5 控えめに言って天使です。
ついにシークレットなベビー(2歳児)が登場です!
家路を急ぐ人々の流れに逆らうように通りを走る。目指すはリコリス亭から徒歩十五分ほどの場所にある、この地区の教会。
大聖堂の前を通り過ぎ、敷地の奥にある小さな礼拝堂の扉をノックする。
「すみません、遅くなりましたっ……!」
乱れた息を整えながら扉を開けると、中にいた二人の人物が揃って振り返った。
長椅子に腰掛けるのは、絵本を手にした年配のシスター。その隣にちょこんと座る男の子が、私の顔を見てパッと顔を輝かせた。
「あっ、まま!」
「ローちゃん、お待たせ! お迎えに来たよ~!」
男の子は、滑り落ちるような勢いで長椅子から降りると、両手を前に出してトコトコとこちらに駆け寄ってくる。
こちらも両腕を広げてしゃがみ、飛び込んできた子どもをぎゅっと抱きしめた。
「おかえり! いい子にしてた?」
「ろーちゃ、いいこしてた!」
「ん~、そっかそっかぁ」
小さな頭をぐりぐりと私の胸に押し付けてくるこの男の子の名前はロウェル。私の子どもである。
ちなみに父親はアドルファス。そう……なんとあの初夜の一度きりで授かってしまったのだ。
妊娠に気づいたのは、リコリス亭で働き始めてしばらく経った頃だった。
ディウドの町にやってきて、家探しと職探しに奔走し、リコリス亭で働き始めてからは仕事に慣れるのに必死で、月のものが来ていないことを気にかける余裕もなかった。
環境が変わったせいで周期が乱れてるんだな〜と、軽く考えていたのだ。つわりがほとんどなかったのも、気づくのが遅れた一因。
「アレ?」が「まさか」に変わり、妊娠が確定したときの衝撃はさすがに大きかったけれど、産むことにほとんど迷いはなかった。
ダンさんとハンナさんが全面バックアップを申し出てくれたのも本当に心強かった。二人がいなければ途方にくれていたと思う。
そうして数カ月後、生まれてきた赤ちゃんは、黒髪に青の瞳という父親の特徴を色濃く受け継いでいた。
ロウェルと名付けられた男の子は、幸いにも大きな病気をすることなくすくすくと育ち、少し前に二歳の誕生日を迎えたところ。
はっきり言って、とても可愛い。控えめに言って天使。世界で一番大切な、私の宝物だ。
その柔らかな黒髪に頬ずりすると、幼子特有の甘い匂いに胸が満たされた。
(は~! 今日も私のローちゃんは可愛い匂いがする~!!)
なんなんでしょうかね、あのちっちゃい子どもの頭の匂いの可愛らしさは!
スンスンしていると、「まま、くしゅぐったいよ~」と、ロウェルが身を捩って笑い出した。
「ごめんごめん」
ご機嫌なロウェルを抱き上げて、改めてシスターに向き直る。
「今日もありがとうございました。これ、少ないですが……」
教会への寄付として、紙に包んだ数枚の銅貨を手渡した。
この町の教会は、子持ちの労働者を支援するため、慈善事業として幼い子どもを預かってくれるのだ。寄付は保育料代わりというわけ。
ロウェルが一歳半くらいの頃から、この教会の託児所を利用させてもらっている。
それまではロウェルをおんぶして調理補助をしていたのだが、さすがに長時間おんぶし続けられる大きさではなくなったし、かと言ってお客さんがいるホールや、火や刃物を使う厨房で自由に遊ばせるわけにもいかなかったからだ。
ダンさんとハンナさんは、「ローちゃんがもっと大きくなるまで仕事は休んでいいのに」と言ってくれたけれど、そこまで二人に甘えるのは私の気が済まなかった。
それに、託児所で年の近い子ども達と交流することは、ロウェルにとってもいい刺激になっている気がする。
教会には本当に感謝だ。
「ご寄付、確かに頂戴しました。子ども達と過ごす時間は、私たちにも大きな幸せをもたらしてくれています」
年配のシスターが穏やかに微笑む。
「ロウェルくん、今日も良い子にしていましたよ。それに、とても賢い子ですね。ここ数日で、絵本の文字が読めるようになったみたいです」
「えっ、そうなんですか!? すごいねローちゃん! うちの子、もしや天才なのでは……!?」
「んふっ」
ぷくぷくのほっぺを赤くして照れたドヤ顔が可愛い。天才的に可愛い。
シスターにバイバイと手を振り、抱っこでお歌を歌いながら家路につく。
嫌がることなく毎日託児所に行ってくれるロウェルだが、その分、私といる間は甘えん坊さんだ。
私も、昼間一緒にいられない分、思いっきり甘やかしたいと思っている。
「ただいま帰りましたー」
「まちたー」
ロウェルと二人、リコリス亭に戻ると、ダンさんとハンナさんが夕食を準備して待っていてくれた。
リコリス亭は住宅兼店舗で、一階が食堂、二階の住居部分にダンさんとハンナさんが住んでいる。そして私とロウェルは、三階の物置きを改修した一室に間借りしているのだ。
「おかえり、ローちゃん。今日はローちゃんの好きなお豆のスープだよ」
「ローちゃん、やったね!」
「やっちゃぁ」
抱っこしていたロウェルを床に下ろすと、ロウェルはトテトテとハンナさんに駆け寄り、ぎゅっと抱きついてただいまの挨拶をした。続いてダンさんにも。
ハンナさんは「ローちゃんはほんとに可愛いねぇ。こんなに可愛い子は他に知らないよ」とニッコニコだし、無口であまり表情の変わらないダンさんも、ロウェルの頭を撫でながら明らかに目尻が下がっている。
我が子ながら恐るべきコミュ強ちゃんだ。人たらしの才能に溢れている。
四人で囲む夕食は、お豆のスープととうもろこしを練り込んだパン。どちらも離乳食の時期からお世話になっている、ロウェルの大好物だ。
ベーコンと玉ねぎの旨味がきいたお豆のスープは、私も大好きだ。このスープに限らず、ダンさんの作る料理はどれも、しみじみと体に染み渡るような美味しさがある。派手さこそないものの、毎日食べても飽きない滋味深さがある。
だからこそリコリス亭は、この地で三十年も続いてきたのだろう。今でこそもの珍しい和食メニューを売りにして賑わっているけれど、それもダンさんの確かな腕があるからこそなのだと思う。
「おいちぃねぇ」
ロウェルは食堂で生まれ育った子どもらしく、食べることが大好き。今日も自分でスプーンを握り、スープをパクパクと口に運んでいる。
スープを九割方食べ終えたロウェルは、「あちゅまれあちゅまれ〜」とスープ皿の底に残ったお豆さんをスプーンで集め始める。そうして集めた豆をもぐもぐごっくんして、「おいち」とニッコリした。
「ぎっ……」
(ぎゃわいぃぃぃ~~~!!)
余りの尊さに顔を両手で覆って床をゴロンゴロンしながら悶絶する。あ、いや、心の中でだけだけれど。
ロウェルの可愛さに撃ち抜かれたのはダンさんとハンナさんも同じだったらしく、二人も何かを堪える表情で天を仰いでいた。
和やかな夕食を終えると、私とロウェル二人だけの時間。
お魚さんごっこをしながらお風呂に入り、歯磨きをしてお布団へ。
「ろーちゃ、じぇんじぇんねむくないもん」
はじめはそう言っていたロウェルだが、優しくトントンしながらお歌を三曲歌う間に、穏やかな寝息を立て始めた。
あどけない寝顔は赤ちゃんの頃の面影を残していて、切ないほどの愛おしさが胸に込み上げる。
「ママの可愛い可愛いローちゃん。大好きよ……」
小さな声で囁いて、ふっくらした頬にキスを落とす。
ずっとこの幸せが続きますようにと願いながら、私はランプの明かりを吹き消した。
ようやくシークレットな2歳児が出てきたところですが、ストックが尽きたので一旦お休みを頂きます…!
年明け早々に再開できるように頑張りますので、引き続きブクマの上でお待ち頂けると嬉しいです!




