恋愛小説
電話に出れば懐かしい声だった。
昨日、街でばったり再会した昔の恋人。もしこれが恋愛小説ならばここから新しい物語がはじまるのだろう。
「連絡してって言ったよね」
開口一番、彼女は少し拗ねたように言った。
「ごめん。ちょっと時間がとれなくて……」
「そういうところは変わらないのね」
「お前もな」と、僕は口から出かかったことばを飲み込んだ。
一応、昨日のうちに連絡はした。しかし彼女は連絡先を変更したらしく電話もメールもつながらなかった。いまだって初めて見る電話番号からの着信なのだ。にもかかわらず彼女は僕から連絡しなかったことに機嫌を損ね、まるですべての非が僕にあるかのような口調で話すのだった。
別れた女の昔の連絡先を携帯に残しているのだから、僕自身にまだどこかに未練があったのかもしれない。だがその微かに残っていた灯も昔と変わらない彼女の態度を前に消えてしまっていた。
彼女はすでに過去の人物だった。
それから互いの近況を交換して電話を切った。電話を切る間際、今度食事に行かないかと誘われたが理由を付けて断った。
ディスプレイに通話終了の表示が浮かぶと、そのまま彼女の連絡先とついでに通話履歴も消去した。彼女の存在は簡単に携帯から消えた。それは拍子抜けするほどあっけないものだった。
そして一週間前に止めた煙草に火を付けた。煙はじんわりと馴染むように肺に満ちていった。