15 必ずあなたを見つけ出す(アドルファスside)
アドルファス視点。三人称です。
王都。王城の敷地に隣接する王国軍本部。
魔獣討伐部隊を束ねる将軍の執務室に、アドルファス・デュアーの姿があった。
重厚な執務机の上には、彼の決裁を待つ書類が山積みになっている。
アドルファスはそれら書類に素早く目を通し、次々と決裁印を押していく。そうしながら、彼の秘書官の報告にも耳を傾けていた。
「――以上のように、バロウ男爵領の『魔の森』で魔獣が大量発生していることは間違いないようです」
細面に丸眼鏡の秘書官ナサニエルが、報告書の束を差し出す。受け取ったアドルファスは、報告書に視線を走らせた。
「バロウ男爵家率いる守備隊が中心となってどうにか抑えていたようですが、先日ついにディウドの街壁内に鳥型魔獣の侵入を許したとのことです」
「被害は?」
「多数の怪我人が出たものの、幸いにも死者は出ていないと」
「そうか」
「バロウ男爵は冒険者ギルドにも全面協力を仰いで町の警護に努めていますが、手が足りず、我が魔獣討伐部隊に応援を求めてきたという次第です」
「状況はわかった。すぐに小隊を派遣しよう。その旨、バロウ男爵にも連絡しておいてくれ」
「承知しました。小隊を率いる隊長の人選ですが……」
「それについてはナサニエル、お前に任せる」
「御意……と言いたいところですが、その前に、少々アドルファス様のお耳に入れておきたいことが」
「なんだ」
書類を捲る手を止めることなく、アドルファスが問い返す。
「これは報告書には記載のない事項なのですが……ディウドの街に魔獣が侵入した際、毒で瀕死の状態となった子どもを、聖魔法で救った者がいるそうです」
「聖魔法……? あの町に聖魔法の使い手はいないと認識しているが?」
王族を中心に三十名ほどいる、貴重な聖魔法の使い手。アドルファスは王国軍の将軍として、その全員の所在を把握している。全員、王都周辺かそれぞれの領地に居住しており、バロウ男爵領周辺に住んでいる者は一人もいないはずだ。
(その内の誰かが、たまたま旅の途中か何かでディウドに滞在していたのだろうか? そうだとすると、その子どもは非常に運がいい……)
そんなことを考えていたアドルファスは、続くナサニエルの言葉に、報告書を捲る手を止めた。
「それが、どうやら新たに聖魔法を発現させた者がいるようなのです」
「なに? そんな例は聞いたことがないぞ。バロウ男爵家の縁者か?」
言いながらアドルファスは、バロウ男爵家には王家の血が混じっていただろうか、と記憶を辿る。
魔法を使える者の多くは貴族。その中でも、聖属性の魔法は基本的に王家の血筋の者にしか発現しないと言われている。
バロウ男爵家が王家と縁を結んだなどという話は聞いたことがない。もちろん、何代も前まで遡れば、いずれ王家の血を引く者に辿り着いてもおかしくはないのだが――。
「いえ。男爵家の人間ではなく、ディウドの町に住む平民だと」
「平民? 間違いないのか? どんな人間だ?」
平民でありながら聖属性を持って生まれた者は、過去の歴史を遡っても両手で数えるほどしかいないはずだ。その全員が、王族に近い高位貴族の庶子である。
もし新たに聖魔法の使い手が現れたというのであれば、魔法省に報告するべきだ。魔法省が調査に動き、間違いないとなればその者は王宮に保護され、相応の地位と身分が与えられることになるだろう。
「詳しい素性はわかっていないのですが、二十歳前後の若い女性で」
そこでナサニエルは一度言葉を切り、意味ありげに口の端を上げた。
「赤い髪に、緑の瞳であったと」
聞いた瞬間、アドルファスは思わず立ち上がっていた。深い青の瞳を瞠る。
「まさか……!」
「ええ。外見の特徴は一致します」
「だが彼女は聖属性ではない。炎属性のはずだ……」
「成長してから二つ目の属性に目覚める例もある、と耳にしたことがあります。極めて稀ですが」
「つまり、可能性はある、ということか……」
ナサニエルがうなずく。
「なんといってもあの方は、国王陛下の御子でいらっしゃいますから」
現国王の子の中でただ一人、聖魔法が使えず、それゆえに「出来損ない」と蔑まれ続けた王女。
おそらくはそのせいで、王女でありながら、一介の伯爵にすぎないアドルファスに降嫁させられたロザリンド。
彼女はアドルファスを厭い、嫁いでわずか五日後、書き置きと離縁届を残して行方をくらました。
「……ディウドの町は調べさせたはずだ」
「ええ、修道院と娼館は。奥方様と一致する特徴の者がいるという報告は受けていません」
「……つまり、ごく普通の平民として暮らしているということか? まさか、元王女である彼女が……?」
信じられない思いで呟く。
ロザリンドが姿を消してすぐに、アドルファスは、忠実にして有能な秘書官ナサニエルに命じ、密かに彼女を探し始めた。表向きは伯爵家の領地で静養しているということにして。
嫌われ者の王女であったロザリンドの交友関係は極めて狭い。彼女と懇意にしている者が王族や貴族にいないことは、調べるまでもなく分かっていた。
そうなれば、世間を知らない彼女が身を寄せる先など、修道院以外には考えられない。閉鎖的な修道院から情報を得ることは容易ではなかったが、時間をかけて国中の修道院を調べ上げた。だが、彼女らしき女性がいるとの情報は得られなかった。
アドルファスは捜索の範囲を隣国の修道院にまで広げた。
それと同時に、国内の娼館も調べ始めた。彼女が不埒な輩に騙されたり、かどわかされるなどして、娼館に売り飛ばされた可能性に思い至ったからだ。それに、身を滅ぼした貴族女性が娼館に行き着く話はしばしば耳にする。
赤い髪に緑の瞳の娼婦がいると聞けば、どこであろうと自ら出向いた。そしてその度に彼女ではないことを確認し、深く安堵すると共に激しい焦燥感に襲われた。
何の手がかりも掴めないまま、三年の月日が流れた。
元王女である彼女が平民として生活している可能性など、アドルファスはほとんど考えていなかったのだ。
「……いや、まだ彼女と決まったわけではない。今すぐ確かめなければ……」
「どうなさいますか?」
「ディウドには俺が行く」
鋭くナサニエルを見据えて即答すると、秘書官は「そう言うと思いました」と苦笑した。
「今度こそ奥方様であることを祈っておりますよ。私もいいかげんこのお役目から解放されたいですからね」
ナサニエルは肩を竦め、「ただし」と続ける。
「十日です。それ以上あなた様に王都を離れられては困ります」
言って、決裁待ちの山にちらりと目をやった。
「わかった。それ以降は、副隊長に指揮を委ねることにしよう」
「では、すぐに遠征の準備に入ります」
「それと、魔法省への報告は保留にしておいてくれ」
「承知致しました」
ナサニエルが一礼して退出する。
一人になった執務室で、アドルファスは自身の左手に視線を落とした。
薬指で鈍く輝く銀の指輪には、小さな緑色の石がはめ込まれている。
「ロザリンド……必ずあなたを見つけ出す」
かの人の瞳を思わせる緑の石に口付けた時、執務室のドアをノックする音が響いた。
「入れ」
扉を開けて姿を現したのは、王国軍の衛生班に所属する若い女性だった。
男爵家の出身で、優秀な水魔法の使い手である彼女とは、何度か遠征で行動を共にしたことがある。
「ディウドへの遠征、わたしの班が担当することになったんです。そのご挨拶と、打ち合わせに参りました」
「そうか」
来客用のソファに彼女を案内し、その向かいに腰を下ろした。
淡い金の髪が、しゃらりと揺れて華奢な肩に流れる。長い金の睫毛に縁取られた大きな桃色の瞳が、まっすぐにアドルファスを見つめた。
「またご一緒できて嬉しいです、アドルファス様」
すっと、白魚のような手が差し出される。
「こちらこそよろしく頼む、リリアナ嬢」
その手を取ると、彼女――リリアナが、桃色の瞳をとろりと細めた。
次回はロザリンド視点に戻ります。




