振り回し公爵令嬢と、最強なのに弱腰な護衛騎士
「婚約破棄されちゃった」
公爵令嬢レティシア・ローゼンベルク——通称レティはなぜか笑顔で、穏やかでないことを口にした。
また、何かしでかしたか……。
レティの護衛騎士、アルノルト・ヴァイスはうんざりしていた。
「いったい何をしたんですか……?」
レティは王国の王太子エルンスト・アルトベルクの婚約者であった。それも先月正式に婚約したばかりだというのに、今月にはもう婚約破棄されたというのだ。
「別に大したことはしていないわよ。ただ、王家に隣国との間の城壁を壊せって提案しただけよ」
「『壊せ』って、提案じゃなくて命令するときの口調ですよ。いや、そもそも城壁を壊せって、あり得ないでしょう……」
「何でよ。王国と王国を隔てる壁なんていらないじゃない。皆、仲良くすべきだと思わないの?」
「できるなら城壁なんて作ってませんよ」
実際のところ、このアルトベルク王国と隣国ベルフォール王国の関係は年々悪化し、過去に何度も国境付近で戦火を交えていた。近年は両王国とも飢饉に悩まされ、戦争どころではなくなっているのではあるが。
「それでおまえみたいなのを王家に迎えることなどできんって言われたわ。皆と仲良くできない王家なんて、こっちこそ願い下げよ」
仲間と敵の見分けもできない方がまずいでしょう、とは言っても無駄なので、アルノルトは城壁の件についてはそれ以上何も言わなかった。
「王太子妃の道が絶たれて、これからどうされるのですか?」
ろくでもない考えが飛び出すことは分かっていたので、アルノルトは聞きたくもなかったが、護衛騎士である以上、レティから離れることもできないので、聞くしかない。
「隣国にでも行こうかしら」
「は?」
「面白いと思うのよね。異文化って言うの? この王国はちょっと息苦しいのよね」
やはりろくでもなかった、とアルノルトは思った。なぜ敵国の貴族がその敵対国に乗り込もうなどと思うのだろう……。
レティは思いつきをすぐに言葉にし、行動に移さずにいられない性分で、レティを守るために護衛騎士のアルノルトはそれに付き合わざるを得ず、振り回されまくっていた。
王国最強とも、死神騎士とも言われるこのアルノルトだったが、主人の公爵令嬢レティの思いつきに、常日頃からひどく怯えるのだった。
レティが「さあ、今から行くわよ」と言い出し、アルノルトは満足に準備する間も与えられず、公爵家を家出するようにレティと隣国への旅に出発した。
執事には、婚約破棄の傷心を癒すために少し旅に出るだけだから大事にしないようにと、アルノルトは言伝した。しかし、傷心しているわりにご機嫌なレティを、執事は訝しげに見ながら送り出すのだった。
そしてろくに荷物も持たずに、公爵家のレティ専用馬車を駆り、二人は王都グランツベルクを出ていった。
なお、レティ専用馬車は素性がバレないよう、公爵家の紋など身分が判別できるものも施されていない質素なものだった。御者も公爵家の者はレティを敬遠するため、アルノルト自身が行う。アルノルトは顔を隠すために防具を兼ねた仮面を被るのだが、その仮面が死神を連想させる凶々しい意匠のため、表では「王国最強騎士」と称されるアルノルトが、仮面をつけて素性を隠すときは「死神騎士」と恐れられるのだった。
つまり……トラブルが起きることが前提で、それが公爵家に飛び火しないよう予防線を張っているのだ。
今日も不安に駆られて胃痛に耐えて馬車を駆るアルノルトの気も知らず、レティは車中で「楽しみだわー」と連呼するのだった。
アルトベルク王国の外へとつながる城門が見えてくると、何やら騒然としていた。
門を守る衛兵たちと、民衆が揉めているようだった。
「何をしているのかしら。邪魔だわ。アル、民衆を傷つけずに衛兵を蹴散らしなさい」
「えぇ……。そんなの叛逆罪ですよ……」
アルノルトも少しは口答えはするものの、これを叛逆罪とするなら、何度も叛逆してきたな、と思い返す。いずれにせよ、アルノルトにとってレティの命令は絶対なので、やるしかない。
門に近づくと、御者台を降り、御者台に備え付けた対人用の剣を取る。対人用の剣は刃が潰されていて、なるべく相手を傷つけないよう殺傷能力を極限まで落としている。
アルノルトの剣技は超一流なのだが、人を傷つけるのは極端に嫌っていた。だから守るだけの護衛騎士になったのに……と、こんな場面に出くわす度に思うのだった。
「し、死神騎士が出たぞー」
「くそっ、もう終わりだ。ひどい人生だった……」
民衆の中の人々が口々に言う。
——ひどい言われようだ。すべてレティ様のせいだ。
そう思いながら、アルノルトは刃が潰れた剣を手に衛兵に向かっていく。
衛兵がアルノルトに気づくと、槍をかざして襲いかかる。アルノルトは剣で簡単に槍を払い、衛兵の頭を剣で軽く小突くと、衛兵は気を失って倒れた。
そうして瞬く間に次々と薙ぎ倒されていく衛兵を見て、民衆は唖然とする。
「俺たちを鎮圧しに来たんじゃないのか……?」
数分と経たずに衛兵たちをひと通り地面に転がすと、死神騎士は馬車に戻り、門をくぐるべく進んだ。
「お待ちください」
声をかける婦人がいるので、アルノルトは馬車を止める。
中のレティも仮面をつけた。それは笑みを湛えた白い貴婦人の仮面で、本人は「かわいいでしょう」とアルノルトに言うのだが、世間では死神騎士を使役する暗黒貴婦人と呼ばれ、その笑みがいっそう不気味に思われていた。
この二人が騒動を起こしたのはもちろんこれが初めてではない。
「どうされました」
レティが貴婦人らしい声で話した。
「あたしはこの一団のまとめ役のマルタってもんだ。王国じゃ生活が立ち行かなくて出て行こうとしていたのに、衛兵に邪魔されて困っていたんだ。助けてくれてありがとう」
それは恰幅のいい中年の婦人だった。
「いえ、誰でも好きなところに行くのは自由です。当然のことです。それではごきげんよう」
図らずも民衆を助けることになったが、レティはそんなことより早く外に出たいので、アルノルトに進むよう指示した。
巨大な門には鍵がかかっていたが、「剣で壊して」の指示で、門はあっさりと開いた。
民衆の歓声を背に、二人は王国を後にした。
二人がたどり着いたベルフォール王国の城門でも、同じように入国時に衛兵に止められるのだが、死神騎士が誰にも怪我をさせず、あっという間に制圧し、入国を果たした。
「これが異国ね。すてきだわ」
レティはますます上機嫌になっている。
その一方で、城門を突破した時点で戦争を仕掛けたことにならないだろうかと、アルノルトはビクビクして進むのだった。
「レティお嬢様、これからどうしましょう」
「王都に行くに決まっているじゃないの」
「王都ですか……。王都で何をするのですか?」
「王城を目指すのよ。どうせこの馬車道をまっすぐ行けば王城につながっているはずよ。いいから黙って進んで」
「はあ……」
言われるがままアルノルトは進み、王都が近づくにつれ、胃の痛みはますます強くなるのだった。
ベルフォール王国の王都リュミエールに入り、立ち止まらせようとする衛兵たちを傷つけないように、かつ問答無用で無力化しつつ、奇異なものを見るような視線に晒されながら二人が進むと、やがて王城が見えてきた。
当然のように王城の城門でも呼び止められ、強行突破か、と思っていたところに、「王太子殿下のご帰還だ」と声が上がった。
アルノルトが振り返ると、豪奢な馬車がやって来て門の前に止まった。そこに、見るからに王族らしい華美な出で立ちの男がその馬車から降りてやってきた。
「貴殿らは何者かな?」
男が声をかけてくると、レティは仮面も被らずに馬車から降りて、男に対峙した。
「私はレティシア・ローゼンベルク。アルトベルク王国の公爵令嬢です」
——なぜ正直に名乗るのだ……。アルノルトが死神の仮面の奥で泣きそうになる。
「そして、これはアルノルト・ヴァイス。アルトベルク王国、いえ、世界一の騎士よ」
——なぜ僕の名前まで明かしてしまうのだ……。
「アルトベルク王国の者がなぜ我が王国にいる? いや、どうやってここまで忍び込んだ?」
「正面から堂々と入ってきたわ。皆様、大歓迎してくださったの」
——「邪魔するならどかしなさい」って言って強引に進んできたの覚えていないのか……?
「そんなことより、あなた王太子なんでしょう?」
「私はアドリアン・ベルフォール、いかにも王太子だ」
それを聞いて、レティの顔がぱっと明るくなった。
「それなら話が早いわ。私、アルトベルク王国とベルフォール王国は仲良くすべきだと思うの。こんな飢饉の時代ですから協力すべきですし、そうしたら皆、幸せになるわ」
アドリアン王太子が声を上げて笑った。
「いつも戦いを仕掛けてくるのはそちらではないか。何を今さら……」
「それをしているのは私じゃないわ。王家が命令しているだけよ。貴族も民衆も誰も戦争なんてしたくないし、自由に行き来できるようにしたいの」
「何だその詭弁は? 王国とは王家のことだ。貴族も民衆も王家の命令に従うのは国家として当然だろう」
「は? あなたたち王家同士でいがみ合っているだけなのに、どうして私たちまで巻き込まれないとならないのよ。ケンカするなら王家同士でやりなさいよ」
レティが興奮気味にまくしたてる。
「おい、追い出せ」
アドリアンが衛兵に指示する。
「見送りはけっこうです。自分で帰ります」
レティがそう言うが、衛兵がつかみ掛かろうとするので、アルノルトは軽く剣の柄で小突いて気絶させた。
それを見て驚いたアドリアンが助けを呼ぶ前に、アルノルトが今度は剣を使わずに拳を入れ、気絶させた。アルノルトも、今回ばかりはレティの無茶が正しい気がして、少し腹が立っていた。
「あら、王太子を殴るなんて、アルも無茶なことするわね」
あなたに言われたくない、という言葉をアルノルトは飲み込む。
「ご帰宅されますか?」
「え? 嫌よ。ちょっと観光して帰りたいわ」
レティの「すてきな景色があるはずよ」との曖昧な指示に従い、公爵家の馬車はベルフォール王国内をむやみに進み続け、レティが飽きたところで、王国を出た。しかし「すてきな景色」を諦められないレティが途中で目に入った山に行くよう指示したため、馬車はろくに整備もされていない山道をガタガタと登って行くはめになった。
そんな道中、レティが唐突に口を開いた。
「お腹が空いたわ」
十分な時間も与えられないまま出発していたため、わずかに持っていた食糧は、ベルフォール王国に来るまでの道中で食べ尽くしてしまい、アルトベルク王国とは貨幣が異なるため、王都リュミエールでは買い物もできなかった。
「レティお嬢様。申し訳ございませんが、手持ちの食糧がもうございません」
「そんなものは現地調達が旅の醍醐味じゃないの。アル、あの植物食べてみて」
そう言ってレティが凶々しい紫がかった植物を指差した。
「えぇ……」
見るからに毒が含まれていそうだ。
「見るからに毒が含まれていそうですが……」
「そんなもの、よく洗って火を通せば大丈夫よ。川の音が聞こえるわ」
アルノルトはその植物を恐る恐る引き抜くと、より凶々しい紫色に肥大した根が現れた。
「根っこの方が美味しそうだし、お腹もいっぱいになりそうね」
馬車を置いて山道を外れると、川はすぐに見つかった。
アルノルトはしっかり根を洗い、火打ち石で火を起こし、焦げ目がつくまでよく焼いた。見た目に反して香ばしい良い匂いをさせた。
レティが早く食べろという目で圧力をかけてくるため、アルノルトは意を決して焼けた根をかじった。
「……うまい」
「ほら」
レティが勝ち誇ったような顔をする。
アルノルトが根を渡し、レティもそれをかじった。
「おいしいー」
そうしてあっという間にレティは根を平らげた。
「これ、持って帰りたいわね」
その一言で、アルノルトはその毒々しい植物を集め、馬車に積んでいくという作業に勤しむことになった。その植物は、山のそこらじゅうに自生していた。
お腹も膨れて、山から見下ろしたベルフォール王国の景色を堪能したところで、二人は山を下りることにした。
そして山を下りようと馬車を進めたところで、平民風の一団に遭遇した。
その一団の先頭の人物に、アルノルトはどこか見覚えがあった。
「あ、死神騎士様だ!」
その一団の中にそう叫ぶ者があったので、アルノルトは馬車を止めた。
「どうされた?」
先頭の人物は、アルトベルク王国の外門で衛兵ともめていた一団のまとめ役、マルタだった。
「何だかいい匂いがして来たんだが……。実はベルフォール王国には入れてもらえなかったんだよ。何でもアルトベルク王国から怪しい二人組が来て暴れていったそうで、ものすごい警戒されちまってね。追い返されても行くところなんてないから、途方に暮れて、腹も減って、ふらふらしていたら、いい匂いにつられてこの山に入ったのさ」
話を聞いたアルノルトは激しい罪悪感に襲われ、返す言葉が見つからなかった。
「話は聞いたわ」
気づくと仮面を被ったレティが馬車から降りていた。
「ああ、貴婦人さん」
「あなたたち、行くところもないなら、この『レティ山』に住みなさい。私が許可します。食べ物には困らないわよ」
レティは手にしていた毒々しいあの根を差し出した。
マルタはぎょっとしてその根を見た。
「これ毒芋じゃないの? こんなもの、食べられるのかい?」
「これはレティ芋。アルトベルク王国では食べたことがないような美味よ。この騎士が調理を指南して差し上げるわ」
そうして一行はそれぞれ「レティ芋」を手に持ち川べりに行き、よく洗い、よく焼いた。
アルノルトが食べてみせると、空腹に耐えかねた者たちも意を決して口にした。
「う、うまい!」
その声をきっかけに、それぞれが芋を食べ始め、誰もが満足し、中には涙を流す者までいた。
その様子を満足げに見ていたレティが口を開く。
「あなたたち農民でしょう? どうせここは両王国の緩衝地帯で見捨てられている辺境だから、ここに住んで、これを栽培しなさい。種芋もそこらじゅうにあるわ。その代わりに、あなたたちの生活の面倒を見て差し上げるわ。農具や当面必要な生活物資も提供しましょう」
また無茶苦茶な提案をして……という言葉をアルノルトは飲み込む。
「簡単にいくかわからないけれど……。ありがたい話だし、何より恩人のためになるならやってみるよ」
マルタは笑顔を見せて答えた。他の農民たちの目も、希望を見いだしたかのように輝いていた。
その後、レティとアルノルトがアルトベルク王国に戻ると、門を破壊した死神騎士と暗黒貴婦人の話で騒ぎになっていたが、公爵令嬢レティシア・ローゼンベルクとして何食わぬ顔で帰国を果たした。
帰国後のレティの行動は早かった。
持ち帰ったレティ芋を、まずは知り合いの貴族たちに食べさせ、好評を得ると、法外な金額で売り捌いた。
レティ芋の噂が広がると、王家も興味を持ち始めたので、婚約破棄の迷惑料とばかりに値段をさらに釣り上げて販売した。
そうして稼いだ金を元手に、「レティ商会」が立ち上げられた。
数か月後、マルタたち亡命農民の方も、あっさりとレティ芋の栽培に成功する。もともと農作の経験が豊富だった上、レティ芋は気候が不安定でも育ちやすい作物のようだった。
レティ商会は瞬く間に売上を伸ばし、レティ芋の生産も増えていった。
生産が安定してくると、レティ商会は平民向けにも販売を始めた。その値段は極端に安いもので、支払いができない者には無償で配ることまであった。
その販路はやがてベルフォール王国にも及んだ。
たまたまレティ山の麓に拠点を置いたレティ商会に、近くを通りかかった行商人が気づき立ち寄ったところ、振る舞われたレティ芋に感激し、ベルフォール王国への流通を申し出たのだった。
レティ商会はそれを了承したが、値付けだけはアルトベルクと同様に、身分によって大きく値を変える条件をつけた。
それでも富裕層には珍味として、飢えた平民には安価な食糧として、爆発的にレティ芋は売れた。
レティ商会はさらに規模を広げていくこととなった。
レティ商会がますます成功を収める一方、両王国の飢饉は深刻さを増していった。
すると、疲弊し、飢えた平民たちは王国を逃れようとし始めた。
ただでさえ税収が落ち込んでいるところへ、民の流出による財政悪化が重なることは避けようと、城門は固く閉じられたが、アルトベルクの城門にたびたび「死神騎士」が現れ、民を逃してしまうのだった。
やがて衛兵にも食糧が回らなくなると、気力をなくした兵士たちもまた王国外へと逃亡を始め、アルトベルク王国はいよいよ危機的な状況に陥っていった。
一方のベルフォール王国は飢饉が一層深刻で、平民たちが武装蜂起し大混乱となり、やはり国内の状況は悲惨なものになっていた。
両王国の平民や兵士たちは、レティ商会に次々と流れてきた。
流れてきた平民により農地は広がり、兵士は護衛兵として雇われ、市場も自然に発生していき、人々が「レティ商国」などと呼ぶほどにまで勢力を広げていった。
富裕なレティ商会に最初に手を出したのは、アルトベルク王国だった。事態の打開を焦った王太子エルンストが、国王の許可も得ずに、その土地と富を奪うため、兵力を差し向けたのだ。
しかし、死神騎士が率いる商会の護衛兵団に全く歯が立たず、あっさりと敗北することとなった。
アルトベルク王国がレティ商会に攻め込んだことを知ったベルフォール王国側も、戦争で疲弊していると見た王太子アドリアンが同じように兵を向けた。だが、こちらも死神騎士の護衛兵団に一蹴されることになった。
それぞれの敗残兵は、レティ商会から食事を与えられると、王国に戻らずそのままレティ商会に残ることを選んだため、商会はさらに軍容を拡大した。
その直後、ベルフォール王国は武力での商会の支配は不可能と見て、懐柔策に出た。それが、王太子アドリアンからの、正体不明の商会の長「暗黒貴婦人」への婚約の申し出だった。
奇しくも、同じく武力制圧を諦めたアルトベルク王国からも、起死回生の策として、王太子エルンストからの求婚の書状が届いた。
「いかがしましょう、レティお嬢様?」
アルノルトがレティに尋ねる。
「攻め込んでおいて何様のつもりなのかしらね。それに、好きでもない愚かな王太子どもを相手になんかできないわ」
「ではお断りの書状を送らせます」
「あ、ちょっと待って。王太子同士で決闘をして、勝った方との婚約を考えると答えておいて」
「そんな提案をしてよろしいのですか……?」
「安全なところから人を戦わせたり働かせたりしているばかりの人たちが、そんなことをするわけないじゃない。勝手に自滅するから待っていなさい。万が一、決闘しても『考える』だけだから、婚約なんてしないわ」
相変わらず無茶苦茶だな、という言葉をアルノルトは飲み込んだ。
「しかし……一生独身を貫くおつもりですか? どなたか気になる方はいらっしゃらないのですか?」
アルノルトはこの無茶苦茶な令嬢の将来を心配し、何気なくそんな問いを投げた。
「私が好きなのは、昔から今まで、ずっとあなただけよ、アル」
「またご冗談を」
相変わらず無茶苦茶なことを言う、という言葉もアルノルトは飲み込む。
けれど、レティは無茶苦茶なことは言うものの冗談や嘘を言う人間ではないな、と思うと、アルノルトは少し恥ずかしい気持ちになった。
なお、この後、レティの予想通り、決闘は行われず、両王太子は相手の暗殺や失脚を図り、それが露見したことで責任を問われた。そして王国を危機に陥れたとされ、それぞれの王太子は揃って廃嫡となった。両王国の国王は、丁重な謝罪の書状をレティ商会に送り、レティはその謝罪を受け入れた。その上で、レティは両国への支援を約束したのだが、そこに二つの条件が付けられた。一つは、王家の贅沢を禁じ、民への支援を優先すること。そしてもう一つが戦争を禁じ、両王国の行き来を自由にすることだった。
「これで皆、仲良くできるわね」
諸々の決定後、レティは満足げにしていた。
「それにしてもよく短い期間で商会をここまで大きくできましたよね。やはり運が良かったのでしょうか」
アルノルトはこれまでの急な展開を思い返し、そんな感想をこぼした。
「アル、違うわ。そもそも運を天に祈るなんて無駄よ。運命は自分で引き寄せるのよ」
確かに無茶苦茶なことを指示されてきたが、結局うまくいってしまっている。そういうものなのかとアルノルトは納得するしかなかった。
「ところで先ほどのお話ですが……」
「何?」
「いや、婚約の話の流れで仰ったことなのですが……」
「ああ、私たち婚約する?」
「えぇ……」
いくらなんでも話が急すぎる。身分差もあるのに無茶苦茶な、という言葉をアルノルトは飲み込むのだったが、なぜか悪い気もしないのだった。一生振り回されるのだろうな、と思いながらも。
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