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第一章 二話

 機嫌よく口を滑らかに語るレンツに後をつけられながら、イーリーは受付に向かっていた。

 魔法課程の試験は合格したが、それは単に卒業試験を受ける資格を得たに過ぎない。これを合格しなければ卒業は出来ず、魔導士にもなれないのである。

 この養成所には留年はなく、卒業できなければ退学なのだ。もう一度魔導士を目指す場合は、再び一年から勉強をしなければならない。厳しいようだが、わずかな入学金を支払えばその後は一切費用が掛からないばかりか、毎月わずかではあるが小遣いまでもらえるシステムなので、能力がないと判断された生徒を残しておく余裕はなかった。それでも広く門戸を開けているのは、貧富の差が魔導士としての資質に関わりがないためであり、同時に、それだけの需要があるということでもあった。

 受付に到着したイーリーは、数人の列に並んで順番を待った。その間も、すぐ後ろでレンツが顔に掛かる金髪を払い除けながら、饒舌(じょうぜつ)になっていた。大半がファラディ家の自慢であり、すでに何度も聞かされた話ばかりである。

 レンツがこうしてイーリーに自慢話をするのは、周囲の生徒たちにとっても見慣れた光景だったようで、気にする者はない。仮に気になったとしても、あれこれ口を挟むことはないだろう。誰も、自分がイーリーに立場になることを望んではいない。

 やがてイーリーに順番が回り、窓口に受験票を差し出した。卒業試験の課題は、例年通りレポートの提出とEランクの仕事をこなすことだった。

 Eランクは、魔導士協会の依頼の中でもっとも簡単とされ、報酬もごくわずかなものである。

「えっと、じゃあこの封筒からひとつ選んでください。中に依頼内容が書かれています。同封の依頼完了証明書にサインをもらって、レポートと一緒に提出していただきます。期間は本日より一ヶ月間です。ちょうど、シュタルク王の即位十周年記念式典の翌日までとなるので、忘れないようにお願いします。何か質問は?」

「いいえ、ありません」

「じゃあ、がんばってください」

 封筒を受け取ってその場を去ろうとした時、イーリーは受付の人に呼び止められた。

「君はイーリー君だよね?」

「はい、そうですが」

「言い忘れましたが、君はこの試験で不合格だった場合、退学となります」

「はい」

「それで、その後の再入学も許可されませんので、そのつもりでいてください」

「えっ? それってどういう……」

「つまりだね、君は二度と魔導士にはなれないということだよ」

 嬉しそうに、横からレンツが口を挟んだ。

「君のあの成績では、仕方がないところだろうね。唯一、人並みな調合の知識を生かして、医者にでもなったらどうだい? ああ、でも医者になるにはお金がかかる。君には無理か」

 なおも喋り続けるレンツの横で、受付の人が言った。

「魔導士に求められるのは総合的な能力です。特に求められるのは、やはり魔法の力なわけです。魔法の力は努力だけではどうすることも出来ないことを、十分に理解されていると思います」

 うなだれるしかなかった。つまり、これ以上は見込みがないということなのだ。

 イーリーはくちびるを噛んだ。悔しかったが、まだダメだと決まったわけではない。今回の試験に合格すれば良いのだ。

 受付ホールの端に移動した彼は、恐る恐る封筒を開けた。レポートなら自信がある。簡単な依頼であるようにと願い、内容を確認した。

「ドラゴン狩りの手伝い……」

 イーリーは言葉を失った。

 世界で最も巨大で凶暴と言われるドラゴンに挑み、どれほどの戦士が命を落としたことだろう。たとえ手伝いとはいえ、とてもEランクの仕事とは思えない。

 ……ボクをどうしても退学にさせたいのだろうか?

 一瞬、イーリーはそう思ったがすぐに打ち消した。封筒は自分で選んだのだ。きっと何かの手違いがあったのかも知れない。

 彼は封筒を持って、受付に戻ろうとした。するとそこへ、レンツが寄って来たのである。

「崖っぷちの君は、どんな依頼を受けたのかな? ちなみに僕は、空き家に住み着いた怪しい一団の調査、というつまらない仕事だったけれどね」

「ボクのは手違いみたいだ」

「ん?」

 レンツは首を傾げ、イーリーの封筒を奪うと依頼書を読んだ。

「何するんだ!」

「……ドラゴン?」

「そうだよ。これはEランクの仕事じゃない。だから交換してもらうんだ。さあ、返してくれ」

 レンツはしばらく考え、奪い取った封筒をイーリーに返した。

「これは、君にとって千載一遇のチャンスと言えるだろうね」

「えっ?」

「いいかい、魔導士になれたとしても、君の腕では雇う国はないだろう。だとすれば、個人で依頼をこなすか、どこかに就職するしかあるまい。だが、いずれにせよ、今の成績ではどれも難しいと言わざるを得ない」

「…………」

「だからといって、新しく自分の店を開く資金もないだろう。つまり、せっかく魔導士になれたとしても、その能力を生かすことは出来ないということさ」

「そんなことわからないだろ」

「いいや、わかるさ。毎年、数百人もの卒業生がいるんだ。いくら需要があるとはいえ、誰でもいいというわけじゃない。事実、過去の卒業生の中で魔導士以外の仕事を見つけた者は半数近い。つまり、優秀な人材だけが、その後の成功を約束されているというわけだよ。今の君は、絶望的だろうな」

 イーリーは、顔をしかめた。彼にも心当たりがあったのだ。

 魔導士になるべく村を出て行った若者が、卒業して実家に戻り、農業を継いだことがあった。せっかく魔導士になれたのにと幼い彼は思ったが、今考えればレンツの言う通りなのかも知れなかった。

「しかし、だからこそこの依頼は、チャンスなんだ」

「どういうことだよ?」

「学校の成績よりも、実績を重視する人間もいるということさ。手伝いとはいえ、ドラゴン退治に参加することは、君のお粗末な成績を打ち消すだけの甘い響きがある」

 レンツはニッと笑って、イーリーの耳元で囁いた。

「手伝いと言っても、後方支援かもしれない。それに、実際に行ってみてあまりに危険な依頼なら、断ったとしても問題にはならないさ」

 その言葉に、イーリーの心は揺れた。

 薬を作って病人を救うとしても、やはりどこかに就職しなければならないだろう。路頭で配った薬を飲む奇特な者はいまい。

 三年間努力をしたのは、肩書きが欲しいからではなかった。

 イーリーは封筒を胸に抱え、小さくうなずいた。とりあえず行って、依頼主から話しだけでも聞いてみよう、彼はそう考えた。

「お互い、かんばろうじゃないか」

 レンツはそう言い、イーリーの肩を軽く叩くと、颯爽と去って行った。そのうしろ姿を、複雑な気持ちで見送ったイーリーは、風に消えるほど小さな声で呟いた。

「感謝、すべきなのかな……」

 けれど、それでレンツに対する気持ちが軟化したわけではない。素直に喜べない、それが感想だった。

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