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6 13歳の出会い

 学校ではあいさつで一日が始まる。初日でそれまでの人生で話し話された量以上の挨拶をした。なんだか、胸がドキドキして周りのことを見る余裕がなかった。

 

 短髪にしていなければならないという校則にしたがい、長かった黒髪をきのこのようなボブカットにし、セーラー服とくるぶしまであるズボンの制服を着た私は、周りの男の子らと何の変りもなかった。


 始めは規則や授業に慣れることで一杯いっぱいだったが、しばらくすると、周りを見る余裕も出来てきたある休み時間、この学年に「影の王太子」がいるらしいと、近くの学生が話し始めた。聞かれたら初めから話しておこうと決めていた私は、おずおずと私だと応えた。反応は意外にもからかわれる位で、私は愛想笑いを浮かべながら内心ホッとしていた。がっかり、と言われて、なぜ?と聞くと、もっと迫力があるかと思ったという答えを聞いた時は、どういう反応をしていいか迷ったが、陰険なあてこすりばかりに慣れていた私には和やかに思える程だった。

 

 「根性なし」


 涼やかな声と笑い声がした。向こうでニヤニヤ笑っているのは、大臣の息子連中で、何かとつるんでは周りを見下しているようないわゆる目立つ集団の一人だった。


 その中の一人が近づいてきた。私がなんとなく始めから苦手な印象を持っていた人物だった。話したことがなかったが、目が暗いのにどこかキラキラ光っていて、いつも冷笑を浮かべていて、何を考えているか分からないところが気になっていた。勉強も剣術も出来るらしいのに、どこか手を抜いて見える飄々としたところがあった。


 至近距離まで来ると、急に真横まで顔を近づけて来て思わず後ずさった。


 「意識してるのか。」


 そう言われると動けない。一瞬顔がぶつかりそうになって、美しく整った顔の唇の右隣りに上品そうな黒子ほくろが見えた。至近距離から見ると片方が大きく欠けていた。


 まるで三日月みたい。思わず一瞬見惚れていると、さっと顔を逸れて耳元でささやいた。クセのある赤銅色の髪が首をかすめた。


「邪険にされている王女。上手く立ち回る訳でもなく、不穏な動きをする気概もなく、民のことも憂えず、何もせずいいご身分だな。」

 

 耳に近づくすれすれにつぶやかれ、全身に鳥肌が立った。まるで風が吹いたみたいに。これほど近くで人に話されたのも、ストレートに罵倒されたのも初めてだった。


 真っ赤になった私は、いたたまれず教室を出た。心臓はドキドキして、頭から湯気が出そうだった。人から陰口を言われるのは慣れていた。頭も体中も凍ったようになりながら、心臓だけが冷えていくような瞬間。でもさっき彼に言われたとき、頭が熱くなったような気がした。頬だけでなく肩からカッカと湯気が出るような感覚。


 これが怒るということ?炊事部の人たちからはよくこんな扱いでも怒ったりしないもんだねぇなんて言われていたけれど。言い合いを目にすると羨ましかった。誰かに向かって熱くなったり、青くなったり、私にはそんな感情はなかったから。


 これまで私にあった一番の感情は、炊事部の人たちが教えてくれた温かい食事による「美味しい」という思いだけだった。けれどこの気持ちは初めて。ムカムカする思いにも何だかドキドキして、休憩時間が終わりそうなのをフッと思い出し、教室に帰った。目の端で後ろをこっそり見る。小ばかにして様な微笑み、クセのある赤銅色の髪。


 チェザーレ・ドン・コッソーレ


 初めて私の傍に来た人。それが彼を一番初めに意識した瞬間だった。

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