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悪妻は退場しましたので  作者: 中村くらら


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2 悪妻、退場します!①

 自分の置かれた状況を理解するのは、そう難しいことではなかった。

 なんといっても唯一の趣味はウェブ小説を読み漁ることだったのだ。

 この展開、何億回読んだことか。


「転生って、本当にあるんだ……」


 頼み込んで便乗させてもらった荷馬車の荷台でガタゴトと揺られながら、ポツンと呟く。

 どうやら私は、前世で愛読していたウェブ発の小説『黒狼将軍の最愛花』の世界に転生してしまったらしい。


(……転生、ということは、前世の私は死んでしまったわけ……?)


 はっきりとした記憶はないけれど、連日の激務と不健康な食生活を思えばありえないことではない気がする。


(考えても仕方のないことは考えない! それより今一番大事なことは……)


 私は、小説『黒狼将軍の最愛花』のあらすじを思い返す。

 不義の子と疑われ、家族から冷遇されて育った男爵令嬢ヒロインが、黒狼将軍ことアドルファスと出会って恋に落ち、数多の障害を乗り越えて結ばれる王道のシンデレラストーリー。

 健気で不遇なヒロインが、スパダリヒーローに愛されて強く美しく成長していく物語は、ベタだけど好きなパターンで、特に私はヒーローのアドルファスが推しだった。


(黒髪碧眼ヒーロー最高! しかも書籍版のイラストがはちゃめちゃに神だったんだよね~)


 そんな推しのいる世界に転生できたこと自体は、まぁ嬉しくないわけではない。けど――。


「よりによって悪妻ロザリンドかぁ……」


 小さな手鏡に映るのは、癖のある赤髪に緑のつり目の、若い女の顔。

 透き通るような色白で、パッと目を引く美人ではあるのだけれど、気が強そうな……もっと有り体に言えば、意地悪な表情が似合いそうな顔だ。

 書籍版で一枚だけ登場した挿絵では、激昂して鬼のような形相をしていた。

 はぁぁ、と深いため息が漏れてしまう。


「どうせならモブに転生して、推し達のロマンスを壁際でひっそり見守りたかったなぁ……」


 お屋敷のメイドとか、王国軍本部の食堂のおばちゃんとか、そういうのでお願いしたかった。

 だが残念ながら、どうやら私が転生したのはヒーロー・アドルファスの妻、ロザリンドらしい。

 そう、この小説のヒーローは独身ではなく、妻がいるのだ。王命で押し付けられた嫌われ王女。

 王命と言っても、別に政略と呼ぶような事情は何もない。

 ただ、アドルファスに一目惚れしたロザリンドが、父である国王にアドルファスとの結婚を望んだ。ただそれだけの話だ。

 父王は、身分の低い愛妾が産んだ第八王女にたいして関心などなく、出来損ないが片付いてちょうどいいとばかりに、請われるがままにロザリンドとアドルファスの結婚を決める。


(アドルファスにとっては大迷惑な話だよね……)


 しかも、魔獣討伐で活躍した褒賞に王女を降嫁させる、という体で命じたのだから、本当にお気の毒すぎる。

 頑張って手柄をあげたご褒美が、嫌われ者の冴えない王女だなんて……。

 本当ならアドルファスは、恋人も奥さんも選びたい放題だったはずなのだ。 

 若くして伯爵位を継ぎ、実力で王国軍の将軍にも抜擢され、その上、紳士で男前。それで女性にモテないわけがない。アドルファスに憧れていたご令嬢はたくさんいて、社交界でも常に注目の的だった。


(だけど、王様に命令されて拒否なんてできるわけないもんね……)


 どんなに不本意でも、断るという選択肢はなかったはずだ。

 そうして嫌われ王女ロザリンドは、強引にアドルファスの妻の座に収まった。


 私の中には、そんなロザリンドとして生きてきた記憶もある。

 だから昨日の結婚式と、その後の初夜のことも覚えている。

 一国の王女の結婚式にしては質素に執り行われた結婚式。

 新郎のアドルファスはろくに花嫁に目を向けず、そっと仰ぎ見た横顔には険しい表情が浮かんでいた。

 だけど王命で嫁いできた花嫁相手に、「お前を愛することはない!」だの「白い結婚だ!」などとのたまうほど常識外れな人ではなかったらしい。

 むしろ律儀にも、彼は夫の義務を果たそうとした。


『この結婚は王命だ。貴族の義務はあなたも理解しているだろう。諦めて受け入れてもらう』


 結婚式の日の夜、すなわち初夜。強張った表情でそう言って、彼は私を抱いた。

『黒狼将軍の最愛花』のアドルファスは、口下手で不器用だけど優しいヒーローという設定。そんな彼は、王命で押し付けられた妻に対しても紳士的だった。

 愛されてるんじゃないかと勘違いしそうになるほど丁寧に愛撫され、元々彼に片想いしていたロザリンドは身も心もとろとろになってしまった。


(ぶっちゃけ、むちゃくちゃ気持ちよかった……!)


 あの夜のことを思い出しただけで顔が火照ってしまい、私は思わず両手で顔を覆う。

 今世では初めてだったし、前世でもたいして経験はなかったけど、あの行為がこんなに気持ちいいものだとは知らなかった。

 乱れに乱れた姿を推しに見られたかと思うと、身悶えするほど恥ずかしいけれど。


(うぅ、きっと呆れられちゃったよね……)


 男遊びの激しい淫乱王女だという噂を鵜呑みにされてしまったかもしれない。紳士な態度はいつの間にか鳴りを潜め、初めてだったのに何度も激しく責め立てられた。

 だけど惚れた弱みか、それすらも快感に変わってしまったのだから、我ながらどうしようもない。

 気持ち良すぎて途中から意識を飛ばしてしまったらしく、最後の方は記憶が曖昧だ。

 望まれない花嫁のはずなのに、幸せな初夜を経験してしまった。


(たぶん、だから小説のロザリンドは、あんなにもアドルファスに執着してしまったんだろうな……)


 愛されることを期待してしまったのだ。

 けれど期待どおりにはいかなかった。アドルファスはロザリンドをきちんと妻として扱いはしたけれど、それは義務的で形式的なものでしかなかった。それがロザリンドには我慢がならなかった。

 ロザリンドは次第に荒れていった。

 ドレスに宝石にと伯爵家の金で散財し、夫に当てつけるように見目麗しい愛人を連日侍らせた。

 ヒロインが現れアドルファスと接近し始めてからはそれがさらに酷くなり、顔を合わせる度に夫にもヒロインにも罵詈雑言を浴びせた。

 見るに見かねて意見をした使用人は、火魔法で火傷を負わせた上で伯爵家から追い出した。


(やることなすこと、全部逆効果なんだよね……)


 アドルファスに嫌われることしかしていない。

 こんな悪妻なら夫の心が離れるのも当然だと、小説を読みながら思ったものだ。私以外の読者も同じ感想を抱いたに違いない。

 そう、ロザリンドは誰がどう見ても救いようのない悪妻であり、そうであることを運命づけられた存在だった。




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