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第二章 四話

 イーリーが辞書を片手に、【魔法陣】の本を読み始めてから一週間が過ぎた。最初は魔法の歴史という観点から興味をもった【魔法陣】であったが、読み進めるうちに術そのものに関心が移っていったのだ。

 そしてその間も、アイソリュースとの交流は続いていた。

「【元素魔法】と【詠唱魔法】の違いって何だろう?」

「んー、意識するかどうかの違いかな。例えば『走る』という動作は、別に頭で考えなくても出来るでしょ。だけど、より早く走ろうとするなら、それなりに工夫が必要となる。体を作ったり、フォームを変えたりね。魔法だって同じなのよ。より強力な力……神々や悪魔の能力を引き出そうと思ったら、それなりの準備が必要になる。特に彼らは、物質的なものを嫌うから、普通のアイテムじゃ相性が悪いのね。言霊(ことだま)は属性を持たないから、光にも闇にも有効なのよ」

 養成所の授業よりも、彼女の話は理解しやすく、興味を持たせてくれる。イーリーは、彼女と過ごす時間を、とても貴重なものに感じた。だからだろうか、心の中にどうしても晴れない疑念が湧いた。

 ……本当に人々から恐れられた闇の魔女なのだろうか?

 彼女がアイソリュースなのは間違いない。だとすれば、疑惑の元は二千年以上も昔にあることになる。そもそも、アイソリュースは何故、ゼーマンに追われていたのだろうか? イーリーはその辺から調べてみることにした。



 養成所の図書室にイーリーは来ていた。アイソリュースの蔵書だけでは、不十分だったからだ。

 思ったより人の姿は少なく、イーリーは人目を避けるようにこっそりと移動する。だがすぐに、顔見知りの生徒が声を掛けてきた。

「どこ行ってたんだ? 昨日まで、レンツが探していたぞ」

「だから隠れていたんだよ」

 その生徒はレンツとの関係を知っており、気の毒そうにイーリーを見て頷いた。

「今朝から依頼を済ませるために出かけてる。しばらくは帰ってこないさ」

「この試験が終わるまでは、隠れているつもりだよ」

 軽く言葉を交わしてから別れると、気になる数冊ほどを選んで隅の席に腰掛けた。ハイデル建国について書かれた本、ゼーマン・ハイデルの伝記、各地に伝わる伝説をまとめたもの……など、思いつく限りの本を調べたが、やはり肝心な事はわからなかった。仕方なくアイソリュースの書庫に戻ったイーリーは、予備知識のつもりでピーモ族に関する本に目を通したが、そこで重要な手がかりとなる発見をした。

「……ピーモ族にとっての本名は、他人が軽々しく口にしていいものではない。家族や親しい者にのみ許される呼び名だが、重要な場面を除き、普段は通称で呼び合うのが習わしとなっている……」

 名前を知ることで、その相手に災いをもたらす魔法を掛けることが出来る。魔法が日常に根付いていたピーモ族ならではの、風習なのだろう。

(そういえば……)

 ふと、イーリーは思い出す。アイソリュースと彼女の名を呼んだ時、とても照れているような反応をしていたのだ。

「もしかして、アイサさんは――」

 イーリーの頭の中で、あるひとつの仮説が浮かんだ。彼は急いで、ノートに考えをまとめてゆく。そして仮説をより強固にするための、資料集めに奔走した。



 その夜、熱心に本を読みながら食事をするイーリーの前に、アイソリュースが姿を現した。

「お行儀が悪いわね」

 悪戯っぽく笑った彼女は、イーリーと向かい合う位置に腰掛ける。そして彼が読んでいる本の表紙を覗き込んだ。

「神格論?」

「うん。二、三百年ほど前に書かれた、魔導士を志す者にはわりとポピュラーな作品だよ。ちょっと気になることがあってね」

 そう言うとイーリーは、食べかけのパンを口に詰め込んで水で流し込んだ。

「慌てなくてもいいのに」

「実は、アイサさんに聞いて欲しいことがあるんだ。確認というか、疑問というか」

 最初は笑顔だったアイソリュースも、少し真顔になって、イーリーの言葉に耳を傾けた。

 イーリーはまず、ピーモ族の名前のことについて調べたことを話した。肯定も否定もしなかったが、アイソリュースはやっぱり本名を呼ばれたとき、少し恥ずかしそうにうつむいたのをイーリーは見逃さない。

 さらに続ける。

「アイサさんのことを、闇の魔導師と呼ぶのも不思議だった。だって、アイサさんは『魔導師』という言葉を知らなかったんだから。つまり、この呼び名は後付けされたもので、アイサさんが封印される以前の世界では、そんな呼ばれ方はしなかったんだ。これはゼーマン・ハイデルが有能な魔導士だったと言われていることにも、通じるんだと思う」

 イーリーはさきほど読んでいた『神格論』の本を取り出す。

「呼び名が後付けだったとして、どうしてゼーマンの方を格下の魔導士にしたのか。たぶんそれがこの『神格論』の影響なんじゃないかって、さっき思い至ったんだ。この作品の中には、魔の力が強大であるほど神の偉大さが確かさを増す、っていう一節があって、きっとそれを参考にしたんじゃないかと思う。格上の敵を倒す方が、やっぱりかっこいいからね」

 さらにイーリーは、まとめた資料の山から一枚のメモを取り出す。

「ゼーマンがこの地で戦った様子を記した本から、いくつか気になる箇所を書き写したんだ。えっと、まずは魔法による戦闘の描写のところだけど、本当にここまで強力な魔法をゼーマン本人が使えたのか、正直疑問かな。どう考えても、魔導士のレベルじゃない。多少の脚色はあるにせよ、いささかオーバー過ぎる気がするんだ。もしも本当にこれほどの魔法が使えたのなら、ゼーマンは騎士としてよりも魔導士として有名になっているはずじゃないのかな。現在残る伝記だと、魔法が使えることの方がオマケっぽい扱いだから、これはたぶん別の人の可能性が高い気がする。ゼーマンには従者がいたらしいから、その従者が魔法を使っていたのかも知れない」

 いつの間にか椅子から立ち上がったイーリーは、鼻息荒く、夢中になって話を続けた。さながら気分は、謎解きを行う名探偵だったのだが、没頭するあまりアイソリュースの変化には気付かない。

「じゃあ、この従者は誰なのかというと、実はそれがアイサさんだったんじゃないかって思ったんだ。そう考えると、ゼーマンがアイサさんの本名を知っていてもおかしくはないもの。

 二人は旅をしながら、ここへたどり着いた。そして平和を取り戻すために戦い、英雄に祭り上げられる。でも、この土地はずいぶんと昔から、ピーモ族に対して厳しかったみたいなんだ。ピーモ族を嫌う地元の人々にとってアイサさんは邪魔だった。だから、闇の魔導師に仕立て上げられたんだ。そう考えるとさ、色々と腑に落ちるというか……ねえ、どうかな?」

 イーリーの問いかけに、アイソリュースはうつむいたまま黙っていた。そこでようやく、彼は異変に気付いたのである。

「どうかした?」

「……ねえ、イーリー。そんな昔のことを今更知ったところで、どうにもならないよ」

「そんなこと――」

 そんなことはない、そう叫びたかった。どうしてここまで、彼女のことが気になるのかわからない。ただイーリーは、アイソリュースが世間から悪く言われることに苛立ちを覚えたのだ。けれど、悲しげな彼女の眼差しを見た瞬間、どんな言葉も口に出来なくなっていた。

「あなたには、遙か昔のお伽噺(とぎばなし)なのかも知れないけれど、私にとっては昨日の事のように思い出せる記憶の一つなの。気が遠くなるほどの長い時間でさえ、胸の奥に突き刺さったこの痛みは、和らげてくれない。そんな辛さを抱えて、生きることも死ぬことも出来ない私の想いが、あなたにはわかる?」

「アイサさん……」

「真実なんて、残酷なだけよ」

 わずかに震える声でそう言うと、アイソリュースは薄暗い部屋の奥にスッと姿を消してしまった。

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