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9 池での邂逅

 逃げたい。私は唐突に思った。空虚な人生。必要もされない自分。どうせ消される運命ならば、どこか遠くへ。


 かと言って、方法も路銀も持たない私ができることなど思いつかない。自虐的な思いにかられたが、いつもの学校と部屋の往復だけの毎日から逃げ出したかった私は、城の裏側にそびえたつ山を目指して、歩いてみることにした。城の裏手には行ってはいけない。幼いころ乳母が何度も言い聞かせた言葉。


 城の裏には大きな池があって、小さな姫さまには危険です。その向こうの山にはオオカミがいて、食べられてしまいますよ。


 私に諭してくれる人なんて乳母だけだったから、それを後生大事にしてきたけれど、何もかもどうでもいい。

 

 自分よりも背の高い草をかき分けていくと、ゆらゆら揺れる光が葉の間から見えた。湿地の粘り気ある泥に足を取られながら急ぎ足で進むと、


 それは一面の蓮池だった。夕日に照らされた水面が光となって揺れていたのだった。2人は乗れそうな大きな蓮の葉と、その間から茎がたおやかに天に伸び、蓮の花の蕾が葉のあちらこちらからのぞいていた。まるで、蛍が飛び交う夕闇のように、夕日を浴びて華やかな緑と赤やピンクの絵巻物のような美しい風景だった。


 「わぁー」

 と、知らず声をあげながら、池の周りの芝生に佇んだ。こんなに素晴らしい光景が、城内にあったなんて。見張りの兵士が来る気配もなく、あたりは風の音しかしない静寂だった。こころの澱も、恨みも諦めも、全て忘れて、私は美しさに見入っていた。


 「きれいだな」


 後ろからいきなり男の声が聞こえてきて、私はびっくりしてバランスを崩し、片足が池に突っ込みそうになった。


 「危ねぇだろうが」


 と肩をつかんで岸辺に戻してくれたが、顔を見上げると、夕日の陰になっているのでよく見えなかった。よーく見ようと目をこらすと、


 「チェ、チェーザレ・・さん?」


 私を突き放した後、きびすを返して草むらの中を帰っていくその背中は、あろうことか天敵であった。

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