25 聖女じゃないの…!?
「えっと……私は救護室に待機したいと思います」
私の回答に、若様は口の端を上げ、アドルファスは眉間に皺を刻んだ。
「……理由を聞かせてもらいたい」
「いくつかあるんですけど……。まず、魔獣との戦いで怪我をするリスクは、守備隊の皆さんにもありますよね? だったら、聖魔法が必要になった時のために、私の居場所ははっきりしている方がいいと思うんです」
守備隊員が大怪我を負い、緊急で治癒魔法が必要になった時、もし私が討伐部隊に同行したら、居場所が分からず治癒魔法が受けられない、という事態になりかねない。
その点、救護室にいると分かっていた方が、守備隊も討伐部隊も困らないはずだ。
「うむ……確かにそれは一理ある……」
「それと、討伐部隊の皆さんは、早朝から夕方まで森に討伐に行かれるんですよね? 私、昼過ぎまでは食堂の仕事があるので、討伐部隊に同行するのは難しいです」
「あなたが、食堂で……?」
アドルファスが目を見開いて固まる。元王女の私が食堂で働いているなんて、にわかには信じられないのだろう。
「失礼を承知で申し上げますが」
丸眼鏡をクイッと押し上げながら口を挟んだのは、アドルファスの秘書官だ。
(おおっ、ナサニエルだー!)
小説にも出てきたキャラの登場に、密かにテンションが上がる。
アドルファスの腹心の部下兼友人という立ち位置のナサニエルは、クールな頭脳派キャラだ。銀髪長髪担当でもあり、丸眼鏡を外すと超イケメンという美味しい属性持ちでもある。
ナサニエルは小説のイメージそのままに、感情の読めない淡々とした表情で私を見ている。
「聖魔法は極めて貴重な力です。食堂の仕事よりも、聖女の役目を優先すべきでは?」
「それは……」
その指摘は、いつか誰かに言われるだろうと思っていた。
食堂との掛け持ちは守備隊長の若様が認めていることだから、これまで表だって口に出す人はいなかったけれど、ナサニエルと同じように思っている人は守備隊員の中にもいるに違いない。
職業に貴賎なしなんて、現代日本ですら綺麗事だと言われそうなことを、この階級社会で主張したところで理解されないだろう。
それに、なんと言っても聖魔法は特別な力だ。他の何よりも優先し、最大限に役立てるべきだというのは、決しておかしな考えではないと思う。
だから私のこの気持ちはきっと、他の人からすればただの身勝手だ。
「……おっしゃることは分かります。だけど私にとっては、食堂の仕事も聖女の仕事と同じくらい大事なんです」
お客さんに美味しいごはんを提供し、空腹を満たす。ああ美味しかったと、笑顔になってもらう。
命を救う仕事に比べればたいしたことではないかもしれない。だけど、そんな小さな幸せの積み重ねを、私は大切にしたいのだ。そんなふうに思うようになったのは、毎日元気にごはんを食べて、日々成長していくロウェルを間近で見ているからかもしれない。
それに、何も持たず辺境に流れてきた私を受け入れたリコリス亭は、私にとって特別な場所だ。やりがいも感じているし、お客さんが増えている今、私が抜けるとダンさん達に迷惑をかけてしまう。
私は視線をナサニエルからアドルファスに移し、彼の深い青の目をまっすぐに見つめた。貴族である彼に理解してもらうのは難しいかもしれない。だけど私も簡単に引き下がるつもりはなかった。
「わがままだと思われるかもしれませんが、兼業を認めていただきたいんです」
「ですが――」
さらに何か言おうとしたナサニエルを、アドルファスが手で制した。
「……わかった。それがあなたの望みなら、尊重しよう」
「ありがとうございます、デュアー将軍!」
まさかこんなにあっさり了解してもらえるなんて!
満面の笑みでお礼を言うと、なぜかアドルファスは「うっ」と呻いて口元を覆ってしまった。
「もちろん緊急時には聖女の仕事を優先しますので! あ、と言っても討伐部隊には元々聖女がいるわけだし、私の出番なんてないかもしれませんけど」
これも私が救護室で勤務しようと思った理由の一つだ。討伐部隊にはリリアナが同行するわけだから、私は救護室にいた方がバランスが取れるだろう。
ところが、アドルファスはナサニエルと顔を見合わせ、怪訝そうに眉を寄せた。
「すまない。言葉の意味がよく理解できなかったんだが……討伐部隊に聖女がいるというのは?」
今度は私が怪訝な顔になる番だった。
「それはもちろん、そちらのリリアナさんのことですけど……。リリアナさんも聖女ですよね?」
「いや、リリアナ嬢は聖女ではない」
「え……?」
驚いてリリアナに目を向けると、強張った笑みを浮かべて頷いた。
えっ、本当に? リリアナちゃん、聖女じゃないの??
「ええ、わたしは水属性です。聖魔法は使えませんわ。どうしてロジーさんがそう思われたのか分かりませんけど……」
「へ……」
ごもっともなツッコミにギクリとする。
原作の小説でそうだったから……なんて言えるわけがない。
「そ、それは、その……とても綺麗な金の髪をしてらっしゃるので、もしかして王族の方なのかな~なんて……」
「確かに金の髪は王族に多いが、彼女は王族ではない。男爵家の出身だ」
「あ……そう、でしたか……。えっと、その、すみません、勘違いだったみたいで……」
しどろもどろで、どうにか取り繕う。
(え、待って待って! リリアナが聖魔法に目覚めてないってことは、まだアドルファスとハッピーエンドになってないの!? それってつまり……)
なおも会議が続く中、私は嫌な予感に大量の冷や汗をかいていたのだった。




