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悪妻は退場しましたので  作者: 中村くらら


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16 こうかはばつぐんです

「あのね、ろーちゃがね、おいもさんでてこいでてこいしてたらね、おっきいとりさんがびゅーんってきて、がおーっていったの!」

「鳥型魔獣が教会に現れたのは、ちょうどシスターと子ども達が畑で芋掘りをしていた時だったそうだ」

「ひ、ひぇぇ……」

「しすたーがね、いそいでなかにはいりますよーっていって、ろーちゃ、はしってたらころんじゃった」

「シスターはもっと幼い子を両腕に抱えていて、ロウェルにまで手が回らなかったと悔やんでいたよ」

「あわわわ……!」

「そしたらね、とりさんが、ろーちゃのおててがりっとしたの」

「魔獣は、転んだロウェルを足で捕えようとしたのだろう。その時に鋭い爪で手の甲を傷付けられたのだと思う」

「んぎゃーっ! ろ、ろ、ローちゃんんん……!」


 魔獣がディウドの町を襲撃した翌日。臨時休業中のリコリス亭にて。

 私のお膝の上に座ったロウェルが、昨日の出来事をテンション高めに教えてくれる。

 ロウェルのお見舞いに来てくれたバロウの若様が、ロウェルの説明に補足してくれるわけだが、私は二人の話を聞いているだけで寿命が縮みそうだ。横で聞いているダンさんとハンナさんの顔色もどんどん悪くなっていく。


「だから、ろーちゃ、とりさん、あっちいけしたの。そしたらとりさん、ぽとっとおちてねんねした」

「ぽ、ぽとっ……?」

「ろーちゃもねむねむになったから、ねんねしてね、それでね、おめめあけたらままがいたの〜!」


 ぱぁぁと笑顔になるロウェル。


「お、お、お目々開いてほんとに良かったよぉぉぉ!」


 私はお膝の上に座るロウェルを、思わずぎゅっと抱きしめた。

 ロウェルはご機嫌で、「ろーちゃも、まま、ぎゅーするー!」と抱きついてきてくれる。

 ああもう、可愛いっ。柔らかい。あったかい。

 ロウェルの頭に頬ずりすると、今日も最高に可愛い匂いがした。

 この温もりを、もう少しで永遠に失っていたかもしれないのだ。想像しただけで体が震えそうになる。


 あの後、冒険者のジェイクさんに付き添ってもらい、意識を取り戻したロウェルを抱っこしてリコリス亭に戻った。

 魔獣に受けた傷はどこにも見当たらず、毒で黒く染まっていた右腕も元通り。ロウェルのご機嫌も普段どおりで悪くない。

 それでも不安は拭えなくて、一晩、気を付けて様子を見てみたが特に異常はなく、どうやら本当に傷も毒も消えたらしいと、ようやく私は胸を撫でおろすことができた。


 ただ、体は元気になったとはいえ、あんな恐ろしい目に遭ったのだ。ロウェルの精神状態が心配だったが、幸いなことにロウェル自身には、毒に侵されて苦しんでいた時の記憶はないらしい。

 本人はいたってケロッとしている。むしろ、「おっきいとりさんがいたのー!」と普段よりテンションが高い。

 そのせいか、いつもなら若様が来るとサッと私の後ろに隠れるのに、今日は若様の前でもご機嫌でお喋りしている。

 そういうわけで、若様の補足説明を挟みつつ、改めてロウェルから当時の状況を聞いているわけなのだけど、なんだか途中でよくわからない話があったような……。


「えっと……ロウェルがあっち行けしたら魔獣がぽとっと落ちて寝たというのは……?」


 説明を求めて若様に視線を向ける。


「それなんだけど……ロウェルには魔力があるよね? 氷属性かい?」

「あ、はい。そうですが……?」

「やはりそうか」


 得心がいった様子で、若様がうなずく。


「これは、その場にいたシスターから聞いた話なんだけど、魔獣がロウェルに攻撃を加えた直後、ロウェルを中心に局地的な猛吹雪のようなものが発生したらしい」

「ふ、吹雪……⁉」

「その吹雪が魔獣を包み込んだと思ったら、魔獣が地面に落下して動かなくなったというんだ。僕たち守備隊が到着した時には、鳥型魔獣は眠ったような状態だった」

「寒すぎて冬眠しちゃった、みたいな……?」

「まぁそんなところだろうね。その場には他に氷魔法を使える者はいなかったそうだし、ロウェルが氷魔法を使ったのは間違いないと思う」

「えぇ……?」


 私は困惑に眉をひそめる。

 状況からすればそうとしか考えられないとはいえ、若様の話は、にわかには信じがたいものだった。

 私は氷魔法には詳しくないけれど、大きな魔獣の動きを封じるほどの吹雪を発生させるのは、かなり高度な魔法のはずだ。

 訓練も受けていない二歳児が、咄嗟にそんな魔法を使うなんて……。


「ねぇローちゃん、鳥さんに氷の魔法使ったの?」


 尋ねると、ロウェルはコテンと首を傾けた。


「ん~? わかんない! ろーちゃ、あっちいけしただけだもん」

「……無自覚とは末恐ろしいな」


 若様が唸るように言う。


「守備隊は、動かない魔獣にトドメを刺しただけ。実質的にあの魔獣はロウェルが倒したようなものだ。ありがとう、ロウェル。君のおかげで助かったよ」


 若様が柔らかに微笑んでロウェルの頭を撫でる。

 ロウェルはパチパチと目を瞬いたが、褒められたことが分かったのだろう。「どういたまちてー!」とニッコリ笑い、私の膝の上でぽよんぽよんと跳ねた。


「それに、鳥型魔獣の弱点が分かったのも収穫だったよ。これまで炎魔法を中心に攻撃を組み立てていたんだけど、まさか氷魔法がこれほど効果抜群とは」

「こうかばつぐん」


 ほほぅ。なるほど? 飛行タイプに氷魔法は効果抜群、と……。


「たぶん雷魔法と岩魔法も効果抜群な気がしますね……」

「……なんだそれは?」

「いえ、なんとなく」


 そう、なんとなくです。なんとなく。

 若様は怪訝な顔をしていたが、私はニッコリ笑って誤魔化した。

 

「それにしても、ロウェルはてっきりロジーと同じ炎属性だと思っていたよ」

「あー……実は炎属性もあるようでして……」

「はァ!?」


 若様が声を裏返し、薄青の瞳を大きく見開く。

 いつも気障な笑みを浮かべている若様だけど、今日はずいぶんと表情が豊かだ。もしかしたらこっちが彼の素なのかもしれない。


「つまり二属性……」

「そうなんですよー。それに魔力もかなり強そうなので、ちゃんとした先生に指導を受けた方がいいんじゃないかと思ってまして。若様、どなたかいい先生をご存知ではないですか?」

「先生か……。二歳で家庭教師は早すぎる、と言いたいところだけど、確かにロウェルは早めに魔力コントロールを身につけた方がいいかもしれないね。わかった、心当たりを当たってみるよ」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 よしよし。これで一安心だ。若様ならきっと良い先生を紹介してくれるに違いない。


「しかし二属性か。すごいな……」


 若様は感慨深げに呟き、改めてまじまじとロウェルを見る。


「ろーちゃ、ままとぱぱとおしょろいなの!」


 ロウェルが嬉しそうに言う。若様の目がキラリと光った気がした。


「へぇ。ロウェルの氷属性は父親譲りなんだね」


 ぎくり。なんだか嫌な方向に話が向かいそうな予感……。


「身分違いと言うからには貴族なんだろうとは予想していたけれど、氷属性の貴族か。誰だろうなぁ……」

「黙秘します」

「ろーちゃのぱぱはね~、ちゅよくてかっこいいの!」


 あああ、ローちゃん……!


「ほほぅ。強くてかっこいい氷属性の貴族ね……」

「黙秘しますからねー!」


 両手の人差し指でバツを作って唇に当てて見せる。これ以上の情報は漏らしませんよ!

 若様はなおも探るような目で私を見つめていたが、やがて小さく肩を竦めた。


「ま、今日のところはこのくらいにしておくよ。今はもっと気になることがあるからね」


 その言葉にホッとしたのも束の間、若様はいっそう強い眼差しを私に向けた。


「ロジー、君はいったい何者だ?」



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