の野心……いや、悲願と言うべきモノが根底に存在します」

「孫策殿の悲願、とな?」

「今は亡き孫堅公の意志を継ぎ、孫呉の基盤を復興させる事です。その為には袁術からの独立が絶対条件であり、今回程その機会に適した時期はありません。これまで息を潜め、牙を隠し、爪を砥いできた空腹の虎が、ひょんな事で目の前に飛び出してきた獲物を逃すと思いますか?」

「……思わんな」


 李典の呟きに、関羽も同意した。

 しかし、李典には腑に落ちない事がある。


「せやかて、なんぼ袁家がアレやから言うても、そない簡単にいくもんなんか?」

「難しいでしょうね……いや、私は無理だと思ってました。袁術はまだまだ子供で未熟としか言いようがありませんが、張勲は狡猾で目聡い人物と思ってましたからね。虎を飼っている認識はあったでしょうに、どうやって張勲の目を欺いたのか……あるいは……」


 口調こそ穏やかになったが、李鳳の眼光は鋭さを増していた。

 軍議にさえ参加していれば、当然湧いてきたであろう疑問の数々が脳裏をよぎる。

 自分が介入する事で、孫策に変な勘繰りをされると面倒だと考えた李鳳は、我関せずを決め込んだのだった。

 しかし、そのせいで気付くのが大幅に遅れたのだ。

 孫策の人柄や歴史を知る李鳳であれば、出された条件を聞いた瞬間に怪しんだであろう。


「つまりや、どないやったかは知らんけど、孫策はうまい事やって張勲の目を誤魔化した、と。ほんでウチらと袁術軍が潰し合うんを待って、漁夫の利を得るつもりっちゅうワケやな?」

「ええ、間違いないと思いますよ」

「あの孫策殿が…………ふむ、あの孫策殿であればこそ、か」


 関羽は反董卓連合で垣間見た孫策を思い出す。

 あの若さで王者たる覇気を身に纏い、虎の娘は虎であると強く感じさせた立ち居振る舞い。

 あの手の人種は身内には無類の優しさを発揮するが、他人には恐ろしく冷たくなれるのだろう。

 関羽自身はそれが悪いとは思わないし、王に必要な資質かもしれないとも思う。


 しかし、仕えるならやはり劉備が良いと関羽は考えた。


 誰に対してでも無償の優しさを魅せ、交渉事には向かない甘い性格の主君である。

 疑うよりはまず信じると言うのが劉備であり、それが彼女の美徳であり、それを直して欲しいと語る臣下はいない。

 今回の同盟も劉備の甘さ故に、疑いもせず孫策の出した条件を全て飲んだのだろうと思ってしまう。

 嬉しそうに「いいよ」と言ってる主君の姿を容易に想像出来てしまい、関羽は苦笑する。


 そこまで考え、関羽は「はて……?」と首を傾げた。

 大きな違和感を感じたのである。

 劉備は優しい、甘いと言っても過言ではない。

 しかし、それは何も今に始まった事ではないのである。

 仕え始めた当初から何も変わっていない。

 劉備は変わらない。

 そう、関羽は知っていた。

 それが劉備なのだ。

 だとすると、この違和感は何なのだと関羽は眉を顰める。


 その答えを李典が口にした。


「なぁ、雛里と朱里はこの状況を想定してへんかったんやろか?」


 関羽はハッとする。

 違和感の正体に気付いたのである。

 劉備が甘いのは周知の事実、それを支えるのが自分達臣下の務めではないか、と。


 自分の信頼する仲間達がこの危うい可能性を放置するハズがない。


 ましてや諸葛亮と鳳統は伏竜鳳雛と称される程の天才軍師である。

 その2人がこのような状況を想定しなかったなど絶対に有り得ない。

 関羽の中にあった違和感がスッとなくなる。


 李鳳はゆっくりと頷く。


「いえ、想定内でしょうね。クヒヒヒヒ……むしろ、慌てふためいてしまった我々は完全な道化です」

「うわっ、はっずぅ」

「やはり朱里達は気付いておったのだな……では、何らかの対策もすでに講じて?」

「恐らく……ただし、相当なリスクを伴うでしょう」

「りす、く? 何の事だ?」


 李鳳の言ってる内容が解らない関羽。

 李典は慣れたもので「また李鳳語か」と溜息を吐いた。

 と言うのも、李鳳が現代の言葉を使う時は悪い虫が蠢いている時だからである。

 李典は少し不安になっていた。


「少なくない被害が出る策を取らざるを得ない、という事ですよ。もっとも……生半可な策では勝つのは難しいでしょうからね」

「……やはり、相当厳しい戦いになると言う事だな」

「いえ、サクッと終わらせます」

「…………はっ?」

「…………へっ?」

「ククククク……」


 寝耳に水でアングリしている李典と関羽の顔を見て、李鳳はとても愉快に笑う。

 すぐに顔を真っ赤にして関羽が叫ぶ。


「朱里達の策でさえ大きな被害が出ると、たった今お主が言ったばかりではないか!」

「ええ、ただでさえ数で劣ってますし……敵には、あの呂布がいますからねェ」

「……呂布か」


 呂布という名を聞いて、関羽の偃月刀を持つ手にも力が入る。

 関羽は荒げた声を静め、何かを思案し始めた。

 李鳳は構わず続ける。


「敵陣中央のやや後方に呂布はいます。袁術はその背後に隠れるようにして布陣している模様」

「ほんなら、やっぱり袁術を討つには呂布の牙城を突破するしかないっちゅうこっちゃろ? そら骨の折れる作業やで……どないするつもりやねん、伯雷?」

「クックック……無問題、呂布如きはプチッと潰してやりますよ。プチッとね」


 事も無げに話す李鳳。

 呆れる李典。


「如きて……蟻やないんやで」

「呂布の一匹や二匹、仙術を会得した私の敵ではありませんよ。クヒヒヒヒ……矮小な虫けらに、己の無力さを思い知らせてやりますよ!」

「…………」


 李典は呆れを通り越し、何も言わず頭を振る。

 李鳳は自信に満ち溢れていた。


「じゃ、行ってきます」

「ちょ、ちょう待ちィや! どこ行くねん!? 雛里んとこやったら伝令使たらエエやん」


 この場を去ろうとする李鳳を慌てて引き止める。


「いえいえ……向かう先は敵陣ですよ、お土産は呂布と袁術の首級ということで。ククククク」

「ほ、本気で言うとったんかい!? 後方部隊の指揮はどないすんねん!? アンタが前出たない言うて駄々こねるさかい、ウチかて付き合うてんねんで!」

「Oops!」

「誤魔化されへんで! 関羽の補佐かてウチらの役目なんやからな!」


 李鳳の言う事を話半分にしか聞いてなかった李典は焦った。

 てっきり孫策不在の事実だけを軍師達に伝えるのだと思っていたからだ。

 被害が出ると言っても、勝てる策が用意してあるのなら邪魔しない方が良いと考えたのである。

 そもそも戦をしている以上、被害は出るものだとして李典は覚悟を決めていた。


 ところが当の李鳳は本気の本気な様子である。

 目に見えるわけではないが、李鳳の体を纏う氣が膨れ上がっていると李典は感じた。

 李鳳の言動が本気だと解ると、李典はだんだん腹が立ってきた。


 そこに空気を読めない勇者が割ってはいる。


「そ、それなら私も連れて行ってはくれまいか? 私が一緒ならば命令違反にはなるまいて? 李鳳殿の足手纏いにならんよう死力を尽くすので……頼む!」


 この瞬間、李典の溜め込んで来た鬱憤のダムは決壊した。


「じゃかましい! ややこしなるさかい、アンタは黙っとき!」

「へっ? えっ?」

「……oh my goodness!」


 堰を切ったように李典の口から愚痴が飛び出す。


「いっつもいっつも勝手ばっかりしよってからに、ウチがどんだけ苦労しとるか! アンタらのせいでウチはこの一週間ろくに寝とらんのやで! 木蓮かてせっかく作ってもすぐ壊しよる! 強度が足りひん? 耐久性を上げろ? ほんでも重量は軽うせい? 自動で走り回るようにはならんのか? ええ加減にせいっちゅうねん!」

「うっ、あっ、うっ……」

「This is bad……」


 李典は止まらない。


「今回かてそうや! 伯雷がどないしてもっちゅうから後方の指揮を引き受けたったし、わざわざ歩いて従軍しとるんやで! それに――」

「Hey stop! chill out! マンセー、少し落ち着いて下さい」

「落ち着けやて? これが落ち着いておれるかいな!」


 李鳳が宥めようとするが、李典は喚き続ける。

 李鳳は李典の方に振り返り、真剣な眼差しで見つめ返した。

 その真剣さと発せられる威圧に李典は若干怯む。


「……マンセー」

「な、なんやねん!? や、やるっちゅうんか!?」


 好戦的な態度を示す李典。

 李鳳の放つ威圧感はさらに増していく。


「マンセー……!」

「なっ、なんじゃい!?」


 一歩、また一歩と李鳳は李典ににじり寄る。

 李典は意地でも引く事は出来ない。

 すると、李鳳は李典の前で片膝をつき、臣下の礼を取った。


「この世界で私が頼れるのは……貴女だけなんです、真桜」

「うぇっ……?」


 頭を垂れる李鳳に対し、いきなり真名を呼ばれた李典はキョトンとする。

 李鳳はさらに言葉を紡ぐ。


「もし世界が私を拒絶しても、貴女が居てくれればそれでいい。もし大陸中の人々に否定されたとしても……貴女が認めてくれれば、私は大陸の誰よりも強くなれるでしょう」

「な……な……」

「この乱世に咲く一輪の花、それが貴女です。荒廃した私の心を潤わす恵みの雨、それが貴女です。どうか怒りを鎮め、いつもの笑顔を見せて下さい。私にとって……貴女の笑顔は百の良薬に勝ります。貴女の信頼は、千の合力に等しいでしょう」


 李鳳の口から語られるソレは、まるで愛の告白であった。

 李典は頬を染める。

 ついでに関羽も頬を染めていた。


「こ、こないな時に、な、何言うてんねん!」


 赤面した李典は叫ぶ。

 2人きりならまだしも、今は戦場で、周囲には味方の兵士が大勢居るのだ。

 兵士達は皆聞いてない素振りをしているが、興味津々な態度は隠し切れずソワソワしている。

 李鳳は未だ頭を上げない。


「誰に嫌われてもいい。誰に否定されても構いません……ただ、貴女が信じてくれるなら」

「……や、やめェや。皆が見とる……」

「我侭を言っているのは重々承知しています。ですが……どうか信じて欲しい。そして、私が行くのを許して欲しい」

「…………」


 周囲の兵達はもはや遠慮せず、固唾を呑んで見守っている。

 よく分からずに李鳳を応援している者さえ出てきた。


「無駄死にする気はありません。また、無駄な犠牲を出す気もありません。“嘘”はつきますが、“約束”は守ります。そして……真桜、貴女も護ります」

「…………」

「認めてくれませんか? ただ信じる、と。言ってくれませんか? 許す、と……真桜」


 李鳳はここで漸く下げていた頭をゆっくりと上げ、李典の瞳を真っ直ぐ見据える。

 前線で戦闘が行われているとは思えない程の異様な空気が支配していた。


「……うぅぅぅぅ、あ~、もう分かったわ! 許す! 許したる!」


 緊張に耐え切れなくなった李典は顔を真っ赤にして叫んだ。

 周囲から歓声が起こり、拍手の嵐が吹き荒れた。

 李鳳はニコリと微笑む。


「クックック……言質、確かに取りましたよ」

「へっ?」


 みるみる内に微笑が凶悪な歪みを帯びていく。


「では関羽殿、行きますよ!」

「えっ、あ、ああ。承知した」

「ちょ、ちょう……伯雷?」


 未だ頬の赤い関羽が乗る木蓮・四式に手をかける李鳳。

 戸惑い気味に返事をする関羽。


「言っておきますが、同行を志願したのは関羽殿です。死んでも……自己責任と言うことで、クヒヒヒヒ!」

「構わぬ! 元より覚悟の上だ!」

「なぁ、聞こえとる? もしもーし?」


 李鳳は「ふぅ」と息を吐き、集中力を高める。

 小周天によって氣を巡らせ、飛躍的に肉体を強化した。

 吹き荒れる氣の奔走を周囲の者も肌で感じ取った。

 関羽も偃月刀をブンッと振りかざす。

 関羽の体はベルトで四式に固定してある。


「操縦は全て私に任せ、関羽殿は斬る事のみに専念して下さい」

「忝い! 前方の敵は全て任されよ!」

「調子に乗って侵略してきたゴミ屑共に、理不尽という名の粛清を与えてやりましょう。クヒャヒャヒャヒャ……What the hell! ha-ha!!」

「…………」


 李鳳は狂ったように笑い始めた。

 李典は呆然としている。


「Hee-hee! Hey bitch, your plan's over! It's my turn!!」

「…………」


 李鳳は変なスイッチがオンされていた。

 李典は軽い眩暈を覚える。


「関羽殿! Are you ready?」

「うむ!」

「…………」


 関羽は意味など分からず、李鳳に返す。

 李典は頭痛がし始めていた。


「Here we go!!」

「いざ参らんッ!」


 強化された李鳳に押し出された木蓮・四式は、土埃を舞い上げて加速する。

 あっという間に小さくなる車椅子と李鳳を、李典は遠い目で見送った。




 防衛・迎撃用として改造された車椅子で想定されていない突撃を敢行する狂った2人。

 関羽は嬉々として偃月刀を振り回す。


「フハハハハ! 戻ってきた……私は、戻ってきたぞ! 我こそは関雲長! 劉玄徳が一の家臣なるぞ!!」


 人が一人乗っているとは思えない程、李鳳は車椅子を軽々と操縦した。

 人馬一体の如く、刃車一体となった木蓮・四式は一直線で戦場を駆け抜ける。

 気持ちが高揚する関羽であったが、一点だけ気になっている事があった。


「ところで李鳳殿、李典をあのまま放っておいて良かったのか?」

「クックック……構いませんよ。それに……“責任”は取ります」


 李鳳は不敵に笑う。




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