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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
李一家の麒麟児
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1話 その者、狂悪につき

初投稿で拙い文章だと思いますが、興味を持って頂けると嬉しいです。

ただし、アンチやご都合主義を含むことになるかもしれないので、苦手な方は読まないほうが良いと思います。


 三国志という史実には、無数の民間伝承(みんかんでんしょう)が残されている。伝記の(たぐい)はどれも主人公が英雄視され、その活躍は華々しい。劉備(しか)り、関羽然り、曹操然り、張遼然りである。一騎当千の英雄譚(えいゆうたん)を聞けば、誰もがその勇猛果敢な姿を想像し、期待に胸を(ふく)らませた。

 中にはどういうわけか英傑(えいけつ)達が美女や美少女となっており、未来から来たという青年がハーレムを築く摩訶不思議(まかふしぎ)な外史がある。そんな逸話(いつわ)を耳にすれば、一部の男性は淫靡(いんび)な姿を妄想し、興奮に股間(こかん)を膨らませた。

 しかし、どんな世界にも異端(いたん)なるモノは存在する。これは外史において英傑達を翻弄(ほんろう)し、その名を記する事さえ(はばか)られた破綻者(はたんしゃ)の物語である。






 衰退(すいたい)一途(いっと)を辿る後漢王朝は、外戚と宦官(かんがん)が権力を掌握していた。極端なまでの賄賂(わいろ)政治が横行し、賄賂無くして官僚(かんりょう)の出世は有り得なかった。無論、その賄賂は民衆から搾取(さくしゅ)したものであり、必然的に全国で反乱が連発したのである。

 貧困に苦しむ善良だった民は賊徒(ぞくと)へと堕ち、飢えを(しの)ぐ為に略奪を繰り返した。しかも、その矛先は官僚達ではなく、他の善良な民衆であった。力ある者に抗う事は出来ず、当然の結果として弱き者だけが割を食う。

 人はこの時代をこう呼ぶ――乱世(らんせ)、と。



 氷河期のような世間とは隔絶(かくぜつ)された山中深き森では、青々と茂った木々の隙間から太陽が顔を覗かせ、穏やかな光が大地を優しく照らす。新たな(つぼみ)が芽吹き、小鳥の(さえず)りと川のせせらぎは合唱のように調べを(かな)でている。その森は確かに春の訪れを感じさせた。

 そんな森の中で、その者は寝ていた。寝ていると言っても昼寝をしているわけではない。年の頃は十代に突入したばかり、幼さの残る顔立ちと小さな体躯(たいく)は少年と呼ぶに相応しい。

 ()の光を浴びて目を覚ますと、黒髪を揺らしながら上半身を起こした。まだ(うつ)ろな瞳を()らし、ゆっくりと辺りを見渡す。


「……こ……此処(ここ)は……いっ!?」


 意識の覚醒(かくせい)と同時に激しい痛みが少年を襲った。痛みによって少年は記憶を呼び覚ます。


「ああ、そうだった……フッ、ハハハハハ」


 少年は自分の右手を見て思わず吹き出す。中指と人差し指が紫色に染まって膨れ上がり、間違いなく折れていた。(かろ)うじて拳を握り込めるが、握るたびに鈍い痛みが走る。子供であれば大袈裟(おおげさ)に騒ぎ立てても可笑しくないのだが、少年は呆れたように笑った。右手の骨折も所詮(しょせん)は数多ある怪我の一つに過ぎず、むしろ動かせるだけマシと言っても過言ではない。


(くっ……痛ェ、応急処理だけじゃ厳しいか。ドMなら狂喜(きょうき)してるだろうが、生憎(あいにく)俺にその気はない。今ばかりは残念でならないよ)


 苦痛で笑みすらも歪む。息を吸うだけで胸が痛み、少し動くだけで脇腹が悲鳴を上げた。


(右は動くけど、左腕はピクリともしないか。まぁポッキリって言うよりはバッキバキってレベルで折れてるもんな。(しび)れてて鉛のように重いけど、何も感じないのが不幸中の幸いか。あばらも左側は軒並(のきな)み全滅だな……胸骨と鎖骨はヒビで済んでるけど、内臓はかなりヤバイ。口の中も鉄の味しかしないし……)


 ペッと血痰(けったん)を吐き立ち上がろうとするが、ふらつき膝をつく。


(くそ……立ち眩みか、血を流し過ぎたな)


 少年が(まと)う衣服はあちこちが破れ、どす黒く変色していた。元々の生地(きじ)は薄い青紫色であったが、流れ出た血液によって黒く染まったのである。出血の原因は明らかに事故によるものではない。露出する肌からは刃物で斬られたような傷や、殴られたと思われる(あざ)が見え隠れした。

 年端(としは)もいかぬ子供であっても、このような目に遭う現実。乱世という時代が如何に過酷(かこく)であるかを如実に物語るようであった。

 少年は時折苦悶(くもん)の表情こそ浮かべるが、涙は一切流していない。それは非日常を日常として受け入れた者の意思の強さを感じさせた。しかし、乱世に生くる子供が皆この少年と同じかと聞かれると、答えは否である。むしろ少年は稀有(けう)な存在と言えた。子供であれば殴られれば泣くし、斬られれば恐れおののく事であろう。

 何かしら故ある少年は深く息を吐き、(くら)む視界を回復させんと頭を振った。再びの両の足に力を込める。何倍にも感じる重力に(あらが)い、彼は立ち上がった。


(よっ……と、一気に老けた気分だよ。せっかく会えた歴史上の有名人だったのに……まさか、こんな目に()うとはね。“この世界”が普通じゃないのは知ってたけど、見ると聞くでは雲泥(うんでい)の差があるな)


 不敵に笑う少年も十分普通ではない。随所(ずいしょ)で垣間見える反応はおよそ一般的な子供のそれとは異なる。


(それにしてもあのピンク、子供相手にムキになりやがって……とりあえず、いつか泣かす。まっ、お互い生きてれば……だけどね)


 少年はどこか大人びていた。子供にはない達観した思考で記憶の糸を手繰(たぐ)る。


「くっくっく……母上、見ていますか? アナタの息子は他人を糧にして、(すこ)やかに生きていますよ。アナタの“望み”通りに、ね」


 空に向かって独り言を呟く。怪我のせいであれば一時的、素であれば元々となるが、少年は壊れていた。

 見上げた空はどこまでも青く、優雅(ゆうが)に雲が棚引く。しばらくして、少年は突如笑うのを止めた。耳を()ますとガサガサと音が聞こえる。

 息を潜めて周囲の様子を(うかが)っていると、木陰から二頭の狼が現れた。(つがい)らしき雄と雌の二頭は少年と同等かそれ以上に大きい。少年の笑い声を聞いたか、あるいは血の臭いを嗅いでやって来たのだろう。


(狼って夜行性じゃないっけ? わざわざ昼間から出張って来たって事は……相当飢えているか、ガキでもいるかだな。俺もガキだけど、くっくっく)


 二頭の狼は少年の正面に立ち、うなる事も吠える事もしない。その姿は威風堂々とし、王者のような貫禄(かんろく)であった。現に持久性と瞬発性を兼ね備えた脚力と骨をも砕く咬筋力(こうきんりょく)を有した狼は、この森の頂点に君臨する捕食者(ほしょくしゃ)に相違ない。

 油断ではなく余裕を持って一歩、また一歩と近付く雄狼。雌狼もゆっくりと移動して少年の退路を()つ。絶体絶命の危機に(ひん)しているが、少年に怯えた様子はない。大人でも身がすくむであろう恐怖が目の前に迫っている。子供ならパニックに(おちい)り、失禁しても不思議ではない。

 迫り来る二頭の狼に対し彼は


「迫力はあるんだけどさ……(よだれ)垂れてて台無しだよ? くくくっ、もしかして肉は久しぶり? ねぇねぇ、かぶり付きたい? もしかして、我慢し切れない? 奇遇だねェ……ミートゥーッ!」


 言うや否や、臨戦態勢(りんせんたいせい)に移行する。解放された少年の禍々(まがまが)しい殺気は雌狼の足をピタリと止めた。一方の雄狼は王者としてのプライドか、はたまた無知なる故か歩を止めず一気に走り出す。

 一瞬で少年の懐に飛び込んだ雄狼は、少年の腹部目掛けて襲い掛かった。鋭く(とが)った牙が脇腹へと迫り来る。

 しかし少年は、半歩足を引き、上半身を捻る事で回避して見せた。折れた骨が圧迫されたせいで顔をしかめるが、少年の行動はそれだけでは終わらない。彼は宙に浮いて無防備となった雄狼に、素早く拳を繰り出した。右の正拳が狼の側頭部に直撃した瞬間、バフッと音を立てて狼の頭は()ぜ脳が吹き飛ぶ。断末魔(だんまつま)を上げる暇すらなく、あっさりと雄狼は絶命した。

 地面に転がる死骸となった雄狼を見て、雌狼は脱兎(だっと)の如く駆け出す。雌狼は一部始終を目撃していながら、何が起こったか理解出来ていない。しかし、子を想う母性本能と野生の勘とでも言うべき生存本能が、この場に留まる事に対して警鐘(けいしょう)を鳴らしたのである。

 食うか食われるかの自然世界においては、例え群れの仲間が殺されようと無謀な敵討(かたきう)ちなど試みない。生物は等しく生き延びる事を優先させるのだ。それは森の王者とて例外ではない。


 一方、少年は拳を突き出した体勢のまま硬直していた。


「……えっ、ワンパン!?」


 胴体のみとなった狼と自身の右手をまじまじと見比べる。少年は掌を見詰め直し、見詰め倒し、グーパーと何度も開け閉めした。すると、驚愕(きょうがく)の事実を思い出す。


「……痛ェ、そういや折れてた」


 痛む右手を擦ろうとして再び気付く。


「動かない……あっ、左はもっと酷いんだっけ……はははっ」


 満身創痍(まんしんそうい)な現状を否応なく再認識させられて、少年は可笑しくなった。この状態でよく勝てたものだと改めて狼を見る。頭部の失った体は血を垂れ流し、脳だった物は辺り一面に飛び散っていた。


(狼は犬の数倍脳がデカいって聞いたけど、本当だったのか……くくく、キモッ)


 狼から視線を切り離し、再び天を(あお)ぐ。また生き延びた事に感謝を込め、少年は拳を突き上げる。


(全て母上のおかげです。母上が夢見た『笑って過ごせる世界』、必ず築いて見せます! だから……もう少し、もう少しだけ待って……いて……下さ……いね……)


 母への誓いを新たにした瞬間、少年の見る風景はぐるりと一回転した。膝が笑い、平衡感覚(へいこうかんかく)を失う。上も下も分からず、重力に引かれるまま地面に倒れ伏す。そして少年の意識はブラックアウトした。



 あまりにも子供らしくない言動を繰り返す少年。見た目はあどけない子供なのに、中身は狡猾(こうかつ)な大人のような少年――彼の正体は輪廻転生(りんねてんせい)によって二度目の生を受け、前世の記憶と経験を引き継ぎ、時間と次元まで飛び越えて外史の世界に再誕したイレギュラーな存在である。しかし、彼の新たな門出は平穏(へいおん)とは程遠いものであった。


 建寧(けんねい)三年、西暦にして百七十年の夏、現代の日本にあたる島国で生を受ける。母親は霊験あらたかな(かんなぎ)の系譜であり、次期『神おろし』の候補者として軟禁生活を送っていた。神の代弁者たる巫女を狙う者は多く、より優れた巫女を得た国が覇権を握る。

 父親は衛兵として新たに着任したばかりの若者で、巫女への接近を許された数少ない一人であった。二人は出逢うべく出会い、恋をする。しかし、巫女にとって結婚は御法度であった。正確には性交渉が、である。

 巫女は処女である事が何より重視された。なぜなら処女を失う事で力が弱まったという例が多数あったからだ。支配者達は神との交信が途絶える事を(おそ)れ、厳しい戒律(かいりつ)を敷いた。巫女に選出された者はその任期を終えるまで婚姻が認められていない。しかも任期の期間は定められておらず、長ければ数十年に渡る事にもある。

 まだ若かった二人は戒律に縛られる生き方を嫌い、心のままに互いを求め合う。子供を授かるまでに然程時間はかからず、それを機に国を捨てた。

 その事実はすぐに発覚し、捜索隊が組まれる。しかし、二人は捜索の網をかいくぐって逃げ出す事に成功した。暗殺や誘拐を危惧(きぐ)する時の権力者達は、常時複数の候補者を確保している。その為、警護に注力する反面、捜索隊は極々小規模なものであった。

 二人は身分を隠し、質素ながらも幸せな逃亡生活を送る。しかし、逃亡生活も半年以上が経過すると、お腹の子供も大きくなり一か所に留まる事を余儀(よぎ)なくされた。そのせいで居場所を特定され、抵抗(むな)しく捕縛されてしまう。

 母子の助命を懇願(こんがん)する父親は、愛した女性の前で斬首され非業(ひごう)の最期を遂げた。母は思い付く限りの呪詛(じゅそ)を吐く。自分達を殺せば大いなる災いによって国は滅ぶと叫んだ。国の要人はそれを信じ畏れた。故に直接は手を下さず、足の(けん)を切って自由を奪い、お腹の子共々島流しの刑に処したのである。


 母親は船の中で産気(さんけ)づき、元気な男の子を生んだ。それから半年間、船は海の上を漂流し続けた。

 半年もの間、荒れ狂う大波や風雨に耐え、さらには飢えを凌いで来られたのは、全て母親のおかげである。母は最後の力を振り絞って神おろしの儀を行い、己の命を差し出して我が子に信託と加護を与えた。遥か昔、建速須佐之男命(スサノオノミコト)天照大神(アマテラス)から受け取ったとされる伝説を模した『御守り』と共に――。





◆◆◆◆◆





 流刑(るけい)が執行されて半年、船は西へ西へと流され中国大陸の東端に漂着した。嵐の影響で船は大破し、昨夜から降り続く豪雨は未だ止まず、曇天(どんてん)の空では雷鳴が轟く。

 難破した船が打ち上げられた浜には複数の人影があった。長身で体格も良い硬骨漢(こうこつかん)、細身でインテリ風の優男(やさおとこ)、人柄は良いが頭は悪そうな巨漢(きょかん)の三人である。三人が身に纏っている衣服はあまり上等とは言えない。平民と思しき身なりをした三人は、ゆっくりと船に近付く。


「あれェ、昨日はあんな船無かったぞォ」

「難破船……ですかね?」


 壊れた船を見て優男が硬骨漢に尋ねた。硬骨漢は目を細めて警戒心を強める。


「おそらくな、お前は(るい)と二人で船内を調べろ。この辺じゃ見ない造りだ、異国の船かもしれん。十分注意しろ」

「了解」

「んだァ、分かったぞォ」


 塁と呼ばれた巨漢の間延びした声は張り詰めた緊張感を削ぎ落す。

 命令を下した硬骨漢は見た目三十代前半であり、引き締まった肉体はよく鍛えられている。腰には長刀を携え、顔や体には多くの傷跡が見られた。歴戦の(つわもの)を彷彿とさせる風貌をした硬骨漢――彼は姓を李、名を単、そして字を仲戯(ちゅうぎ)と言う。

 船を調べる二人からは距離を置き、李単は周囲の様子を窺った。見た目から受ける印象とは異なり、彼は非常に用心深い。ある意味、リーダーとしての資質には長けていた。降りしきる雨で視界は悪く、李単は目を凝らす。飢えで苦しむ貧民にとって、落し物は貴重な収入源であった。

 初めて見る船の造形と外装は興味深く、李単にもお宝の存在を予感させる。しかし、同時に嫌な胸騒ぎもしていた。


 一方、塁の見た目は二十代後半であり、李単同様あちこちに傷が残っているが、それ以上に分厚い脂肪が目立つ。しかし、ただの肥満ではなく、がっちりとした筋肉も付く巨体であった。

 もう一人の優男は(とう)と言い、年の頃は二十代半ば、帯刀こそしているが武人の体付きではない。腕っぷしよりは頭で勝負するタイプであり、三人の中では知恵袋的存在であった。


 離れた位置で抜刀した李単が見守る中、二人は用心しつつ船内を覗き込む。そして、あるモノを見て息を飲んだ。


「あっ!? し、死体です! 死体があります!」

「死体?」

「た、多分、女だと思うけど……これは、死んでからかなり時間が経ってるね」

「んだァ。服はボロボロで、体も骨と皮だけだぞォ」

「……で、他に何がある? 金にならん亡骸(なきがら)など用はない」


 李単は冷徹に告げた。指示に従って船内の物色を再開すると、燈が何かに気付く。


「うーん……どれもこれも風化していて、売り物になりそうな物は…………ん、これは!?」

「どうした、燈?」

「……あ、赤子です! 死体の下に赤子が!」

「かぁわいいぞォ。まるで生きてるみたいだァ」

「なに、生きているだとッ!?」


 驚きのあまり李単は目を見開く。塁は冗談や嘘を言う人間ではない。多少抜けてはいるが、根は真面目な男なのだ。その彼が言うからには、本当にそう見えたのだろう。

 李単は慌てて船に駆け寄り、燈が抱える赤子を覗き込む。


「……ば、馬鹿な」

「変ですよね? 母親の方はとっくに(むくろ)と化しているのに、赤ん坊の方は(うじ)すら湧いてないなんて」

「でもォ……かわいいぞォォ」


 抱き上げた赤子は冷たく、心臓の鼓動も感じない。それにも関わらず、腐敗臭(ふはいしゅう)すらしない赤子に燈は首を傾げた。

 次の瞬間、赤子の懐が青く輝き始める。燈と塁は顔を見合わせて驚き、李単は一歩引いて様子を見た。燈が恐る恐る手を伸ばすと、懐から青く光る石がこぼれ出る。その石は芋虫のような不思議な形をしており、淡く暖かな光で赤子を包んでいた。


「あ、青く光る石なんて初めて見たよ! これは高値で売れるんじゃないですか?」

「やったァ、お宝だぞォ!」


 燈と塁は無邪気に騒ぎ立てる。しかし、李単は静かに赤子と石の観察を続けた。


(絶対オカシイ……どうしてガキは腐ってない!? どうして石が光る!? 何がどうなってやがる!?)


 落ち着き澄ました表情とは裏腹に、李単の内心は混乱の境地であった。


(母親の方は状態から見ても、死んでから数ヵ月は経っているはずだ。その母親の骸が赤子を抱いてたって事は…………くそッ、分からんッ!!)


 李単は苛立ちを隠せず、海岸の砂を蹴り上げる。赤子は少し痩せているが、肌の色艶(いろつや)は健康そのものであった。首からぶら下がった石が、赤子の腹の前で青く光り輝く。燈と塁は見惚(みほ)れているが、李単は気味が悪く思えた。

 不意に燈と塁は子供のような表情を李単に向ける。


「お(かしら)、この石触ってもいいですか?」

「オイラも、オイラも! いいっすかァ?」


 あまりに緊張感がなく、能天気とさえ思える神経に李単は呆れた。彼の性格は臆病な程に慎重である。だからこそ、ここまで生き残って来たと李単は確信していた。どれだけ警戒していても、し足りるという事はない。体に刻まれた傷跡は良き教訓であり、慢心せぬ為の(いまし)めでもあった。

 期待に満ちた目で見て来る二人を嘲りつつも、表情には出さずに了承を返す。


「……好きにしろ」


 そもそも慎重な李単が得たいも知れぬ妖しい石を、最初に触るはずがなかった。

 そんな事は考えもせず李単に感謝を述べ、塁が赤子を抱いて燈が石を取り外す。


「おっ、ちょっと暖かいよ」

「ホントだァ、それにすごーく綺麗なんだなァ」


 燈が手に取って青い石を眺めていると、その光は徐々に弱まっていく。不思議な事にその石は赤子に近付ければ輝きを増し、遠ざけると失う事が解った。


「絡繰は分かんないけど……不思議な石だね」

「不思議なんだぞォ」


 そう言って二人は笑い合う。丁度その時である、赤子の目が急に開いたのは。


「「うわっ」」


 驚いた二人は思わず手を放してしまい、赤子はお尻から砂浜に落下した。


「……ぁああ~ん、ああぁ~ん、ああ~ん」


 衝撃と痛みで赤子は泣き出す。三人は一瞬頭が真っ白になった。それまでいくら触っても反応はなく、死んでいるものとばかり思っていた赤子が突然目を覚まして泣き叫べば、驚くのも不思議ではない。

 泣きじゃくる赤子を慌てて塁が抱き上げてあやし始めた。塁には二才になる息子がいて、三人の中で唯一子育ての経験がある。


(ど、どうなっている!? あのガキは確かに息をしてなかったはず……生き返ったとでも言うのか!?)


 李単は背中に冷たいものを感じていた。それは決して雨のせいではない。


(どうする!? コイツらの甘さは嫌って程知っている。連れて帰ると言い出す前にガキを始末するか……いや、待てよ)


 李単の脳裏にある考えがよぎる。赤子に目をやると、塁に抱かれて再び眠りに付いていた。天空では雷鳴が響き、時折大地に閃光を放つ。落雷は轟音と共に大地を揺らした。


(“雨”と“雷”は俺達にとっては吉兆……生き返ったガキってのは薄気味悪いが、殺せばもっと縁起が悪いか)


 李単は赤子を睨む。すやすや眠る赤子は雨や雷に怯えた様子もない。李単は意を決し、淡々と告げる。


「燈、部下共に船の残骸を回収させろ。塁はガキを連れて先に帰ってろ。ソイツは今日から俺の息子だ。相応しい名をくれてやる」

「えっ、お頭の!?」

「わぁーい、また家族が増えるぞォ」

「ソイツの名前は李鳳(りほう)、字を伯雷(はくらい)。今日から俺達“李一家”の家族だ、いいな?」

「了解」

「おう」


 この場に捨て置く事に嫌な予感がした李単は、赤子を保護する事に決めた。李単は燈から石を奪い取ると、懐に仕舞い足早で帰路につく。


 李鳳と名付けられた赤子は母によって仮死状態にされ休眠していた。青き石は『勾玉(まがたま)』と呼ばれる神聖な装飾具であり、休眠中の李鳳をずっと守って来たのである。

 その勾玉を奪われた李鳳は休眠状態から覚醒し、李単の養子として育てられる事になった。しかし、李鳳を発見し保護した彼らは、決して善人の集まりではない。そう言ったカテゴリーに区分するなら、むしろ極悪人の部類に入るであろう。

 彼らは川や海で商船を中心に略奪を行う揚州(ようしゅう)を拠点に活動する河賊『李一家』であった。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます。

原作キャラ登場までは数話かかると思いますが、お付き合いの程宜しくお願いします。


2014.05.02

地の文を統一し加筆しました。


2014.05.04

サブタイトルを追記しました。

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