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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
李一家の麒麟児
10/132

10話

孫策らとの戦闘は一旦お終いです。

――とある竹林――


 黄蓋の一撃を防いで、すぐに立ち上がった李鳳。

 しかし、あると思っていた黄蓋の追撃は無かったのである。



【李鳳】


 あぶねぇ、ギリギリだったぞ…………肉体強化したハズなのに、なんで吹っ飛ばされるんだよ!?

 有り得ねェ……覚醒した主人公は、窮地から逆転するのがお約束だろ!?


 痛覚を遮断してるから感じなくて気付くのが遅れたけどさ、右手の中指と人差し指が明後日の方向を向いてるじゃんかよ……うぅっ、さらに失血でかなり視界がブレ始めてきたな。

 ヤッベェ……相手は2人、その内1人は無傷のままだ。


 ……。

 …………。

 ヤ……ヤバい、本気でどうしよう…………やっぱり死ぬのかな……?



 しかし、当の黄蓋はいつまで経っても追撃してこなかった。

 ふと、それに気付いた李鳳は意識を黄蓋の表情に向けたのである。


 

 あれ……?

 シルバーの奴、なんで動かないんだ……?

 ……呆けてんのか!?

 もしくは急な頭痛や腹痛におそわれたか!?

 ……大歓迎だぞ!


「お、お主……氣が使えるのか!?」


 黄蓋の放った質問で、李鳳は漸く合点がいったのである。



 ……ああ、そゆことか。

 覚醒した俺を必要以上に警戒してるワケね。

 パワーアップしたのに……結局、あんた以下だよ!

 しかも、とっくに限界だ……。

 邪魔なピンクは後方に下がってるし、逃げ出すには今が好機なんだが……そうだ!



 何かを閃いた李鳳は徐に口を開いたのだった。


「これが氣……ですか? 初めて知りました。しかし、この氣の扱いに長けていらっしゃる貴女様は、さぞ高名な武芸の達人とお見受けしました。私は雷と申す武に憧れる者で御座います。宜しければ……お名前を教えて頂けませんか?」

「むぅ? そうか、儂もまだまだ精進中ではあるがな、それなりに使えるという自負はあるのぅ」


 よしよし、褒めたのが効いているな、もう一押しだ。


「とんでも御座いません。気迫だけで圧倒されてしまい、立ち向かう力も残っておりません。正直感服しております」

「ワハハ……そうか、そうか。儂の名は黄蓋と申す」

「あの黄蓋様でしたか!? 孫文台様に仕えし呉の重臣。弓の名手にして義にも信にも篤い勇将と聞いておりましたが、そのような美貌と卓越した氣功術までお持ち併せとは存じておりませんでした」

「ハッハッハ、よせよせ、そんな大そうな者ではないわい」


 おっけー、言葉とは裏腹にあからさまな喜の感情が見え始めたな……後は仕上げだ。


「しかし、それだけに残念でなりませぬ」

「むぅ? 何が残念なんじゃ?」

「黄蓋様が義に篤く、思慮も深く、民草をとても大事に思いやる勇将であるという噂が、全くの出鱈目だったとは……」

「なっ!? 何を言うか!!」


 黄蓋が声を荒げた。


「私は生まれてすぐに両親を亡くした孤児で御座います。つい最近までは孤児同士で一緒になって、何とか飢えを凌ぐ生活を送っておりました。その為に、真名という存在を知りませんでした。また、数年前に一番親しくしていた友が行方不明になりまして、名を斉(さい)と言いました。私は今日までずっと斉を探しておりました」

「なっ!?」

「先程はお連れの方が『さい』と呼ばれたのを聞いて、数年間探し続けていた斉が現れたのかと動揺してしまい、あのような事態となった次第です。私の無知が招いた結果ですが、私が知る黄蓋様であれば、あのような真似はされないハズです。如何なる理由があったにせよ、私はまだ小さくか弱い子供、更には怪我もしておりました。更に言いよどんだ発言を理解してくだされば、いきなり童を殴りつけるなど無かったのではと愚考するのです。私は呉の民草です。孤児ではありましたが、呉を愛し、将来は孫堅様にお仕えしたいと思っておりましたが、その忠臣であらせられる黄蓋様が国を想う一人の民である私に、このような傍若無人な振る舞いをされるとは……夢にも思っておりませんでした」


 黄蓋は黙ったまま、何も言えずにこちらを向いている。


「私はこのまま死ぬのでしょう。呉の為に励みたいと思い生き抜いてきたはずが、呉に仕えし将軍に嬲り殺されるコトになるとは…………ははは。それで黄蓋様は、ご自分は呉の為に戦ったんだと、誇れる仕事をやったんだと、胸を張って生きていかれるのでしょうね。さぁ、殺して下さい。黄将軍閣下」

「………………」


 黄蓋は黙ったままだった。


「どうしました? ああ、出血多量で失血死するのを待つわけですね? なるほど、私には想像も出来なかった鬼畜な殺し方ですね。では、弱っていく様を存分にご覧下さい。呉の義将殿」

「そこまでにせんか、よう分かったわぃ。医療兵を手配する故、診てもらうが良かろう。儂が案内する。立てんようならおぶっていくが……?」


 黄蓋は耐え切れなくなり、李鳳を助けると言い出したのだった。



 よし! ライフポイント残り1。

 耐えたぞ。くっくっく、シルバーが真面目な人間で良かったよ。

 うん、好感が持てる。

 俺は俺を笑わせてくれる人は嫌いじゃないよぉ。



 李鳳が漸く窮地を脱するかと思った瞬間、その声は響いたのである。


「祭、ちょっと待って」

「策殿?」


 ……糞ピンク、さっきまで黙ってた奴がいきなり何だよ!? 

 しっしっ! しゃしゃり出てくるなよ!!


「策殿、童は呉の民のようですぞ。手当てせんと本当に死んでしまうぞい?」


 いいぞ、シルバー! 頑張れ! 俺は応援するぞ!!


「……そうね」

「で、では……?」

「さっき話だけど……その子、ホントの事言ってないわよ」


 うげっ!?


「なんと!? ……出鱈目じゃったと?」

「全部じゃないでしょうけどね」

「しかし、策殿はどうしてそれを?」

「ふふ……勘、よ!」


 …………く、くく、くくく、くはははははははははははは。


「はははははははははは。あーはっはっはっはっはっは。バレちゃってたのか。くははははは……長々話した俺は、道化じゃんかよ!? まったく忌々しいピンクだ、空気読んで黙って死んでろよ!」

「残念だったわね、でも、話自体はなかなか興味深かったわよ。件の河賊さん」

「いきなり何を!? ぴんく? ……賊じゃと?」


 無表情のまま黙っていた李鳳が突然愉悦に顔を歪めて笑い出し、その後の急転に黄蓋は困惑するのであった。


「くくく、やっぱり俺はお前が大嫌いだよ…………孫伯符!」

「あら? 私の事、知ってたんだ」

「さっきな。シル……そっちの黄蓋が策殿と呼んでたので分かった」

「なんと!?」

「へぇ」


 混乱と驚きの黄蓋。

 肩の傷も気にせず笑う孫策。

 忌々しいといった表情を見せる李鳳。


「もうちょい深めに刺しとくんだったなぁ……」

「お生憎様、ふふふ」


 くっくっく、無様なもんだ。

 身近な仲間の死でナーバスになってたところに、孫策の覇気をまともにくらったから自分を見失ってたな。

 あまりのピエロっぷりが自分でも笑えちまった。

 くはははは。俺は俺らしく……さて、もう十分踊ったし、そろそろ幕をひくか。



 一転して真面目な顔付きで口を開く李鳳。


「孫策様、お願いがあります」

「……改まって何かしら? まさか今になって命乞いじゃないわよね?」

「くくく……そのまさか、ですよ。助けて下さい」

「っ!? やけに素直じゃない……殴られ過ぎて、変になったとか?」


 さすがの孫策も少し驚いた表情を見せた。


「くっくっく。いや、まだ死にたくないんですよ。為すべき事を成していないままでは……」

「へぇ、為すべき事……興味あるわね、教えてくれる?」

「亡き母の願いを叶えることです。母は私に笑って一生を送って欲しかったんですよ。だから私は、私と母が笑って暮らせる世界を創りたい、それが私の夢です」

「……平和を想う心は持っておるんじゃのぅ」


 感心したように黄蓋が呟いた。



 ……は? 平和? 誰が? 平和な世の中なんて…………つまんないでしょ。

 まぁ、いいや……誤解していてもらおうか。



 孫策も頷きこそすれど、李鳳に現実問題を語る。


「貴方の夢は分かったけど、賊だったのは事実なんでしょ?」

「私は物心つく前に両親を亡くし、李一家に拾われ隠密となるべく育てられました。生きるコトは奪うことだと洗脳的な教育を受けて13年間生きてきたんです。それが私の常識なんですよ」

「13!? 貴方、13歳なの?」

「……ふぅ、どこからどう見ても13歳でしょうが」


 眼球もしくは視神経に異常があるんじゃないか?



 ため息をつく李鳳に孫策は正直な感想を返した。


「8歳くらいだと思ってたわ」

「…………とにかく、私はむしろ被害者なんですよ! 世間一般とは異なる常識を植えつけられて、悪事を悪と思わないように育てられてきた。もしも貴女達は水を飲んだら犯罪だと突然言われたら、どう思いますか? なんで飲んじゃいけないんだ、飲まないと死ぬじゃないかって思いませんか? それとも、知らなかったとは言え今まで飲んできて済みません、自分は犯罪者なんで死んでも仕方ないって思えるんですか? 何の反論や抗議もせずに刑を受け入れることが出来ますか? 貴女達は加害者つまり搾取する側の立場なんですよ。法で決まっているから? その法は汚職まみれの宦官共が自分達の都合の良いように作ったものでないと言えますか? 多くの民草がしっかりした今の法律によって快適に暮らしているんだと胸を張って断言出来ますか?」


 まくし立てる李鳳に2人は何も言えない。


「…………………………」

「その沈黙が答えではないですか? くっくっく、貴女達が私に対してやるべき事は法に殉じた討伐ではなく……保護です。傷を治療し、一般常識を教育し直して、真っ当な人間に戻す努力をするべきなのです。その上で、罪の償いが必要ならば見合った労働をさせれば良いじゃないですか。そして、私に暴行を働いたことを心から恥じ、土下座して許して下さいと懇願し、10年は遊んで暮らせるだけの謝礼を正当な賠償として支払うべきなのです。分かりましたか?」

「……なるほどね。面白い考え方だと思うわ、けど、最後のは不要でしょ?」


 孫策が的確に指摘する。

 しかし、李鳳は強気に反論した。


「最後こそ重要じゃないですか! 私はいきなり殺されそうになった被害者ですよ!?」

「…………面倒ね、口封じしちゃおうかしら?」

「勿論冗談ですよ、孫策様。手当てさえして頂けるなら、文句なんて言うはずありませんよ」


 そして、あっさりと反論を取り下げたのだった。


「……って言ってるけど、祭、貴女はどう思う?」

「ふむ、目からウロコとはこの事ですかのぅ。これまで儂はそんな風に考えた事もなかったわい。どんな事情があったにせよ、賊は賊。犯罪者は犯罪者。そう割り切って殺してきたからのぅ」


 黄蓋は真面目に自分の意見を述べる。


「別にその考え方は間違ってませんよ。職務を真っ当するのは大切なコトです。迷っていたら自分の身や身近な人を危険に晒すことになりかねないですからね。ただ、物事には二面性があって、一方向からだけでは全ては見えないんですよ」

「ところで、貴方はどこでそんな知識を得たのかしら? 賊に出来る教育とは到底思えないわ」


 孫策はずっと感じていた疑問をぶつけたのである。


「私の主な仕事は諜報だったんですよ。学び舎や役所など、色んな所に忍び込んで得た知識です」

「優秀な諜報だったってことかしら? 武力もなかなかだし……ああっ、でも、真名は知らなかったわね?」

「常識的なことは書物に載ってませんでしたよ。ところで、真名とは本当に本人の許可なく呼んだ場合、問答無用で斬り捨てられても文句が言えないものなんでしょうか?」

「そうよ。それだけ神聖なものだと理解してちょうだい」


 くっくっく……なるほど。実に興味深くて、面白い!


「そろそろ返答を頂きたいのですが? 貧血で頭が朦朧としてきたもので……」

「そうね…………いいわ、助けてあげる。祭もいいかしら?」

「異論はありませぬぞ」


 その後、一瞬考えた孫策がある提案をした。


「一つ聞いていいかしら? 貴方、孫家に仕える気はない?」

「申し訳ありません、孫策様。その気は御座いません」


 李鳳は即答で拒否した。


「あら、残念ね……どうしてかしら?」

「白々しい……言ったはずですよ、孫策様。私は貴女が大嫌いだと」

「私も言ったわよね、振り向かせてみせるって……それよりも、そんな他人行儀な呼び方止めてくれないかしら? 貴方にそう呼ばれるのは違和感があってむず痒いのよ」

「一民草に戻るわけですから、無礼ははたらけませんよ……孫策様」


 くくく、お前が嫌がるなら尚更だよ。糞ピンク! これから、おま――バタッ!!



 思考を寸断して倒れこむ李鳳。

 黄蓋が慌てて駆け寄る。



【黄蓋】


 策殿とやりとりをしていた摩訶不思議な童が突然倒れこんでしもうた。


「お、おい、小童!?」

「気を失ったみたいね。祭、おぶってあげて」


 ふむ、それは構わんが……。


「策殿は平気で?」

「私は自分で歩けるわ。それよりもその子ね、また出血し出してるし……急いだ方がいいわね」


 確かにのぅ。やれやれ、冥琳にはなんと言うつもりじゃろうて……。



 唯一人怪我をしていないのに、頭痛のする黄蓋であった。



読んで下さり、ありがとうございました。

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