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悪妻は退場しましたので  作者: 中村くらら


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23 充電完了!

『出来損ない王女のおまえが聖女だと……? 世迷言を。平然とそのような嘘をつくとは、なんと悪辣な女だ』


 冷ややかに私を見下ろす青の瞳。


(本当なんです、聖魔法、本当に使えるようになったんです。若様に確認してもらえれば――)

『そうやって聖女を騙り、男爵の息子を篭絡したのか。男好きの淫乱王女は、男を惑わすことだけは上手いらしいな』

(そんなことしてません! それに、私はずっとあなたのことだけを……)

『寄るな! おまえのような品性下劣な悪女が、わずか数日とはいえ妻であったなど、考えるだけでおぞましい。この世に聖女はただ一人、俺の愛しいリリアナだけだ』


 アドルファスがリリアナの華奢な腰を抱き寄せる。桃色の瞳がうるうると揺れる。


『ロザリンド様、聖女を騙るのは重罪なんですよ……?』

『衛兵よ、この罪人を捕えろ!』


 衛兵達が駆け寄り、私を左右から押さえつける。

 

(誤解です! 嘘なんてついてません! それに、私には幼い子がいるんです。アドルファス、あなたの子が……)

『俺の子だと? 卑劣な嘘をつくな! おまえと肌を重ねたのはただの一度きり。俺の子であるはずがない。大方、あの男爵子息の子だろう』


 いつの間にか、私の腕の中にはロウェルがいる。


(本当なんです、ほら、こんなにあなたに似て――)

『いいだろう。それほど子どもが気がかりならば、子ども諸共あの世に送ってやる』


 アドルファスがすらりと剣を引き抜き、大きく振りかぶる。

 空気を切り裂き、抜き身の剣が迫る中、私はロウェルを抱きしめる。

 

(やめてーー!)





「ひぃやぁぁぁっ……!」


 情けない悲鳴と共に、私は悪夢から目覚めた。


(ゆ、夢で良かった……!)


 本当にリアルで嫌な夢だった。まだ心臓がバクバクしている。

 元夫アドルファスとの予期せぬ再会。それだけでも寿命が縮みそうなほどの衝撃だというのに、まさかのヒロインちゃん登場。

 昨日は逃げるようにリコリス亭に帰り、ぽかぽかのロウェルを抱っこして早々にベッドに入ったけれど、目は冴えたままでなかなか寝付けなかった。

 ようやく眠れても、ずっと変な夢を見続けたせいで、ちっとも寝た気がしない。

 それでも容赦なく朝はやって来る。

 今すぐお布団に潜り込んで二度寝したいところだけど、幼い子どもがいて仕事もあればそうもいかないのが現実だ。

 いつも通りに朝の支度を済ませ、ロウェルと手を繋いで教会の託児所に向かう。

 その間も、あの二人のことが頭から離れなかった。 


(昨日の夢、まるで原作の断罪シーンみたいだったなぁ……)

 

 台詞や状況は違うけれど、『黒狼将軍の最愛花』のロザリンドは、アドルファスとリリアナに罪を暴かれて捕縛され、処刑されるのだ。

 きっと、そのせいだろう。あの二人が並ぶ姿を思い出すだけで、「原作カップル麗しい~!」の気持ちと同時に、胸が苦しくなってしまうのは。


(だけど私はもう悪妻の立場を降りて、あの二人はハピエンを迎えてるわけだし、今さら断罪なんて展開にはならないはずだよね……?)


 気がかりなことはもう一つある。私と手を繋ぎ、小さな体でとてとて歩くロウェルのことだ。


(アドルファスのこと、ローちゃんに話すべき……?)


 この町にパパが来ているのだと。

 そしてアドルファスにも事情を話し、ロウェルがパパと会う機会を作ってあげるべきだろうか?

 王都とディウドの町は遠く離れているし、平民として暮らす私達とアドルファスとでは住む世界も違う。この機を逃せば、もしかしたらロウェルが父親と会う機会は二度と訪れないかもしれない。


(だけど、あの二人のハッピーエンドにとって、ロウェルは間違いなく邪魔な存在のはず……)


 可愛いロウェルを邪魔者扱いだなんて、たとえ心の中だけでもしたくないけれど、残念ながら紛れもない事実だと思う。


『子ども諸共あの世に送ってやる』


 脳裏に浮かんだ悪夢の記憶を、ぶんぶんと頭を振って追い払う。

 あれはただの夢。アドルファスは高潔な騎士だ。そんな非道なことを言うはずがない。

 とはいえ、前妻が産んだ息子がいるとなれば、一度だけ会っておしまい、というわけにはいかないだろう。ましてや元王女が産んだ息子なんて、絶対に扱いに困るはずだ。

 

(でも、ローちゃんはきっとパパに会いたいだろうし……。あ~もう! いったいどうすればいいのよー!?)


 結局、考えがまとまらないうちに教会の託児所に着いてしまった。

 ロウェルの前にしゃがんで視線を合わせる。


「ローちゃん、毎日言ってることだけど、もしこの前みたいにがおーが来たら、すぐに逃げてね!」

「ろーちゃ、あっちいけできるよ」

「本当に危ない時にはあっちいけしてほしいけど、まずは逃げること!」


 ロウェルの魔法は確かに強力だけど、自由自在に制御できるわけではない。

 魔法の先生を紹介してほしいと若様にお願いしたのだが、ディウドの町には適任者がいないらしく、少し時間がかかると言われてしまった。

 仕方ないので、休日にリコリス亭の裏庭で、私が先生役になって自己流で魔法の練習を始めたところだ。といっても桶の水を凍らせる練習をしている程度で、本格的な訓練にはほど遠い。

 咄嗟に攻撃魔法を出せるかどうかも怪しい状態で魔獣と戦うよりも、一目散に逃げてほしい。


「それと、分かってると思うけど、他の人に対しては、あっちいけしたら駄目だからね!」

「あい!」


 ロウェルが元気よく右手を挙げてお返事する。


「それじゃローちゃん、行ってらっしゃい」

「いってきまーしゅ」


 いつものようにロウェルをぎゅっと抱きしめる。抱きしめ返してくれたロウェルは、私の顔を見てコテンと首を傾げた。


「まま、ぽんぽんいたい?」

「えっ」


 どうやら、うんうんと悩んでいたのが顔に出てしまっていたらしい。

 

(子どもに心配かけちゃうなんて情けない!)

 

 私は自分の頬をむにむにと揉んでから、にっと口角を上げて見せた。


「ママは元気だよ。今日もお仕事頑張ってくるね!」


 お仕事……いつもならリコリス亭に戻ってダンさんやハンナさんと一緒に開店準備をするのだけど、今日は守備隊と魔獣討伐部隊の方針会議に参加するため、守備隊の詰所に行くことになっている。

 さっそくアドルファスやリリアナと顔を合わせることになると思うと、どうしても胸がざわざわしてしまう。


「……やっぱり、もう一回ぎゅーしていい?」

「いいよー!」


 答えるより早く、ロウェルが抱きついてくる。柔らかな黒髪を撫で、小さな体を抱きしめながらぷにぷにほっぺに頬をぴとりとくっつけると、ほわ~っと心が満たされた。


(よしっ、充電完了!)


 ロウェルに手を振って教会を後にし、守備隊の詰め所に足を向ける。 


(まずは聖魔法の実演をして見せるって話だったよね……。それが終わったら、あとはなるべく気配消しとこ)


 そんなことを思いながら詰所に向かった私だったが、案の定と言うべきか、思い通りにはいかないのだった。



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