11 卒業
「卒業したらどうするんだ?」
蓮の花盛りの時期を見るのも3回目。18歳になった私は、学校の最終年を迎えていた。今年の蓮も艶やかになりそうだと、目の前の青々とした皿のように池の一面を覆う蓮と蕾の数々を眺めながらベンチに腰かけている私に、近くで釣り竿をしかけているチェザーレが言った。
「どうって。何で?」
「何でって、聞いただけだろう。デビューか?」
私は笑った。彼が冗談で言っていることは分かっていたから。
「そう。出遅れに出遅れて社交界。それともどこか同盟国の王子のところにでも嫁に行こうかな。」
「洒落にならんな」
ハハハ、といつものようにチェザーレが乾いた笑いを立てた。彼の笑いは、木の葉が夏の風に揺られるようで心地よい。ずっと聞いていたい笑い声だった。
私たちの暗黙の了解。学校では知り合っているそぶりは見せない。でも、池で鉢合わせたら自然に話しをすること。その他の場、舞踏会など社交界的な場に私は全く近寄らなかったから、学校以外で彼に会うことはなかった。
妹の縁談は、相手の都合により(相手に妻がいたらしいことが発覚して父が大激怒したらしい)破談になり、あまたの候補者の選定がまた一から始まるらしい。そのおかげか私へのまわりの目もゆるいものに戻っていた。マリーとの友情も、さすが打算的な彼女らしくさっぱりと復活し、最終学年の今では学内でも仲良くしてくれている。
「俺は東らしい。」
東というのは東側の国境と接しているイースタラント連邦のことである。学校を卒業後、貴族の子弟たちは軍に入ったり任官したり議員になるために秘書として付く者が多いが、選ばれた少数は国から同盟国に訓練生として派遣される。軍人や文官など種類は受け入れ側が指定することになり、3~5年の任期中、国に帰ることも許されない。
国同士の諜報活動に利用されないためという名目になっているが、実際はそのような任務を秘めているとも言われる。一方で人質のようでもあり、派遣前に失踪する者もいるという。その代わり、帰国後は飛び級で昇進し、王の側近として働くことを期待されたエリート職でもある。
「東…」
池を眺めたまま私はつぶやく。複雑な思いがよぎるが、それだけでないショックを受けている自分に驚き、固まっている自分にまた驚いて、言葉が出ない。
「もし会ったらさ」
もし・・・彼が言いたいことが、私の聞きたくないことでありませんようにと、私は瞬間祈った。
「聞こうか?おまえのこと。」
あぁ、彼はやはり分かっているのだ。可能性がないに等しくても、私に聞かざるを得ないことを。それを逃したら私が後悔するかもしれないことを。少ししか話していないのに。そして彼からも僅かしか聞いていないのに。
私たちの共通点。それは母親に捨てられたことだ。




