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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
袁家の栄枯盛衰
100/132

100話

※ある動物に対して偏見や暴言を含みます。ご容赦を…。

 劉備が復活した事によって朝議は最初からやり直された。

 劉備は各々の意見や報告を聞いて、自分なりに“責任の重さ”について考えるようになり始めていた。

 朝議の進行は筆頭軍師である諸葛亮が務めている。


「次は袁術軍の動向についてですが……これは教祖様、お願いします」

「うーい。それについてはウチが語るより、隠密本人に聞いてもろた方が早いやろ。おーい、入ってきぃや」


 李典がそう言うと、閣議の間の扉が開かれ李遊軍の隠密担当が姿を現した。


「どうも皆さん……ご無沙汰です、クックック……!」

「「「「李鳳(さん)ッ!?」」」」

「李鳳先生!!」


 一斉にその名を叫ぶ面々。

 趙雲は李鳳を見て安堵の表情を見せる。


「李鳳、お主意識が……いや、無事で何よりだ……それよりも妖光、お主……李鳳を知っておるのか?」

「えっ、あ、はい。存じてお「ちょっと待ちなさい、妖光!」……詠様?」


 詠は妖光が話すのを遮り、李鳳に近寄って小声で怒鳴った。


「どうしてあんたがココに居るのよ!? それに全員があんたの真名を呼ぶ関係って……どういう事か説明なさい!」

「ククククク、色々ありましてね……あまり詮索しない方が“お互い”の為じゃありませんか? 分かったなら黙って私に合わせて下さい。馬鹿じゃあるまいし、私の言っている事が理解出来ますよね? クックック……!」

「なっ!? ……くッ!」


 詠は押し黙るより無かった。

 話自体は聞こえてなかったが、やりとりを不審に感じた趙雲が口を挿む。


「李鳳、本当にお主らは知り合いなのか?」

「ええ、私が旅の薬師をしていた頃に涼州でお会いしました。そこの董……いえ、月殿が体調を崩されていたので、薬膳料理を振舞ったと記憶しています。そうでしたよね、詠殿?」

「……ええ。その通りよ、あの時は世話になったわね」

「李鳳さんのおかげで私も元気になれました。その節は本当にありがとうございました」

「李鳳先生も御元気そうで良かったですぅ」


 脅しのような李鳳の発言に頷くしかない詠と、律儀にお礼を言う月であった。

 妖光は嬉々とした声色で再会を喜んでいた。

 納得の劉備陣営に対して、怪訝な表情を浮べる者が約一名。


「ほーぅ、その話……後でしっかり聞かしてもらおやないか、伯雷」


 ドスの利いた声で李鳳を脅す李典。


「ふぅ、やれやれ……面倒なので却下です」

「なんやとッ!」

「…………」


 妖光は何も言わず黙っていたが、その目は李典に強く向けられていた。

 少しピリッとした雰囲気に諸葛亮と鳳統は萎縮している。


「それよりも……袁術の動向について報告しても良いですカァ?」


 そんな空気なんぞお構いなしに李鳳が声を発した。


「ど、どうぞ。お願いしましゅ……はぅ」


 緊張で舌を噛む諸葛亮であった。


「袁術は曲陽に逃げ延びていた呂布と結託して、この徐州を狙っている模様」

「「「「りょ、呂布!?」」」」

「やっぱり……生きてたんだ……良かった」


 再び皆が一斉に名を叫んだ。

 詠らは驚きよりも無事が確認出来た安心感の方が強かった。


「すでに軍が動き始めてる事を見ても、宣戦布告をするつもりは無い模様」

「そ、そんな……!?」

「大義名分も無く我らを攻めようと言うのか!?」

「勝てば後からいくらでもでっち上げれますからネェ、クフフフフ……単純に忘れているだけの可能性もありますが」

「そんな馬鹿な……いや、うーむ……」


 笑って言う李鳳に、全否定出来ない面々。


「どちらにしろ……こちらも迎撃の準備を進めた方が良いでしょう。それと……獅子身中の虫は利用しない手はないですよ」

「獅子身中の虫? どんな虫なのだ?」

「おそらく……孫策さんの事、ですね?」

「ご名答。孫策陣営は袁術から独立したがっています。上手く交渉出来れば袁術軍を挟撃する形にもっていけるでしょう」

「確か、李鳳さんは孫策さん達と知り合いでしたよね?」


 そう尋ねてくる諸葛亮に李鳳は首を横に振る。


「……知り合い、と言えば知り合いですが……私を交渉の窓口にするのは下策です。丁度良い具合に、先程孫策配下と思われる間者を一人捕えておりまして……」

「えっ!? そうなんですか!?」

「猫観察が趣味のようで隙だらけでした……今は、短気で気性は荒いですが優秀な小娘と呑気で気性の穏やかな幽州の小猫が見張っていますよ。クヒヒヒヒ」

「では、その方に伝言をお願い出来れば……」

「ええ、交渉の余地は充分にあると思いますよ」


 交渉に関しては諸葛亮と鳳統が、軍備に関しては趙雲と張飛が整える事となり、李遊軍は文字通り遊軍として動く事に決まった。


 朝議が終わると劉備は李鳳に駆け寄り、頭を下げた。


「李鳳さん、愛紗ちゃんの件は本当にありがとうございました。おかげで愛紗ちゃんの命が助かりました。本当に感謝の気持ちで一杯です」

「そうですか……私は気持ちより対価を頂きたいですネェ、ククククク」

「あっ、それは勿論、約束した通りのモノを……ただ、もう一つだけお願いを聞いて貰えないでしょうか? 李鳳さんにしか頼めない事なんです!」


 先程よりも深々と頭を下げる劉備を見て、面倒臭さを前面に押し出す李鳳が応える。


「ハァ……何でしょうか? 内容と謝礼次第ですかネェ」

「実は……愛紗さんをもう一度診て欲しいんです!」

「はい? どういう事でしょうか?」

「とにかく、一緒に来て下さい!」


 そう言うなり劉備は李鳳の手を握り、強引に引っ張って行った。


「ちょっ……人の話を……ぃゃぃゃ、ぉぃぉぃ……」


 引っ張られるまま李鳳の声はだんだん遠くなる。


「ほぅ、やるもんやな」


 その光景を見て、李典は呟くのであった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「そ、そんな……公孫賛殿がッ!?」


 腰まで伸びた黒髪の綺麗な美女が寝室の、それも寝台の上で悲愴な声を上げた。

 左腕と下半身の自由が利かない関羽である。

 関羽は今、城から離れた城下の一軒家に介護を担当する侍女と共に暮していた。


 劉備は関羽の右手を握り、目を見て語りかける。


「信じられないかもしれないけど……ホントの事なんだよ」


 その目が真実を語っていると関羽は覚った。

 そして細々と呟く。


「なんと言うことだ……礼の一つも言えておらぬのに……」


 関羽の両目から涙が溢れた。

 握られた手を強く握り返す関羽であったが、その両肩は震えていた。


「そうだよね。白蓮ちゃんには一杯助けて貰ったけど……私達は何も返せなかった。でもね、白蓮ちゃんが『後は託す』って私に言い残したんだって」

「桃香様に……後を託す、と?」

「うん。だからね、これから一杯恩を返していこうと思うんだ!」

「これから……?」


 劉備の発言に不可解な顔を返す関羽。


「そうだよ。白蓮ちゃんは私の夢を聞いても馬鹿にしなかったんだぁ。それどころか、そんな世の中を見てみたいって笑って言ってくれたんだ……自分もその夢に乗ってみるって」

「……公孫賛殿……」

「だからね、これから頑張ればいいんだよ!」

「……桃香様……」


 関羽は劉備の顔を涙を浮べた目でぼんやりと見ていた。


「これから私は夢を実現させる為に精一杯頑張るつもりだよ! でもね、本当に実現させるには……愛紗ちゃんの力がもう一度必要なんだよ!」

「…………」


 関羽は無言で押し黙る。

 劉備は優しく声をかける。


「愛紗ちゃん……」

「……今の私では……とてもお役に立てませぬ」


 関羽は静かに言い放った。

 己の現状をイヤと言う程知っているからである。

 辛うじて動かせる右腕ですら以前のような力はもう無い。

 馬にも乗れず、戦場を駆ける事も出来ず、剣すら碌に持てない武将に存在価値などあるハズも無いと感じていたのだ。


 関羽は自分が生き延びた事には感謝した。

 しかし、何よりも呂布を圧し返した実績に満足してしまったのである。

 文字通り己の全てをぶつけて得た『引き分け』であった。

 天下無双と引き分けという事実自体が意味を持ったのだ。


 関羽が今動けないのは、その“代償”であると考えていた。

 そして、それだけの犠牲を払う価値があったとも思っているのだ。

 関羽が生きてきた年月の中でもっとも輝いた瞬間を聞かれれば、迷わずに呂布との一騎打ちを挙げるであろう。

 互いに誇りと守るべきモノを懸けた全力の一戦、思い出すだけでも心が熱くなるのは嘘ではない。

 しかし、心が熱くなっても体は反応しないのである。

 それでも関羽は満足だったのだ。


「そんな事ないよ! 私には愛紗ちゃんが必要なんだもん!」

「……申し訳ありません。私には――」


 強く訴える劉備に対して、関羽が静かであった。

 冷め切った鉄のように硬く閉じ篭っているようでもあった。


「やっと見つけた……探しましたよ」

「り、李鳳殿!?」

「李鳳さん、遅いですよ!」


 一転し驚く関羽と、苦言を呈す劉備。

 診療器具と取りに行っていた李鳳が侍女に先導され遅れてやって来たのである。


「……あの説明で辿り着いた私を、むしろ褒めて欲しいところなんですが」

「り、李鳳殿……桃香様から話は聞いています。そなたのおかげで私は助かったのだと……本当に、感謝致す!」

「報酬に対する対価を支払っただけですので、お礼は無用ですよ」

「いえ、そうはいきませぬ。礼は尽くさねば」


 動かし辛い上半身を傾けて礼をする関羽。


「さぁ、さぁ、李鳳さん。早く愛紗ちゃんを診てあげて下さい!」


 急かす劉備に李鳳は溜め息を吐く。


「ハァ……ハイハイ、分かってますよ。では関羽殿、前を少し肌蹴(はだけ)させて貰いますネ」


 そう言って李鳳は関羽の服をつまむ。

 関羽は顔を赤くして叫ぶ。


「なっ、何をッ!?」


 動かせる右手で李鳳の手を払いのけようとしていた。


「肩口の傷跡を診るだけで他意はありません。乳房などを見たいワケではありませんよ、クックック」


 診察だと判った瞬間、関羽の顔は更に真っ赤になるのだった。




 触診と氣診と問診による診察を試みる李鳳。


「……ふむ、傷口の治癒具合は良好ですね。我ながら見事なオペだ、クヒヒヒヒ……!」


 続いて関羽の左腕を持ち上げ、各部位と指先で叩いていく。

 劉備は息を呑んで見守っている。


「何か感じますか?」

「……いえ、何も……」

「ここはどうですか?」

「……そこも何も……」


 関羽の発言の度に劉備の心配度合いは高まっていった。

 李鳳も関羽も表情にあまり変化はなく、劉備だけがヤキモキしている。


 左腕に次いで両脚も診た李鳳が口を開く。


「なるほど。判りました」

「ど、どうなんですか!? 愛紗さんは動けるようになるんですか!?」


 関羽本人よりも結果が気になっている劉備は食い気味に詰め寄る。


「結論から言いますと、自力での戦線復帰は不可能です」

「そ、そんな……」

「…………」


 劉備は悲愴な表情になるのに対して、関羽の表情に変化はない。

 自分の体であるから本人が一番理解してもいたのだ。


「なんとかならないんでしょうか?」

「氣脈と神経系が壊滅的にヤラレていますので……私ではお手上げですネェ」

「…………」

「まっ、幸い右腕と上半身は動かせるんですし、関羽殿なら車椅子さえあれば日常生活の移動には困らないでしょう」


 平然と話す李鳳であったが、劉備の表情は冴えなかった。

 そんな劉備に関羽は礼を述べる。


「桃香様、色々とお気遣い頂き大変恐縮で御座います……ですが、私はこの状態でも満足しております。こうして命は助かったのですから」

「愛紗ちゃん……」


 悟ったような表情を浮べる関羽に、劉備は訴えかけるように声を上げた。


「愛紗ちゃん、聞いて欲しいの……“黒蓮”ちゃんを覚えてるよね?」

「勿論です。今となっては公孫賛殿の忘れ形見となってしまった……我が愛馬です。この二ヶ月は会っておりませぬが、元気にしておりますか?」

「うん、元気だよ……他のどの馬よりもよく走って、他のどの馬よりもよく食べてるよ」

「ははは、それは良かった。何よりの吉報で御座います。最早共に戦場を駆ける事は出来ませんので、鈴々か星に譲りたいと「ダメなんだよ!」……?」


 笑みを漏らす関羽に対して、劉備は真剣な顔付のままで話を続ける。


「他の人じゃダメなんだよ……! 星ちゃんや鈴々ちゃんが試しに乗ろうとした事はあったよ……でも、黒蓮ちゃんは他の人が跨ると暴れ出すんだよ! 愛紗ちゃん以外の人を乗せようとはしないんだよ!!」

「……黒蓮が……?」

「愛紗ちゃんじゃなきゃダメなんだよ!」

「荷を引くだけだった駄馬が、機運到来で関羽殿と言う武将に出合い、共に戦場を駆け戦ったことで……文字通り、軍神を乗せ得る軍馬へと変貌したのではないでしょうか。その誇りがある故に、軍神足らん者を拒むのでしょう」


 劉備は関羽の奥底に眠っていると信じている冷めてしまった“モノ”に再び熱を与えようとしていた。

 李鳳は面白い余興が始まったと内心で喜び、劉備の話を補足説明するのであった。

 しかし、関羽は満足気に微笑むだけだった。


「ありがたい。黒蓮には本当に世話になった……呂布との一騎打ちに善戦出来たのは、黒蓮のおかげだ」

「愛紗ちゃん……」


 微笑む関羽を見てしまっては何も言えず、劉備はただ名を呼ぶだけであった。


 普通ならば、これで終わっていたであろう。

 劉備は諦めて帰って行った事だろう……しかし、今は李鳳がいた。

 天邪鬼な李鳳がこの状況で黙っているハズが無かったのだ。


「なるほど、なるほど……負け犬が離れ小屋で静養していると聞いていましたが、ここは家畜小屋の間違いでしたネ。ただ売られるだけのブタを飼育している養豚場だ、クックック……!」

「…………」

「……り、李鳳さん?」


 突如として笑いながら話し始めた李鳳。

 戸惑う劉備に対して、関羽はここに来て初めて怒りの感情を氣色に表したのである。


「いや……売られもしないタダ飯喰らいなブタだけに、余計に性質(タチ)が悪いですネェ。飼育する方も大変でしょう、ねっ? クヒヒヒヒ!」

「…………」

「り、李鳳さん、一体どうしたの!?」

「……李鳳殿、どう言う意味かな?」


 突然話を振られた侍女は固まる。

 李鳳の目には関羽の怒りの氣色が濃くなるのがハッキリと見えていた。

 だからこそ楽しくて堪らないのである。


「おやおや、聡明な関羽殿ならすでにご理解頂けてると思ってましたが?」

「……私が……ブタだと言いたいのか!?」

「いえいえ、滅相もありません……今の貴女はブタにも劣る畜生ですよ。クヒャヒャヒャヒャッ!」


 空気と化していた侍女の顔が青褪める程、李鳳の笑い声は不気味に響いたのだった。








最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


読者の皆様のおかげで100話達成しました。

今後も宜しくお願いします。

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