10 おはよう
それから、私は学校の帰りに池に寄るのが日課になった。妹の婚約騒ぎで、私はますます孤立していたので、詮索されることはなかったが、城から見ると、草むらと木の陰になって池は死角になっていたのも、都合が良かった。池の周りの雑草を抜いてちょっとした歩道を作り、大きな木の根元に石を持ってきて池が見渡せるようにベンチをこしらえた。心地よい空間を作ることに私はすっかり魅了されていた。
日ごとに、蓮は咲いたり実をつけたりと姿を変えていたので、見逃したくなかった。学校では相変わらず針のむしろで、誰からも見向きもされなかったが、蓮の花々が待っていてくれると思うと寂しさも減っていった。
不思議だったのは、あれからよくチェザーレを池で見かけることだった。彼もいつも一人だった。いつも仲間に囲まれている時に見せる人を小ばかにしたような笑みは見せず、遠くを見るような目をしていた。大抵私がいるベンチのある木とはずいぶん離れているところに立っていたが、どう考えても私の姿は目に入るはずだったので、最初は何か文句を言いに来たと思ったが、彼は時折私の方を見やりながら、しばらく池を眺め、サッと帰るのだった。
彼も蓮の花を見に来ているのだろうか。目障りであろう私がいても関係ない程に。不思議だったが、完全に人間不信になっていた私は、彼の存在を考えないことにした。
あっという間に蓮の花の咲く季節は終わり、本格的な夏になった。
あぜ道の先、いつか私が池に落ちそうになったあたりに、彼は立っていた。私の足音を聞いて振り返った。もういないだろうと思っていた私はびくりとしながら、彼と5歩ほどの距離を空けて立ち止まった。
夕日をまぶしそうに目を細めた彼が言った。
「おはよう。」
「お、おはよう。」
もう日が暮れるというのに、いつものように私たちはとっさに挨拶をかわした。けれど実は犬猿だった私たちにとって初めての「おはよう」だった。
どちらともなく、私たちは吹き出した。そしてとりとめのない話をして、私たちは友達になった。彼は私をジェスと呼び、私も「さん」付けではなくチェーザレと呼ぶ。蓮の花の季節が終わっても、ここでの私たちの時間は続いた。




