あの頃僕らはなぜ遠心力を怖がらなかったのか
風景がかすれていく。
右から左に流れていく様は新幹線に乗っているようなのに、突き抜けるのとは違う暴力的な運動を僕の肉体は感じ取っている。
ただ真横に流れるエネルギーではない。どこへも飛び立つことのないような廻りがある。
自分が牛乳パックを捨てるステーションに貼ってあるリサイクルマークの中に閉じ込められたようだった。あのマークの意味するところがここなんだと直感的に思った。
僕の胃の中にはすでに朝のうちに消化された牛乳が胃酸やハンバーグのカスと混ざり合ってもはやドロドロの茶色になっていることだろう。一部は吸収され、一部はうんこになっていく。あの液体が固体へと変わっていく過程を再生する装置が僕だ。
そしてこの回転する力を発生させるジャングルグローブという回転遊具は、牛乳を固体から液体へ、吸収から嘔吐へ、とプロセスをリバースさせる装置だ。
グローブの瀬戸際で遠心分離のように僕と牛乳が別れていく。
脳みそが遠心力に引っ張られて僕の肉体から解き放たれそうになっていた。水風船のヨーヨーが力任せに伸縮する感覚が断続的に発生する。
視界の中で回転する像はもはや頼れるものではないと切り捨てられて、伸縮する僕の脳みそは危険信号を発令し、僕にここがどこであったかを思い出させるための情報を逆流させた。
団地、黄色い光、芝生、回転遊具をいたずらに回す子供たち、悲鳴、ブラー、めまい、吐き気、牛乳の甘味。
あぁ、この記憶が吐しゃ物のように未消化のまま出てくる感じ、もしかして記憶も僕が牛乳を加工したものなのかもしれない。
今僕が吐きそうになっているから記憶すらも牛乳に戻るよう、召集されているに違いない。
喉が蠕動する。喉の筋肉が無意識に締まる。
遠くで五時を告げる放送が流れている気がしたが、それどころではなかった。頑張って遠心力に拮抗しながら首をもたげると空にはカラスが渦巻いていた。
黒い点が僕と等速に回転するものだから、あのカラスたちもこの回転遊具の一部に過ぎない気がした。あるいは僕と同じように何かを吐きだすかもしれない。
そう思っているうちに白いフンが垂れた。
芝生に一点白が修正液のように塗られた。
僕は牛乳を吐きだした。
真っ白なそれは修正液のようだった。
団地は黄ばんだ光の中で、子供たちは青い悲鳴の中で、太陽は赤い光の中だ。
僕だけが白い牛乳の中にいた。
さっきまで牛乳が僕の中にいたのに。




