2 影の王太子
可愛げがない、嫁おくれ、私を表現する言葉は多々あれど、一番ポピュラーなのはこれだろう。
「「影の王太子」」
国民は私をそう呼ぶという。正室である義母やその娘である妹の侍女たちの噂や、城の庭に落ちていた瓦版によると、私はそう呼ばれているらしい。
緑豊かな小国、トノート。肥沃な土地と、鉱物の算出が豊かで周りの国々との交渉や通商は、我が父アロイス・フォン・トノートの治世により、滞りなく行われていると言われている。
国民からは愛されている王室とも言われ、小国にしては隣り合った国々とも対等に共存している。一般的には。現在は壮健な王だが、皇太子のポジションが空白であり、周りの国々からは圧力をかけられているともひそかに噂されている。
王の実子であれば、性別や順番に関係なく皇太子に立つことができる。ただし、王と議会の同意が得られることが条件だ。
第一子が皇太子に立つことが一般的だとしたら、通常は私ジョセフィーヌになるのだろう。しかし、政治に明るく婿をとって次期国母として国を治めていくだろうと期待されているのは、美貌と英知に富んだ(と評判の)2歳下の妹オーレリアである。闇のような黒髪で陰気な顔をした私に比べて、金髪で色白の朗らかな妹。
側室の子の私と、正室の子であるオーレリア、そのどちらかが皇太子となり有力な大臣達の息子を婿にとるか、近隣国から婿をとると思われていた。しかし私たちの扱いの差は歴然であった。
子供の頃から、私は愚鈍で醜女であると噂されてきた。隣国人だった母は幼い時に城を去り、有力な後ろ盾もないため、世継ぎは妹だろうと思われているのが暗黙の了解だった。女らしくもなく皇太子になるわけでもないのにという揶揄を込めての「影の王太子」という陰口には、慣れることなく毎回傷つき、私の内向的な性格に拍車をかけていた。
そもそも私は父から、いや王室そのものから疎まれている。義母は、物心ついたころから私を無視し、妹のオーレリアは儀礼など表面上は姉だと立ててくれるが、一緒にいたことは殆どないため姉妹という実感はあまりない。彼女らを取り巻く侍女からは完全に居ないもののような扱いをされ、父からは会う度目を逸らされる。
母は、私が生まれてすぐに病気で城を去り故国に帰ったことになっているが、詳しいことを聞くことはタブーになっているようで、私から聞くことはない。乳母が9歳の時亡くなってからは、誰も私を省みなくなった。
いつしか、城の端っこで、私は一人だけの生活をしていた。私付けの侍女もいつの間にか消えていた。自分で炊事部に食事を取りに行き、洗濯をし、城内の学校に通った。寂しいという思いはなくはなかったが、温かい食事が取れ、侍女たちのように群れない炊事部の人々からは、憐れみでも声をかけてもらうのが私の慰めだった。
そして何より、そのおかげで学校に行く道を見つけ、彼に出会えたのだから。