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7 学校での日々

 授業は教授と呼ばれる哲学のスペシャリスト達と、学生たちが問答を行う、ローマ時代のような方式で行われた。


 国をどうすればうまく導いていけるか。政治・経済においてこの国を担っていく候補者を養成することも目的の一貫だからか、抽象的な問いとそれに学生が答えて教授にこてんぱんにのされるという展開だった。


 具体的な兵法やダンスなどのマナー講座、同盟国の語学の習得、幾何や天文学など幅広く、朝7時に始まるのが特徴で、15時までびっちりとカリキュラムが組まれていた。


 クラスの半分に分かれて一つのテーマを意見し合うディベートが私はとても苦手だった。毎回必ずクラスの全員が発言せねばならず、逃げも隠れも出来ない。言葉を発するのに自分の中で勇気がいる私は可能ならば避けて通りたい時間でもあった。


 議長席に教授が座り、それに対峙するように座席が整然と並ぶ。まるで議会を模しているかのように。いや、実際はこの中に何人もの将来の議員候補がいる訳だから、その予行練習も含んだ授業でもあっただろう。大理石でできた床からは、冷たさが伝わり緊張を増長させる。


 「さて、今日のテーマは「共生」です。」


 幸せを哲学的に研究しているアローン教授のしゃべり方はどこかのんびりしていて、山羊に似ているなぁといつも思う。教授は生徒に対して分け隔てなく接することで有名だった。コン、コンと机を木槌で叩きながら教授は続ける。


 「共生は賢帝プレート王が目標にされていた理念です。貴族と平民という二つの階級がありますね。それらが王のもと手を携えて国を盛り立てているのがこのトノートです。しかし、周りの国々を見渡せばそれが当たり前ではないことは皆さんも知っていますね。」


 トノートは南を海に面しているが、北にノーバンラス王国、西にウェストーン、東にイースタラント連邦と3つの国と国境を接している。ノーバンラス王国とウェストーンはいずれも国王による王政で、イースタランと連邦は多数の州が集まって持ち回りで君主を決める連邦制を取っている。議会がある国もあるが、我が国のように王と対峙する力を持たせているところはない。そのため、北と西の国々からは圧力をかけられているのが現状である。


 ディベートのテーマ、「共生すべきか、否か」。私は共生すべき側の立場に座った。


 「えっ、、、と、い、い今、今のように議会の中には貴族も平民もあわさっていますが、現状はほとんどが貴族で平民の意見は反映されていると言い難いのではないでしょうか。もっと声あげられぬ人々、例えば貧しいものや働けないものの意見が取り入れられるように平民の割合も増やすべきではないかと思いますし、それが共生の理由にもなるのでは・・・」


 すっと手が上がり、私の話しを遮り、不遜な笑みを浮かべて立つ男に皆の注目が集まった。


 「議会は唯一国王に向かって意見することができる。その構成員の多くが貴族だからという現状が、国防を貴族が担い、平民が商売や農業を通じて税を納めるというこの国の根幹を実現している。だから簡単にきれ いごとだけを並べることは国の安定を揺るがしかねない。現実は机上の空論ではない。」


 バッサリ切るチェザーレに周りは拍手喝采。仲のいい大臣息子連中はニヤニヤしている。私を見て、お前は詰めが甘いんだよとでも言いたげな笑みを浮かべている。


 いつもこうだ。他の奴の意見には聞いていない風を装いながら私の時だけ徹底的に叩きのめそうとする。その様子を見て、周りの連中も私に反対意見をどんどんぶつけてくる。そうなると、私は全く太刀打ちできない。あ・・・としか言葉が出なくなり、下を向いてしまう。


 だからディベートの時は私と同じ側になると皆めんどくさそうな顔をして、お前ラストな、と発表するのはいつも最後。それでも徹底的な反撃にあい時間はいつもオーバーして、早く終わらせたいのにという目で見られ、私はいたたまれなくなる。


――――――――――


 「今日も、容赦なかったね」


 学校を出て、二人になると気安く声をかけてくるのが、マリー・ドヌーブ。学校史上6番目に入学した女子で、学校の存在を教えてくれたシェフの子供である。学校で私とマリーの2人だけが女子。マリーは私よりもやや長めの肩に届くくらいのこげ茶色の髪をした、目がぱっちりの美少女である。


 市井では天才と呼び声高く平民の女子では初の入学を認められた頭脳を持っているが、それ以上にうまいのが世渡りだった。目立たず、おもねらず、絶妙な塩梅で、女として媚びるのではなく便利屋としていろいろなものを調達したりと、貴族の子弟たちにも信頼され着々と人脈を作っている。卒業後は学校で学んだことを活かして塾を開き、平民から学校への入学者を増やし、国を背負う人材を平民から多く育てる。それがマリーの夢だった。

 

 私も女なんだけど、と入学してクラスメイトとしてだいぶ過ごした後でこっそり告げてきた。「あたしの父さん、炊事部のシェフだから。」と言われ、いろんな線が繋がった気がした。


 「あなた「影の皇太子」でしょ。でも、ごめんね。あたし助けてあげられないから。学校の中では。」


 怪訝な顔をしたのだろう。マリーはふっと笑うと、じゃ、と足早に去って行った。言葉通り、学内では知らんぷりを決め込んでいたが、一歩外に出ると待っていてくれたり、話ながら町に帰るマリーを城門まで送っていったりした。



 「四男坊ってさぁ。」


 マリーはチェザーレのことをこう呼ぶ。そもそも財務大臣コッサーレの4人の息子というのは、どれも将来性が期待され最高の花婿候補と言われているらしい。


 「最近、頭角を表してるらしいよ。「色事は一流」って。」


 社交界でそうとう遊んでるらしいよ。マリーは噂に詳しい。


 「あのお兄さんの弟なのにね。目からブリザードが出るみたいな」と私は答えた。


 チェザーレの兄のうち、長男のヨハンは父である王の近衛隊長をしていることもあり、王室の儀礼の際、何度か目にしたことがある、弟によく似た真面目そうで冷たい横顔を思い出す。



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